渥美国泰

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あつみ くにやす
渥美 国泰
本名 渥美 國泰
生年月日 (1933-01-01) 1933年1月1日
没年月日 (2009-02-05) 2009年2月5日(76歳没)
出生地 日本東京府東京市四谷区三光町(現在の東京都新宿区[1][2]
身長 168 cm[3]
血液型 B型[2][4]
ジャンル 俳優声優
活動内容 舞台、映画、ラジオ、テレビ、洋画吹き替え
著名な家族 渥美尚樹(息子)
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渥美 国泰(あつみ くにやす、1933年1月1日[1][2][5] - 2009年2月5日[1][2])は、日本俳優。本名は渥美 國泰[注釈 1]

東京府[5]東京市四谷区三光町(現・東京都新宿区)出身[1][2]東京都立九段高等学校卒業[5][1]。劇団新人会[5]劇団雲を経て[5]演劇集団 円[6]、小橋事務所に所属していた[5]

来歴・人物[編集]

1951年に高校を卒業後、劇団俳優座附属養成所に第3期生[1]として入学、同期には愛川欽也塚本信夫穂積隆信楠侑子らがいる。卒業後、劇団新人会の創立に参加。その後いくつかの劇団を転々とし、1965年劇団雲に入団する。1975年、雲を脱退して演劇集団 円の創立に参加。

1979年に円を退団し、アクト青山ドラマティック・スクールを主宰して後進の育成に励む。

舞台活動を続ける一方、映画、テレビ、ラジオなどでも活躍。声優としての実績も豊富で、ジョゼフ・コットンロバート・ミッチャム吹き替えで知られた。

2009年2月5日脳腫瘍により死去[注釈 2]。76歳没。

出演[編集]

映画[編集]

 etc.

テレビドラマ[編集]

 etc.

バラエティ[編集]

テレビアニメ[編集]

吹き替え[編集]

映画[編集]

ドラマ[編集]

舞台[編集]

美術評論[編集]

長楽斎として近世書画研究会・芸林木曜逍遥会を主宰。江戸時代の書画を集めた江戸民間書画美術館を開設し館長となり、美術評論家としても活動。著書多数。

著作[編集]

脚註[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 芸名と同じとする資料もある[5]
  2. ^ 劇団のサイトに、本人の詳しい紹介がある。

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f 渥美 国泰とは”. コトバンク. 株式会社DIGITALIO. 2022年1月10日閲覧。
  2. ^ a b c d e 渥美国泰の解説”. goo人名事典. 2022年1月10日閲覧。
  3. ^ 『日本タレント名鑑(2008年版)』VIPタイムズ社、2008年4月1日、12頁。ISBN 978-4-9901242-8-1 
  4. ^ 『声優名鑑 アニメーションから洋画まで…』近代映画社、1985年、12頁。 
  5. ^ a b c d e f g 日本タレント名鑑'82』VIPタイムズ社、1981年、12頁。 
  6. ^ 『日本タレント名鑑'80』VIPタイムズ社、1979年、13頁。 
  7. ^ 東宝特撮映画全史 1983, p. 538, 「主要特撮作品配役リスト」

参考文献[編集]

外部リンク[編集]