杉山晋輔

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杉山 晋輔(すぎやま しんすけ、1953年昭和28年)5月14日 - 、65歳)は、日本外交官外務省アジア大洋州局長、外務審議官外務事務次官を経て、アメリカ合衆国駐箚特命全権大使[1]

人物[編集]

愛知県出身。父は国際法学者杉山茂雄(1925 - 2017、静岡県出身、法政大学法学部卒業、法政大学名誉教授、防衛法学会顧問陸軍士官学校卒)[2][3][4]東京教育大学附属中学校・高等学校(現・筑波大学附属中学校・高等学校)卒業。早稲田大学法学部在学中に外交官試験に合格し、同大を中退。

2011年(平成23年)外務省アジア大洋州局長に就任。2012年(平成24年)に中国当局の船が尖閣諸島の日本側海域に入ったことに対し、駐日中国大使館の韓志強公使に、電話を通じて「日本の領海への侵入は容認できない」との抗議を行った[5]

経歴[編集]

1976年(昭和51年)10月外務公務員採用上級試験合格[6]

1977年(昭和52年)3月早稲田大学法学部中退[6]1977年(昭和52年)4月外務省入省[6]

1992年(平成4年)10月経済局国際エネルギー課企画官[6]1993年(平成5年)8月大臣官房(事務次官室)[6]1995年(平成7年)1月総合外交政策局総務課企画官[6]1995年(平成7年)8月総合外交政策局国連政策課長[6]1998年(平成10年)1月条約局条約課長[6]

2000年(平成12年)4月在大韓民国日本国大使館公使[6]2004年(平成16年)7月在エジプト日本国大使館公使[6]2005年(平成17年)8月大臣官房参事官兼中東アフリカ局[6]2005年(平成17年)12月兼経済協力局、免2006年(平成18年)7月[6]

2006年(平成18年)10月兼国際協力局[6]2007年(平成19年)2月大臣官房審議官兼中東アフリカ局、国際協力局[6]2008年(平成20年)7月地球規模課題審議官[6]2011年(平成23年)1月アジア大洋州局長[6]2013年(平成25年)6月 外務審議官(政務担当)。2016年(平成28年)6月14日外務事務次官[7]2018年(平成30年)1月19日、退任[8]。同年1月29日、在アメリカ合衆国駐箚特命全権大使。

同期[編集]

著書[編集]

共著[編集]

  • 『国際紛争の多様化と法的処理―栗山尚一先生・山田中正先生古稀記念論集』(信山社, 2007年)
  • 『国際法の新展開と課題―林司宣先生古稀祝賀』(信山社, 2009年)

エピソード[編集]

苗字が中国語読みでShan Shanであったため、パンダのXiang Xiangと間違われるという珍事が発生した[9]

脚注[編集]

  1. ^ 閣議及び閣僚懇談会議事録首相官邸
  2. ^ 鈴木宗男『闇権力の執行人』
  3. ^ 防衛法学会顧問
  4. ^ 交遊録 法政大学新聞学会
  5. ^ 領海侵入に抗議=外務省時事ドットコム(2012/09/24-13:19)
  6. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 杉山晋輔外務省アジア大洋州局長 講師略歴、第18回 国際交流会議 アジアの未来
  7. ^ 「外務次官に杉山氏決定 アジア大洋州局長は金杉氏 」日本経済新聞2016/6/14
  8. ^ 外務省 杉山晋輔・前外務次官が「開放感」毎日新聞
  9. ^ INC., SANKEI DIGITAL (2017年12月19日). “【シャンシャン狂騒曲】中国外務省副報道局長、質問聞き間違え「政治文書に基づき処理を」…” (日本語). 産経ニュース. https://www.sankei.com/life/news/171219/lif1712190059-n1.html 2018年7月25日閲覧。 

関連項目[編集]