古都 (小説)

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古都
The Old Capital
著者 川端康成
イラスト 口絵:東山魁夷
発行日 1962年6月14日
発行元 新潮社
ジャンル 長編小説
日本の旗 日本
言語 日本語
形態 上製本
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古都』(こと)は、川端康成長編小説。古都・京都を舞台に、生き別れになった双子の姉妹の数奇な運命を描いた物語。1961年(昭和36年)、『朝日新聞』10月8日号から翌1962年(昭和37年)1月23日まで連載された(挿絵:小磯良平)。単行本は連載後の同年6月14日に新潮社より刊行された。現行版は新潮文庫より刊行されている。翻訳版も1987年(昭和62年)のJ・マーティン・ホルマン訳(英題:“The Old Capital”)をはじめ、各国で行われている。

単行本刊行と同年に川口松太郎脚色で新派で舞台化もされた。また、これまで2度映画化もされている。

概要[編集]

捨て子であったが、京都の老舗呉服問屋の一人娘として美しく成長した娘が、北山杉の村で見かけた自分と瓜二つの村娘と祇園祭の夜に偶然出逢う物語。互いに惹かれ合い、懐かしみ合いながらも、一緒に暮らすことのできない双子の姉妹の姿が、移ろう四季の景色と伝統的な祭、古都の深い面影を残す史蹟の数々を織り込んだ流麗な筆致で美しく描かれている[1]

構成は全9章からなり、「春の花」「尼寺と格子」「きものの町」は春、「北山杉」「祇園祭」は夏、「秋の色」「松のみどり」「秋深い姉妹」は秋、「冬の花」は冬、というように京都の四季を背景に物語が進行する。小説に描かれたのは、1961年(昭和36年)の春から冬にかけての京都であり、実際の年中行事や出来事が盛り込まれている。

作品冒頭に描かれているすみれの花にはモデルがあるという[2]。川端が「京言葉」を取材するために訪れた町家の秦家(漢方薬を製造販売した老舗の薬種商)の庭には、作中にも登場するキリシタン灯籠もあり、川端がの石の間に咲いていたすみれの花に興味をひかれていたと、応対した家人が回想していたという[2]

初版刊行本の口絵には、東山魁夷の「冬の花」と題する、北山杉の図が掲げてあるが、これは東山が、川端の文化勲章受賞祝いとして描いたものである。『古都』連載終了を機会に睡眠薬常用を止めようとし禁断症状で入院した川端の元へ、東山が直接持参したという[3]。川端は、「病室で日毎ながめてゐると、近づく春の光りが明るくなるとともに、この絵の杉のみどり色も明るくなつて来た」[3]と述べている。また『古都』執筆中は、毎日書き出す前にも、書いている間も睡眠薬を飲み、「うつつないありさまで書いた」とし、自作を「私の異常な所産」と呼んでいる[3]

なお、川端は洛中に現存する唯一の蔵元佐々木酒造の日本酒に「この酒の風味こそ京都の味」と、作品名『古都』を揮毫した。川端は京大名誉教授桑原武夫に、「古都という酒を知っているか」と尋ね、知らないと答えた桑原にこれを飲ませようと、寒い夜にも関わらず徒歩30分かけて買いに行ったと言われている[4]

あらすじ[編集]

京都中京の由緒ある呉服問屋の一人娘の佐田千重子は、両親に愛されて育ったが悩みがあった。それは自分が捨て子ではないのかということだった。両親はその噂を否定し、20年前、祇園さんの夜桜の下に置かれていたあまりにも可愛い赤ちゃんをさらって逃げてきたんだと千重子には説明していた。5月のある日、千重子は友達の真砂子と北山杉を見にいった。真砂子は北山丸太の加工の仕事をしている村娘の中に千重子とそっくりな娘を見つけ、千重子に示した。

夏、祇園祭の夜、千重子は八坂神社御旅所で熱心に七度まいりをしている見覚えのある娘を見つめた。その娘も千重子に気づくと食い入るように見つめ、「あんた、姉さんや、神さまのお引き合せどす」と涙を流した。娘はあの北山杉の村娘で名は、苗子だった。二人はお互いの身の上を短く語り合い、とりあえずその場は別れた。苗子は身分の違いを自覚し、千重子を「お嬢さん」と呼んだ。西陣大橋のところで、西陣織屋の息子で職人の秀男が、苗子を千重子と思って声をかけた。千重子のことを好きな秀男は、自分の考案の柄で千重子のをおらしてくれと言って去った。

後日、千重子の家に図案を持ってきた秀男に、千重子は双子の姉妹がいることを告げ、苗子の分も「赤松の山」の帯を織って、届けてくれるように頼んだ。それをきっかけに秀男は苗子に惹かれ時代祭に誘った。一方、千重子の家と同じく問屋の息子で幼馴染の水木真一の兄・竜助が、経営が傾きかけている千重子の店に来て、番頭の裏帳簿を正すために何かと店を手伝ってくれるようになり、竜助の父親も息子を佐田家に婿養子に出してもいいと申し出て、千重子の父も喜んだ。

一方、苗子は秀男に結婚を申し込まれ、それを千重子に告げた。千重子は賛成するが、苗子は秀男が千重子の幻を愛していることを知っており、それに自分の存在が公になると、千重子の家に迷惑がかかると考えて、プロポーズを断るつもりだった。千重子は、父も母も苗子も家に引き取ってもいいと言っていることを苗子に言うと、苗子は涙を流して感謝した。そして一泊だけ千重子の家に行くことにした。冬の夜、千重子と苗子は一緒の床に寝て幸福な姉妹の時を過ごした。千重子はずっと側にいてくれと言ったが、苗子は今では身分も教養も違う二人の身を思い、少しでもお嬢さんの幸せに支障があってはならないと考え、これをたった一度の訪問にして、雪の朝、山の村へ帰っていった。

登場人物[編集]

佐田千重子
20歳。京都中京にある由緒ある室町通呉服問屋の美しい一人娘。実は店の前に捨てられていた捨て子。やわらかいきれいな手。
佐田太吉郎
50代半ば。千重子の育ての父。呉服問屋を経営。自分でも図案を書く。名人気質で人嫌い。若い頃、才能のなさに悩み麻薬の魔力で、友禅の怪しい抽象絵を描いたこともあるが、今は地味なものしか描けない。商売気がなく、店は番頭に任せているが、商売が傾き気味である。
佐田しげ
50歳。千重子の育ての母。色白で品のいい顔。捨て子ではなく、可愛い赤ん坊の千重子をさらって逃げてきたと娘に嘘を言って、捨子の娘が傷つかないようにしている。
水木真一
20歳。大学生。名刀のような顔だとよく人に言われる。千重子の幼馴染で高校まで同じだった。千重子を愛する。数えで7歳の時、祇園祭の長刀鉾に稚児姿で乗ったことがある。兄がいる。今でも兄から、「お稚児さん」とからかい半分に呼ばれる。
水木竜助
真一の兄。大学院にいる。英語が堪能。室町の大問屋の長男。近所の問屋の妙な噂を知り、千重子に番頭を調べるように助言する。男っぽい風情。千重子を愛する。
真砂子
千重子の友人。茶道の友達。千重子のことを、「きれいやなあ」とよく言う。恋人がいる。
苗子
20歳。千重子の双子の姉妹。北区の中川北山町(北山丸太村)で、伐られた北山杉の加工の仕事をしている貧しい山娘。皮の厚い荒れた手。生まれたての赤ん坊の時に、父親が北山杉の枝打ち中に転落死。母親も早世。今は「村瀬」という家に奉公している。村瀬家は杉山持ち。
大友宗助
50歳くらい。西陣織屋。佐田太吉郎の友人。妻と三人の息子がいる。家族だけで手織をしている。太吉郎を恩人と思っている。
大友あさ子
大友宗助の妻。帯糸を巻く仕事で、年よりも老けている。
大友秀男
大友宗助とあさ子の長男。西陣織のを織っている。親より優れた技術がある。無愛想な職人。濃い眉。千重子を愛する。千重子の父が娘のために描いた図案の帯を織る。秀男自身も千重子のために図案を描いて帯を織るが、その時、千重子から苗子の分も頼まれる。
おかみ
上七軒お茶屋のおかみ。佐田太吉郎の昔の知り合い。お茶屋に20歳の芸者がいる。
ちいちゃん
中学一年。或るお茶屋の娘。おかっぱの毛が美しく黒光りしている。将来の舞妓として期待されている。姉が二人いる。上の姉は来春、中学卒業。先斗町に住む伯母がいる。
芸者
20歳。おかみの茶屋の芸者。いきなりキスをしてきた酔客の舌を噛み拒んだこともあったことを、佐田太吉郎に話すが、その後、太吉郎と再会すると平気で戯れに舌を含み、太吉郎から「あんた、堕落したな」と言われる。
植村
千重子の家(呉服問屋)の番頭。帳簿をごまかしている。
水木
水木竜助と真一の父。室町の大問屋。傾きかけている千重子の店に長男の竜助を婿養子に出して助けようとする。
その他の人々
千重子の家に来る白川女(花売り娘)。千重子がよく買物をする湯葉半(総菜屋)の女。竜村(下河原町の織物屋)の店員。バスの中で千重子をじろじろ見る手錠をかけられた若い男と刑事らしき男。

作品評価・解説[編集]

京都という古き伝統が残る地を舞台とし、京都の名所や年中行事絵巻を楽しめる作品でもあり、映画化やドラマ化も多くなされ知名度はあるが、他の代表的川端作品の『雪国』や『山の音』などに比べると、文学的にはあまり本格的論及の対象とはなっていない傾向がある。失われてゆく日本の美をとどめておきたいという、川端自身の創作意図の観点から論じられることが多い。

川端は『古都』の連載にあたり、「『古都』とは、もちろん、京都です。ここしばらく私は日本の『ふるさと』をたづねるやうな小説を書いてみたいと思つてゐます」[5]と語っている。また、主人公・千重子が平安神宮で桜を見る場面では、谷崎潤一郎細雪』からの、「まことに、ここの花をおいて、京洛の春を代表するものはないと言ってよい」という一節がオマージュとして引用し、北山杉の村の場面では、同じ鎌倉文士で懇意だった大仏次郎の随筆『京都の誘惑』の一節より引用し、花や樹木の自然の瑞々しさを綴る描写も多い。

三谷憲正は、「すみれ」の可憐さをもつ女性として登場した千重子が、「北山杉」の素直さをも同時に合わせ持つイメージとして物語が進行するが、北山杉の林の中で、苗子と胎内の双生児のように抱き合った後には、次第に「」の力強さを身につけてゆくと解説している[6]

また『古都』は『竹取物語』との類縁を指摘されることもしばしばあり、三谷はそれに関し、「太吉郎」(takitiro)の名は「竹取翁」(taketori okina)のアナグラムであるという学会発表の会場からの指摘を記している[6]。さらに高橋真理は、このアナグラムについて、「竹取翁」(taketori okina)マイナス「太吉郎」(takitiro)イコール「苗子」(naeko)であることを指摘し、この二人の人物にまたがるように「千重子」(tieko)の名はあるとしている[7]

川端は、『古都』刊行後に執筆した随筆では、「山が見えない、山が見えない。近ごろ、私は京都の町を歩きながら、声なくさうつぶやいてゐることがある」[8]「自然の美の尊びも、町づくりの美も踏みやぶつてゆく、今の日本人はすさまじい勢ひ、おそろしい力である」[8]と記し、都市景観の破壊的変化を危惧している。後に東山魁夷『京洛四季』に寄せた序文でも、同様のことを述べ、「京都は今描いていていただかないとなくなります」[9]と東山にしきりに言っていたことや、醜い安洋館が建ちはじめて、「町通りから山が見えなくなつたのである。山の見えない町なんて、私には京都ではない」[9]と歎いていることを記している。

野口祐子はこういった川端の危機感を踏まえて、川端が『古都』で試みたのは、高度経済成長期の日本に対するささやかな抵抗であると述べ[2]、川端が東山へ送った言葉を自身で行なった創作が『古都』であったとし[2]、「『古都』の、時代から遊離したかのごとく感じられる古風な京都イメージと登場人物、そして円環的時間間隔と物語性の欠落は、川端の京都を古都として描き残そうとする使命感のなせるわざだったと言えるだろう」[2]と論じている。

呉悦は、『古都』の書かれた当時の急速な近代化の日本社会を鑑み、川端はその流れに反して、主人公の少女たちを単純、純潔に表現し、少女特有の恥じらいを溢れさせているとし[10]、他の登場人物も古い土地で代々伝わる家業を守って暮らしている設定で、その主題の中には、徐々に失われてゆく伝統風景や自然の生命、人間社会への厭世と裏腹の人間愛、近代化の波による過去に対する懐かしさなどが入り混じっていると解説し[10]、戦後、世の中の価値観の変動を目の当たりにした川端が述べていた、「戦争中、殊に敗戦後、日本人には真の悲劇も不幸も感じる力がないといふ、私の前からの思ひは強くなつた。感じる力がないといふことは、感じられる本体がないといふことであらう。敗戦後の私は日本古来の悲しみのなかに帰つてゆくばかりである。私は戦後の世相なるもの、風俗なるものを信じない。現実なるものをあるひは信じない」[11]という言葉に関連して、川端が現実を信じない結果、日本の伝統的故郷への愛を徹底的に描き出すことに情熱を傾けたのが『古都』だと論じている[10]

しかしそこで川端は、懸命に理想的世界を作り、純粋な人物を登場させているのにも関わらず、主人公の少女たちの辿る悲哀の人生や、変えられない運命に左右される哀愁には、川端の現実社会に対する失望や不信感が窺えると呉悦は述べ[10]、その後川端は幻想的な世界観の『片腕』を描き、現実からかけ離れた道を辿ってゆくと解説している[10]。そして、川端は欧米に学んだ後に日本伝統回帰するが、欧米から押し寄せる近代化の波と伝統との葛藤が心の中に生まれたとし[10]、その末路は、「日本の伝統を必死に守ろうにも守りきれなかったという現実に対する無力感の現れではなかろうか」[10]と、新感覚派の旗手から、日本伝統回帰を経て、不思議な作品を創出し、最後は自殺してしまった川端自身の運命について言及している[10]

舞台化[編集]

映画化[編集]

テレビドラマ化[編集]

おもな刊行本[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 「カバー解説」(文庫版『古都』)(新潮文庫、1968年。改版2010年)
  2. ^ a b c d e 野口祐子『川端康成「古都」におけるすみれの花と時間感覚』(京都府立大学学術報、2009年12月)
  3. ^ a b c 川端康成「あとがき」(『古都』)(新潮社、1962年)
  4. ^ 『川端康成氏との一夕』(文藝春秋 1972年6月号に掲載)
  5. ^ 『川端康成全集第12巻』(新潮社、1970年)所収。
  6. ^ a b 三谷憲正『川端康成「古都」論――<衰滅>の予兆と萌芽の予感と』(橋本近代文学・第20集 1995年11月)
  7. ^ 高橋真理『「山の音」その他―「禁」の構造、「虚」の時間』(明星大学研究紀要、2001年3月)
  8. ^ a b 川端康成『自慢十話』(毎日新聞 1962年8月7日号に掲載)
  9. ^ a b 「都のすがた―とどめおかまし」(東山魁夷『京洛四季』序文)(1969年)
  10. ^ a b c d e f g h 呉悦『川端康成と沈従文における伝統への回帰―「古都」と「辺城」の比較を中心として』(名古屋大学国際言語文化研究科国際多元文化、2011年3月)
  11. ^ 川端康成『哀愁』(1947年10月)

参考文献[編集]

関連項目[編集]