遠野物語

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遠野物語』(とおのものがたり)は、柳田國男1910年明治43年)に発表した説話集日本民俗学の黎明を告げた名著である。現在は、岩波文庫角川ソフィア文庫集英社文庫等にある。

内容[編集]

岩手県遠野町(現・遠野市)出身の小説家・民話蒐集家であった佐々木喜善によって語られた遠野盆地~遠野街道に纏わる民話を、柳田が筆記・編纂し自費出版した初期の代表作。その内容は天狗河童座敷童子など妖怪に纏わるものから山人マヨヒガ神隠し、死者などに関する怪談、さらには祀られる、そして行事など多岐に渡る。『遠野物語』本編は119話で、続いて発表された『遠野物語拾遺』には、299話が収録されている。もう一人大きな影響を与えたとされるのが、やはり遠野出身で、佐々木喜善の先輩格である伊能嘉矩であった。

1910年、僅か350部余りで自費出版(聚精堂)された。柳田の前著である『石神問答』は、難解だったためかあまり売れ行きが芳しくなかったのに対し、『遠野物語』は僅か半年ほどで印刷費用をほぼ回収できた(200部は柳田が買い取り知人らに寄贈した)。寄贈者では、島崎藤村田山花袋泉鏡花が積極的な書評を書いた。『遠野物語』を購読した人たちには芥川龍之介南方熊楠、言語学者のニコライ・ネフスキーなどがいる。特に芥川は本著を購入した当時19歳であったが、親友に宛てた書簡に「此頃柳田國男氏の遠野語と云ふをよみ大へん面白く感じ候」と書き綴っている。当時はあくまで奇異な物語を、詩的散文で綴った文学作品として受け入れられた。

民間伝承に焦点を当て、奇をてらうような改変はなく、聞いたままの話を編纂したこと、それでいながら文学的な独特の文体であることが高く評価されている。日本民俗学の発展に大きく貢献した。1935年に、再版覚え書きを入れた『遠野物語 増補版』(郷土研究社)が刊行されている。また初版復刻本『遠野物語 名著複刻全集』(日本近代文学館監修、発売・ほるぷ、新版1984年)も重版されている。

登場人物[編集]

『遠野物語』には匿名の話だけでなく、実名の人物が多く登場する。佐々木喜善周辺の人物を中心に、実家がある山口村や、近隣の大字の人々の話が多い。

山口の人々[編集]

土淵村大字山口、現遠野市土淵町山口。

吉兵衛
根子立で幼児を抱く山女に遭遇した(4話)。佐々木喜善「縁女綺聞」には同じ話が大下万次郎の話として出ており、両人とも詳細不明[1]
菊池弥之助
毛筆本で孫之丞とあるのを刊本で誤っている[2]。大谷地で人の声を聞いた(9話)。遠隔地で茸刈り中、妹がその息子に殺される時の叫び声を聞いた(10話)。
新田乙蔵(? - 明治42年(1909年))
通称乙爺。第3地割字南沢の人[3]。佐々木喜善の祖父万蔵の妻ノヨの弟[3]。旧家の出だったが没落し、峠の上で甘酒を売り、度々里に出て酒を飲んだ(13話)。子供寅之助は大洞時蔵、瀬川某と北海道に出た[4]
佐々木イチ[5]
佐々木喜善の母。家で針仕事中、ザシキワラシの物音を聞いた(17話)。
佐々木ミチ[6](文化7年(1810年) - 明治9年(1876年)2月6日)
佐々木喜善の養祖父万蔵の母。納棺の夜と七二日の逮夜に姿を現した(22話、23話)。幼少時河童を見た(59話)。
山口孫左衛門
第3地割にあった旧家[7]稲荷社を建てて狐を祭った(21話)。ザシキワラシが同家を離れるのを村人が目撃した(18話)後、一家が茸中毒で壊滅し、7歳の女児が残された(19話)。女児はミナといい、大洞家から養子を迎えて家は存続した[8]。現在屋敷跡に墓と井戸が残る[9]
ハネトの主人
菊池角之丞のこと[10]。佐々木喜善実家の上隣の人で、祖父万蔵と竹馬の友だった[10]鶏頭山天狗に遭遇した(29話)。
大洞(おおほら)万之丞
大同の家。祟りがあるという古文書を所有していた(83話)。駄賃付で財を成したが、不景気で没落した[11]
大洞ひで
大洞万之丞の養母。佐々木喜善の祖母の姉。魔術に通じ、また村で起こった馬娘婚姻譚を語る(69話)。隠し念仏を行った(71話)。
辷石(はねいし)たにえ(安政5年(1858年) - 昭和2年(1927年))
本名はたに、丸子立の人[12]。オクナイサマの掛軸を持つ(70話)。
田尻長三郎
大洞家上隣の富豪[13]。おひでの息子の葬式の夜、軒下の雨落の石に死んでいるような男を見た(77話)。
長蔵
田尻家の奉公人。新張村の何某の霊を見た(78話)。その父も長蔵といい、同じく幽霊に遭遇した(79話)。
田尻丸吉
夜便所に行くと幽霊に遭遇した(82話)。
内川口[14]まさ
丸古立の人。福の神からの帰路、山の神に遭遇した(102話)。

栃内の人々[編集]

旧土淵村大字栃内、現遠野市土淵町栃内。

佐々木嘉兵衛(文化12年(1815年)3月3日 - 明治29年(1896年)6月9日)
字和野56番地(土淵町栃内23地割2番地)の人[15]。山で山女、山男に遭遇した(1話)。
佐々木由太郎(弘化4年(1847年)7月7日 - 大正10年(1921年))
嘉兵衛の子。本文では父と混同されている[15]雉子狩りを狐に妨害された(60話)。六角牛で石を白鹿に見誤った(61話)。また僧の姿をした何かが赤い衣を羽ばたかせるのを目撃した(62話)。
川久保氏[16]
本文では「松崎なる某かゝがの家」。婿が金沢村の実家へ帰る途中、マヨイガに行き当たった(64話)。
前川万吉
字野崎の人。雲壁に青ざめた顔の男を見た(81話)。
菊池菊蔵
和野の人。野崎神楽の吹き手。子供が病に罹ったので、妻を呼び戻しに行く途中、山の神に子供の死を告げられた(93話)。友人の象坪藤七に化けた狐に遭遇した(94話)。

柏崎の人々[編集]

土淵村大字柏崎、現遠野市土淵町柏崎。

安部長九郎
柏崎の長者。オシラサマに田植えを手伝われた(15話)。本文では田圃の家とするが、実際は柏崎の田中家の屋号である[17]
田中円吉 (8代目)[18](文化10年(1813年)頃 - 明治26年(1893年) 4月8日)
神仏像の彫師(26話)。本文では田圃のうちの阿部氏とするが、田中家の屋号であり、彫師も田中家である[18]。力士滝ノ上源右衛門を先祖とする柏崎の旧家で、8代目円吉は土淵本宿の石田家から養子に入った[18]。作には薬師堂蔵十二神将像、常堅寺地蔵菩薩像、早池峰神社随神像、田中家蔵薬師如来像等が知られる[18]
阿部孫太郎(文久2年(1862年) - 大正6年(1917年))
狂人だったが、山の神から読心術、占い術を獲得した(108話)。

飯豊の人々[編集]

旧土淵村大字飯豊(いいで)。現遠野市土淵町飯豊(いいとよ)。

今渕勘十郎
字宮沢63番の人で、佐々木喜善の養父久米蔵の実家[19]高等女学校から帰省中の娘が家の廊下でザシキワラシに遭遇した(17話)。
力自慢の人。狼狩中に雌狼に襲われ、返討にしたが自らも死亡した(42話)。
菊池松之丞
傷寒を患い、臨死体験をした(97話)。

土淵の人々[編集]

旧土淵村大字土淵、現遠野市土淵町土淵。

阿倍与右衛門
昔栄えた家で、安倍貞任末裔という(68話)。
土淵村字本宿の豆腐屋。父が病没日に字下栃内に幽霊として現れた(86話)。なお、本宿はほとんどが専業農家で、年中行事に自家製の豆腐を作っていた[20]

遠野町の人々[編集]

遠野町、現遠野市中心部。

池端氏
遠野市中央通りの精米屋[21]。原台の淵で若い女に手紙を託された(27話)。
鳥御前
南部男爵家に仕えた鷹匠。山男に谷底へ蹴飛ばされ、3日後病没した(91話)。新屋敷丁の沖館勝志のことと見られる[22]
芳公馬鹿(? - 明治41年(1908年))
遠野町の白痴。家々に石を打ち付けて「火事だ」と叫び、その家は実際に火事となった(96話)。

上郷村の人々[編集]

上郷村、現遠野市上郷町。

畑屋の縫[23]
本文中では「何の隼人と云ふ猟師」。白鹿を撃ち留めた(32話)。
畑屋松次郎
通称は熊。六角牛で熊に襲われたが、一命を取り留めた(43話)。『遠野新聞』第13号(明治39年11月20日)に記事がある。
河ぷちのうち
娘が河原で山の神に木の葉を貰い、占術を得た(107話)。

松崎村の人々[編集]

松崎村、現遠野市松崎町。

川端の家
2代続けて河童を産んだ(55話)。
菊池某
庭造りが趣味で、山で不思議な石に遭遇した(95話)。

遠野郷外の人々[編集]

三浦某
宮古市小国第6地割87番地の人[24]。妻がマヨイガに行き当たった(63話)。なお、現在三浦家では家中の出来事ではなく、村での噂話として伝えられている[25]
北川福二(万延元年(1860年) - 昭和4年(1929年))
佐々木喜善の父方祖母チエの弟[26]山田町田ノ浜へ婿に行ったが、明治三陸津波で妻子を失い、1年後亡き妻に遭遇した(99話)。福二は大槌町から後妻を迎え、子孫は田ノ浜で漁業を営んだ[26]。100年後、福二の曾孫も東日本大震災で母を失った[27]

登場する神様や妖怪など[編集]

登場する地名[編集]

根子立(ねっこだち)
山口村の吉兵衛が山女に遭遇した(4話)。
笛吹峠
遠野市青笹町と釜石市橋野町の境。山男、山女が出没するため、堺木(さかいげ)峠に迂回するようになったという(5話)。実際は界木峠の方が距離が近い[28]
糠前(ぬかのまえ)
青笹村の大字。長者の娘が神隠しに遭った(6話)。
五葉山
上郷村で神隠しに遭った娘が山の腰で発見された(7話)。
寒戸(さむと)
寒戸の婆の舞台(8話)。実際は松崎村内にそのような地名はなく、松崎町興福寺字登戸(のぼと)のことではないかとも言われる[29]
大谷地
界木峠頂上付近の谷間[30]。菊池弥之助が谷底から呼ばれる声を聞いた(9話)。佐々木嘉兵衛が狼の群れに遭遇した(41話)。
留場の橋
山口村の橋。山口孫左衛門家離れるザシキワラシが目撃された(18話)。
原台の淵
宮古市腹帯にある閉伊川の淵。池端氏が若い女に手紙を託された(27話)。
早池峰山
附馬牛村の猟師が道を開いてた時、坊主に遭遇した(28話)。小国村の何某は大男に遭遇した(30話)。
鶏頭山
前薬師ともいい、天狗が住むとされた(29話)。
千晩(せんば)ヶ嶽
釜石市仙磐山。畑屋の縫が白鹿を追い千晩籠った(32話)。
片羽山
白鹿が畑屋の縫に撃たれ、片脚を折った場所(32話)。
死助
白鹿が死んだ山(32話)。その後白鹿は死助権現として祀られ、現在山は単に権現山という。5月の閑古鳥が鳴く頃、カッコ花(アツモリソウ)が咲いた(50話)。
白望(しろみ)山
遠野市、大槌町川井村の境。深夜薄明るくなることがあった(33話)。佐々木喜善の祖父の弟が女を目撃した(35話)。
離森の長者屋敷
土淵町栃内7地割琴畑1番[31]。人里離れた地で、女が度々目撃された(34話)。燐寸の軸木の工場があったが、女が出るとして山口に移された(75話)。
二ツ石山
小学生が山の上に御犬を見た(36話)。
ヲバヤ、板小屋
板小屋は現在の笛吹牧場、ヲバヤはその前の森林で、姥屋の意[32]。飯豊衆による狼狩が行われた(42話)。
六角牛山
上郷村の熊という男が熊に襲われ、一命を取り留めた(43話)。栃内村林崎の何某が猿の経立に遭遇した(46話)。
六黒見金山
炭焼が猿の経立に遭遇した(44話)。
仙人峠
仙人像を祀る堂があり、旅人が山中で遭った怪異を壁に書き記した(49話)。トンネルの開通で廃れ、堂は上郷町佐生田に遷された[33]
機織淵
小国川の閉伊川への合流地点の淵[34]。川井村の長者の奉公人が、主人の亡き娘に遭遇した(54話)。
姥子淵
小烏瀬川の淵。河童駒引譚が伝えられる(58話)。
阿倍ヶ城
高橧山と早池峰の中間にある岩。安倍貞任の母が今も住むと伝えられる(65話)。
阿倍屋敷
附馬牛からの登山口にある岩窟(66話)。場所不明[35]
貞任
土淵と橋野の境となる山。安倍貞任が馬を冷やした場所とも、陣屋跡ともいう(69話)。
八幡沢(はちまんざ)の館
八幡太郎義家の館跡という(68話)。
似田貝
八幡太郎がここに粥が置いてあるのを見て、「煮た粥か」といったという(68話)。
足洗川(あしらが)村
八幡太郎が鳴川で足を洗ったことに因むという(68話)。
琴畑
栃内村の字。カクラサマの祠があった(72話)。
下栃内
土淵本宿の政の父が、死亡する時刻に普請を手伝いに現れた(86話)。
愛宕山
山口と柏崎の間の山。和野の何某が山の神に遭遇した(89話)。
天狗森
松崎村の山。村の何某が山の神に突き飛ばされた(90話)。
早池峰山
土淵村14.5人が山の神に遭遇した(92話)。
四十八坂
吉里吉里から船越までの海岸一帯[36]。船越の漁夫が妻に化けた狐に遭遇した(100話)。
山田
山田町。毎年蜃気楼が見えるという(106話)。
ダンノハナ
山口、飯豊、附馬牛字荒川、字東禅寺、字火渡、青笹字中沢、土淵字土淵にある地名(111話)。昔囚人を斬った場所という(112話)。現在は共同墓地(114話)。
蓮台野
ダンノハナの近辺に必ずある地名という。老人がここに棄てられた(111話)。
星谷
細谷か[37]。石器が多く出土する(112話)。
ホウリヤウ
山口の内。石器、土器、丸玉、管玉が出土する(112話)。
ジヤウヅカ森
和野の内。象を埋めた場所で、地震でも揺れないという(113話)。

関連書籍[編集]

※初版刊行からちょうど一世紀を経た2009-10年に、相次いで出版された。

脚注[編集]

  1. ^ 常民大学(1997) p.56
  2. ^ 常民大学(1997) p.
  3. ^ a b 常民大学(1997) p.77
  4. ^ 常民大学(1997) p.79
  5. ^ 常民大学(1997) p.97
  6. ^ 常民大学(1997) p.111
  7. ^ 常民大学(1997) p.104
  8. ^ 常民大学(1997) p.105
  9. ^ 山口集落の散策マップ
  10. ^ a b 常民大学(1997) p.132
  11. ^ 常民大学(1997) p.217
  12. ^ 常民大学(1997) p.218
  13. ^ 常民大学(1997) p.248
  14. ^ 常民大学(1997) p.308
  15. ^ a b 常民大学(1997) p.53
  16. ^ 常民大学(1997) p.204
  17. ^ 常民大学(1997) p.84
  18. ^ a b c d 常民大学(1997) p.121
  19. ^ 常民大学(1997) p.96
  20. ^ 常民大学(1997) p.267
  21. ^ 常民大学(1997) p.124
  22. ^ 常民大学(1997) p.275
  23. ^ 常民大学(1997) p.135
  24. ^ 常民大学(1997) p.201
  25. ^ 常民大学(1997) p.205
  26. ^ a b 常民大学(1997) p.300
  27. ^ 奥山はるな「東日本大震災 悲しみ語り継ぐ 116年前の物語、娘へ」毎日新聞 2012年3月11日朝刊1面
  28. ^ 常民大学(1997) p.58
  29. ^ 常民大学(1997) p.68
  30. ^ 常民大学(1997) p.72
  31. ^ 常民大学(1997) p.142
  32. ^ 常民大学(1997) p.152
  33. ^ 常民大学(1997) p.168
  34. ^ 常民大学(1997) p.177
  35. ^ 常民大学(1997) p.208
  36. ^ 常民大学(1997) p.303
  37. ^ 常民大学(1997) p.332

関連項目[編集]

参考文献[編集]

外部リンク[編集]