新潟県立高田高等学校

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新潟県立高田高等学校
Niigata Prefectural Takada High School.JPG
過去の名称 脩道館
公立新潟学校第四分校
高田学校
公立普通中学高田学校
私立高田尋常中学校
町村立高田中学校
中頸城総町村組合立中頸城尋常中学校
新潟県立高田中学校
国公私立の別 公立学校
設置者 新潟県
理念 第一義
校訓 質実剛健
堅忍不抜
自主自律
設立年月日 1874年5月16日
創立記念日 5月16日
共学・別学 男女共学
分校 安塚分校
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科(6クラス)[1]
理数科(1クラス)
学期 3学期制
高校コード 15168J
所在地 943-0837
新潟県上越市南城町3-5-5

北緯37度6分17秒 東経138度15分16秒 / 北緯37.10472度 東経138.25444度 / 37.10472; 138.25444座標: 北緯37度6分17秒 東経138度15分16秒 / 北緯37.10472度 東経138.25444度 / 37.10472; 138.25444
外部リンク 公式ウェブサイト
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新潟県立高田高等学校(にいがたけんりつたかだこうとうがっこう)は、新潟県上越市高田地域の県立高等学校

県内有数の進学校である。県立高校では珍しく分校を有しており、市内安塚区安塚分校がある。

概観[編集]

愛称は「高高」と書いて"こうこう"。

2008年まで置かれていた「県立高校学区制度」では第7学区(上越地方)に指定されていた。

高高の歴史は古く、明治7年に開学した藩校が始まりとしている。

この藩校は高田藩の藩士子弟教育を目的として設立され、のちに「脩道館」、旧制中学校と形を変えている。

国公立大学など4年制大学に通年で生徒の8割程度が進学している[2]

また、県内や隣県への進学に留まらず首都圏の「早慶」「MARCH」、「関西」の関関同立ほか「医学部」への現役合格者も見られる[3]

2013年度からは文部科学省から理数研究教育の拠点として「スーパーサイエンスハイスクール」に指定されたほか[4]、2016年度には理数科に「メディカルコース」を新設するなど[5]、理数教育に重点を置いた学校運営となっている[6]

エピソード[編集]

  • 2006年:屋外運動場として使用していた校地に新校舎を建設し、2007年1月9日から新校舎で授業を開始。

旧校舎と第2体育館は2007年2月から解体され、2009年3月には大体育館、同年5月には別の校地に屋外運動場を整備した。

  • 校是は上杉謙信の言葉である「第一義」を定めているが[7]、体育館には「第一義」の掛け軸と上杉謙信の肖像画がそれぞれ掲揚されている。
  • 1970年[8]:当時の生徒会組織が発議して「校則による服装・髪型の規定」の撤廃を訴え、県はこれを受け入れ校則を削除した[9]

沿革[編集]

経緯[編集]

新潟県立高田高等学校は、1866年に高田藩の藩士子弟教育のために設立された藩校(後の「脩道館」)を改め公立新潟学校第四分校として開校したことが創始である。その後、何度も廃校の危機に見舞われたが、近隣地域の支えによって現在に至る。

年表[編集]

  • 1874年5月 - 藩校「脩道館」を改め、公立新潟學校第四分校として開校。
  • 1874年9月 - 県令により廃校、その後高田學校に改称の上で授業を継続。
  • 1878年5月 - 公立普通中學高田學校と改称。
  • 1878年9月 - 新築校舎が完成。(現:上越市立大手町小学校の位置)
  • 1886年4月 - 「中学校令」公布、『地方税またはその補助に係るものは一府県一校に限る』との条項により再廃校となる。その後地方有志の醵金により私立認可学校として学校を継続する。
  • 1888年5月 - 私立高田尋常中學校と改称。
  • 1891年1月 - 町村立高田中學校と改称。
  • 1893年10月 - 中頸(頚)城總町村組合立中頸城尋常中學校と改称。
  • 1904年5月 - 創立30周年記念式典を挙行、この日に初めて現校歌と記念式歌を合唱。
  • 1906年4月 - 高田中學校糸魚川分校(現:糸魚川高校)を開校。
  • 1929年12月 - 全校舎改築落成。
  • 1941年9月 - 火災により校舎大半焼失、謙信文庫も類焼。
  • 1948年4月 - 学制改革により新潟県立高田高等学校となる。通信課程を併設。
  • 1950年4月 - 男女共学開始。
  • 1953年11月 - 創立80周年記念式典、新校舎落成式典を挙行。
  • 1957年5月 - 火災により校舎大半焼失、醵金により復旧に着手する。
  • 1964年6月 - 創立90周年記念式典、現校舎落成式典を挙行。
  • 1973年11月 - 創立百周年記念式典を挙行。
  • 1976年3月 - 通信制課程を高田南城高校に移管。
  • 1994年10月 - 創立120周年記念式典を挙行。
  • 1995年4月 - 理数科を設置。65分授業開始。
  • 1999年4月 - 2学期制開始。
  • 2004年10月 - 創立130周年記念式典挙行。日立製作所代表取締役社長庄山悦彦を迎える。
  • 2007年1月9日 - 新校舎による授業開始。
  • 2008年3月18日 - シンガーソングライターのGacktが卒業式にサプライズゲストとして登場。NHK大河ドラマ風林火山上杉謙信役で出演した縁から、第一義が校是である同校の卒業式でミニライブを行った。
  • 2009年4月 - 3学期制開始。55分授業開始。
  • 2010年9月 - 「第一義館」完成
  • 2011年11月 - 校舎改築記念式典挙行。
  • 2013年3月 - 文部科学省より「スーパーサイエンスハイスクール」(SSH)に指定される。(第1期目)
  • 2014年3月29日 - 映画「夢は牛のお医者さん」にて主人公の同校在学時代が描かれる。
  • 2014年10月 - 創立140周年記念式典挙行。
  • 2018年 - スーパーサイエンスハイスクール(SSH)第2期目指定(2022年度まで)

教育方針[編集]

教育目標[編集]

  • 学力の向上を図り、聡明な知性を陶冶する。
  • 気力と体力を鍛え、豊かな人間性や社会性を涵養する。
  • 高い志と品性を培い、国際社会に貢献する人材を育成する。

校歌[編集]

  • 『新潟県立高田高等学校校歌』(作詞:秋田実・作曲:早川喜左衛門)[10]

学校行事[編集]

  • 入学式始業式新任式
  • 春・秋の遠足
  • 1年生高高オリエンテーションweek
    • 以前は、合宿が行われていたが、近年は学校生活について様々なガイダンスが午後を使って行われる。
  • 高高祭(文化祭
    • 1年は催し物、2年は食堂・食販店、3年は演劇が慣例となっている。
  • 夏・冬の球技大会
    • 本校では体育祭が行われないため、非常に盛り上がる。なお、冬の球技大会に3年生は参加しない。
  • 全校登山(1年生必須、2,3年生希望者)
  • 全校マラソン大会
    • 男子10キロ、女子5キロを走る。
  • 創立記念式典
    • OBによる講演会が行われる(2019年の創立記念式典では、現皇后の父である小和田恆が講演した)。
  • 東京研修・ベトナム研修
    • 2年次に、東京研修は3日間、ベトナム研修は5日間行われる。
    • 東京研修では、企業や大学を訪問し学び、将来や進路への意識を高める。
    • ベトナム研修では、現地の高校と交流を行ったり、海外で活躍する日本企業を訪問し、知見や視野を広げる。なお、例年希望者が多く、選考試験が行われる。
  • 1年生スキー合宿
    • 志賀高原スキー場で2泊3日の日程で行われる。2016年頃までは2年生の行事だった[11]
  • 卒業式離退任式
    • 卒業式当日には、生徒会誌「第一義」が配布される。
  • 修学旅行体育祭は行われていない。
    • 前述のとおり東京・ベトナム研修旅行や球技大会が行われている。

部活動[編集]

部活動[編集]

  • 陸上競技部
  • 体操部
  • 水泳部
  • バレーボール部
  • バスケットボール部
  • 硬式テニス部
  • ソフトテニス部
  • 卓球部
  • バドミントン部
  • 野球部
  • 剣道部
  • サッカー部
  • ラグビー部
  • 登山部
  • 弓道部
  • 地学部
  • 管弦楽部
  • 合唱部
  • 美術部
  • 書道部
  • 百人一首かるた部
  • 演劇部
  • 囲碁将棋部

同好会[編集]

  • 軽音楽同好会
  • ロボット同好会
  • クッキング同好会
  • 生物同好会
  • 数学オリンピック同好会
  • 英語同好会
  • 文芸創作同好会
  • 化学同好会

著名な出身者[編集]

政界[編集]

行政[編集]

財界[編集]

法曹[編集]

研究者・学者[編集]

文学[編集]

芸術[編集]

  • 北川フラム - アートディレクター、アートフロントギャラリー主宰
  • 長野宇平治 - 建築家、日本銀行技師長
  • 丸山繁雄 - ジャズボーカリスト、芸術学博士、日本大学芸術学部音楽学科講師

マスコミ[編集]

スポーツ[編集]

芸能[編集]

交通・アクセス方法[編集]

※バイク通学は届出制、一部の生徒のみ。

進学先地域[編集]

同校の発表に基づき、2015年(平成27年)度から2019年(令和元年)度までの5年度間における同校の卒業生の国公立大学合格者数(新卒に限る)を大学の所在地域別に分類し、一部を抜粋すると次の通りであった[14]

国公立大学合格者数[14]
大学の所在地域[注釈 1] 人数
新潟県 245
 新潟市[注釈 2] 178
 上越市[注釈 3] 61
 長岡市[注釈 4] 6
関東地方 92
北陸地方 89
 石川県金沢市[注釈 5] 46
 富山県富山市[注釈 6] 43
東北地方 38
 宮城県仙台市[注釈 7] 21
 山形県山形市[注釈 8] 17
長野県[注釈 9] 24
近畿地方 24
東海地方[注釈 10] 6

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ なお、本表での「関東地方」とは東京都神奈川県埼玉県千葉県茨城県栃木県群馬県の1都6県を指し、また「北陸地方」とは石川県富山県福井県の3県を、「東北地方」とは青森県秋田県岩手県山形県宮城県福島県の6県を、「近畿地方」とは大阪府京都府兵庫県奈良県滋賀県和歌山県の2府4県を、「東海地方」とは愛知県岐阜県三重県静岡県西部(遠江国)の3県1地域を便宜上指すものとする。必ずしも他者による分類とは一致しない。
  2. ^ 全例が新潟大学または新潟県立大学である。
  3. ^ 全例が上越教育大学または新潟県立看護大学である。
  4. ^ 全例が長岡技術科学大学または長岡造形大学である。
  5. ^ 全例が金沢大学であった。
  6. ^ 全例が富山大学であった。
  7. ^ 全例が東北大学であった。
  8. ^ 全例が山形大学であった。
  9. ^ 全例が信州大学であった。
  10. ^ 全例が愛知県名古屋市名古屋大学であった。

出典[編集]

  1. ^ 平成30年度入学生より5クラス
  2. ^ http://www.takada-h.nein.ed.jp/careerguidance.html
  3. ^ http://www.takada-h.nein.ed.jp/pdf/career_R2_kekka.pdf
  4. ^ https://www.jst.go.jp/cpse/ssh/school/list.html
  5. ^ https://www.joetsutj.com/articles/68792612
  6. ^ https://www.joetsu.ne.jp/122459
  7. ^ http://www.takada-h.nein.ed.jp/profile.html
  8. ^ https://www.joetsutj.com/articles/03202622
  9. ^ https://www.asahi.com/articles/ASK2755WGK27UOHB00D.html
  10. ^ 校歌 - 新潟県立高田高等学校校友会 本部 2022年2月2日閲覧。
  11. ^ 平成28年度ハイスクールガイドより
  12. ^ 新潟県立高田高等学校校友会東京支部第47回支部総会出席者名簿 (PDF) 雪椿 35号(新潟県立高田高等学校校友会東京支部会報誌)
  13. ^ a b c 上越市内公共交通総合時刻表”. 上越市. 2020年4月2日閲覧。
  14. ^ a b “[http://www.takada-h.nein.ed.jp/careerguidance.html http://www.takada-h.nein.ed.jp/pdf/career_R1_kekka.pdf (2019年度から2017年度まで) http://www.takada-h.nein.ed.jp/pdf/career_H29_kekka.pdf (2017年度から2015年度まで) 進路指導 - 統計資料]”. 新潟県立高田高等学校. 2020年12月28日閲覧。


関連項目[編集]

外部リンク[編集]