国際勝共連合

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国際勝共連合
略称 勝共
設立 1968年
設立者 文鮮明[1]
種類 政治団体
目的 共産主義思想の誤りを啓蒙し、代案を示し、その打倒を目指す
親米保守
親韓
反共主義
親台派(親中国国民党
本部 日本の旗 日本 東京都渋谷区宇田川町36-6 ワールド宇田川ビル9F
公用語 日本語
会長 梶栗正義(代表)[2]
重要人物 笹川良一(名誉会長)
児玉誉士夫(支援者)
久保木修己(元会長)
梶栗玄太郎(元会長)
岸信介(日本内閣総理大臣)
蔣介石(中国国民党總裁)
朴正煕(韓国大統領)
関連組織 世界平和統一家庭連合(旧・世界基督教統一神霊協会)
世界日報
世界平和連合
世界自由民主連盟(WLDL)
スパイ防止法制定促進国民会議
ウェブサイト 国際勝共連合公式サイト
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国際勝共連合(こくさいしょうきょうれんごう、: International Federation for Victory over Communism、「共産主義に勝利するための国際連盟」)は、反共主義政治団体。通称は「勝共連合」または「勝共[3]

家庭連合(旧:統一教会)開祖・教祖文鮮明朴正煕政権時代の大韓民国中央情報部(KCIA)の指示を受け、1968年1月13日韓国で、同年4月に日本で創設した[1][4]。勝共は教義の一つとして、 「共産主義をこの地球上から完全に一掃する」「朝鮮半島が突破口に第三次世界大戦が必ずおこらなければならない 」「日本は生活水準を3分の1に減らし、税金を4倍、5倍にしてでも、軍事力を増強してゆかねばならない」とし、日本の国民に犠牲(生贄)になることを要求している[4]

日本の初代会長は家庭連合の会長でもあった久保木修己であり、久保は教義として「美しい国 日本の使命」「勝共こそキリスト者の聖使命なり」と説いていた[5]

また、下村博文元政調会長が関連団体から陳情を受け、自民党公約に反映させるよう指示を出していた疑いが指摘されている[6]

統一教会(現:家庭連合)を母体として韓国の文鮮明を教祖としKCIAによって組織育成された勝共は、自由民主党の別働隊となっており、反共謀略宣伝、公正な選挙の妨害の先兵を務めている[4]

なお本稿では、日本での母体となった宗教法人世界基督教統一神霊協会(現:世界平和統一家庭連合)を「統一協会」、その母体である韓国の同名組織とその思想全体を指して「統一教会」と分けて書くことにする。

概要[編集]

国際勝共連合は韓国主導の南北統一という韓国の「勝共運動」の影響を強く受けている[7]。 統一教会の国際勝共産連合を使った「勝共運動」は、韓国においては、「反共法」まで制定して共産主義に対抗していた朴正煕政権の庇護を受けたと言われる[注 1][注 2]

日本では日米安全保障条約の自動延長に社会党共産党が反対し、新左翼による暴力や機動隊などとの衝突が繰り返されており、学生運動が激しさを増した「70年安保闘争」の国内状況の中で[9]、「反共」という目的が一致したことで、家庭連合の教義のカルト性を棚上げにし、反共という一致点で新左翼の暴力対応や選挙ボランティア支援を受け入れていた[10][9]

共産主義政党共産主義の欺瞞と間違いを明らかにすると主張しており、創設直後から共産主義者同盟共産主義者同盟マルクス・レーニン主義派など共産主義系の組織に対抗した活動をして来た。大学、労働組合、一般人を対象とした反共講演会を開催した[7]。学生を中心とした遊説隊による街頭宣伝活動も行った[7]。台湾・フィリピン・韓国などと交流し、PL教団青年部など宗教団体に働きかけを行った。

その主張から世界各国の反共主義保守派要人と交流を持つ。「新しい憲法を作る国民大会」に賛同的であるなど、日本の「憲法改正」や核武装化を主張する[11]国家秘密法スパイ防止法)制定推進に熱心であり、「スパイ防止法制定促進国民会議」を組織した[12][13]

名誉会長は笹川良一、顧問団に小川半次大坪保雄辻寛一千葉三郎玉置和郎源田実らがいた[14]

会長は梶栗正義[2]。梶栗は教団の関連団体である「世界平和連合」と「平和大使協議会」と「国際ハイウェイ財団」の会長と「UPFジャパン」(天宙平和連合の日本支部)の議長も兼任している[15][16][17][18]

勝共連合は、機関紙として『国際勝共新聞』[14]・『思想新聞』、月刊誌『世界思想』を発行。関連会社の「世界日報社」が日刊新聞、『世界日報』を発行。

発足の1968年4月から1969年9月までの延べ動員数は公称1万6000人[7]

2016年には「大学生遊説隊 UNITE(ユナイト)」と称した団体を立ち上げ、若者を前面に出す形での憲法改正や新安保法制の賛成を訴える街頭活動を行っている[19]

機関紙誌の発行[編集]

思想新聞[編集]

月2回刊行の新聞。"勝共連合独自の視点からの時局ニュースや主張など左翼運動・日本共産党の抱える政治問題に鋭く切り込む新聞"[20]としている。

世界思想[編集]

月刊誌。過去には安倍晋三や創設者の文鮮明を表紙の写真として掲載していた時もある[21]。元々は世界思想出版[注 3]発行の本団体機関誌であったが、平和大使協議会の機関誌だった『平和大使』を吸収。2019年4月から同協議会が発行元になっている[22]

敵対勢力との関係[編集]

1960~70年代[編集]

日本社会党や日本共産党が60年安保の自動延長に反対し、左翼過激派が暴力的に阻止しようとしたことで安保闘争が再び盛んになった1960年代後半から1970年代前半までのいわゆる70年安保闘争期は、旧統一教会の関連団体と日本の右翼組織や民族派団体は、統一教会の韓民族主義を柱とするカルト教義を棚上げにし、自組織内の布教を阻止していたものの、反共という一致点で頼もしく思い、新左翼や朝鮮総連など共産主義者らに立ち向かう様子から助っ人になると考えていた[9][10]。そのため、日本の右翼組織民族派団体は統一教会トップと面識ができても関係を「反共」に限っていた。

友人知人親族を統一教会に勧誘する動きがあった際に、民族派団体『八千矛社』を率いていた犬塚博英は勝共連合幹部による自組織内の勧誘について、「信者をひとり獲得するために、俺を敵に回していいのか」と牽制することで勧誘行為を止めさせている[10]

保革伯仲時代と言われた1970年代から1980年代にかけては、勝共連合は国政選挙の応援を通じて保守層に喰い込み、動きが特に目立ったとされる。勝共連合の母体である統一教会が商業新聞『世界日報』を創刊したのも、この時代と重なる。

1975年(昭和50年)の東京都知事選挙では、朝鮮総聯の影響下にある朝鮮大学校を認可した当時の東京都知事美濃部亮吉の3選を阻むため、若いメンバーが大量に動員されたとの話がある[要出典]。昭和50年代には東京都小平市の朝鮮大学校前で認可取り消しを求める演説をやっていた。一人でもやっていた国際勝共連合の女性がおり、朝鮮大学の連中にボコボコにされていた。頭に包帯をまいては、また朝鮮大学校前に演説に行き、ボコボコにされていた。メガネがバキバキで前が見えような状態で集会に来ていた。彼女は、「私が死ぬことによって共産主義の非道が明らかになれば、死んでも本望です!」と述べていた[10]

1980年代[編集]

1984年6月10日に、『世界日報』の路線の対立で追放された副島嘉和らが『文藝春秋』に出した告発手記で、久保木修己が天皇の身代わりで文鮮明師に拝礼する秘密儀式があるとする暴露をした。それにより、勝共連合を反共運動の同志と考えていた民族派右翼が激怒し、久保木に質問状を出す。3ヶ月後に久保木は、副島手記の内容を否定する回答をした。「平和と安全を守る七大都市大会」の大阪大会では、右翼標榜暴力団民族派「勝共運動は、文鮮明の手先」 「世界を股にかけるペテン師の金集め」などの批判ビラを会場周辺に張り、大会を妨害した。

また、1986年(昭和61年)7月の衆参同日選挙第38回衆議院議員総選挙第14回参議院議員通常選挙)では、150人の衆参両院候補を応援、自民、民社両党を中心に134人を当選させた、としている。同連合が発表した名簿には、松永光(自民党スパイ防止法制定特別委員長)、森清箕輪登(当時の自民党衆議院議員)らが含まれていた。同連合の機関紙「思想新聞」によると、選挙後には、これらの各勝共推進議員一人ひとりに勝共理念の研修を受けてもらったという。その結果、134人全員が勝共理念を理解し、国会議員のそれぞれの地元でも勝共連合支部との関係が密接になった、と伝えている[23]。1986年の第38回1990年(平成2年)の第39回1993年(平成5年)の第40回衆議院議員総選挙大阪三区で立候補しいずれも落選した阿部令子[注 4]は、霊感商法霊能者役であり合同結婚式に参加した教会員で渡辺美智雄元秘書だったとされている[24]。1990年総選挙での自民党追加公認に関しては「公認は渡辺(美智雄)氏らが強引に押し切った」[25]とされ、地元大阪府連の強い反発を受けた。なお、「霊感商法などで問題になっている統一教会との関係」が他党(共産党)のビラなどで指摘されているが、阿部本人は「支援は受けているが会員ではない[26]と回答している。

1990年代以降[編集]

ソ連崩壊によって反共陣営にとっての最大の敵が消えた1990年代以降、母体である統一教会の霊感商法に対する批判の強まりも重なって一時日本の保守層と関係が薄くなっていたのではとの指摘がなされている。有田芳生『私は以前、安倍(晋三)さんから統一教会と北朝鮮の関係について聞かれたことがある。そのときは「統一教会が接近してきている。会おうと言われているが断っている」と言っていました。安倍さんは北朝鮮に対して強硬な立場で総裁選も近いということから考えると、少なくとも本人の意思では(前述の祝電を)送っていないとは思いますが』とコメントしている[27]。それでも、統一教会の日本進出に大きな役割を果たした岸信介の血を引く安倍晋太郎・晋三・信夫の親子や、岸・安倍親子の流れを汲む自民党清和政策研究会を通じた政界との交流は続いた。

2010年代ごろから、日本の保守層との距離が縮まり、再接近している。2010年(平成22年)7月の第22回参議院議員通常選挙では勝共連合が有田への対抗馬として、比例区で出馬していた山谷えり子を当選させるよう、統一協会員に働きかけを行なっていた(ただし、参院比例区の制度上、同じ他党の候補の当選阻止は出来ない)[28]。このとき有田は、自身のブログに統一協会の内部文書を載せ、統一協会と晋三および山谷の強い関係性を指摘している。「世界思想」2013年9月号は「安倍政権の救国ロードマップ」を特集し、街頭演説をする晋三の姿を表紙に使った[29]。また2010年11月号では「菅『革命』政権」と銘打つ菅直人内閣の批判特集を行い、街頭演説をする菅の写真を無断で使用した[30]

沿革[編集]

  • 1967年
  • 1968年
    • 1月13日 韓国で「国際勝共連合」を創設。全国勝共幹部50人が、韓国を訪問し、38度線を視察。
    • 7月7日 江利川安栄(後の第7代統一教会会長)が東京都小平市朝鮮大学校正門前で北朝鮮問題(朝鮮大学校認可取り消し)を訴えるために勝共講義を始める。
  • 1968年
    • 4月1日 日本で、「国際勝共連合」を創設。日本統一協会の初代会長の久保木修己が会長に就任。笹川良一が名誉会長に就任。
  • 1969年
    • 朝鮮大学校認可取り消し運動を展開[12]
    • 「勝共国民運動東京大会」を開催[7]
  • 1970年
    • 世界反共連盟(World Anti-Communist League、略称WACL)世界大会を開催[12]
    • 7月13日 東郷記念会館(渋谷区神宮前)で開催された「赤色帝国主義に抗議する集会―囚われたる欧州諸国民の週間・日本大会」に生長の家(現・生長の家本流運動)、「世界反共連盟」日本支部等の団体と共に参加[32]
  • 1971年
    • 2月13日読売新聞』に「でたらめ街頭募金追及。“本家”が厳重抗議、「北方領土」のでっち上げ団体、金の使い方も不明」との記事が出る。国際勝共連合が母体となった「北方領土復帰推進連盟」という団体で募金運動を行っていることに対し、51団体が加盟している全国組織の「北方領土問題連絡協議会」が募金で集まった金の使途を明らかにせよと迫ったが、国際勝共連合側は明確な回答をせず。
    • 「中国承認反対」完全断食国民大会を開催。
  • 1972年
    • 連合赤軍日本共産党」一大キャンペーンを展開[12]日本共産党への公開理論戦を要求[12]
    • 笹川良一が「反共運動から手を引く」と名誉会長を辞任。共産圏とのスポーツ交流を優先したいことが理由とも言われるが、真意は不明。
    • 12月8日 神戸で統一協会の幹部3人、石井光治(国際勝共連合渉外部長)、増田勝(教団の伝道師)、藤本三雄(教団の伝道師)が外為法違反容疑で起訴されたが、「額面2億5千万円の小切手を不法に持ち出したとされる相当の嫌疑が有することは否定できないが、有罪とするのに十分な証拠を欠く」として無罪になる[33]
  • 1973年
    • 全国124カ所で久保木修己が「救国の予言」と題して講演[12]。『国際勝共新聞』を『思想新聞』に改題。アメリカで国際指導者セミナーを開催。
    • 第3回アジア勝共大会を開催。
  • 1974年
    • 日本各地で自主憲法制定国民大会を開催[12]
  • 1975年
    • 在日本朝鮮人総聯合会本部に公開質問状を提出し、理論戦を展開。松生丸事件(公海上で北朝鮮警備艇が日本の漁船「松生丸」の乗員2名を射殺) 糾弾県民大会を開催。第21回APACL(アジア反共連盟)総会を開催
  • 1976年
    • 11月10日昭和天皇陛下ご在位50年記念奉祝行事」に参加[12]
    • 11月 機関紙 『世界思想』で「生活水準を三分の一に減らし、税金を四倍、五倍にしてでも、軍事力を増強してゆかなければなりません。それに、日本を守るということだけでなくて、韓国をも守らなければなりません。」と軍事力増強を訴える[34]
  • 1977年
    • 北方領土返還対ソ国民大会。第二次世界大戦の終結寸前のソ連の日本侵攻を描いた映画、『樺太1945年夏 氷雪の門』を全国で自主上映。
    • 北方領土奪還1千万人署名運動[12]
  • 1978年
    • スパイ防止法」(=国家秘密に係るスパイ行為等の防止に関する法律案)制定3000万人署名国民運動を展開。
    • 4月8日発行の『思想新聞』の「号外」で、京都府知事選の候補者、杉村敏正に対し、「やっぱり杉村氏は極秘党員か」、「杉村敏正氏の華麗なる前歴」、「学者の仮面かぶる活動家」、「表面紳士 一皮むけば人殺し」などと批判。選挙前日のこの日の夜、京都市内で、民主府政推進各界連絡会の街頭演説が終了直後、300名のほどの集団が押し寄せ、国際勝共連合の街宣車2台が 日本共産党宮本顕治と知事候補の杉村敏正を「人殺し」などと批判し、双方が乱闘寸前になる。警察官が国際勝共連合の6名を事情聴取。その後、告訴される[34]
    • 4月21日 『思想新聞』に「京都決戦勝利の記録」と題し、全戸ビラ配布体制にはいること、勝共連合会員が徹夜でビラを配布していることなどを掲載。
    • 京都府知事選において引退を表明した蜷川虎三の後継者であった杉村敏正(当時は京都大学教授)に対して勝共連合が支援した地元出身の自民党参議院議員林田悠紀夫候補が当選し、京都で7期28年間にわたり続いた革新府政に幕を下ろさせる。
    • 6月1日 国会で、日本共産党の正森成二が国際勝共連合の京都府知事選における選挙妨害等について質問[34]
    • 日中平和友好条約反対キャンペーン。
    • スパイ防止法」制定促進国民会議の設立に韓国が参加。都道府県会議を全国で設置し、地方議会における同法案制定請願運動の先頭に立つ。
  • 1979年
    • 「スパイ防止法制定促進国民会議」を発足[12][35]
  • 1982年
    • 共産勢力と戦う組織として、地方の有力者の協力を得て、勝共支部を結成。
    • 中南米で勝共運動を行なうCAUSA(アメリカ社会統一連合)を通じて、共産主義国家ニカラグアの反政府ゲリラコントラ」を支援。
  • 1983年
    • 10月1日 『世界日報』事件。教会色を押さえ一般紙を志向した副島嘉和編集局長らの路線を乗っ取りと考えた梶栗玄太郎「国際勝共連合」理事長ら約百人が「世界日報社」に押しかけ、副島らを暴力的に追い出す。記者達が殴られ、多数の負傷者が出た。警官80人が出動。以後、『世界日報』は教会色を強める。
    • 12月:日〜23日 韓国の八大都市で、「勝共大会」を開催。勝共連合の創始者、文鮮明が講演。日韓米の一体化によって国際共産主義勢力の浸透を防ぐことを訴える。
  • 1984年
    • 日韓安保セミナーを開催[12]。両国の勝共支部が姉妹結縁を行う。勝共会員750万人を達成[12]
    • 6月10日 『世界日報』の路線の対立で、追放された副島嘉和らが『文藝春秋』に出した告発手記で、久保木修己が、天皇の身代わりで、文鮮明師に拝礼する秘密儀式があるとする暴露により、勝共連合を反共運動の同志と考えていた民族派右翼が激怒し、久保木に質問状を出す。3ヶ月後に久保木は、副島手記の内容を否定する回答をした。「平和と安全を守る七大都市大会」の大阪大会では、右翼や民族派が「勝共運動は、文鮮明の手先」「世界を股にかけるペテン師の金集め」などの批判ビラを会場周辺に張り、大会を妨害。
    • 第1回日韓安全保障セミナーを開催[12]
    • スパイ防止のための法律制定促進議員・有識者懇談会を発足。
  • 1985年
    • ソウルで第1回 国際勝共学術講義を開催。
    • 全国教授勝共講師団を結成.
  • 1986年
    • 衆参ダブル選挙で、「130人の“勝共推進議員”が当選」と機関紙『思想新聞』(同年7月20日号)が報じる。
    • 韓国の八大都市で「世界勝共活動報告大会」を開催。
    • 11月13日 日本武道館においての天皇陛下ご在位60年奉祝行事「大奉祝まつり」に参加[12]
  • 1987年
    • スパイ防止法制定促進の為に北朝鮮のスパイ活動を描いた映画『暗号名 黒猫を追え!』を制作、全国各地で自主上映。
    • 自民党の議員達が、霊感商法をやっている統一教会関連企業や勝共連合から政治献金を受けていたとする新聞報道[36]
    • 韓国で「南北統一運動国民連合」を発足し、共産主義打倒から、共産主義解放という主張を強調するようになる。
  • 1989年
  • 1990年
    • 東京勝共教授講師団が海部俊樹首相に大嘗祭の国家行事化の要望書を提出。
    • 天皇陛下ご即位式奉祝パレードに国際勝共連合から2000人が参加[12]
  • 1991年
    • 日朝交渉中止を訴える『思想新聞』号外100万部を全国で配布。
    • WACL、「世界自由民主連盟」(WLDL)と改称。
  • 1992年
    • 中国視察ツアーを開催。
    • 統一協会の機関紙『中和新聞』平成4年(1992年)9月12日号は、「共産党および社会党が国際勝共連合の推進する「スパイ防止法」制定運動の資金源が統一教会であると誤認し、教会攻撃のために引き起したのがいわゆる“霊感商法問題”」だと説明。
    • 「日韓安保セミナー」参加者が通算で24,566人[12]
  • 1993年
    • 皇太子殿下の御成婚をお祝いする国民の集い」に役員会員らが参加.
    • 『思想新聞』に「人間と性」研究協議会の山本直英への公開質問状を掲載。
  • 1994年
    • 国際勝共連合が日本社会党を名誉毀損で訴えていた「レフチェンコ事件裁判」で、日本社会党が国際勝共連合に解決金支払うことで和解[12]
  • 1995年
    • 8月 「世界平和連合」(FWP)(統一教会が改称した「世界平和統一家庭連合」とは別の団体)を創設。会長は統一協会の会長でもあった小山田秀生。創設大会にはアレクサンダー・ヘイグ元米国務長官らを初めとする世界51ヶ国、約250名の元・現国家元首・政府高官、科学者、宗教家、ジャーナリストらが参加 。
  • 1996年
    • 3月 日本においてFWP設立大会を開催。
    • FWP会長に久保木修己が就任。
    • 「青少年問題セミナー」、「自衛隊演習視察ツアー」を開催。
  • 1997年
    • 全国でFWP都道府県連合会を設立。
    • 自主憲法制定国民大会に参加。
  • 1998年
  • 1999年
    • 大塚克己が国際勝共連合会長に就任。
    • 3月13日 FWP会長に、統一協会の大塚克己が就任し、本格的に運動を開始。
  • 2000年
    • 大塚克己が全国22カ所で講演。
    • 日本共産党批判ビラを全国で配布。
  • 2001年
    • 統一協会会長の小山田が新会長に就任。
    • 「救国救世全国躍進大会」を開催.
    • 「日韓交流・安全保障セミナー」を開催。
    • 6月 機関紙の『思想新聞』六月号外で、日本共産党を「小泉改革の最大の抵抗勢力」、「小泉首相に『構造改革』をさせず、日本経済を沈没させ、共産革命の機会をうかがっている」などと批判[37]
  • 2002年
    • 「日韓交流・安全保障セミナー」を開催。
  • 2003年
    • 「救国救世全国役員総決起大会」を開催.
    • 「日韓交流・安全保障セミナー」を開催。
    • 各地で映画『暗号名 黒猫を追え!』上映会を開催。
  • 2006年
    • 8月 マスコミで、女性信者への性的暴行が問題となった宗教団体摂理」の教祖、鄭明析1970年代に韓国の統一教会に入信していた時代に、「国際勝共連合」の講師をしていたとの報道に対して、統一協会は「講師をした事実はありません」と完全否定し、各社に抗議を行う[38][39]
  • 2013年
  • 2017年

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ 1976年5月25日付の『ニューヨーク・タイムズ』は国際勝共連合は韓国の政府職員に反共教育をする組織 ("an anti-Communist indoctrination school for Korean Government employees")だったと報じた[8]
  2. ^ 1976年6月14日付の『タイム』は朴正煕大統領が文鮮明の反共活動(勝共連合)を支援したと報じた。
  3. ^ 世界思想社とは別の出版社。
  4. ^ 1986年、1993年は無所属で最下位、1990年は自民党公認で次点だった。

出典[編集]

  1. ^ a b 国際勝共連合創始者 文鮮明総裁 逝去 2012年9月07日
  2. ^ a b 政治資金収支報告書 国際勝共連合(令和2年分 定期公表) (PDF)”. 総務省 (2021年11月26日). 2022年8月5日閲覧。
  3. ^ 上田耕司 (2022年7月27日). “旧統一教会系「勝共連合」が誇る“20代女性軍団”の正体 議員事務所を回って「お手伝いします」と潜入〈dot.〉”. AERA dot. (アエラドット). 2022年8月25日閲覧。
  4. ^ a b c 『新版 社会科学辞典』 新日本出版社 1978年第1刷
  5. ^ 美しい国 日本の使命―久保木修己遺稿集” (日本語). 紀伊國屋書店ウェブストア|オンライン書店|本、雑誌の通販、電子書籍ストア. 2022年8月26日閲覧。
  6. ^ 「週刊文春」編集部. “下村博文元政調会長 統一教会系の陳情を「党公約に必ず入れるように」関連団体幹部が証言《動画入手》”. 文春オンライン. 2022年9月15日閲覧。
  7. ^ a b c d e 社会問題研究会編『右翼事典 民族派の全貌』1970年 119-120
  8. ^ New York Times, May 25 1976, "Moon's Sect Pushes Pro-Seoul Activities", "Moon's Sect Seeks to Build Support in the U.S. for South Korean Regime"
  9. ^ a b c 「旧統一教会と保守派の蜜月が導火線に」 一水会の木村三浩代表” (日本語). 毎日新聞. 2022年8月15日閲覧。
  10. ^ a b c d なぜ統一教会・勝共連合が「右翼民族派」と連帯できたのか? 超大物の証言でわかったこと(現代ビジネス)” (日本語). Yahoo!ニュース. 2022年8月15日閲覧。
  11. ^ 第109回国会 参議院 文教委員会 第2号 昭和63年(1987年)8月25日(議事録
  12. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q 国際勝共連合のあゆみ
  13. ^
  14. ^ a b 堀幸雄 『最新 右翼辞典』 三嶺書房 1991年2月 P 198-199
  15. ^ 会長挨拶”. 世界平和連合. 2022年8月2日閲覧。
  16. ^ 梶栗会長が記念講演「日本は新太平洋平和文明の担い手に」”. 平和大使協議会 (2020年7月8日). 2020年8月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月1日閲覧。
  17. ^ 財団概要”. 日韓トンネルプロジェクトを推進する国際ハイウェイ財団. 2022年7月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月16日閲覧。
  18. ^ 組織概要” (日本語). UPF-Japan. 2022年8月6日閲覧。
  19. ^ 国際勝共連合 大学生遊説隊 UNITE(ユナイト)
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  23. ^ 朝日新聞1987年1月13日付
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  25. ^ 『朝日新聞』 1990年2月11日付
  26. ^ 『朝日新聞』 1993年7月16日付
  27. ^ 週刊朝日2006年6月30日号『次期首相にふさわしいのか! あの統一教会系合同結婚式に祝電 安倍晋三とのただならぬ関係』
  28. ^ 通達文書
  29. ^ http://www.ifvoc.org/sekaisisou/sekai13_09.html
  30. ^ 「世界思想」2010年11月号
  31. ^ 第78回国会 参議院 外務委員会 第4号] 昭和51年(1976年)10月21日(議事録) 文鮮明の側近、朴普煕と親交のあったユナイテッド航空のロバート・ロランドのフレーザー委員会での証言
  32. ^ 『聖使命新聞』(「生長の家」機関紙)1970年8月号
  33. ^ 2001年6月29日 札幌地裁判決抜粋
  34. ^ a b c 第84回国会 衆議院 地方行政委員会 第24号 昭和53年(1978年)6月1日
  35. ^ [1]
  36. ^ (第109回国会 法務委員会 第11号 昭和62年(1987年)9月16日 )
  37. ^ 2001年6月19日『しんぶん赤旗
  38. ^ 「摂理」教祖・鄭明析氏と統一教会を関連づけた報道への抗議(5) 2006年8月8日
  39. ^ 共同通信の「摂理」教祖・鄭明析氏と統一教会を関連づけた報道への抗議(8) 2008年1月11日
  40. ^ 鈴木エイト (2019年1月16日). “自民党安倍政権と統一教会。いつ安倍晋三は「変節」したのか<政界宗教汚染~安倍政権と問題教団の歪な共存関係・第2回>(3/3ページ)”. ハーバー・ビジネス・オンライン. 扶桑社. 2020年11月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月22日閲覧。
  41. ^ 有田芳生 Twitter 2013年4月15日 午後5:39”. 2022年9月22日閲覧。
  42. ^ 国際勝共連合50年の歩み”. 国際勝共連合. 2022年8月6日閲覧。
  43. ^ 情報求む!山本ともひろ衆議院議員と一緒にアメリカで統一教会イベントに参加した議員は誰だ!?”. やや日刊カルト新聞 (2017年8月1日). 2022年8月6日閲覧。

参考文献[編集]

賛同的文献[編集]

  • 木下義昭、早川一郎 『日本共産党「政権参加」近し!〜不破・志位ソフト路線を読み切る』世界日報社 1988年 ISBN 9784882010661、『「新日本共産党宣言」の正しい読み方』世界日報社 1999年 ISBN 9784882010685(木下は世界日報社長兼主筆、早川は政治部長)
  • 大塚克己(編著)『共産主義を崩壊させた人びと』世界日報社 1999年 ISBN 9784882010692 (大塚は統一協会日本教会長)
  • 久保木修己 『美しい国 日本の使命―久保木修己遺稿集』世界日報社 2004年 ISBN 9784882010814(久保木は勝共連合及び統一教会日本教会初代会長)

批判的文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]