アイリッシュ・ウイスキー
アイリッシュ・ウイスキー(Irish whiskey)とは、アイルランド共和国および北アイルランドで生産される穀物を原料とするウイスキーである。
- 穀物類を原料として使用する
- 麦芽に含まれる酵素(ジアスターゼ)により糖化し、酵母によって発酵させる
- 蒸留時のアルコール度数は94.8度以下
- 木製の樽に詰め、アイルランド共和国もしくは北アイルランドの倉庫で3年以上熟成させる
目次 |
種類 [編集]
| 名称 | 原料 | 蒸留方法 |
|---|---|---|
| ピュアポットスティルウイスキー | モルトにした大麦と未発酵の大麦やオート麦などを配合[1] | 単式蒸留器で3回行う |
| モルトウイスキー | 大麦麦芽 | 単式蒸留器を使用。蒸留回数は2回もしくは3回[1] |
| グレーンウイスキー | コラムスティルで蒸留する穀物(トウモロコシなど)[1] | 連続式蒸留器を使用する |
| ブレンデッドウイスキー | 複数のモルトの原酒とグレーンの原酒[1] | - |
一般にアイルランドではシングルモルト(100%モルトにした大麦が原料のウイスキー)、ピュアポットスティル(モルトにした大麦としていない大麦を組み合わせたウイスキー)、ブレンド(モルトにした大麦と小麦のようなモルトにしない穀物をブレンドするウイスキー)のように数種類のウイスキーがある。
アイリッシュ・ウイスキーは大別して4種類の形態に分かれている。ピュアポットスティル(モルトにした大麦(麦芽)と、未発酵の大麦などを組み合わせたウイスキー)、モルトウイスキー(100%モルトにした大麦が原料のウイスキー。シングルモルトアイリッシュウイスキーとも呼ばれる)、ブレンデッド(モルトにした大麦と小麦のようなモルトにしない穀物をブレンドするウイスキー)、そしてコラムスティルで蒸留する穀物から作るグレーン・ウイスキーの4種である。
アイリッシュ・ウイスキーだけに見られるのが、ピュアポットスティルウイスキーである(100%大麦を使いながらモルトしたものとしないものを両方使い、ポットスティルで蒸留する)。「生の」モルトしない大麦を使うことで、ピュアポットスティルウイスキーをピリッとした味わいにし、これがアイリッシュ・ウイスキーを独自の味わいにしている。シングルモルトのようにピュアポットスティルは売られたりグレーンウイスキーをブレンドしている。蒸留所の責任者たちはピュアポットスティルウイスキーに強い愛着を持っており、この傾向はブレンデッドウイスキーが一般的になる1960年代以降まで顕著だった[3]。
ピュアポットスティルウイスキーの持つ価値が薄れ、アメリカの市場に向けてスコッチ・ウイスキーと同タイプの軽い味わいのブレンデッドウイスキーを生産する必要に迫られると、1960年代から1970年代の間にかけてブレンデッドウイスキーの生産が開始される[4]。アイルランドで操業している蒸留所が少ないため、グレーンウイスキーと混ぜる原酒の種類はスコッチ・ウイスキーに比べて乏しいが、新ミドルトン蒸留所で作られるピュアポットスティルウイスキーを原酒とするブレンデッドウイスキーは、スコッチ・ウイスキーに無い独特の風味を持っている[4]。
グレーンウイスキーはシングルモルトより軽く癖のない味わいで、1種類だけで瓶詰めすることはほとんど無く[5]、ブレンデッドウイスキーの素材としてモルトウイスキーとブレンドして使っている。
製法 [編集]
「ウイスキー#一般的な製法」も参照
年間の気温差が小さく、冷涼で程よい湿度があるアイルランドの気候はウイスキーの製造に適している[6][7]。
- 製麦。大麦を発芽させ、モルト(麦芽)に変える、いわゆるモルティング。
- モルトの乾燥
- モルトの糖化、麦汁の精製
- 麦汁の発酵
- 蒸留、原酒の精製
- 原酒の樽詰め、熟成
- ボトリング
ウイスキーは以上の工程を経て完成する。単式蒸留機による3回の蒸留を行い、モルトの過程でピート[注 1]が使用されないことが、多くのアイリッシュ・ウイスキーに共通する特徴である。[8][2]
モルトの際にはピートの代わりに石炭、木材が使用され、乾燥はキルトという炉の中で行われる[9]。早期に醸造・蒸留産業が確立されたアイルランドでは、機械を使用して掘り出すピートよりも、木や石炭が燃料として使用されることが多かった[10]。アイルランド人のイオニアス・コフィーが発明した連続式蒸留機(スコッチ・ウイスキーも参照)はアイルランドで紹介されたが、導入には賛否が別れた[11][3]。時間をかけずに安価でウイスキーを生産できることを喜ぶ製造者がいる一方、アイリッシュ・ウイスキーの高級品としてのステータスの低下を危ぶむ者もいた[3]。結局、連続式蒸留機を導入したのは一部の製造者だけであり、大半の蒸留所はポットスティルでの蒸留を続けた[12]コフィーはスコットランドに活躍の場を求め、グラスゴー、エディンバラを中心とするローランド地方でコフィー式蒸留機が取り入れられ、ローランドでグレーンウイスキーの生産が開始された[13]。
製造の過程で3回の蒸留が行われる理由については、原料にライ麦などの穀物を使うと穀物のフレーバー(香り)が強くなるため、蒸留の回数を増やして穀物のフレーバーを飛ばすためだと考えられている[14]。そして、生産性を高めるために巨大なポットスティル(蒸留機)が使われるようになった[14]。
ブッシュミル蒸留所、新ミドルトン蒸留所で行われる3回蒸留は、以下の手順に沿う[15]。
- ウォッシュスティル:全留し、留液(ローワイン)を取り出す。
- フェインツスティル(ローワインスティール):1回目の蒸留で得られたローワインをアルコール度数の高いストロングフェインツと度数の低いウィークフェインツに分離し、ストロングフェインツを3回目の蒸留にかける。ウィークフェインツは次回の蒸留でローワインと混ぜられて再び蒸留される。
- スピリッツスティル:蒸留の最初と最後に出たスピリッツ(ヘッドとテイル)を除き、熟成に適した中留液を取り出す(ミドルカット)。ヘッドとテイルは次回の蒸留でストロングフェインツと混ぜられて再び蒸留される。
蒸留液のアルコール度数は約86度と、スコッチ・ウイスキー(約70度)に比べて高い[16]。蒸留液に水を加えてオーク樽に入れ、通常は5年から8年の間熟成させる[16]。樽はシェリー、ラム、バーボンの熟成に使われた古樽を使用し、3回使用された樽は廃棄される[16]。
風味、香り [編集]
1800年代に麦芽にかかる税金が加増され、一部の蒸留所はモルトしていない大麦、ライ麦、小麦などの穀物の使用量を50%以上に増やして経費削減を図った[17]。これが現在のアイリッシュ・ウイスキーのフレーバーを構成する要素の一つになり[10]、グレーン・ウイスキーのルーツともなる[17]。現在、原料の麦芽と大麦の比率は銘柄によって異なるが、一般にはモルトされていない大麦の方が多い[16]。
アイリッシュ・ウイスキーは蒸留回数が多いために滑らかな味わいに仕上がり[8]、ピートが焚かれないために原料の穀物が持つ芳醇な香りが引き出されている[8][18]。生産国であるアイルランドのパブでは、アイリッシュ・ウイスキーはショットグラスでストレートのまま飲まれている[19]。ほとんどのアイリッシュ・ウイスキーは、スコッチ・ウイスキーのようなピートに由来するスモーキーフレーバー(土煙の臭い)がない。その例外としては、クーリー蒸留所で作られる2回蒸留のカネマラが知られている。カネマラにはピートで焚かれた麦芽が使われているため、スモーキーフレーバーが含まれている[20]。
語源 [編集]
ウイスキーという言葉の由来は、「命の水」を意味するアイルランド語のuisce beatha(イシュケ・バーハ)に由来する[21]。イシュケ・バーハの語源については、ゲール語で「健康の水」を意味するooshk-'a-paiと呼ばれていたものがラテン語で「命の水」を意味するuisge-'a-baghという言葉で呼ばれるようになり、uisge-'a-baghがアイルランド語のuisce beathadhに変化したとされる[22]。1172年のヘンリー2世によるアイルランド遠征の時、アイルランド人が愛飲していた蒸留酒はイングランド兵によってushkyと誤って伝えられ、その言葉が英語のwhiskeyに転訛したという[10]。
ウイスキーの英語の綴りが、アイルランドのwhiskeyとスコットランドのwhiskyと違いがある理由や法律上の違いなどは分からない[23]。かつてはブッシュミルズや現在は消滅したコールレーンといった有力どころの蒸留所もwhiskyの綴りを使用し、アイルランド国内でもwhiskyとwhiskeyの両方の表記が使われていた[24]。一説には、本来アイルランドでもwhiskyと綴られていたが、19世紀になってダブリンの蒸留所が品質を宣伝するためにeの一字を入れて差別化したところ、地方の蒸留所もこれに続いたためにアイリッシュ・ウイスキー全体がwhiskeyと綴られるようになったとされる[25]。パディを生産していたコーク蒸留所はwhiskyの綴りを使い続けていたが、海外市場での混乱を避けるため、1979年にパディにもeが入れられた[26]。
アイルランドでは、ウイスキーは「水」を意味するuisceの単語で短縮されて呼ばれ[22]、アイルランド語には酒類、特にウイスキーを指してしばしばCraythurという言葉が使われる[27]。
歴史と現状 [編集]
19世紀以前 [編集]
アイリッシュ・ウイスキーの製造所は、スコッチ・ウイスキーよりもはるかに少ない。20世紀初頭より経済的な窮状に喘いでいたことで、多くが合併したり閉鎖に追い込まれていった。現在アイルランドで操業しているのは新ミドルトン、ブッシュミルズ、クーリー、キルベガンの4つであり、それぞれで異なるウイスキーが製造されている。
アイリッシュ・ウイスキーはヨーロッパの古い蒸留飲料のひとつと考えられており、アイリッシュ・ウイスキーとスコッチ・ウイスキーのどちらがより歴史があるかの議論には決着がついていない[18]。伝承によれば、6世紀に中東を訪れたアイルランドの修道僧が、現地で香水を作るために用いられていた蒸留技術を持ち帰り、それを酒造に応用したという[28]。また、聖パトリックが蒸留技術を伝えたとする伝承も存在する[28]。ヘンリー2世によるアイルランド遠征の時、家臣からの報告書にアイルランドで大麦から蒸留した酒が飲まれていた記録があったと言われているが、確認できる史料は無く、信憑性を疑問視する声もある[29][30][31]。12世紀当時にアイルランドで飲まれていた蒸留酒は、ビールを蒸留した濁り酒だった[24]。アルコール度数は約20度と現在のウイスキーに比べて低く、発酵の段階で果物、蜂蜜、ハーブを入れて香りをつけていた[24]。
オールド・ブッシュミルズは1608年にジェームズ1世から免許を授かった最古の公認蒸留所を名乗っているが、1608年当時にブッシュミルズという名の蒸留所が実在していたかは不確かであり、ブッシュミルズが操業を始めたことが確認できるのは1784年である[32]。18世紀になるとアイリッシュ・ウイスキーの評価は上昇し、サミュエル・ジョンソン、ピョートル大帝らの称賛を受けた[33]。20世紀に至るまで多くのアイリッシュ・ウイスキーの蒸留所が創業し、18世紀にはおよそ2,000の小規模な蒸留所が乱立していたが[34]、蒸留所間の統合によって19世紀半ばには約160に[34]、1880年には28の蒸留所が稼働していた[35]。
20世紀以降 [編集]
一時期はアイリッシュ・ウイスキーが世界のウイスキー市場のシェアの6割を占めていたが[2]、1919年にアイリッシュ・ウイスキーの主要な輸出先であるアメリカ合衆国で禁酒法が実施されたために生産規模が縮小する[35]。多くの蒸留所が閉鎖され、大手の蒸留所も新製品の醸造を控えるようになった[36]。また、アメリカで密造された粗悪品にアイリッシュのラベルが張られて密売されたために、アイリッシュ・ウイスキー自体の評判も落ちていった[2]。さらにアイルランド内戦で国内の経済力が低下したために多くの蒸留所が閉鎖された[2]。戦後、アイルランド自由国の独立が達成されたが、独立の報復としてアイリッシュ・ウイスキーはイングランドとその植民地の市場から締め出しを受けた[37]。続く第二次世界大戦ではアイルランドは中立の立場を取り、アイルランド国内の供給を確保するためにウイスキーの輸出が制限され、戦場の米兵にはスコッチ・ウイスキーが配給された[38][35]。彼ら米兵は帰国後もスコッチ・ウイスキーを愛飲し[38]、アイリッシュ・ウイスキーはアメリカでの優位をスコッチ・ウイスキーに譲ることとなった[39]。
1950年代に入ると蒸留所の閉鎖、合併が相次ぐが[18]、一方でこの時代にはシャノン空港のバーテンダーであるジョー・シェリダンが考案したカクテル・アイリッシュ・コーヒーが空港の利用者に好評を博した[40]。米国の新聞記者が帰国後に行きつけのバーでアイリッシュ・コーヒーを作らせたことをきっかけに、世界中に広まった[40]。アイリッシュ・コーヒーの流行によってアイリッシュ・ウイスキーの需要は増えるが、反面コーヒーへの添え物というマイナスのイメージも加わった[40]。1966年にライバル同士だったダブリンのジョン・ジェイムソンとジョン・パワー、南部のコークが合併し、IDC(アイリッシュ・ディスティラーズ・カンパニー)が結成された[41]。1971年にはブッシュミルズがIDCに加わってIDG(アイリッシュ・ディスティラーズ・グループ)が誕生し[42][40]、1980年代初頭に操業していたのはミドルトンとブッシュミルズの2つのみとなる[39]。1987年に独立系の蒸留所を設置する国策によってクーリーが操業を開始[39][20]、2007年にかつて閉鎖されたキルベガンが操業を再開し[2]、現在は4つの蒸留所でアイリッシュ・ウイスキーが造られている。
蒸留所 [編集]
ミドルトン [編集]
1825年に操業を開始。1975年に世界最大の蒸留機を有する新ミドルトン蒸留所が、旧来のミドルトン蒸留所の背後に完成した[43]。現在ピュアポットスティルウイスキーを蒸留しているのはミドルトンのみである。4種類の単式蒸留機によってアルコール度数の異なる原酒を造り出し、ジェイムソン、タラモア・デューなどの閉鎖された蒸留所の銘柄も手掛けている[43]。
ブッシュミルズ [編集]
1608年にアントリムの領主サー・トーマス・フィリップスが蒸留免許を交付されたことより、操業した最古の蒸留所を自負する[32]。3回蒸留のモルトウイスキーを専門に製造しているが、過去にはピュアポットスティルタイプのウイスキーを造っていたこともあった[32]。長年にわたって、ブッシュミルズのモルトウイスキーはミドルトンで蒸留されるグレーンウイスキーとブレンドされたもののみが[注 2]、ブレンデッドウイスキーとして市場に出荷されていたが、昨今はブレンドしていないシングルモルトウイスキーも流通している[32]。
クーリー [編集]
- 所在地:ラオース州
- 設立者:ジョン・ティーリング
- 親会社:クーリー・ディスティラリー
独立系の蒸留所を設置する国の意向によって、1987年に設立された[20]。1992年より製品の出荷を開始[35]。多彩な製品を提供することで知られる[44]。独特のピートのフレーバーを持つカネマラの考案には、後にアラン蒸留所のマネージャーに就任するゴードン・ミッチェルが参加していた[20]。
キルベガン [編集]
- 所在地:ウェストミース州
- 親会社:クーリー・ディスティラリー
ブルスナ蒸留所、ロックス蒸留所の名前でも知られる[45]。1757年に設立されたブルスナ蒸留所を起源とし[46]、1843年にジョン・ロックによって買収される[47]。1957年に閉鎖されたが、2007年に設立250周年を記念して操業が再開された。1989年にクーリー蒸留所によって買収され、博物館と熟成庫として運用されていた[48]。キルベガン蒸留所と関係の深い銘柄であるキルベガンとロックスは操業再開までの間クーリー蒸留所で造られていたが、再開に伴ってキルベガン蒸留所の倉庫に移された。約150年前にタラモア蒸留所で使用されていたポットスティルを買い入れて蒸留を再開[48]、キルベガンで蒸留されたウイスキーが市場に出回るのは2014年の予定である。
アイリッシュ・ウイスキーの銘柄 [編集]
ピュアポットスティル [編集]
- レッドブレスト(Redbreast(12, 15 yrs)):ミドルトン蒸留所製造。
- グリーンスポット(Green Spot)):ミドルトン蒸留所製造。
- ジェムソン・ピュアポットスティル(Jameson Pure Pot Still):ミドルトン蒸留所製造。
シングルモルト [編集]
- ブッシュミルズ(Bushmills(10, 16, 21 yrs)):ブッシュミルズ蒸留所製造。
- ロックス8年(Locke's Single Malt(8 yr)):クーリー蒸留所製造。
- ターコネル(Tyrconnell):クーリー蒸留所製造。
- カネマラ(Connemara Peated Malt(Regular, Cask Strength & 12 yrs)):クーリー蒸留所製造。
- ヘネシー・ナジェーナ(HENNESSY NA-GEANNA):かつてヘネシー社が出荷していたボトラーズ。クーリー蒸留所で製造されたシングルモルトウイスキーをボトリングしている[49]。
ブレンデッド [編集]
- ロックス・ブレンド(Locke's Blend):クーリー蒸留所製造。
- イニシュオーウェン(Inishowen):クーリー蒸留所製造。
- ミラーズ(Millars):クーリー蒸留所製造。
- ミドルトン・ベリーレア(Midleton VeryRare):ミドルトン蒸留所製造。
- ブラックブッシュ(Black Bush):ブッシュミルズ蒸留所製造。
- ジェムソン(Jameson):ミドルトン蒸留所製造。
- パワーズ(Powers):ミドルトン蒸留所製造
- パディ(Paddy):ミドルトン蒸留所製造
- キルベガン(Kilbeggan):クーリー蒸留所製造。
- タラモア・デュー(Tullamore Dew):ミドルトン蒸留所製造。
脚注 [編集]
注釈 [編集]
- ^ アイルランドではピートは「ターク」と呼ばれる。(武部『ウイスキーはアイリッシュ ケルトの名酒を訪ねて』、p39)
- ^ 1970年代以前は近隣のコールレーン蒸留所のレーンウイスキーを使用していた。(橋口『ウイスキーの教科書』、p166)
引用元 [編集]
- ^ a b c d e 橋口『ウイスキーの教科書』、p97
- ^ a b c d e f 肥土『シングルモルト&ウイスキー大事典』、p147
- ^ a b c ジャクソン『ウィスキー・エンサイクロペディア』、p185
- ^ a b 土屋『ウイスキー通』、p197
- ^ 橋口『ウイスキーの教科書』、p29
- ^ 肥土『シングルモルト&ウイスキー大事典』、p26
- ^ 橋口『ウイスキーの教科書』、p24
- ^ a b c 橋口『ウイスキーの教科書』、p27
- ^ 武部『ウイスキーはアイリッシュ ケルトの名酒を訪ねて』、p39
- ^ a b c ジャクソン『ウィスキー・エンサイクロペディア』、p184
- ^ 河合『琥珀色の奇跡 ウイスキーラベルの文化史』、p35
- ^ 武部『ウイスキーはアイリッシュ ケルトの名酒を訪ねて』、pp27-28
- ^ 土屋『ウイスキー通』、p188
- ^ a b 土屋『ウイスキー通』、p200
- ^ 土屋『ウイスキー通』、pp199-200
- ^ a b c d 武部『ウイスキーはアイリッシュ ケルトの名酒を訪ねて』、p40
- ^ a b 河合『琥珀色の奇跡 ウイスキーラベルの文化史』、p27
- ^ a b c 肥土『シングルモルト&ウイスキー大事典』、p146
- ^ 海老島均、山下理恵子編著『アイルランドを知るための70章』(エリア・スタディーズ, 明石書店, 2011年8月)、p228
- ^ a b c d 肥土『シングルモルト&ウイスキー大事典』、p149
- ^ [1](2012年1月閲覧)
- ^ a b 内林『西洋たべもの語源辞典』、p22
- ^ 河合『琥珀色の奇跡 ウイスキーラベルの文化史』、p28
- ^ a b c 河合『琥珀色の奇跡 ウイスキーラベルの文化史』、p26
- ^ 武部『ウイスキーはアイリッシュ ケルトの名酒を訪ねて』、pp47-48
- ^ 武部『ウイスキーはアイリッシュ ケルトの名酒を訪ねて』、p48
- ^ “A Dictionary of Hiberno-English - Terence Patrick Dolan - Google Books”. 2011年12月20日閲覧。
- ^ a b 武部『ウイスキーはアイリッシュ ケルトの名酒を訪ねて』、p18
- ^ 河合『琥珀色の奇跡 ウイスキーラベルの文化史』、p25
- ^ 土屋『ウイスキー通』、p182
- ^ 橋口『ウイスキーの教科書』、p6
- ^ a b c d 橋口『ウイスキーの教科書』、p166
- ^ 武部『ウイスキーはアイリッシュ ケルトの名酒を訪ねて』、pp27-28
- ^ a b 武部『ウイスキーはアイリッシュ ケルトの名酒を訪ねて』、p28
- ^ a b c d 橋口『ウイスキーの教科書』、p168
- ^ 河合『琥珀色の奇跡 ウイスキーラベルの文化史』、p34
- ^ 土屋『ウイスキー通』、p190
- ^ a b 武部『ウイスキーはアイリッシュ ケルトの名酒を訪ねて』、pp33-34
- ^ a b c 橋口『ウイスキーの教科書』、p96
- ^ a b c d 河合『琥珀色の奇跡 ウイスキーラベルの文化史』、p36
- ^ 武部『ウイスキーはアイリッシュ ケルトの名酒を訪ねて』、p34
- ^ 土屋『ウイスキー通』、p192
- ^ a b 橋口『ウイスキーの教科書』、p167
- ^ 土屋『ウイスキー通』、pp206-207
- ^ 土屋『ウイスキー通』、p193
- ^ 土屋『ウイスキー通』、p184
- ^ Barnard, Alfred. Whisky Distilleries of the United Kingdom. Birlinn, 1887.
- ^ a b 土屋『ウイスキー通』、p180
- ^ 土屋『ウイスキー通』、p209
参考文献 [編集]
- 肥土伊知郎監修『シングルモルト&ウイスキー大事典』(ナツメ社, 2011年1月)
- 内林政夫『西洋たべもの語源辞典』(東京堂出版, 2004年8月)
- 河合忠『琥珀色の奇跡 ウイスキーラベルの文化史』(現代創造社, 2007年7月)
- 武部好伸『ウイスキーはアイリッシュ ケルトの名酒を訪ねて』(淡交社, 1997年10月)
- 土屋守『ウイスキー通』(新潮選書, 新潮社, 2007年10月)
- 橋口孝司『ウイスキーの教科書』(新星出版社, 2009年12月)
- マイケル・ジャクソン『ウィスキー・エンサイクロペディア』(土屋希和子、Jimmy山内、山岡秀雄訳, 小学館, 2007年2月)
関連項目 [編集]
- アイリッシュ・ウイスキーの銘柄の一覧(英語)
- ウイスキー
- カナディアン・ウイスキー - アメリカ合衆国の禁酒法の時代に、アメリカ市場でのシェアを奪われた。
- アイリッシュ・ミスト - アイリッシュ・ウィスキーをベースとして製造されるリキュール。
- ベイリーズ・アイリッシュ・クリーム - アイリッシュ・ウィスキーも使って製造されるリキュール。
- アイルランド料理
外部リンク [編集]
|
||||||||||||||||||||||||||