トリスタン・ツァラ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索
トリスタン・ツァラ
Tristan Tzara
Robert Delaunay - Tzara.jpg
肖像画(1923年、ロベール・ドローネー作)
誕生 サミ・ローゼンストック
Sami Rosenstock
1896年4月16日
ルーマニア王国の旗 ルーマニア王国モイネシュチ
死没 1963年12月25日(満67歳没)
フランスの旗 フランスパリ
墓地 モンパルナス墓地
職業 詩人
国籍 ルーマニアの旗 ルーマニアフランスの旗 フランス
活動期間 1912 - 1963
ジャンル 抒情詩叙事詩自由詩散文詩パロディ諷刺
主題 美術評論文芸評論、社会批判
文学活動 象徴主義アバンギャルドダダイスムシュルレアリスム
Portal.svg ウィキポータル 文学
テンプレートを表示

トリスタン・ツァラTristan Tzara1896年4月16日 - 1963年12月25日)は、ダダイスムの創始者として知られるフランス詩人。本名はサミ・ローゼンストック(Sami Rosenstock)。1925年に正式に改名。

ルーマニア北部のモイネシュチで、裕福なユダヤ人家庭に生まれる。ツァラは象徴主義の影響のもと、実験的な詩を創作していたイオン・ヴィネア(Ion Vinea)と画学生のマルセル・ジャンコらとともに雑誌Simbolulを創刊する。

大学で文学を学んでいたが、第一次世界大戦中、ジャンコとともにスイスチューリッヒを訪れ、そこで、1916年にダダイスム運動を創設。キャバレー・ヴォルテールを中心に行われた、徹底的に言語の意味性を剥ぎ取る手法と挑発的なパフォーマンスで、ヨーロッパ中の芸術家に衝撃を与える。

チューリッヒでのダダイスム運動が行き詰りを見せると、アンドレ・ブルトン等の招聘により1919年、活動の場をパリに移し再び運動を指揮するが、ブルトン等との関係が悪化しダダイスム運動は衰退。数年間の沈黙を続けた後ブルトンと和解しシュルレアリスムに参加する。

第二次大戦下ではフランスに留まりレジスタンス活動に身を投じる。戦後フランスに帰化し、1947年にはフランス共産党に入党し、1963年に亡くなる直前まで詩作を続ける。死後、モンパルナス墓地に埋葬された。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

個人用ツール
名前空間

変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス
他の言語