クロマツ

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クロマツ
保全状況評価[1]
LOWER RISK - Least Concern
(IUCN Red List Ver.2.3 (1994))
分類
: 植物界 Plantae
: 裸子植物門 Pinophyta
亜門 : マツ亜門 Pinophytina
: マツ綱 Pinopsida
亜綱 : マツ亜綱 Pinidae
: マツ目 Pinales
: マツ科 Pinaceae
: マツ属 Pinus
: クロマツ P. thunbergii
学名
Pinus thunbergii Parl. (1868)[2]
シノニム
  • Pinus thunbergiana Franco (1949)[3]
和名
クロマツ(黒松)、オマツ[2]
英名
Japanese Black Pine

クロマツ(黒松[4]学名Pinus thunbergii[5])は、日本韓国の海岸に自生するマツ属の1種である。別名はオマツ(雄松)、オトコマツ(男松)[5]

名称[編集]

和名クロマツの由来は、アカマツと比較して、幹の樹皮が黒褐色である松であることから名付けられている[6]。マツ(松)の語源については、正確にはよくわかっていないが、樹齢を長く保つことから、「タモツ」から「モツ」、さらに「マツ」と転訛したという説や、冬に霜や雪を待っても何も変化がないので「待つ」から来ているとする説などが言われている[6]。また、神様に来て頂くのを「待つ」めでたい木からマツという説もある[7]

針葉はアカマツより硬く、枝振りも太いことから男性的と解釈され、別名「雄松(オマツ)」や「男松(オトコマツ)」とも呼ばれる[6][8][注釈 1]

種小名 thunbergiiは江戸時代の日本にも滞在した植物学者カール・ツンベルク(Carl Thunberg)への献名である。

生態[編集]

他のマツ科針葉樹と同じく、菌類と樹木のが共生して菌根を形成している。樹木にとっては菌根を形成することによって菌類が作り出す有機酸や抗生物質による栄養分の吸収促進や病原微生物の駆除等の利点があり、菌類にとっては樹木の光合成で合成された産物の一部を分けてもらうことができるという相利共生の関係があると考えられている。菌類の子実体は人間がキノコとして認識できる大きさに育つものが多く、中には食用にできるものもある。土壌中には菌根から菌糸を通して、同種他個体や他種植物に繋がる広大なネットワークが存在すると考えられている[9][10][11][12][13][14]。外生菌根性の樹種にスギニセアカシアが混生すると菌根に負の影響を与えるという報告がある[15][11]。土壌の腐植が増えると根は長くなるが細根が減少するという[16]

植生遷移の上ではパイオニア種であり、典型的なクロマツ林は極相性の広葉樹に置き換わっていくことが予想されている。海岸林の場合、遷移の進行には海岸からの距離が関係しているという[17]

更新は実生による。萌芽更新(Coppicing)や伏条更新を行うことは知られていない。また、挿し木困難樹種として知られる。人工的にもクロマツ苗木は実生、もしくは庭木などの場合は接ぎ木苗で生産しているが、親の遺伝子を確実に受け継ぐクローンである挿し木技術についても病害対策などから研究が進められている[18]。小さな挿し穂を用いる所謂「マイクロカッティング」[19]、挿し穂の薬剤処理[20]、挿し床の加温[21]、湿度を保つ密閉挿し[22]などによって発根率が向上するという。

クロマツはアレロパシー(他感作用)が強く、クロマツが優勢な森林では共生できる生物が限られる。これが生態系や植生遷移に影響を与えていると見られる。

マツ材線虫病[編集]

マツ材線虫病(英:pine wilt、通称:松くい虫)は全国的にクロマツの枯死被害をもたらしている病害である。原因は線虫による感染症であることが1971年に日本人研究者らによって発表され[23]、その後カミキリムシによって媒介される[24]ことが判明した。クロマツはこの病気に特に感受性が高く[23][25]、枯死しやすいことから媒介昆虫であるカミキリムシの駆除や殺線虫剤の樹幹注入などの対策が被害の先端地域や保安林などの重要な森林を中心に進められている。また、被害の大きかった森林でも枯死せずに生き残ったクロマツを選抜して種を採り、線虫に強い系統を探し固定する試みが全国で行われている。このとき実生苗では親の抵抗性の形質を必ず受け継ぐとは限らないために線虫接種試験を行うのが通例となっている。これがコスト高に繋がっているとして挿し木増殖の技術開発も進められている。

クロマツはアカマツに比べるとさらにこの病気に感受性が高く、見つかっている抵抗性系統の数も少ないことが課題の一つになっている。強抵抗性のバビショウPinus massoniana)などの外国産種との交配試験も行われたが[26]、外来種問題や線虫以外への病害への抵抗性などから近年はクロマツ内での強抵抗性個体を選抜していこうというのが主流となっている。

分布[編集]

日本では本州四国九州に分布し、国外では朝鮮南部の島嶼から知られる[27]。海岸に多く自生する[6][8]。日本では海岸線への植樹が古くから行われ、本来の植生や分布はよくわからなくなっている。

形態[編集]

常緑針葉樹高木で、樹高は20 - 40メートル (m) [4]、目通り直径は2 mになり[6]、高いものでは60 mに達することもあるが、自然の状態ではそこまで成長することはまれである。記録的な高さのクロマツとしては、「春日神社の松」(島根県隠岐郡布施村(現・隠岐の島町))の66 m、「緩木神社の松」(大分県竹田市。もと国の天然記念物)の60 m、「大日松」(茨城県大宮村(現・龍ケ崎市))の55 mなどがあったが、いずれも現存しない。

樹皮は灰黒色で厚く、亀甲状に割れ目が入りはがれる[4]。枝は長枝と短枝を持つ二形性で、葉は短枝に二枚が束生する。は濃い緑色をしていて太くて固く[6]、長さ6 - 18センチメートル (cm) [4]、幅1.5 - 2ミリメートル (mm)。アカマツよりも葉は太く硬い。

花期は春から晩春(4 - 5月)[4]雌雄異株[4]。新枝の基部に緑黄褐色を帯びた雄花が多数つき、枝の先端には雌蕊が重なり合った紅紫色の雌花がつく[4][27]。雌花は翌年の秋(10月ごろ)に球果松ぼっくり)となり[27]、大きさは5 - 7 cmの長さがある[4]。北日本の集団ほど球果が大きく、中の種子も健全な充実種子が多い傾向があるという[28]

分類[編集]

日本各地の松原のクロマツを分析した結果、遺伝的には大きく3集団に分かれるという。また日本海側では近隣の集団と違うものが飛び地的に分布していることがあり、恐らくは防砂などの目的で北前船を使い種子や苗木を運んだ影響だと推測されている[28]

クロマツとアカマツの交じっている林では稀に雑種(アイグロマツ)が生じる。

品種として、タギョウクロマツ P. thunbergii f. multicaulis [29]がある。

人間との関係[編集]

幹からは松脂がとれ、材は建築材などになる[4]

防災・風致[編集]

耐乾性、耐塩性に優れるとして特に居住地や農地への飛砂防止を目的として海岸林に用いられてきた[30][4]。日本各地に見られる松原はではおおむね江戸時代以降に造成されたものが多い[31]。現存する松原の多くは林野庁が定める保安林、もしくは国土交通省が定める砂防林となっている。松原の松はクロマツが多いが、三陸海岸のようにアカマツが多い地域では陸前高田市高田松原のようにアカマツ主体の松原も知られた。苗木植栽時には木製や竹製の防風柵を使うのが一般的だが、これに加えて砂丘の風下側に造林することで苗木の保護と同時に高潮津波の被害軽減を兼ねた構造のものも多い。高田松原は東日本大震災の津波で壊滅的な被害を受けたが、防潮堤の後ろ側に樹種をクロマツに変えての復旧を予定している。

飛砂防止で海岸にクロマツを植栽する際、昭和の一時期はマメ科根粒菌による窒素供給と土壌改善を期待し、アメリカ原産の外来種であるニセアカシアを混植させることが推奨され盛んに行われた[32]。ニセアカシアは高木でありクロマツを被圧すること、生態節で記した通り富栄養化など菌根に悪影響を与えること、地下茎でも増え駆除が困難なことが問題として浮上している。

各地の松原は植生遷移の進行による広葉樹化が進行しているところが多い。マツ材線虫病の流行を考慮し広葉樹に切り替えるところも出てきている。

江戸時代の東海道をはじめとする旧街道沿いに並木として植えられた樹種の多くがクロマツであり、一里塚にもよく植えられた[33][4]

庭園樹としても人気で日本庭園に用いられることのほか[6]、一般家庭でも生垣の一種として横方向に枝を伸ばした松が「門かぶりの松」としてしばしば使われる。盆栽としてもよく用いられる

木材[編集]

燃料[編集]

薬用[編集]

葉は精油を含み、その主な成分はピネーンカンフェンフェランドレンボルネオール蝋質などを含む。松脂には、樹脂酸、ピネーン、カンフェン、フェランドレン、テルペンアルコールなどを含んでいる[6]。精油は、内服すると大脳皮質を興奮させて血圧を高める働きがあるといわれ、外用すれば、局所の血管拡張や血液循環促進に役立つと言われている[6]

民間療法では、滋養保健、低血圧不眠症冷え症、食欲不振などに松葉酒を就寝前に盃1杯飲むと良いと言われている[6]。松葉酒は、採取したばかりの新鮮なクロマツの葉をハカマ(葉の根元の褐色部)を除いて葉だけを刻み、35度の焼酎1リットルに松葉1キログラムの割合で漬け込んで、3か月冷暗所に保存してから松葉を取り除いてつくる[34]。松葉酒が飲みにくい場合は、他の酒とカクテルにしたり、水で割って蜂蜜やレモン汁で味付けしても良い[6]。また、疲労回復、肩こり神経痛などに、松葉を袋に入れて浴湯料として風呂に入れる[6]

文化[編集]

日本ではクロマツは神が降臨する依代(よりしろ)と解釈され、正月には門松を立てて神様に来て頂く目印にした[7]。クロマツは冬でも緑を保つ常緑樹であることと、長寿であると思われていることがその理由である[7]。日本の海岸にあるクロマツは、防風、防砂、防潮のために人為的に植えられてきた海岸林のため、「白砂青松」という言葉もある[7]。季節風を防ぐために、一定の高さで整然と刈り込まれたクロマツの屋敷林のことを築地松とよんでいる[27]

花言葉は「不老長寿」「向上心」である[27]

クロマツを「自治体の木」とする自治体[編集]

日本の旗 日本

都道府県
市町村

大韓民国の旗 大韓民国

脚注[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 一方、アカマツは「雌松(メマツ)」と呼ばれる[8]

出典[編集]

  1. ^ Conifer Specialist Group 1998. Pinus thunbergii. In: IUCN 2010. IUCN Red List of Threatened Species. Version 2010.4.
  2. ^ a b 米倉浩司・梶田忠 (2003-). “Pinus thunbergii Parl. クロマツ(標準)”. BG Plants 和名−学名インデックス(YList). 2022年12月24日閲覧。
  3. ^ 米倉浩司・梶田忠 (2003-). “Pinus thunbergiana Franco クロマツ(シノニム)”. BG Plants 和名−学名インデックス(YList). 2022年12月24日閲覧。
  4. ^ a b c d e f g h i j k 西田尚道監修 学習研究社編 2009, p. 38.
  5. ^ a b クロマツ(黒松)とは?特徴や育て方をご紹介!アカマツとの違いは?”. BOTANICA. BOTANICA運営事務局. 2024年3月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年3月14日閲覧。
  6. ^ a b c d e f g h i j k l 田中孝治 1995, p. 141.
  7. ^ a b c d 田中潔 2011, p. 10.
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参考文献[編集]

関連項目[編集]