山本熊一

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

山本 熊一(やまもと くまいち、1889年明治22年)4月8日[1] - 1963年昭和38年)1月17日[1])は、日本外交官外務次官大東亜次官、駐タイ大使

経歴[編集]

山口県出身。1912年(明治45年)、東亜同文書院を卒業[2]高等文官試験に合格し、1920年大正9年)に外務事務官となり、トルコ大使館三等書記官、外務省通商局勤務、イギリス大使館二等書記官、満州国大使館二等書記官、同一等書記官、外務省調査部第五課長、同通商局長を歴任した[2]1940年(昭和15年)東亜局長となり、1941年(昭和16年)10月にはアメリカ局長を兼任した[2]。さらに1942年(昭和17年)外務次官に就任し、同年11月1日大東亜次官に転じた[3][4]1944年(昭和19年)駐タイ大使に就任し、そこで終戦を迎えた[1]

戦後は公職追放を経て[5] 、のちに国際貿易促進協会会長を務めた[1]

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ a b c d 20世紀日本人名事典 2004.
  2. ^ a b c 日本官界名鑑 1942.
  3. ^ 人事興信録 1943.
  4. ^ 『官報』第4744号「叙任及辞令」1942年11月2日。
  5. ^ 公職追放の該当事項は「タイ国駐剳全権大使」。(総理庁官房監査課 編 『公職追放に関する覚書該当者名簿』日比谷政経会、1949年、738頁。NDLJP:1276156 

参考文献[編集]

  • 日本官界情報社編 『日本官界名鑑 昭和十七年版』日本官界情報社、1942年。 
  • 人事興信所編 『人事興信録 第14版(下)』人事興信所、1943年。 
  • 『20世紀日本人名事典』日外アソシエーツ、2004年。 


先代:
西春彦
外務次官
1942年
次代:
松本俊一
先代:
新設
大東亜次官
1942年 - 1944年
次代:
竹内新平