普天王水

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普天王 水
四股名 普天王 水
本名 内田 水
生年月日 1980年8月28日(28歳)
出身 熊本県玉名郡天水町
身長 180cm
体重 155kg
所属部屋 出羽海部屋
成績
現在の番付 西前頭筆頭
最高位 小結
生涯戦歴 258勝247敗4休
幕内戦歴 197勝204敗4休
敢闘賞1回
技能賞1回
データ
初土俵 2003年1月場所
入幕 2004年3月場所
備考
2008年11月2日現在
  

普天王 水(ふてんおう いづみ、1980年8月28日 - )は、熊本県玉名郡天水町(現在の玉名市)出身で出羽海部屋所属の現役大相撲力士。本名は内田水(うちだ いづみ)、身長180cm、体重155kg。得意技は左四つ、寄り。最高位は西小結2005年9月場所)。愛称はウッチー、血液型はO型。ブログ力士の先駆け的存在。

普天王の四股名は、世の中の全てのことを意味する「普天」と「牛頭天王」に因んで父親に名づけられた。

目次

[編集] 来歴

小学生時代から相撲を初め、熊本県小天小学校時代にはわんぱく横綱となる。学生出身力士を多数輩出している日本大学の相撲部出身でアマチュア横綱(2年時)を含め14個のタイトルを獲得し、2003年1月場所、幕下15枚目格の幕下付出で初土俵。

デビュー場所、12日目を終えたところで6戦全勝とし、7番相撲に勝てば大相撲史上初の「初土俵から1場所で十両昇進」の快挙を果たすところだったが、もう1人の6戦全勝が同部屋の出羽乃富士だった為、7番相撲は筆頭(東)で3勝3敗、内田と同じく十両昇進の懸かる元十両琴乃峰と13日目に組まれた[1]。当たって直ぐに内田得意の左四つとなり速攻で攻め込むが、土俵際に詰まった琴乃峰が捨て身の左下手投げを打つと内田は赤房下に横転、十両入りとなる7戦全勝を逃し史上初の快挙は成らなかった。翌14日目に幕下唯一の全勝力士となっていた兄弟子出羽乃富士の7番相撲があり、その出羽乃富士が十両の五剣山に敗れた為、千秋楽に1敗力士7人による幕下優勝決定戦に出場した。準決勝で物言いが付く微妙な相撲の末惜しくも敗れた(優勝は黒海)。西4枚目迄上がった翌3月場所も6勝1敗の好成績を挙げ、デビューから僅か2場所で十両に昇進し、四股名を本名の内田から普天王に改める。実力者犇く中で揉まれるが1年掛けて新入幕を果たす。頭髪の伸びが追い付かず入幕後4場所は大銀杏が結えずちょんまげで取った。

2005年2月よりブログを開始。5月場所では東前頭10枚目で11勝(4敗)して、自身初の三賞(敢闘賞)を受賞した。翌7月場所でも西前頭3枚目で10勝5敗の成績を挙げ、三役まで上り詰めた。成績の向上もあってブログとともに俄かに認知度が高まり、テレビや雑誌などマスコミ露出が増えていったのもこの頃である。

小結で迎えた9月場所では初日に横綱朝青龍に完勝し、翌日の垣添戦にも勝って2連勝といい滑り出しで期待されたが、3日目からのまさかの8連敗で、5勝10敗と大きく負け越し、1場所で三役から降格した。翌11月場所では怪我で途中休場を余儀なくされ、その後しばらく中位に低迷したが、上位に戻った2006年11月場所では三大関(栃東琴欧洲千代大海)から白星を挙げ、台風の目になると期待されたが、その後はパッとせず、5勝10敗と大きく負け越した。下位に落ちた2007年5月場所では初日から中日にかけて8連勝し、一時優勝争いに絡んだが、結局中~終盤に4連敗するなど失速して最終的に成績は10勝5敗に終わったが、自身としては11場所ぶりの二桁勝利を挙げた。その後しばらく幕内中位での土俵が続いたが、2008年に入り3月場所で10勝5敗と2桁勝利を挙げるなど3場所連続の勝ち越しで、7月場所で1年4ヶ月ぶりに幕内上位に番付を上げた。しかし上位では全く通用せず、初日から8連敗で負け越してしまい、結局3勝12敗に終わった。

  1. ^ 因みに、この取組は「幕下で6戦全勝同士の割が組めなくなった為に、7番相撲に十両昇進を懸ける6戦全勝の力士が同じく十両昇進を懸ける筆頭で3勝3敗の力士と対戦した」史上初のケースだった。これ以降、2004年3月に琴欧州と共に6戦全勝とした琴春日(東8枚目)が大翔大2006年1月に幕下唯一の6戦全勝とした出羽鳳(西8枚目)が北勝岩と同様の割を組まれているが、何れも全勝側が敗れて十両昇進を逃している。


[編集] 取り口

左四つの型を持っており、時間をかけて自分の型に持ち込み、上手をがっちり掴んで左の腕を返して寄る。腰高で体重の割に軽く、相手有利に組まれたり立ち合い一気の攻めに遭うと脆い。

[編集] エピソード

実父は豪農で2006年5月場所ではオレンジを国技館で配布した。

朝青龍とは同年代であり、高校時代にはインターハイで対戦して普天王が勝っている。高校時代のものを含むと、現在の戦績は2勝2敗。2005年9月場所の普天王の負け越しについて朝青龍は「普天王のブログに『頑張って下さい』と書いておくよ」と話し、最初は冗談と思われたが、後に本当に書いていた(実際にブログに「朝青龍明徳」の名で書かれている)。

趣味は囲碁インターネットで、2005年2月からブログを公開している。特に場所中は、取組みの反省も盛り込んだ内容でほぼ毎日更新している。ブログ公開後しばらくは好調な場所が続き、三役昇進や横綱戦勝利で人気もブログ・アクセス数も急上昇し、普天王には「ブログがんばれー」、相手方、例えば白鵬には「白鵬、オタクにまけるなー」などと声援が飛ぶようになった。

角界の最も有名なブロガーとして、ブログ閲覧者はじめ、女性ファンが多いことも特徴の一つである。

しかし、2005年9月場所後に小結を陥落して以降、三役定着どころか三役復帰すら成功しておらず、一部からは批判の声もある。

ブログでの一人称はなぜか「普天王」である(例:「普天王は今日も稽古です」)。

真面目で誠実な人物として評価が高い。

[編集] 幕内での場所別成績

普天王水[1]

一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
2003年
(平成15年)
(幕下) (幕下) (十両) (十両) (十両) (十両)
2004年
(平成16年)
(十両) 東 前頭 #15
7–8
 
西 前頭 #15
7–8
 
西 前頭 #15
10–5
 
東 前頭 #10
4–11
 
東 前頭 #16
7–8
 
2005年
(平成17年)
(十両) 西 前頭 #13
8–7
 
東 前頭 #10
11–4
西 前頭 #3
10–5
西 小結
5–10
 
東 前頭 #2
3–8–4
 
2006年
(平成18年)
西 前頭 #8
9–6
 
東 前頭 #4
6–9
 
東 前頭 #7
9–6
 
東 前頭 #5
6–9
 
東 前頭 #7
9–6
 
西 前頭 #2
5–10
 
2007年
(平成19年)
西 前頭 #7
8–7
 
東 前頭 #4
3–12
 
東 前頭 #13
10–5
 
西 前頭 #7
5–10
 
西 前頭 #11
8–7
 
西 前頭 #9
6–9
 
2008年
(平成20年)
東 前頭 #12
8–7
 
東 前頭 #10
10–5
 
東 前頭 #6
9–6
 
東 前頭 #3
3–12
 
西 前頭 #10
11–4
 
西 前頭 #1
5–10
 
2009年
(平成21年)
東 前頭 #5
5–10
 
西 前頭 #9
7–8
 
東 前頭 #10
6–9
 
x x x
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 十両・幕下

三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口

幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

[編集] 主な成績

2009年5月場所12日目終了現在

  • 通算成績:280勝282敗4休(39場所)
  • 幕内成績:219勝239敗4休
  • 幕内在位:31場所
  • 三役在位:1場所(小結1場所)

[編集] 三賞・金星

  • 三賞:2回
  • 敢闘賞:1回(2005年5月場所)
  • 技能賞:1回(2005年7月場所)
  • 金星:なし

[編集] 改名歴

  • 内田 水(うちだ いづみ)2003年1月場所-2003年3月場所
  • 普天王 水(ふてんおう -)2003年5月場所-

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ "Rikishi in Juryo and Makunouchi" (English). szumo.hu. 2007-09-24 閲覧。

[編集] 外部リンク

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