トリスタン・ツァラ
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| トリスタン・ツァラ Tristan Tzara |
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肖像画(1923年、ロベール・ドローネー作)
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| 誕生 | サミ・ローゼンストック Sami Rosenstock 1896年4月16日 |
| 死没 | 1963年12月25日(満67歳没) |
| 墓地 | モンパルナス墓地 |
| 職業 | 詩人 |
| 国籍 | |
| 活動期間 | 1912 - 1963 |
| ジャンル | 抒情詩、叙事詩、自由詩、散文詩、パロディ、諷刺 |
| 主題 | 美術評論、文芸評論、社会批判 |
| 文学活動 | 象徴主義、アバンギャルド、ダダイスム、シュルレアリスム |
トリスタン・ツァラ(Tristan Tzara、1896年4月16日 - 1963年12月25日)は、ダダイスムの創始者として知られるフランスの詩人。本名はサミ・ローゼンストック(Sami Rosenstock)。1925年に正式に改名。
ルーマニア北部のモイネシュチで、裕福なユダヤ人家庭に生まれる。ツァラは象徴主義の影響のもと、実験的な詩を創作していたイオン・ヴィネア(Ion Vinea)と画学生のマルセル・ジャンコらとともに雑誌Simbolulを創刊する。
大学で文学を学んでいたが、第一次世界大戦中、ジャンコとともにスイスのチューリッヒを訪れ、そこで、1916年にダダイスム運動を創設。キャバレー・ヴォルテールを中心に行われた、徹底的に言語の意味性を剥ぎ取る手法と挑発的なパフォーマンスで、ヨーロッパ中の芸術家に衝撃を与える。
チューリッヒでのダダイスム運動が行き詰りを見せると、アンドレ・ブルトン等の招聘により1919年、活動の場をパリに移し再び運動を指揮するが、ブルトン等との関係が悪化しダダイスム運動は衰退。数年間の沈黙を続けた後ブルトンと和解しシュルレアリスムに参加する。
第二次大戦下ではフランスに留まりレジスタンス活動に身を投じる。戦後フランスに帰化し、1947年にはフランス共産党に入党し、1963年に亡くなる直前まで詩作を続ける。死後、モンパルナス墓地に埋葬された。
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