阿部正俊

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阿部 正俊
あべ まさとし
生年月日 (1942-11-04) 1942年11月4日(77歳)
出生地 山形県北村山郡小田島村
出身校 東北大学法学部
前職 厚生省老人保健福祉局長
所属政党 自由民主党
称号 旭日重光章

日本の旗 参議院議員
選挙区 山形県選挙区
当選回数 2回
在任期間 1995年 - 2007年
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阿部 正俊(あべ まさとし、1942年11月4日 - )は、日本官僚、政治家。厚生省老人保健福祉局長を経て、自由民主党参議院議員(2期)。山形県北村山郡小田島村(現東根市)出身。2015年春の叙勲で旭日重光章受章。

来歴・人物[編集]

山形県立山形東高等学校を経て、東北大学法学部を卒業。

左目を5歳の時に事故で失い、左耳も高校生の時に聞こえなくなった。大学時代、障害者施設の花壇作りや農家に泊まり込んで農作業を手伝うワークキャンプに打ち込み、活動を通じ、社会福祉の整備が手付かずになっていると痛感する[1]

1966年4月、国の社会福祉の仕組みを築くために厚生省に入省[1]1978年12月、橋本龍太郎厚生大臣秘書官事務取扱。1992年7月、官房審議官1994年9月、老人保健福祉局長[2]

1995年7月の第17回参議院議員通常選挙山形県選挙区に、自民党政調会長で県連会長であった加藤紘一が、社会党も乗れる人物とみて出馬を要請。結局、自社の話し合いはまとまらなかったが、自民党の推薦と医師会歯科医師会の積極的な支援を得て立候補[3]、237580票獲得で初当選する。当選後、自民党に入党。加藤派小里派谷垣派に所属する。

1998年7月、小渕内閣において総務庁政務次官1999年10月に参議院議院運営委員会理事に就任。

2001年7月の第19回参議院議員通常選挙で再選。9月に参議院厚生労働委員長に就任。

2002年7月、参議院内閣委員会筆頭理事。10月に党副幹事長 党政調・厚生労働部会副部会長。

2003年7月、参議院外交防衛委員会筆頭理事 、参議院武力攻撃事態への対処に関する特別委員会筆頭理事、9月福田康夫内閣外務副大臣に就任。

2007年7月、政界引退。

著書[編集]

  • 『成熟社会を創造する』社会保険研究所、1995年。ISBN 4789449807

脚注[編集]

  1. ^ a b 「参院選山形選挙区 候補者はこんな人」『朝日新聞』山形版 2001年7月14日
  2. ^ 「厚生次官に多田宏氏内定 社会保険庁長官には横尾和子氏」『朝日新聞』夕刊 1994年8月12日
  3. ^ 「95せんきょ前線 モテます厚生出身候補 官僚出で1位 参院選」『朝日新聞』1995年7月14日