浅羽通明
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
浅羽 通明(あさば みちあき、1959年 - )は神奈川県横須賀市生まれの評論家。法政大学非常勤講師。元早稲田大学非常勤講師。元早稲田セミナー専任講師。みえない大学本舗主宰。旧筆名は、村上道紀、きねずみあん。
目次 |
[編集] 経歴
1974年、横須賀高校入学。同学年に後の評論家、東雅夫がおり、相互に影響を受ける。当時の浅羽はSFファンで、SF同人誌を発行していた。
1977年、早稲田大学法学部入学。
1979年、やはり早稲田に進学していた東雅夫が入会していた「幻想文学会」に、正式メンバーではなかったが、しばしば顔を出すようになる。倉阪鬼一郎ともこのころに知り合う。また堀切直人の面識を得る。そのうち、「幻想文学会」の別部門、レクチャー兼アジテーションを主な活動とするオカルト・異端思想についての会、「愛と憧憬の会」を主催するようになる。
1981年早稲田大学法学部卒業。1982年司法試験に最終合格するも、司法修習生時代に「自分には合わない」との理由で[1]ドロップアウトする[2]。
学生時代から「乱調社(のちに『みえない大学本舗』)」をなのり、呉智英、荒俣宏、笠井潔などを招いての連続講演会「叛近代の贈り物」「大江戸ポストモダンの彼方に」等を企画するようになる。
1987年秋に実施された、講演会の内容は、『異界が覗く市街図』(小松和彦、山折哲雄、赤坂憲雄、宮田登、鎌田東二、芹沢俊介、佐々木宏幹)として、青弓社から単行本化された。
一方、1988年に出版した『ニセ学生マニュアル』で、学籍は無いが大学の講義を眺めてみたいという人(「ニセ学生」)向けに著名な教授・学者による講義の特色、実像などを観光ガイド風に紹介し話題となる。『ニセ学生マニュアル』は三部作となるが、初期のオカルト革命主義から、呉智英の影響を受けた「実社会へのフィードバックを考える思想」へと転向する。
当時は、民俗学者の大月隆寛と親密で、彼とともに、同世代で、著書『少女民俗学』などで擬似民俗学的な主張をしていた大塚英志を批判した。また、1989年には大月とともに、異端の民俗学者・赤松啓介を招いてシンポジウムを開催した。
いわゆる「第一次オタク世代」であり、「おたく」についての論考も多い。浅羽自身、一時はオカルト的な思想にかぶれており、おたく的感性がオカルトに転化する過程を論じた論考は、後の「オウム真理教」事件を予見していたともいえる。
他に、1988年から2006年まで、呉智英が論語を講義する、公開講座「以費塾」を主催した。
また、全盛期の「別冊宝島」にも評論を多数発表。その発展形の雑誌「宝島30」ではメイン・ライターの一人となる。
1990年代には、呉智英と共に、漫画家小林よしのりのブレーンとなり、小林の著作中に「思想家」として登場し注目される。だが、『戦争論』以後の小林とは一線を引き、歴史教科書問題その他でも中立的な立場を取っている。
試験政治学の啓蒙家としても知られる。
『大学で何を学ぶか』においては、「『世間』の集合」である日本社会では、「ある大学に入るということは、その時点で『世間』に組み込まれることだ」と説いた。
また、『野望としての教養』『教養論ノート』『教養としてのロースクール小論文』と続く一連の「教養論」は、「教養」の意味づけが不透明になってしまった現代における教養の意味を、様々な観点から問い直す、野心的な内容である。
「読者との直接取引」という持論から、20年以上に渡り、有料の個人ニューズレター「流行神(はやりがみ)」を発行している。その考えから、ネット時代の現在でも、ホームページもブログも保有していない。同様の理由から、「電波メディア(テレビ、ラジオ等)」への出演依頼は全て断っている。
なお、近年は裕木奈江の熱狂的なファンになったようで、「流行神」にも「姫」と称した彼女についての記載がみられる。
長年に渡って、早稲田セミナー専任講師を勤めてきたため、「流行神」での活動と、書き下ろしをメインとし、「宝島30」以外の雑誌への執筆は最小限に抑えてきた。が、2007年に講師をリストラされたことから、「経済的事情と時間的余裕ゆえ、本年より浅羽通明は著述業者として量産体制に入ります。まずは、書き下ろし限定の著述姿勢を解除。」と宣言した。
[編集] 著書
- 『試験のための政治学』早稲田経営出版 1988.8
- 『ニセ学生マニュアル いま、面白い<知>の最尖端講義300』徳間書店 1988
- 『ニセ学生マニュアル ミーハーのための<知>の流行案内 逆襲版』徳間書店 1989.9
- 『ニセ学生マニュアル 知的スノビズムを超えるための気になる講義総覧 死闘篇』徳間書店 1991.7
- 『天使の王国 「おたく」の倫理のために 』JICC出版局 1991 のち幻冬舎文庫
- 『渋沢竜彦の時代 幼年皇帝と昭和の精神史』青弓社 1993.8
- 『思想家志願』幻冬舎 1995.8
- 『大学で何を学ぶか』幻冬舎 1996 のち文庫
- 『教養論ノート』幻冬舎 2000.11
- 『野望としての教養 大学講義』時事通信社 2000.6
- 『アナーキズム 名著でたどる日本思想入門』ちくま新書 2004.5
- 『ナショナリズム : 名著でたどる日本思想入門』ちくま新書 2004.5
- 『教養としてのロースクール小論文』早稲田経営出版 2005.5
- 『右翼と左翼』幻冬舎新書 2006.11
- 『浅羽通明同時代論集Ⅰ 治国平天下篇/天皇・反戦・日本』幻冬舎2007 -「流行神」からのセレクト集。
- 『昭和三十年代主義 もう成長しない日本』幻冬舎 2008.4
[編集] 共編著
- 『知のハルマゲドン ゴー宣・サリン・パープリン』(小林よしのり)徳間書店 1995 のち幻冬舎文庫
- 『「携帯電話的人間」とは何か "大デフレ時代"の向こうに待つ"ニッポン近未来図"』(別冊宝島)(編著)宝島社 2001.5
[編集] 解説
- 小林よしのり異常傑作選(2)『誅天罰研究会 世紀末研究所』出帆新社,1995.7
- 須原一秀『自死という生き方』双葉社,2008.1(収録)-浅羽は須原の『超越錯覚 ひとはなぜ斜にかまえるか』を高く評価していた。そのため、死後発表されたこの本の解説を執筆した。
- 小林信彦『イエスタディ・ワンス・モア』文庫 新潮社,1994.09
- 澁澤龍彦『快楽主義の哲学』文庫 文芸春秋,1996.2
[編集] 関連項目
- 星新一 -元SFファンということもあるが、膨大なショート・ショートでありとあらゆる「人間的な問題」を書いた星の作品から、現在の思想的な課題を引き出すことが多い。
- 阿部謹也 -「日本社会は『世間』の集合だ」と説く浅羽は、阿部の晩年の「世間論」を高く評価していた。
- 橋本治 - 浅羽は橋本を「戦後日本における最大の知性」と評価している。
- 花田清輝 -学生時代に全集を読破して、大きく影響を受けた。
- 関曠野 - 在野の思想史家。浅羽は高く評価している。
- 塚崎幹夫 - ロジェ・カイヨワの翻訳で知られる仏文学者。浅羽は彼の評論を高く評価しているが、出版先がみつからないこともあり、そのことを嘆いている。
[編集] 脚注
- ^ 産経ニュース【さらば革命的世代】第4部キャンパスはいま(5)「大人」になれない大学生 評論家・浅羽通明さん (1/4ページ) 2009.6.13 18:00
- ^ 永久保存版FAQ 「やや身内ぼめになりますが、当時の「幻想文学会」はたぶん80年代中頃の東京における最大のインデペンデントな文化運動だったでしょう。後で知ったことですが、当時のこの拡大路線は司法試験の合格後ドロップアウトしたばかりの浅羽氏が参加していて、積極的に采配をふるった結果だそうです。」

