1998 FIFAワールドカップ日本代表

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1998 FIFAワールドカップ日本代表(-にっぽんだいひょう)は、1998年フランスで行われた1998 FIFAワールドカップ日本代表

概説[編集]

ドーハの悲劇アメリカ大会の出場権を逃した日本は、前年のアジア最終予選イラン代表とのプレーオフに勝利し(ジョホールバルの歓喜)、アジア第3代表としてワールドカップ初出場を果たした。

監督はアジア最終予選の間にコーチから昇格した岡田武史。選手選考は前任者の加茂周時代からのメンバーを踏襲しながらも、本大会までの半年間にテストを行い、Jリーグの新人である小野伸二市川大祐を抜擢した。故障による離脱者が出ることを考慮して、大会前のスイス合宿には25名を選出し、そこから本戦登録メンバー22名を選ぶという方法を採ったが、最終的に市川、三浦知良北澤豪の3名が登録メンバーから外れることになった。日本代表を支えてきた三浦と北澤の落選は大きな話題となり、残ったメンバーに少なからず動揺を与えた。だがそれにより大敗した為、当時の岡田武史監督は批判をあび辞任した。

5年前のアジア最終予選を経験した「ドーハ組」から選ばれたのはキャプテン井原正巳中山雅史のみ。バルセロナ五輪アジア予選とアトランタ五輪本大会に出場した世代が中心になっており、登録選手全員がJリーグの国内クラブに所属し、平均年齢は25.3歳だった[1]

基本システムは3-4-1-2 。正GK川口能活DF秋田豊中西永輔の2ストッパーとスイーパーの井原正巳。両WBは左が相馬直樹、右が名良橋晃。2ボランチ名波浩山口素弘と司令塔の中田英寿がゲームを組み立て、FWは中山雅史と城彰二の2トップという布陣だった。試合途中の交代メンバーにはFWの呂比須ワグナーやMFの平野孝が起用された。

アジア最終予選では3バックから4バックへの変更が成功したが、本番の対戦チームに強力な2トップがいることから、岡田は再度3バックへ戻すことを決断。選手たちが3バックに悪いイメージを持たないよう、ビデオを見せながら理詰めで納得させた。しかし、強化試合の都合などにより3バックへの切替えが遅れたため、守備面の構築に時間をとられ、攻撃面にまで手が回らないまま本番を迎えることになった。

大会経過[編集]

本大会ではグループHに入り、アルゼンチンクロアチアジャマイカと対戦した。2度の優勝経験を持つアルゼンチン以外の3カ国は初出場という極めて珍しいグループだった[2]。岡田は1勝1敗1分け(勝ち点4)での決勝トーナメント進出を目標に挙げた。

  • トゥールーズで行われた初戦アルゼンチン戦は、破壊的な攻撃力をもつ強豪を相手にディフェンシブな姿勢で臨んだ。前半28分にゴール前のこぼれ球をFWガブリエル・バティストゥータに決められ失点。手堅い出来のアルゼンチンに対して、後半は幾度かチャンスを作れたが得点は奪えず、実力差通りに0-1で敗れた。
  • ナントで行われた第2戦クロアチア戦は、酷暑の中での持久戦となった。引き気味のクロアチアに対して主導権を握り、前半34分に中山が最大の決定機を迎えたがGKに阻まれた。逆に後半32分にカウンターからFWダボル・シュケルのゴールを許してしまい、攻撃的な選手を投入するも追いつけず、2連敗で決勝トーナメント進出の望みが絶たれた。
  • リヨンでの第3戦ジャマイカ戦はともに2連敗同士、ワールドカップ初勝利を賭けた試合となった。日本は攻勢に試合を進めるも、隙を突かれてMFセオドア・ウィットモアに2ゴールを奪われた。敗戦の気配が漂う中で、後半29分に呂比須のヘディングの折り返しを中山が合わせて日本のワールドカップ初ゴールを記録した。その後、チーム最年少(18歳)の小野が交代出場して才能の片鱗を見せたが、3試合連続で1点差を追いつけず、3戦全敗という結果で初のワールドカップを終えた。

アーセン・ベンゲルは日本代表の戦いぶりについて「ディフェンスは全体的に良かった」「攻撃は相手ゴール25m前からが課題」「ストライカーをどうするかが、2002年に向けての最大の課題のひとつ」と評価した[3][4][5]

落選した三浦からエースのポジションを引きついだ城は大会無得点に終わり、歯の噛み合わせを良くするためにガムを噛んでいた[6]事が「不真面目」だと批判されるなど、グループリーグ敗退の戦犯扱いされた。日本帰国時には空港で出迎えたファンからペットボトルの水を浴びせられる仕打ちを受けた[7]

ワールドカップにおける日本人初ゴールを記録した中山は、2006 FIFAワールドカップの抽選会に招待されている。

本大会登録メンバー[編集]

  • 「出場状況」欄の「〇」はフル出場、「▼」は途中交代アウト、「▲」は途中交代イン、数字は前半の試合開始からの経過時間(分)、「得点」は獲得得点をそれぞれ表す。
  • 「年齢」「所属クラブ」は、開会式が行われた1998年6月10日時点。
背番号 選手名 ポジション 年齢 所属クラブ 出場状況 備考
アルゼンチン戦
6月14日
クロアチア戦
6月20日
ジャマイカ戦
6月26日
1 小島伸幸 GK 32 日本の旗ベルマーレ平塚      
2 名良橋晃 DF 26 日本の旗鹿島アントラーズ   〇  ▼79  〇
3 相馬直樹 DF 26 日本の旗鹿島アントラーズ  ▼84  〇  〇
4 井原正巳 DF 30 日本の旗横浜マリノス  〇  〇  〇 主将 
5 小村徳男 DF 28 日本の旗横浜マリノス      ▼59
6 山口素弘 MF 29 日本の旗横浜フリューゲルス  〇  〇  〇
7 伊東輝悦 MF 23 日本の旗清水エスパルス      
8 中田英寿 MF 21 日本の旗ベルマーレ平塚  〇  〇  〇
9 中山雅史 FW 30 日本の旗ジュビロ磐田  ▼65  ▼61  〇 1得点
10 名波浩 MF 25 日本の旗ジュビロ磐田  〇  ▼84  ▼79
11 小野伸二 MF 18 日本の旗浦和レッドダイヤモンズ      ▲79
12 呂比須ワグナー FW 29 日本の旗ベルマーレ平塚  ▲65  ▲84  ▲59 1アシスト
13 服部年宏 MF 24 日本の旗ジュビロ磐田      
14 岡野雅行 FW 25 日本の旗浦和レッドダイヤモンズ    ▲61  
15 森島寛晃 MF 26 日本の旗セレッソ大阪    ▲79  
16 斉藤俊秀 DF 25 日本の旗清水エスパルス      
17 秋田豊 DF 27 日本の旗鹿島アントラーズ  〇  〇  〇
18 城彰二 FW 22 日本の旗横浜マリノス  〇  〇  ▼59
19 中西永輔 DF 24 日本の旗ジェフユナイテッド市原  〇  〇  
20 川口能活 GK 22 日本の旗横浜マリノス  〇  〇  〇
21 楢崎正剛 GK 22 日本の旗横浜フリューゲルス      
22 平野孝 MF 23 日本の旗名古屋グランパスエイト  ▲84    ▲59

監督[編集]

コーチ[編集]

試合結果[編集]

グループリーグ・グループH

チーム 勝点 試合 勝利 引分 敗戦 得点 失点
アルゼンチンの旗 アルゼンチン 9 3 3 0 0 7 0 +7
クロアチアの旗 クロアチア 6 3 2 0 1 4 2 +2
ジャマイカの旗 ジャマイカ 3 3 1 0 2 3 9 -6
日本の旗 日本 0 3 0 0 3 1 4 -3

すべてフランス時刻(CET)




日本 日本の旗 1 – 2 ジャマイカの旗 ジャマイカ
中山雅史 74分にゴール 74分 レポート ウィットモア 39分にゴール 39分54分

脚注[編集]

  1. ^ "【特集】ワールドカップ日本代表戦士たちのいま". football webmagazine Qoly.(2013年1月6日)2013年9月30日閲覧。
  2. ^ クロアチアはユーゴスラビアから分離独立したため、厳密には初出場と言い難い。
  3. ^ "ベンゲル、日本の戦いを振り返る。(3/5)". ナンバーW杯傑作選(1998年7月掲載).(2010年5月14日)2013年10月1日閲覧。
  4. ^ "ベンゲル、日本の戦いを振り返る。(4/5)". ナンバーW杯傑作選(1998年7月掲載).(2010年5月14日)2013年10月1日閲覧。
  5. ^ "ベンゲル、日本の戦いを振り返る。(5/5)". ナンバーW杯傑作選(1998年7月掲載).(2010年5月14日)2013年10月1日閲覧。
  6. ^ "インタビュー城彰二さn". ha-ppy.net. 2013年10月18日閲覧。
  7. ^ "[虎四ミーティング]城彰二(サッカー解説者)<後編>「フランス杯後に受けたカズからの電話」". 現代ビジネス.(2013年5月24日)2013年9月30日閲覧。

関連項目[編集]