ダッフルコート

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艦上でダッフルコートを着用するイギリス海軍兵士, 1941年撮影
ダッフルコート 写真はフランツ・フェルディナンドのAlex Kapranos
角のトグルと革紐のループが用いられた製品例

ダッフルコート(英語:duffle coat, duffel coat)は、外套(オーバーコート)の一種である。起源は16世紀頃トルコからハンガリー経由でポーランド・リトアニア共和国に入った(Czamara)という民族衣装である。19世紀頃にはポーランドの民族衣装として一般化し1850年代にはヨーロッパ中で流行した。第二次世界大戦時にイギリス海軍で防寒着として広く使用され、その余剰在庫品が大戦後に市場に出回ったことで一般化した。

概要[編集]

フード付きの防寒コートで、使用されている起毛仕上げの厚手の二重綾織りのダッフル生地(紡毛織物ウール生地)が使われている。その名前はベルギーアントウェルペン近郊の荒めの黒いウール生地の生産地としてで有名だった都市デュフェル(英語名ダッフル)に名称が由来するが、ダッフルコート自体は同名の都市で生産されたものではなく、ダッフルで生産された生地で作られたものでも無い。メルトンと似ているが、ダッフル生地は表側の糸を仕上げ工程で切断して大きく毛羽立たせる事に違いがある。イギリスでの起源は1887 年のジョン・パートリッジの製品にさかのぼることができ、その数年後船舶用の防寒具を探していたイギリス海軍によって採用された。フロントはトグル(toggle)と称される浮き型の留め具と対になるループ数組によって留められるため、ボタンとは違い、手袋をしたまま服を脱着衣できるのが特長である。今日市販されているダッフルコートの基礎となったイギリス海軍用の製品は、裏地の無いキャメル色か降雪地帯では白色の生地、木製トグル、麻紐のループ、帽子の上から被れる大きなフード、膝までの丈、肩からの水の染みこみを抑えるためのストームパッチを備え、各種制服の一番上に着用される被服として非常にゆったりした作りになっており、その分厚く粗野な生地は弾薬箱の内側に貼られるウール製緩衝材を転用したものだと言われている。1950年代に「ダッフルコート」という名前が定着するまでは海軍内部では「コンボイコート」一般には「モンティコート」として知られていた。日本では幅広い年齢層に愛用されているが、中学生高校生の場合、制服の上に「スクールコート」として着用することもある。現在の民生品では、動物の角製トグルや革製のループが用いられる事も多い。イギリスのジョンパートリッジ社、グローバーオール社、フランスのオールドイングランド社の製品が有名。メルトンではなくポリエステルフリースなどの生地を用い、形状のみを真似たものがダッフルコートと称されている例もある。

ダッフルコート特有のトグルボタンが漁師の使う浮きから来ていると説明されることもあるがトグルボタンはCzamara発祥の意匠であり浮きとは全く関係が無い。

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