ルネ・クレール

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
帽子の作曲家サティーとサングラスのクレール1924

ルネ・クレール(René Clair、1898年11月11日 - 1981年3月15日)は、フランス映画監督映画プロデューサー脚本家。本名はルネ・ショメット(René Chomette)。

略歴[編集]

パリに生まれ、レ・アール地区に育った。リセ・モンテーニュ(Lycée Montaigne)と、リセ・ルイ・ル・グラン(Lycée Louis-le-Grand)に学んだ。

第一次世界大戦では、救急車を運転した。戦後、ルネ・デスプレ(René Desprès)の名でジャーナリストとなり、誘われて映画に出演した。

1922年ブリュッセルで映画技法を学び、翌1923年、処女作『眠る巴里』(Paris qui dort)を発表後、詩情と諧謔と風刺に溢れる、多くの映画を作った。

第二次世界大戦時はハリウッドに移り、ヴィシー政権に国籍を剥奪された。

1953年ケンブリッジ大学から名誉教授号を贈られ、シネマフランセ(Cinéma français)のグランプリを受けた。

1960年アカデミー・フランセーズの会員に選出された。

1981年3月、パリ西北隣のヌイイ=シュル=セーヌ(Neuilly-sur-Seine)にて死去。

彼は古典フランス映画のビッグ5の1人である[1]

アンリ・ショメットHenri Chomette)監督は兄弟。

主な監督作品[編集]

  • 眠るパリ - Paris qui dort (1923) <未>
  • 幕間 - Entr'acte (1924)
  • イタリア麦の帽子 - Un chapeau de paille d'Italie (1927) <未>
  • 巴里の屋根の下 - Sous les toits de Paris (1930)
  • ル・ミリオン - Le Million (1931)
  • 自由を我等に - À nous la liberté (1931)
  • 巴里祭 - Quatorze Juillet (1932)
  • 最後の億萬長者 - Le dernier milliardaire (1934)
  • 幽霊西へ行く - The Ghost Goes West (1935)
  • 焔の女 - The Flame of New Orleans (1941)
  • 奥様は魔女 - I Married a Witch (1942)
  • 提督の館 - Forever and a Day (1943) <未>
  • 明日を知った男 - It Happened Tomorrow (1944) <未>
  • そして誰もいなくなった - And Then There Were None (1945)
  • 沈黙は金 - Le Silence est d'or (1947)
  • 悪魔の美しさ - La Beauté du diable (1950)
  • 夜ごとの美女 - Les Belles de nuit (1952)
  • 夜の騎士道 - Les Grandes manoeuvres (1955)
  • リラの門 - Porte des Lilas (1957)
  • フランス女性と恋愛 - La Française et l'amour (1960)

<未>は日本未公開作品。

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 他の4人とは、ジャック・フェデージャン・ルノワールジュリアン・デュヴィヴィエマルセル・カルネ

外部リンク[編集]


前任:
フェルナン・グレッグ
アカデミー・フランセーズ
席次19

第20代:1960年 - 1981年
後任:
ピエール・モワノー