狂つた一頁

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狂つた一頁
A Page of Madness
監督 衣笠貞之助
脚本 川端康成
衣笠貞之助
犬塚稔
沢田晩紅
原作 川端康成
製作 新感覚派映画連盟
ナショナルフィルムアート
衣笠映画連盟
製作総指揮 衣笠貞之助
出演者 井上正夫
中川芳江
撮影 杉山公平
配給 日本の旗 自主配給
アメリカ合衆国の旗 ニュー・ライン・シネマ
公開 日本の旗 1926年9月24日
アメリカ合衆国の旗 1975年1月
上映時間 70分 / 現存 59分
製作国 日本の旗 日本
言語 (無声・無字幕)
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狂つた一頁』(くるったいっページ)は、1926年大正15年)製作・公開、衣笠貞之助監督による日本の長篇劇映画。無字幕のサイレント映画で、日本初のアヴァンギャルド映画と言われている。

略歴・概要[編集]

1926年(大正15年)、マキノ省三の応援を受け、衣笠貞之助は横光利一原作の『日輪』を撮ったが、完成後「天照大神を人間あつかいした」として不敬罪告訴を受け、一時は上映禁止、さらにずたずたにカットされて題名も『女性の輝き』と改められてしまった。

衣笠は「この映画の責任をとる」との形でマキノ・プロダクションを辞めたが、その一方で衣笠映画聯盟を設立。本作の準備を進めていた[1]

マキノ退社後、衣笠は、川端康成横光利一片岡鉄兵岸田国士と合同して新感覚派映画聯盟を結成、本作を製作・監督した。「営利を度外視して良き芸術映画を製作したい」という思いから衣笠が横光に相談、横光が『文藝時代』の同人である川端らに声をかけた。撮影終了後、映像の純粋性を保つため、まったくの無字幕で上映することになった[2]。日本では、同年9月24日に東京・新宿の武蔵野館(現在の新宿武蔵野館)等で公開された[3]

脚本に参加した犬塚稔、助監督の小石栄一は、のちに傾向映画と呼ばれる左傾化した映画を監督し、学生、知識人層に大いに受け入れられた。特撮監督として有名な円谷英二(当時:円谷英一)が助手(チーフキャメラマン)として参加している。円谷はこの年5月に「衣笠映画聯盟」に加入したばかりだった。

川端は、本作の撮影を題材に短編「笑わぬ男」を執筆(『掌の小説』収録)。

1971年(昭和46年)、それまでプリント、ネガフィルムともに現存しない作品とされていたが、衣笠の自宅でプリントが発見された。1975年(昭和50年)1月にアメリカ合衆国ニュー・ライン・シネマが配給した際のプリントはそのデュープによるものである。本来は70分だったが、59分に短縮され、バックに音楽がつけられている。

あらすじ[編集]

男は、自分の虐待のせいで精神に異常をきたした妻を見守るために、妻が入院している精神病院に小間使いとして働いている。ある日、男の娘が結婚の報告を母にするために病院を訪れ、父親が小間使いをしていることを知る。男は妻を連れ戻そうと試みるが失敗し、再びいつもの生活に戻っていく。

エピソード[編集]

マキノ映画から離れて下賀茂撮影所に籠り、食うや食わずの困難を続け、本作を撮り上げた衣笠監督は、完成フィルムを抱えて自ら東上した。この映画が売れなければスタッフにも役者にも給料は払えず、借金の返済も出来ぬとあって、衣笠監督は必死で駆け回り、東京築地の松竹本社で蒲田の監督たちを寄せての試写にこぎつけた。しかし、誰もこの作品を称賛せず、営業部も良い返事をしなかった。ついに衣笠は大声をあげ、「わからんならわからんとはっきり言ったらどうなんだ、買いたくないなら、買って貰わんでもええわい!」と啖呵を切って重いフィルムを担ぎ、本社を出た。

衣笠監督は腹立たしい気持ちを鎮めようと、歌舞伎座の立見席に入って気晴らしをしていたが、内心、これを売らなければ京都へは帰れぬと悲痛な思いだった。と、そこへ一人の紳士が笑顔で近寄って来て、「さきほどは、えらい剣幕で怒鳴っていたが、あんたはそのフィルムを売らなんだら京へ戻れんのと違うか」と声をかけてきた。この人は松竹の大谷竹次郎社長であり、大谷は衣笠の悲壮な気持ちと意気に感じて、この『狂つた一頁』を買い取り、合わせて下賀茂撮影所での時代劇製作を勧めてくれた。

こうして「衣笠映画聯盟」によって、日活、マキノを脅かす時代劇映画製作が下賀茂撮影所で始まることとなったのである[4]

スタッフ・作品データ[編集]

キャスト[編集]

関連事項[編集]

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  1. ^ 『映画渡世・天の巻 マキノ雅弘伝』(マキノ雅弘、平凡社)
  2. ^ 横光利一における大正・昭和期メデ ィアと文学の研究十重田裕一 早稲田大学
  3. ^ 狂つた一頁、日本映画データベース、2010年2月18日閲覧。
  4. ^ 『日本映画の若き日々』(稲垣浩、毎日新聞社刊)
  5. ^ Film Calculator換算結果、コダック、2010年2月18日閲覧。
  6. ^ 狂つた一頁、allcinema ONLINE、2010年2月18日閲覧。

参考文献[編集]

  • 衣笠貞之助『わが映画の青春』(中央公論社、1977年)
  • Gerow, Aaron (2008). A Page of Madness: Cinema and Modernity in 1920s Japan. Center for Japanese Studies, University of Michigan. ISBN 9781929280513. (英語)
  • Lewinsky, Mariann (1997). Eine Verrückte Seite: Stummfilm und filmische Avantgarde in Japan. Chronos. ISBN 390531228X. (ドイツ語)

外部リンク[編集]