日本学園中学校・高等学校

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日本学園中学校・高等学校
Nihon Gakuen Junior and Senior High School.jpg
過去の名称 東京英語学校
日本中学校
国公私立の別 私立学校
設置者 学校法人日本学園
設立年月日 1885年
創立者 杉浦重剛
共学・別学 男子校
中高一貫教育 併設型(外部混合一部あり)
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
学科内専門コース (中学校)
中高一貫コース
(高等学校)
特別進学コース
総合進学コース
スポーツコース
学期 3学期制
高校コード 13656F
所在地 156-0043
東京都世田谷区松原二丁目7番34号

北緯35度39分54.3秒 東経139度38分56秒 / 北緯35.665083度 東経139.64889度 / 35.665083; 139.64889座標: 北緯35度39分54.3秒 東経139度38分56秒 / 北緯35.665083度 東経139.64889度 / 35.665083; 139.64889
外部リンク 日本学園中学校・高等学校
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日本学園中学校・高等学校(にほんがくえんちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、東京都世田谷区松原二丁目に所在し、中高一貫教育を提供する私立男子中学校高等学校

高等学校での募集があり、特別進学コース、総合進学コース、スポーツコースの3コースに分かれ、その一部が内部進学生と混合のクラス編成となる、併設混合型中高一貫校

概要[編集]

杉浦重剛増島六一郎、宮崎道正らが、共に国粋運動政教社の同人であった千頭清臣谷田部梅吉松下丈吉らに要請され[1]1885年(明治18年)東京府神田区神田錦町に設立した東大予備門進学予備校である東京英語学校が前身校に当たる[2]

沿革[編集]

略歴[編集]

1885年(明治18年)に創立された「東京英語学校」が前身に当たる。創立者は杉浦重剛、初代学校長は増島六一郎であった。同じ敷地の門を挟んだ所に、増島によって同年月日に設置願いが出された英吉利法律学校(現在の中央大学)があり、校舎を共有もしていた。当初は、共立学校(現在の開成中学校・高等学校)や成立学舎などを抑えて第一高等中学校(帝国大学予科、後の一高)への進学者数トップ校として知られていた[1][3]

1891年(明治24年)の中学校令の一部改正に合わせて校名を尋常中学私立日本中学校とし、進学予備校から尋常中学校への脱皮を図った。しかし、この中学校令の一部改正により(官公立の)尋常中学の設立要件が緩和されたことは、市井の私立校の第一高等中学校など官立高等諸学校への進学が断ち切られたことをも意味し、私立校には軒並み生徒が集まらなくなった[4]。この頃、火災で校舎を焼失し、1892年(明治25年)、半蔵門そばの東京府東京市麹町区山元町に再建。この頃、中村正直の死にあたり同人社を引き取る形で吸収。

1899年(明治32年)に日本中学校と改称、1936年(昭和11年)に現在の世田谷区松原に移転した。戦後に現在の日本学園中学校・高等学校となった。

当時、杉浦がその教育の念頭に置いていたのは、欧化一辺倒に流れる中でも伝統の継承を基本的な課題としたことにあり、官学よりもさらに国威を高めようとするものであった。他方で上級学校への進学にも適応し、明治時代の私立全盛期においては、一高合格者数では獨逸学協会(現:獨協中学校・高等学校)、府立一中(現:東京都立日比谷高等学校)などと並び常に上位に位置していたという進学名門校であった[1]

ただ、その当時のどの私学にも見られたように資金面で苦慮し、また伝統派の大学[5]がそうであったように近代化の過程で教育面における伝統の創造的継承という課題にも成功してきたとはいえず[6]、明治後半以降から徐徐に上級学校への進学力も落としていくこととなる[7]

2007年度から高等学校に「特進コース」を設置。また、日本大学とは無関係だが、中央大学とは設立当初に関わりのあった人物や経緯などから、また当初は東京英語学校から英吉利法律学校へ無試験入学が許可されていたように関係が深い。

2008年度から、同じ世田谷区にある講道学舎の塾生を中学校・高等学校ともに受け入れを開始した。

2012年3月に、明治大学と高大連携協定を締結した。

2026年4月1日に、明治大学の系列校となり、校名を「明治大学付属世田谷中学校・高等学校」に改称し、系列校化と同時に共学化すると公表した[8]

年表[編集]

東京英語学校(神田錦町)

校舎[編集]

世田谷の松原校舎1号館は日本学園出身の今井兼次の設計による昭和初期の建築である。国の登録有形文化財に登録されている。

交通[編集]

日本学園中学校・高等学校の位置(東京都内)
日本学園中学校・高等学校

著名な関係者[編集]

出身者[編集]

※前身校の出身者を含む

文化[編集]

官界[編集]

政財界[編集]

スポーツ[編集]

教職員[編集]

脚注および参照[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ a b c 主に『明治前期中学校形成史 府県別編I』(神辺靖光、梓出版社、2006年7月)p.222-、p.62-
  2. ^ 同名の官立東京英語学校は東大予備門(のちの一高)に吸収され別。
  3. ^ 主に『日本学園百年史』を参照。
  4. ^ 1891年(明治24年)の中学校令改正により、当時の澤柳政太郎文部次官は官立高等諸学校への入学を官公立尋常中学校卒業者に限定し、予備学校(私立学校)には認めなかった。そのため今度は,東京では官立高等諸学校と連絡(推薦)があった東京府尋常中学への連絡の請願が郁文館攻玉社はじめ私立諸校から殺到した。のちの1898年(明治31年)に連絡は廃止され、官立高等諸学校は同一条件の入学試験に変更された。詳細については以下。 武石典史「明治前期東京における中等教育の趨勢 : 伝統学知から近代学知へ」『東京大学大学院教育学研究科紀要』第45巻、東京大学大学院教育学研究科、2006年3月10日、 93-94頁、2019年2月26日閲覧。
  5. ^ 例えば、國學院哲学館など。
  6. ^ 主に『日本の大学』(永井道雄中公新書、1979年)p.36, 42, 136 などを参照。
  7. ^ 『『東京府立中学』 (岡田孝一、同成社、2004年5月)p.33
  8. ^ a b 学校法人日本学園と系列校化に向けた基本合意書を締結”. 明治大学. 2021年12月25日閲覧。
  9. ^ 「ねずみ男」役 声優の大塚周夫さん死去”. NHK「かぶん」ブログ. 日本放送協会 (2015年1月17日). 2015年1月30日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]