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小島伸幸

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
小島 伸幸
名前
愛称 ノブさん
カタカナ コジマ ノブユキ
ラテン文字 KOJIMA Nobuyuki
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1966-01-17) 1966年1月17日(60歳)
出身地 群馬県前橋市
身長 187cm
体重 85kg
選手情報
ポジション GK
利き足 右足
ユース
1981-1983 日本の旗 新島学園高校
1984-1987 日本の旗 同志社大学
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1988-1998 日本の旗 フジタ/ベルマーレ平塚 186 (0)
1999-2001 日本の旗 アビスパ福岡 67 (0)
2002-2005 日本の旗 ザスパ草津 67 (0)
通算 320 (0)
代表歴2
1995-1998  日本 4 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2005年12月31日現在。
2. 1996年2月19日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

小島 伸幸(こじま のぶゆき、1966年1月17日 - )は、群馬県前橋市出身の元サッカー選手、サッカー指導者(JFA 公認S級コーチ)。ポジションゴールキーパー(GK)同志社大学商学部卒業サッカー解説者、アドバイザーとしても活動している。

経歴

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小学4年生の時にサッカーと出会い、小学5年生から本格的にサッカーを始める。新島学園高等学校時代にGKに転向した[1]。同志社大学を経て、1988年日本サッカーリーグフジタ(後のベルマーレ平塚、現湘南ベルマーレ)に加入。フジタ時代は古島清人の控えに甘んじたが、ベルマーレ平塚となりJリーグ昇格1年目の1994年、不調の古島に代わる形で試合に出場し、正GKとして定着した。第74回天皇杯全日本サッカー選手権大会では決勝でセレッソ大阪を破っての優勝に貢献した。また、Jリーグ入り後も社員選手であったが、1995年1月24日にプロ契約を結んだ。1995年7月にはJリーグオールスターサッカーに先発出場した[2]。12月にはアジアカップウィナーズカップも制した。

1995年に日本代表に選出、6月6日アンブロ・カップブラジル戦で初出場を果たし、3失点はしたものの、好守を連発して失点を最低限に抑えた[3]。この試合では接触プレーで左手小指を痛めた(一部では「ロベルト・カルロスのシュートで骨折した」という噂が出回っているが、本人が否定している)。1996年のカールスバーグカップポーランド代表との試合に出場したのが代表での最後のプレーとなった。以降も代表入りし、1998 FIFAワールドカップには第3GKとしてメンバーに選出され、最年長として、ムードメーカーとしてチームを引っ張ったが、出場機会を得ることは無かった。

1998年末、ベルマーレ親会社の経営不振による主力総放出により、1999年にはアビスパ福岡へ移籍。同年のJリーグオールスターサッカーに出場した。2001年限りで福岡を退団した後、Jリーグでのプレー続行を模索しFC東京のテストを受けたが若手GK[注 1] との一騎打ちに敗れた[4]

2002年群馬県社会人サッカーリーグ1部のザスパ草津(現:ザスパクサツ群馬)へ移籍、選手兼コーチとしてプレー[4]JFLへの昇格がかかる地域リーグ決勝大会では、再三の好セーブするなどJFL昇格に貢献、2004年にはJ2昇格に貢献した[5]2005年11月にはJ2最年長出場記録を更新。2006年1月24日に現役引退を発表した。2005年12月3日札幌戦が現役最後の試合となった。

現役引退後は群馬のアドバイザースタッフとして普及活動を続ける一方で、2008年より日本大学サッカー部コーチに就任。またサッカー解説業(主としてNHK衛星放送の中継、他にはスカパー!などにも出演)も行っている。柔和な語り口には人柄(次項参照)が滲み出ており、好評である。同年4月にはJFAアンバサダーにも選ばれた。資産運用として人気を集めるFXにチャレンジしブログを書いている。

2015年7月23日、アルテリーヴォ和歌山のアドバイザーに就任。2019年12月25日、ザスパクサツ群馬トップチームのGKコーチに就任した[6]。2021年12月16日、退任が発表された[7]

人物

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  • GK出身者としては初のJFAアンバサダーに任命されている。
  • Jリーグ中継時の解説では、自らの経験を生かしたGKとしての分析が多い。これまでの解説者にGK出身者は数少なかった(他には瀬田竜彦田口光久加藤好男など少数のみ。)

所属クラブ

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個人成績

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国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本リーグ戦JSL杯/ナビスコ杯天皇杯期間通算
1988-89フジタ21JSL1部5050
1989-90700070
1990-91JSL2部201030
1991-92000000
1992旧JFL1部00-
199300-
1994平塚-J41010420
1995470-470
1996290150440
1997121000210
199834000340
1999福岡30J12904020350
200013002010330
200180100090
2002草津22群馬県1部60--60
2003関東2部120-10130
2004JFL260-50310
2005J2230-10240
通算日本J1 2390230
日本J2 230-10240
日本JSL1部 120
日本JSL2部 2010
日本旧JFL1部 00-
日本JFL 260-50310
日本関東2部 120-10130
日本群馬県1部 60--60
総通算 3200

その他の出場

  • 1995年
  • Jリーグオールスターサッカー選出 : 3回 (1995, 1999, 2000,)

代表歴

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出場大会など

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試合数

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  • 国際Aマッチ 4試合 0得点 (1995年-1998年)
日本代表国際Aマッチ
出場得点
199530
199610
199700
199800
通算 40

出場

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No.開催日開催都市スタジアム対戦相手結果監督大会
1.1995年06月06日イングランドの旗リバプールグディソン・パーク ブラジル●0-3加茂周アンブロ・カップ
2.1995年08月06日日本の旗京都府京都市西京極総合運動公園陸上競技場兼球技場 コスタリカ○3-0国際親善試合
3.1995年08月09日日本の旗東京都国立霞ヶ丘競技場陸上競技場 ブラジル●1-5サン・スパークカップ
4.1996年02月19日香港の旗香港香港スタジアム ポーランド○5-0カールスバーグ・カップ

タイトル

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フジタ
ベルマーレ平塚
ザスパ草津
個人
  • 日本フットボールリーグベストイレブン : 2004
  • 日本フットボールリーグ敢闘賞 : 2004
  • Jリーグ功労選手賞 : 2006

指導歴

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  • 2002年 - 2004年 ザスパ草津コーチ(選手兼任)
  • 2008年 - 2019年 日本大学サッカー部 コーチ
  • 2020年 - 2021年 ザスパクサツ群馬 GKコーチ

脚注

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注釈
  1. 小林弘記と思われる。
出典
  1. 【スペシャルインタビュー Vol.12】ザスパ草津:小島伸幸選手”. J's GOAL (2005年9月8日). 2007年5月26日閲覧。
  2. Jリーグオールスターサッカー 1995”. 2024年4月12日閲覧。
  3. 週刊サッカーマガジン 1995年6月28日 P13-19
  4. 1 2 「不屈の復活 茨の軌跡 2005(3・下)ザスパ草津GK兼コーチ 小島伸幸さん(39)がけっぷちの必死さ『戦力外』からJ昇格 先発果たした最年長 現役にこだわりたい」『中日新聞』2005年5月21日 朝刊 長野総合 23頁
  5. 「夢を2人でもう一度…」 元日本代表GK小島伸幸、54歳でJクラブコーチ初挑戦の理由”. FOOTBALL ZONE (2020年2月23日). 2024年3月30日閲覧。
  6. 【トップチーム】小島 伸幸氏 トップチーム G Kコーチ就任のお知らせ』(プレスリリース)ザスパクサツ群馬、2019年12月25日2019年12月25日閲覧
  7. 小島伸幸GKコーチ 退任のお知らせせ』(プレスリリース)ザスパクサツ群馬、2021年12月16日2021年12月28日閲覧
  8. EXCLUSIVE: Revealed... how Brazil legend Roberto Carlos came close to signing for Birmingham”. Daily Mail. 2024年3月1日閲覧。
  9. 引退試合でダブルハットトリック 中村俊輔が最後までこだわり続けた「三ツ沢」と「フリーキック」”. 日本放送オンラインニュース (2023年12月20日). 2024年3月15日閲覧。
  10. かつてJリーグにいた「浪速の黒豹」パトリック・エムボマ。今でも記憶に残っている日本人選手とは?”. Web Sportiva. 2024年3月1日閲覧。
  11. 元日本代表GK小島伸幸氏に聞いた。自身が決められたこれはやられたスーパーゴール”. Jリーグ. 2024年3月1日閲覧。
  12. 1994 Jリーグサントリーシリーズ7節”. Jleague Data. 2025年1月14日閲覧。
  13. 1994 Jリーグサントリーシリーズ9節”. Jleague Data. 2025年1月14日閲覧。
  14. 1996 Jリーグ7節”. Jleague Data. 2025年1月14日閲覧。
  15. 1996 Jリーグ14節”. Jleague Data. 2025年1月14日閲覧。
  16. 1996 Jリーグ20節”. Jleague Data. 2025年1月14日閲覧。
  17. 1998 Jリーグ1stステージ 11節”. Jleague Data. 2025年1月14日閲覧。
  18. 1998 Jリーグ 2ndステージ17節”. Jleague Data. 2025年1月14日閲覧。
  19. 2000 Jリーグ 1stステージ 8節”. Jleague Data. 2025年1月14日閲覧。

関連項目

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外部リンク

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