狂気の山脈にて

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狂気の山脈にて』(きょうきのさんみゃくにて、At the Mountains of Madness)は、ハワード・フィリップス・ラヴクラフトの小説である。 1936年、雑誌『アスタウンディング・ストーリーズ』に掲載された。 邦題としては他に、『狂気山脈』等もある。

解説[編集]

ラヴクラフトの小説としては長編である。 ラヴクラフトの自信作でもあったが、当初、雑誌『ウィアード・テールズ』には「長すぎる」として採用を見送られてしまった。 ラヴクラフトは知人宛ての手紙で断筆をほのめかすほど、落胆したが、その後、『アスタウンディング・ストーリーズ』に掲載されることになった[1]。 現在では彼の代表作の一つに挙げられるようになっている。

ラヴクラフトは子供の頃から南極に関心を持っていた。 南極を舞台にした本作は、翻訳家の大瀧啓裕によれば、「十歳のときから心に取り憑いて離れない、荒涼とした白い南極にかかわる漠然とした感情をつきとめるべく目論まれた」[2]ものであり、執筆は「必然のなりゆきだったのだろう」[3]とされる。 なお、同じ南極を舞台にしたエドガー・アラン・ポー[4]の小説『ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語』が作中に登場し、設定の一部も持ち込まれている。 例えば、ショゴスの鳴き声は同作に登場する巨大な鳥がもとになっている[5]。 そして、登場人物がポーの小説の読者と設定され、ポーはそれを事実をもとに執筆したのではないか、という扱いになっている。

ラヴクラフトはまた、宇宙にも強い関心を持っていた。 彼の作品はクトゥルフ神話と関連付けられるが、内容的には違いも見られる(詳細は「ラヴクラフト神話」を参照)。 本作の場合も、作中に登場する「クルウルウの末裔」[6]は神格というより、ミ=ゴと同列の宇宙生物のような扱いになっている[7][8]。 大瀧は、善悪二元論的なクトゥルフ神話との根本的な違いとして、ラヴクラフトの宇宙観がもとになった(人間の視点とは異なる)超越的な視点を挙げている[9]。 特に本作は『時間からの影』とともに「幻想宇宙年代記」[10]とも表現し、「ラヴクラフト宇宙観の総決算」[11]としている。

あらすじ[編集]

1930年、ミスカトニック大学のダイアー教授が率いる探検隊が南極大陸に向かった。 目的は地下の岩石や土砂を採取することであり、隊員の一人、ピーバディが開発した最新の機器を装備していた。

作業は順調に進み、ある地点では古生物化石も発見された。 だが、生物学者のレイクは古い粘板岩上の奇妙な縞模様の方に注目した。 それが地層の年代と矛盾する、高度に進化した生物の痕跡に思われたからである。 レイクは計画の変更を強硬に主張し、分隊を率いて地層が伸びる方角に向かった。

やがて分隊からの無線通信で、未知の巨大山脈に到達し、その地下洞窟から奇怪な化石を発掘したことが報告された。 それは独自の進化を遂げた大型の生物で、動物と植物の両方の特徴を備えているように思われた。 その姿は「ネクロノミコン」に記された神話上の「古のもの」を連想させた。

化石は続けて数体発見され、しかも元の性質が失われていなかった。 レイクはそのうちの一体を解剖したが、体組織の強靭さ、脳と神経系の発達等にさらに驚かされることになった。 生物学の常識を覆す発見に隊は興奮に包まれ、ダイアーもレイクの判断が正しかったことを認めた。

翌朝、決められた時刻になっても分隊からの連絡はなかった。 強風のため、通信が困難になっているようであったが、本隊のキャンプ地で風が収まった後も、分隊への呼びかけに応答はなかった。 ダイアーは最悪の事態を想定し、捜索に向かうことを決意した。

登場人物[編集]

ウィリアム・ダイアー
南極に向かった探検隊の責任者で、地質学科の教授。本作は、帰還した彼が以後の南極進出を思い止まらせるために書いた手記という体裁をとっている。
レイク
探検隊の一員で、生物学科の教授。生命の誕生と進化に関する仮説を立てていた。古い粘板岩に残された模様に注目し、分隊を率いて調査に向かう。
フランク・H・ピーバディ
探検隊の一員で、工学科の教授。今回の探検で使用される画期的なドリルを考案した。
アトウッド
探検隊の一員で、物理学科の教授。隕石学者でもある。
ダンフォース
助手の一人で、大学院生。聡明な若者。「ネクロノミコン」を最後まで読み通した数少ない人間の一人である。
ゲドニー
助手の一人で、大学院生。レイクの分隊に加わる。

神話生物[編集]

古のもの
旧支配者[12]とも呼ばれる。樽状の胴体と五芒星型の頭部を持つ半植物的な宇宙生物。太古のまだ生命が存在していない地球に到来して文明を築いた。「ネクロノミコン」には彼らがふざけてか、誤って地球の生命を創造したと記されている。生物的には極めて生命力が強く、また陸上と水中の両方の環境に適応する。超常的な力は持たないが、科学技術が非常に発達していた。南極は彼らが宇宙から最初に降り立った場所である。詳細は「古のもの」を参照。
ショゴス
古のものによって創造された不定形生物。力が強く、都市の建設等に使役された。身体は形状を変えるだけでなく、一時的に様々な器官を作り出すことが可能である。やがてたまたま得た知性を発達させ、次第に反抗的になり、ついには大規模な反乱を起こした。「テケリ・リ!テケリ・リ!」という特徴的な声をあげるが、これは古のものの発声器官を真似することで身に付けたものである。詳細は「ショゴス」を参照。
クルウルウの末裔
蛸に似た宇宙生物。古のものよりもさらに遠い世界から現れたと思われる。身体が我々とは異なる物質によって構成されており、変身や組織の再生が可能である。遅れて地球に到来し、地上の支配を巡って古のものと激しく争った。この戦いでは一時的に全ての古のものを海に追い落としている。後に和戦がなされ、領土を分け合ったが、突如本拠地のルルイエもろとも海に沈んだ。
ミ=ゴ
外見は甲殻類、性質としては菌類に近い宇宙生物。クルウルウの末裔同様、異質な生物で、変身や再生も可能なようである。地球に現れたのはクルウルウの末裔のさらに後であり、既に衰退が始まっていた古のものから北方の地を奪っている。ただし、海の中の古のものには手出しができなかった。現在も地球上に潜んでおり、ヒマラヤ雪男の正体ともされる。詳細は「ミ=ゴ」を参照。

脚注・出典[編集]

  1. ^ 『ラヴクラフト全集 4』 大瀧啓裕訳、東京創元社、1985年。 「作品解題」、343 - 344頁。
  2. ^ 『ラヴクラフト全集 4』 「作品解題」、344頁より引用。
  3. ^ 『ラヴクラフト全集 4』 「作品解題」、343頁より引用。
  4. ^ ポーはラヴクラフトが影響を受けた作家の一人である。
  5. ^ 『ラヴクラフト全集 4』 「狂気の山脈にて」、294頁。 作中で直接言及している。
  6. ^ 大瀧は、ラヴクラフト作品内では、クトゥルフを「クルウルウ」と表記している。
  7. ^ 「陸棲種族」「蛸に似た宇宙生物」と記述されている。
  8. ^ 『ラヴクラフト全集 5』 大瀧啓裕訳、1987年。 「作品解題」、345 - 346頁。 『ダニッチの怪』や本作でのクルウルウの扱いがクトゥルフ神話と異なることが指摘されている。
  9. ^ 『ラヴクラフト全集 5』 「作品解題」、323 - 326頁。
  10. ^ 『ラヴクラフト全集 5』 「作品解題」、323、326頁。
  11. ^ 『ラヴクラフト全集 4』 1頁。
  12. ^ オーガスト・ダーレスが定義した「旧支配者」(グレート・オールド・ワン)とは異なる。

関連項目[編集]