大韓民国中央情報部

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大韓民国中央情報部
各種表記
ハングル 대한민국중앙정보부
漢字 大韓民國中央情報部
発音 テハンミングクチュンアンジョンボブ
日本語読み: だいかんみんこくちゅうおうじょうほうぶ
英語表記: Korean Central Intelligence Agency (KCIA)
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大韓民国中央情報部(だいかんみんこくちゅうおうじょうほうぶ、略称KCIA)は、朴正煕時代の韓国情報機関である。各国での政治的ロビー活動を達成すべく、反共産主義をスローガンとした統一教会(世界平和統一家庭連合)、国際勝共連合文鮮明と共に設立された事でも知られる[1][2][3]

概要[編集]

1961年朴正煕によるクーデター成功の1ヵ月後に、大韓民国国軍の諜報機関である対敵諜報部隊(Counter Intelligence Corps、CIC。アメリカ陸軍にも同名部隊がある)のメンバーを中心に設立された。組織・職員・予算は非公開とされ、職員は公募でなく生え抜きの軍人から約10万人が選抜され、主要な任務は北朝鮮に対する諜報活動及び工作員の摘発であったが、軍政時代は反政府運動の取締りにも辣腕を発揮した。根拠法は国家保安法社会安全法(現:保安観察法)。

本部の所在地名から、「南山(ナムサン)」と通称され、国民生活の隅々まで監視し、朴の独裁に反対する国民を摘発し、職務として西氷庫などで連行した被疑者に対する拷問を行い、殺害することもあったため、国民から恐れられた。その活動は国外にまで及び、日本で起きた金大中事件では、日本の東声会山口組暴力団と共に児玉誉士夫がKCIAに協力して金大中を拉致したことで知られる。

アジア放送研究会の山下透 (放送研究者)の調べによると、地下放送であった希望のこだま放送は、KCIAが行っていたとされる。これについては軍政時代から「(放送は)韓国の特殊機関が行っている」と韓国放送公社(KBS)の関係者も認めていた。

朴が暗殺された後、全斗煥によって1981年に「国家安全企画部」に改組され、金大中政権以降は国家情報院に改組され、政治犯罪のみならず経済犯罪も扱い、また職員の公募も始まるなど、次第にその秘匿性を減らしていった。

コリアゲート」疑惑の調査を行ったフレイザー委員会の最終報告書によれば、統一教会(世界平和統一家庭連合)を1961年の当時、KCIA長官・金鍾泌によって再編され、韓国の政治的目的を達成するために政治工作を行っていたことが明らかになっている[4][5]

中央情報部が関連した事件[編集]

推定も含む。

所属した著名人[編集]

関連項目[編集]

  1. ^ United States: Congress (1978). Investigation of Korean-American relations: report of the Subcommittee on International Organizations of the Committee on International Relations, U.S. House of Representatives. George A. Smathers Libraries University of Florida. Washington: U.S. Govt. Print. Off.. http://archive.org/details/investigationofk00unit 
  2. ^ 「暴かれた統一教会の野望ー米下院フレーザー委員会最終報告」『朝日ジャーナル』1978年12月15日号 p96~106
  3. ^ 『新版 社会科学辞典』 新日本出版社 1978年第1刷
  4. ^ Investigation of Korean-American relations: report of the Subcommittee on International Organizations of the Committee on International Relations, U.S. House of Representatives p.118”. United States: Congress (1978年10月31日). 2022年8月27日閲覧。
  5. ^ 「暴かれた統一教会の野望ー米下院フレーザー委員会最終報告」『朝日ジャーナル』1978年12月15日号 p96~106