東雅夫

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東 雅夫(ひがし まさお、1958年4月11日 - )は、日本の怪奇幻想文学の編集者、アンソロジスト(編纂者)、文芸評論家神奈川県横須賀市出身。早稲田大学第一文学部日本文学科卒業。

メディアファクトリー刊行総合雑誌『ダ・ヴィンチ』の増刊号である、怪談専門雑誌『』の編集長。アトリエOCTA刊行怪奇幻想文学評論誌『幻想文学』の編集長を、創刊から終刊まで20年余にわたり務めた。近年は編集者としてよりも、アンソロジーの編纂や、ホラーを中心とする文芸評論、怪談文学研究などの分野で精力的に著述活動を展開している。評論家として「ホラー・ジャパネスク」「怪談文芸」「800字怪談ムーヴメント」などを提唱。元早稲田大学非常勤講師。「怪談之怪」発起人の一人。

目次

[編集] 略歴

  • 1958年4月11日 - 神奈川県横須賀市に生まれる。
  • 1974年 - 神奈川県立横須賀高等学校入学。同学年に後の評論家、浅羽通明がおり、相互に影響を受ける。放送部の同期にアニメーターの宮﨑なぎさ
  • 1977年 - 早稲田大学第一文学部日本文学科入学。
  • 1979年 - 早稲田大学政治経済学部生が創立した「幻想文学会」に参加。メンバーには倉阪鬼一郎南條竹則石堂藍等もいた。また、浅羽通明は正式メンバーではなかったが、会にしばしば顔を出した。のちの同名の評論誌の原点となるガリ版同人誌『幻想文学』発行。
  • 1980年 - 本格的な季刊幻想文学同人誌『金羊毛』を創刊し、数軒の書店にて直販を試み、成功。これがアトリエOCTA刊行の『幻想文学』の前身となる。
  • 1981年 - 文芸出版社である青銅社に入社。
  • 1982年 - 青銅社を退社し独立するが、同社社長の協力もあって季刊研究評論誌『幻想文学』を創刊。編集人・東、発行人・川島徳絵(石堂藍)、発行所・有限会社幻想文学会出版局。誌上には澁澤龍彦中井英夫種村季弘荒俣宏ら大家も名を連ねた。売行きは好調ではあったが、この頃は学習塾で国語の講師も務めていた。
  • 1985年 - 澁澤龍彦、中井英夫を選者に迎えた幻想文学新人賞を創設。
  • 1986年 - 『幻想文学』の姉妹誌として幻想小説専門誌『小説幻妖』を創刊。
  • 1988年 - 澁澤龍彦逝去に伴い、氏の追悼特集『別冊幻想文学 澁澤龍彦スペシャル シブサワ・クロニクル』を発行。これは東の編集歴の中で最も思い入れ深いものとなった。翌年に『同 ドラコニア・ガイドマップ』を発行。1997年に『幻想文学』50号で澁澤没後10年にちなんで「澁澤龍彦1987-1997」を特集。 
  • 1990年 - SF専門雑誌『SFマガジン』(早川書房)にて、以後12年にわたるホラー小説時評の連載を開始。『幻想文学』の姉妹誌として書評専門誌『ブックガイド・マガジン(BGM)』を創刊。
  • 1994年 - 『幻想文学』の発行元が川島徳絵(石堂藍)代表の株式会社アトリエOCTAへ移行。これを機に個人事務所「幻想文学企画室」を起ち上げ、他社でも企画・編集業務を展開。学研で「学研ホラーノベルズ」シリーズ等の企画編集に携わる。
  • 1996年 - 雑誌『ムー』(学研)にて、「日本伝説紀行」の不定期連載を開始。
  • 1997年 - ぶんか社で「HORRORWAVE」シリーズや日本初のホラー小説専門誌『ホラーウェイヴ』の企画編集に携わる。
  • 1999年 - 京極夏彦中山市朗木原浩勝らと共に「怪談之怪」を結成し、総合雑誌『ダ・ヴィンチ』(メディアファクトリー)誌上で活躍。
  • 2000年 - 雑誌『ムー』20周年記念企画「学研伝奇プロジェクト」にブレーンとして参画、ムー伝奇ノベル大賞創設や伝奇専門誌『伝奇M(モンストルム)』創刊などに協力する。自らもアンソロジストとして「伝奇ノ匣」シリーズを手がける。またオンライン書店ビーケーワンの開業に際してホラー書籍担当の社外エディターとして参画、後に「東雅夫の幻妖ブックブログ」を開設し、現在も同社との提携を続けている。
  • 2002年 - 雑誌『小説推理』(双葉社)にて、「幻想と怪奇」時評の連載を開始、不定期特集「幻想と怪奇への誘い」も企画構成。
  • 2003年 - 売行き不振と他社での編纂文筆活動の多忙化等により、『幻想文学』を7月刊の67号で終刊。ビーケーワン主催「ビーケーワン怪談大賞」の選者を加門七海福澤徹三と共に務める。
  • 2004年 - 『ダ・ヴィンチ』増刊号怪談専門雑誌『幽』を創刊、初代編集長に就任。同誌で「怪談文学史逍遙」「日本怪談紀行」の連載を開始。
  • 2005年 - この頃より、ちくま文庫、角川文庫、小学館文庫等で怪談やホラーのアンソロジーを多数手がけるようになる。
  • 2006年 - メディアファクトリー主催『幽』怪談文学賞の選考委員となる。
  • 2007年 - ポプラ社での「てのひら怪談」シリーズ発刊にあわせて800字掌篇の怪談文芸ムーヴメントを推進。以後も意欲的に怪奇幻想文学分野で活躍中。
  • 2011年 - 『遠野物語と怪談の時代』で第64回日本推理作家協会賞評論その他部門受賞。

[編集] 著作

[編集] 共著

[編集] 「アンソロジー」

[編集] 編・解説

[編集] 共編著

[編集] 「響鬼」騒動

全シリーズを観ている(のみ途中まで)ほど没頭していた平成・仮面ライダーシリーズの6作目、「仮面ライダー響鬼」に東は特に心酔しており、響鬼に出てきた魔化魍のモデルの妖怪が登場する小説を集めたアンソロジー『響き交わす鬼』の幻妖ブックブログでの紹介の際、「30話以降は同タイトル・キャストですが、別スタッフによる別作品」と記述し、30話以降のプロデュースを務める白倉伸一郎が自身のブログでその事に皮肉を込めた文章を載せたことで、東と白倉のブログ越しでの議論が起きた。この事は、プロデューサーおよび脚本家の交替・番組の路線変更によって当時ネット上で起こった論争の火に油を注ぐことにもなった。そして2006年6月に「29話までの響鬼の魅力・可能性を探求する」という趣旨の書籍『響鬼探究』発売の際のブログでの募集でも、「30話以降の響鬼を批判するつもりはない」という文面の直後に「30話以降の響鬼に個人的関心がもてない」「(29話までの響鬼の魅力は)30話以降失われてしまいました」と批判的なコメントを載せていた。

一方で後に交代騒動の原因について「概ねネット上の憶測の通り」と発言、予算の浪費やスケジュールの逼迫といった制作の無計画さや、玩具の売上不振という商業作品としての失敗の結果という憶測をある程度裏付ける証言を残した。

[編集] 参考文献

  • 「幻想文学」とその時代 東雅夫インタビュー(『ナイトメア叢書2 幻想文学、近代の魔界へ』青弓社 2006年)
  • 読書をめぐる冒険(いのうえさきこ『スキ!がお仕事!』メディアファクトリー 2006年)

[編集] 関連項目

怪談之怪」発起人

[編集] 外部リンク

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