危険運転致死傷罪

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索
危険運転致死傷罪
Scale of justice 2.svg
法律・条文 刑法208条の2
保護法益 生命・身体
主体
客体 自動車
実行行為 危険運転
主観 故意犯
結果 結果犯、侵害犯
実行の着手 交通事故
既遂時期 死傷
法定刑 致傷の場合15年以下の懲役、致死の場合1年以上の有期懲役
未遂・予備 なし
テンプレートを表示

危険運転致死傷罪(きけんうんてんちししょうざい)は自動車危険な運転によって人を死傷させた際に適用される刑法208条の2で規定している犯罪

当初は「四輪以上の自動車」と限定されていたが、2007年(平成19年)5月17日成立の法改正(刑法の一部を改正する法律、平成19年5月23日法律第54号)により「四輪以上の」の文言が削除された結果、原動機付自転車自動二輪を運転して人を死傷させた場合にも危険運転致死傷罪が適用されることになった(同年6月12日施行)。

過失致死傷業務上過失致死傷罪等の過失傷害の罪を規定した刑法第2編第28章ではなく、故意犯たる傷害罪等について規定している同編第27章「傷害の罪」の中に規定が置かれており、法定刑も過失傷害の罪に比べて著しく重く設定されている。これは、本罪は過失犯ではなく故意の危険運転行為を基本犯とする一種の結果的加重犯として規定されているためである(ただし、基本犯に関しては刑法に規定はなく、飲酒運転等の道路交通法上の犯罪である)。

目次

条文

(危険運転致死傷)
刑法第208条の2
アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させ、よって、人を負傷させた者は15年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は1年以上の有期懲役に処する。その進行を制御することが困難な高速度で、又はその進行を制御する技能を有しないで自動車を走行させ、よって人を死傷させた者も、同様とする。
2 人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転し、よって人を死傷させた者も、前項と同様とする。赤色信号又はこれに相当する信号を殊更に無視し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転し、よって人を死傷させた者も、同様とする。

経緯・経過

従来の処理と改正運動

従来、交通事故加害者故意がないことを前提として刑法第211条の業務上過失致死傷罪によって処理されてきた。

モータリーゼーションの進行により、1959年(昭和34年)に交通死者が初めて1万人を突破し、1960年(昭和35年)に呼気に一定以上のアルコール分を含む酒気帯びでの運転禁止を定めた道路交通法の規定が制定されるという流れの中で、悪質な交通違反には刑が低すぎるとの理由により、業務上過失致死罪は1968年(昭和43年)にそれまで最高刑が「禁錮3年」だったものを「懲役5年」に引き上げる法改正(昭和43年法律第61号)が行われた[1]。1970年(昭和45年)、基準値以下を含めた飲酒運転が全面禁止となり、警察官に運転者の呼気検査をする権限が与えられた。

2000年(平成12年)4月に神奈川県座間市座間南林間線小池大橋で、検問から猛スピードで逃走していた建設作業員の男性が運転する自動車が歩道に突っ込み、歩道を歩いていた大学生2名を死亡させた事件が発生。

この容疑者の男性は飲酒運転だけでなく無免許運転で、乗っていた車は車検を受けておらず、また無保険運行の、極めて悪質な状態であった。

この事故で息子を失った女性が「そもそも業務上過失致死傷罪はモータリゼーションが発達していない時代(明治後期)にできた古い法律で、自動車事故を想定して作られたものではない。人命を奪っておきながら、5年以下の懲役禁錮または50万円以下の罰金という窃盗罪よりも軽い刑罰は、悪質な運転者が死亡事故を起こしている現状にそぐわないのではないか」と法改正運動を始めた。運動の趣旨に賛同する被害者遺族たちとともに全国各地で街頭署名を重ね(協力者の中には、東名高速飲酒運転事故で幼い娘たちを失った両親もいた)、2001年(平成13年)10月に法務大臣へ最後の署名簿を提出した時には合計で37万4,339名の署名が集まった。

刑法等の改正

署名運動の結果、2001年(平成13年)11月28日に危険運転致死傷罪を新設する刑法改正案が国会で可決され、「平成13年12月5日法律第138号」として成立し、刑法に導入されることとなった。公布の日から起算して20日を経過した日、すなわち同年12月25日に施行された。この結果、法定刑は致傷に対して15年以下の懲役、致死に対しては1年以上の有期懲役(最高20年、併合加重の場合は最高30年)となった。

これに合わせて、軽微な事件への救済として、自動車の運転による業務上過失致傷に対しては、刑の裁量的免除を可能とする刑法第211条第2項による「自動車を運転して前項前段の罪を犯した者は、傷害が軽いときは、情状により、その刑を免除することができる」との規定が新設された。なお、同項は2007年の自動車運転過失致死傷罪の新設に伴って更に改正されている。

さらに、罰金の徴収未済を減らすために刑事訴訟法も改正され、刑事訴訟法第507条で「検察官又は裁判所若しくは裁判官は、裁判の執行に関して必要があると認めるときは、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる」とし、検察官・裁判所・裁判官が、裁判の執行に関して必要があると認めるときは、警察地方公共団体法務局金融機関電話会社などに必要な事項を照会することができる規定を新設した。

改正による影響と今後の問題点

危険運転致死傷罪が制定され、さらに飲酒運転の処罰の厳罰化に伴い、飲酒運転に起因する死亡事故は激減し、2005年(平成17年)には10年前の半数にまで減少した。

しかし、飲酒(泥酔)運転者が、事故を起こした後に逃走し(ひき逃げ)たために、時間が経過した後での逮捕時点では呼気中のアルコール濃度が事故当時からは変化していたり、又は車を隠した後で更に飲酒をしたり[2]、事故を起こした後に大量の水を飲んで血中アルコール濃度を下げるなど隠蔽工作を図った事例[3]もあり、「逃げ得」と批判される状況も生じている。2006年には福岡海の中道大橋飲酒運転事故が発生し、ここでも悪質な隠蔽工作が見られた事から、対策と厳罰化を求める声が強まった。

こうした流れを受けて、2007年5月17日成立の「刑法の一部を改正する法律」(平成19年5月23日法律第54号)によって刑法211条2項が改正され、自動車運転過失致死傷罪が新設された(2007年6月12日施行)。しかし、アルコールが抜けて飲酒運転が証明不能となってから逮捕された場合は、業務上過失致死と道路交通法違反で7年6ヶ月まで(刑法211条と道路交通法117条違反の併合罪。ただし刑法218・219条の保護責任者遺棄罪や同致死罪が適用されれば最長20年になるが、これは被害者が即死の場合は適用されない)で、危険運転致死傷罪よりも最高刑が軽くなることになる。

このため、ひき逃げの増加は危険運転致死傷罪による厳罰を恐れたからこそであるとの指摘もあり、これ以上の罰則の強化は逆効果であり厳罰化だけでは予防にならない、などの批判も多い[4]。むしろ交通事故を減らすには自動車の使用を控える方が効果的であるという意見もある[5]。また、交通事故の厳罰化を求める世論はマスコミの過剰報道によるものであると考える向きもある[6]

構成要件

構成要件は大きく分けて4つの場合が規定されている。

飲酒薬物による酔っ払い運転
「アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させ、よって、人を負傷させた者」(刑法第208条の2第1項前段)
本条文における「薬物」とは、麻薬覚せい剤などの違法な薬物だけでなく、精神安定剤向精神薬解熱剤などの市販されている一般用医薬品および処方せん医薬品(薬事法第49条)などが含まれる[7]
道路交通法の酒酔い運転罪の規定(同法117条の2第1号)にいう、「正常な運転ができないおそれがある状態」では足りず、現実に前方注視やハンドル、ブレーキ等の操作が困難な状態であることを指す。
スピードの出しすぎ・制御技能の欠缺(けんけつ、無免許運転など)
「その進行を制御することが困難な高速度で、又はその進行を制御する技能を有しないで自動車を走行させ、よって人を死傷させた者」(刑法第208条の2第1項後段)
単に速度制限違反であるから成立するものではなく、制限速度をおおむね50km/h以上超えた程度で適用が検討される。
単に無免許であるだけでは足らず、運転技能を有していない状態を指す(運転技能を有するが免許が取り消しか停止になっている状態は含まない)。
割り込み幅寄せなどの妨害
「人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転し、よって人を死傷させた者」(刑法第208条の2第2項前段)
何らかの理由により故意に「人又は車の通行を妨害する」目的で行った場合。実際には、過度の煽り行為や、故意の行為による幅寄せ・進路変更などが考えられる。
「重大な交通の危険を生じさせる速度」とは、相手方と接触すれば大きな事故を生ずる速度をいい、20km/h程度でも該当する(最決平成18年3月14日)。
信号無視
赤色信号又はこれに相当する信号を殊更に無視し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転し、よって人を死傷させた者」(刑法第208条の2第2項後段)
交差交通が青信号であるのに「殊更に」赤信号を無視した場合に適用され、見落とし、誤認などの過失はもちろん、ただ信号の変わり際(黄信号→赤信号へと変わる瞬間、全赤時間)などに進んだ場合などは含まれない。
「重大な交通の危険を生じさせる速度」については前述と同様である。

なお、本罪の構成要件には「居眠り運転」「脇見運転」「過労運転」などは含まれていないが、これらの運転は運転者個人に対する強度の責任非難が該当しないと考えられたことによる[要出典]。また、「無免許運転」(一部)や「無保険運転」なども本条の構成要件には含まれていない。

ただし、これらの運転が本罪の構成要件に当たらないことについては、一部の交通事故遺族などから批判の声もある。[要出典]

判例

福岡海の中道大橋飲酒運転事故
最高裁第3小法廷(寺田逸郎裁判長)は2011年10月31日、「アルコールの影響による前方不注意により危険を的確に把握して対処できない状態も危険運転にあたる」というはじめての判断をしめし、被告人の上告を棄却した[8]
争点となっていた「アルコールの影響などにより正常な運転が困難」な場合に成立するとした危険運転致死傷罪の規定の解釈については事故の状況を総合的に考慮すべきだとし、危険運転にあたるかどうかを柔軟に判断することを可能にした[8]
これによっていままでは適用基準の不明確さから消極的だった危険運転致死傷罪の適用が積極的におこなわれると予想されている[8]

世界での事例

日本国外にも危険運転を処罰する立法例がある。香港では危険駕駛罪[要出典](繁体字:危險駕駛罪、駕駛とは運転という意味)、台湾では「重大違背義務致交通危險罪」(中華民国刑法185条の3)という罪が存在する。

脚注

[ヘルプ]
  1. ^ 高山俊吉道路交通法が生まれた背景について…1960年代の話」『弁護士高山俊吉WEBSITE』2007年3月22日。
  2. ^ 事後にアルコール濃度を計測しても「事故時点までの飲酒」か「降車後の飲酒」のどちらが原因であるか判別できなくなる。
  3. ^ 不能犯との意見もある
  4. ^ 上岡直見 (2006年4月19日). “飲酒運転厳罰化でひき逃げ急増”. JANJAN. 2008年9月20日閲覧。
  5. ^ 上岡直見 (2006年9月19日). “出かける時に、車のキーを持たない:飲酒運転の防止策”. JANJAN. 2008年9月20日閲覧。
  6. ^ 池田信夫 (2006年9月26日). “飲酒運転事故は増えているのか”. 池田信夫 blog. 2008年9月20日閲覧。
  7. ^ 向精神薬:乱用で交通事故の男 危険運転致傷罪で起訴へ 毎日新聞 2009年7月15日
  8. ^ a b c “福岡・飲酒追突3児死亡、懲役20年確定へ”. 読売新聞. (2011年11月2日). http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20111102-OYT1T00899.htm 2011年11月3日閲覧。 

関連項目

外部リンク

個人用ツール
名前空間

変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス