平野孝

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平野 孝 Football pictogram.svg
Takashi-Hirano.jpg
名前
愛称 タカ坊
カタカナ ヒラノ タカシ
ラテン文字 HIRANO Takashi
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 1974年7月15日(42歳)
出身地 静岡県静岡市清水区
身長 180cm
体重 73kg
選手情報
ポジション MF
利き足 左足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1993-2000 日本の旗 名古屋グランパスエイト 222 (43)
2000 日本の旗 京都パープルサンガ 7 (1)
2001 日本の旗 ジュビロ磐田 3 (0)
2002 日本の旗 ヴィッセル神戸 28 (1)
2003-2005 日本の旗 東京ヴェルディ1969 80 (8)
2006 日本の旗 横浜F・マリノス 9 (0)
2007 日本の旗 大宮アルディージャ 3 (1)
2008-2010 カナダの旗 バンクーバー 65 (1)
代表歴
1997-2000[1] 日本の旗 日本 15 (4)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

平野 孝(ひらの たかし、1974年7月15日 - )は、静岡県清水市(現:静岡市清水区)出身の元サッカー選手。元日本代表。現役時のポジションはMF。サッカー番組司会、解説者。

来歴[ソースを編集]

清水商業高校から1993年に名古屋グランパスエイトに入団し、1年目から出場機会を得る。アーセン・ベンゲル監督時代の名古屋では攻撃的な左サイドハーフとしてレギュラーに定着。左足からのストイコビッチへの正確なパスや、切り込んでの強烈なシュートで活躍した。人気も高く、地元企業である寿がきや食品のインスタントラーメン、「寿がきやカップ本店の味」のCMに着流し姿で出演したことがある(なお、同CMには当時のチームメイト中西哲生も友情出演している)。

1997年のオフにはプロ野球Jリーグを騒がせた脱税事件に関与していたことが判明。その後の契約更改ではクラブ側の曖昧な選手評価基準に疑問を呈し、前年の年俸6000万円から1000万円にすることを自ら申し出てで契約した。

1998年にはワールドカップフランス大会で2試合に出場した[1]

2000年シーズン途中、チームの主力メンバーの望月重良大岩剛とともに「慢性的なプレーなどでチームの秩序を乱した」として解雇され、[要出典]京都パープルサンガに移籍。その後はジュビロ磐田ヴィッセル神戸東京ヴェルディ1969横浜F・マリノスを転々とする。

神戸、東京Vではユーティリティープレイヤーとして成長し、ボランチや左サイドバックとしてもプレイしている。

2007年、MLSニューイングランド・レボリューションに練習生として山田卓也とともに参加[2]

2007年5月21日から大宮の練習に参加。期間は約1週間だが、大宮側はコンディションに問題がなければ獲得する方針を示していた。8月1日より正式に大宮アルディージャに入団。背番号は28番。8月29日の対柏レイソル戦で史上9人目となるJリーグ通算350試合出場を達成している。

2008年大宮との契約が満了し、3月にMLSの実質的な下部リーグになっているUSLバンクーバー・ホワイトキャップス (en)へ入団した。レギュラーシーズン終了後、同リーグの年間ベストイレブンに選出される活躍を見せ、[3]チームのUSL1部リーグ優勝に貢献した。

2009年もバンクーバーの主力選手として活躍し、チーム内の最優秀DF賞を獲得し、2010年への契約も更新した[4]

2010年、2011年のメジャーリーグサッカーへ昇格を決めたバンクーバー・ホワイトキャップスより、2011年は契約を更新しないことを伝えられた。ただここまでのクラブへの功績は大きく、彼の退団を惜しむ声も多かった[5]

2011年1月12日、自身のブログ内で現役引退を発表した[6]。同年より中日スポーツと契約し、解説・評論活動を行っているほか、2011年5月にはNHK BS1イングランドプレミアリーグ中継でゲスト解説者として出演。

2013年3月よりJリーグマッチデーハイライトスカパー!)のMCとなる。

所属クラブ[ソースを編集]

ユース経歴
プロ経歴

個人成績[ソースを編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ルヴァン杯 天皇杯 期間通算
1993 名古屋 - J 19 4 3 1 3 1 25 6
1994 36 4 1 0 2 0 39 4
1995 50 9 - 5 2 55 11
1996 29 7 14 5 0 0 43 12
1997 17 21 4 6 3 1 0 28 7
1998 11 30 8 0 0 4 0 34 8
1999 J1 28 7 6 2 5 1 39 10
2000 9 0 0 0 - 9 0
京都 35 7 1 4 0 1 0 12 1
2001 磐田 29 3 0 0 0 1 0 4 0
2002 神戸 22 28 1 5 0 1 0 34 1
2003 東京V 25 4 5 0 3 1 33 5
2004 28 4 7 1 1 0 36 5
2005 27 0 6 0 1 1 34 1
2006 横浜FM 13 9 0 6 0 0 0 15 0
2007 大宮 28 3 1 0 0 1 0 4 1
カナダ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
2008 バンクーバー 22 USL1 22 1 - 4 0 26 1
2009 28 0 - 4 0 32 0
2010 15 0 - 2 0 17 0
通算 日本 J1 352 54 63 12 29 6 444 72
通算 カナダ USL1 65 1 - 10 0 75 1
総通算 417 55 63 12 39 6 519 73

その他の公式戦

代表歴[ソースを編集]

出場大会など[ソースを編集]

試合数[ソースを編集]

  • 国際Aマッチ 15試合 4得点(1997-2000)[1]


日本代表 国際Aマッチ
出場 得点
1997 5 1
1998 7 2
1999 0 0
2000 3 1
通算 15 4

関連項目[ソースを編集]

脚注[ソースを編集]

  1. ^ a b c “平野 孝”. サッカー日本代表データベース. http://www.japannationalfootballteam.com/players_ha/takashi_hirano.html 
  2. ^ MLS marketing executive says league interested in Japanese players
  3. ^ USL-1 All-League Teams announced
  4. ^ Hirano, Moose, and Khalfan re-sign” (英語). バンクーバー・ホワイトキャップス (2009年11月3日). 2013年9月14日閲覧。
  5. ^ Takashi Hirano not returning to Vancouver Whitecaps
  6. ^ 引退

外部リンク[ソースを編集]