ルネ・クレール
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ルネ・クレール(René Clair、1898年11月11日 - 1981年3月15日)は、フランスの映画監督・映画プロデューサー・脚本家。本名はルネ・ショメット(René Chomette)。
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略歴[編集]
パリに生まれ、レ・アール地区に育った。リセ・モンテーニュ(Lycée Montaigne)と、リセ・ルイ・ル・グラン(Lycée Louis-le-Grand)に学んだ。
第一次世界大戦では、救急車を運転した。戦後、ルネ・デスプレ(René Desprès)の名でジャーナリストとなり、誘われて映画に出演した。
1922年、ブリュッセルで映画技法を学び、翌1923年、処女作『眠る巴里』(Paris qui dort)を発表後、詩情と諧謔と風刺に溢れる、多くの映画を作った。
第二次世界大戦時はハリウッドに移り、ヴィシー政権に国籍を剥奪された。
1953年、ケンブリッジ大学から名誉教授号を贈られ、シネマフランセ(Cinéma français)のグランプリを受けた。
1960年、アカデミー・フランセーズの会員に選出された。
1981年3月、パリ西北隣のヌイイ=シュル=セーヌ(Neuilly-sur-Seine)にて死去。
彼は古典フランス映画のビッグ5の1人である[1]。
アンリ・ショメット(Henri Chomette)監督は兄弟。
主な監督作品[編集]
- 眠るパリ - Paris qui dort (1923) <未>
- 幕間 - Entr'acte (1924)
- イタリア麦の帽子 - Un chapeau de paille d'Italie (1927) <未>
- 巴里の屋根の下 - Sous les toits de Paris (1930)
- ル・ミリオン - Le Million (1931)
- 自由を我等に - À nous la liberté (1931)
- 巴里祭 - Quatorze Juillet (1932)
- 最後の億萬長者 - Le dernier milliardaire (1934)
- 幽霊西へ行く - The Ghost Goes West (1935)
- 焔の女 - The Flame of New Orleans (1941)
- 奥様は魔女 - I Married a Witch (1942)
- 提督の館 - Forever and a Day (1943) <未>
- 明日を知った男 - It Happened Tomorrow (1944) <未>
- そして誰もいなくなった - And Then There Were None (1945)
- 沈黙は金 - Le Silence est d'or (1947)
- 悪魔の美しさ - La Beauté du diable (1950)
- 夜ごとの美女 - Les Belles de nuit (1952)
- 夜の騎士道 - Les Grandes manoeuvres (1955)
- リラの門 - Porte des Lilas (1957)
- フランス女性と恋愛 - La Française et l'amour (1960)
<未>は日本未公開作品。
脚注[編集]
- ^ 他の4人とは、ジャック・フェデー、ジャン・ルノワール、ジュリアン・デュヴィヴィエ、マルセル・カルネ。
外部リンク[編集]
| 前任: フェルナン・グレッグ |
アカデミー・フランセーズ 席次19 第20代:1960年 - 1981年 |
後任: ピエール・モワノー |