マン・レイ

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マン・レイ(Man Ray, 本名:エマニュエル・ラドニツキー Emmanuel Rudnitsky, Эммануэль Рудзицкий, 1890年8月27日 - 1976年11月18日)は、アメリカ合衆国画家彫刻家写真家ダダイストまたはシュルレアリストとして、多数のオブジェを制作したことでも知られる。レイヨグラフソラリゼーションなど、さまざまな技法を駆使し、一方でストレートなポートレート(特に同時代の芸術家のポートレート)も得意とし、ファッション写真と呼べるような作品もあったりと、多種多様な写真作品群を残している。

生涯と作品[編集]

映画監督作品[編集]

マン・レイはパリでの滞在期に、実験的なサイレント映画の制作も手がけている。

最初の作品、"Le Retour à la Raison"(1923)は、ダダイスムの映画版ともいえるものである。「理性への回帰」というタイトルに反し、その中身は釘や画鋲、塩や胡椒などをカメラを使用せず直にフィルムに振りかけたりして焼き付けたイメージ群の、脈絡のないコラージュであり、最後にかろうじて具象的なイメージとして、女性の裸体が映される。

しかし、"Emak-Bakia" (1926、バスク語で「ひとりにしてくれ」の意)においては、より具象的なイメージが用いられ、路上を走る車、砂浜での波などの屋外の風景も映されている。ストップモーションを用いての簡単なアニメーションなども試されている。

友人である詩人、ロベール・デスノスの詩に触発された"L'Étoile de Mer"(1928、ひとで)では、男女の悲恋の物語という、抽象的であるものの核となるストーリーの確立が見られ、人物、感情の動きに焦点が当てられている。その翌年には、ド・ノアイユ子爵夫妻の依頼を受け、"Les Mystéres du Château du Dé" (サイコロ城の秘密)を制作した。なお、"Les Mystéres du Château du Dé" 以外の作品にはキキが出演している。

日本での主要展覧会[編集]

マン・レイの本名[編集]

マン・レイの本名であるが、比較的信頼のおけるGetty財団の美術家データベース(Union List of Artist Names)で検索すると、次の4つが挙げられており、

  • Radnitzky, Emmanuel
  • Rudnitsky, Emmanuel
  • Rudnitzky, Emmanuel
  • Radenski, Emmanuel

これら以外を本名として挙げる文献もある。このような状態となっている経緯は明らかではなく、この状態を正面から受け止めたうえで、マン・レイの本名が何であるかについて、きちんとした検証をおこなう、ということはなされていない。このような現状では、いずれが本当かを判断する材料は存在せず、「マン・レイの本名は明確ではない」、といわざるを得ない。

なお、Wikipediaのロシア語版では、「Эммануэль Радницкий」を本名としている。また、英語版では「Emmanuel Radnitzky」、フランス語版では「Emmanuel Rudzitsky (ou Rudnitsky ou Radnitzky)」となっている。

その他[編集]

マン・レイという名前(アルファベット表記)を、人名索引などで、アルファベット順に並べる場合には、「Ray」を苗字(姓)と考えて「r」の欄に配置する場合と、「Man Ray」を一体のペンネームと考えて「m」の欄に配置する場合とがある。

関連項目[編集]