二千円紙幣

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索

二千円紙幣(にせんえんしへい)は、現在流通している日本銀行券の一つ。二千円札二千円券ともいわれる、額面2000紙幣。現在流通している二千円紙幣は、2000年平成12年)に発行されたD券のみ。

目次

[編集] D券

Series D 2K Yen Bank of Japan note - front.jpg
Series D 2K Yen Bank of Japan note - back.jpg

第26回主要国首脳会議(沖縄サミット)と西暦2000年(ミレニアム)をきっかけとして、2000年7月19日に小渕恵三内閣のもとで発行された。ただし、日本銀行法第46条および第47条並びに日本銀行法施行令第13条の規定により発行された通常の日本銀行券であり、記念紙幣ではない[2][3]。戦後初の「1」と「5」以外の単位の通貨(過去には2銭、20銭、2円、20円、200円の硬貨や紙幣が存在した)であること、公表された表面のデザインが人物でないこと(建築物はA十円券国会議事堂以来)、さらにそれまでになかった最新の偽造防止技術が多数採用されていることなどにより、発行前から注目を浴びていた。

コンビニエンスストアに設置されている現金自動預け払い機(以降ATMと略記する)以外では、琉球銀行[4]沖縄銀行[5]沖縄海邦銀行[6]みちのく銀行および帯広信用金庫のATMにおいて、二千円券の出金を選択することができる。また、近畿大阪銀行のATMでも同様の機能を設定していた時期がある。

2004年のE券発行を機に普及の期待があったが、それでも浸透するに至っていない。発行のピークであった2004年頃には発行枚数で五千円券を上回るほどであったが、2008年現在では五千円券の1/3以下にとどまり、2007年の二千円紙幣流通枚数は約1億5千万枚で、すでに発行されていない五百円紙幣(2億2千万枚)よりも少なかった[7]のが現状である。日本銀行は二千円券の利便性を主張している[8]。D券が発行されていた期間のうち2000年から2004年の間に製造元が「大蔵省印刷局」から「財務省印刷局」になりさらに「国立印刷局」に変わっているが、二千円券には2010年現在でも、「大蔵省印刷局製造」のものしか存在しない。なお、二千円券にゆかりの深い沖縄県では、盛んに普及キャンペーンが行われたこともあり、流通量は上昇傾向にあり、他都道府県に比べて高くなっている。

[編集] 偽造防止技術

二千円券には、それまでになかった偽造防止技術が多数採用されている。

深凹版印刷
凹版印刷刷版の凹部をさらに深くし、結果として券に転写されたインクを触って凹凸がわかるほどに盛り上げられている印刷である。おもて面の漢数字とアラビア数字による額面表示、「日本銀行」「日本銀行券」の文字、後述の「潜像模様」、等に用いられている。視覚障害者が触覚で容易に券種を識別できるよう、券の左右下端に配置された各券種固有のパターン(識別マーク、「●」が3つ(点字の「に」))も、この技法で印刷されている。
潜像模様
深凹版印刷技術の応用であり、印刷されたインクの縞状凹凸により表現される模様。券を傾け入射角を大きくして見ると、より明瞭にその模様が目視できるもの。券の左下部に額面金額として印刷されている。
パールインク
見る角度によってピンク色の真珠様光沢を目視できるインクを用いた印刷。券の左右両端に配置されている。
ユーリオン
銀行券のデジタルデータ画像を画像処理ソフトウェアやカラー複写機が検出しやすくするために描かれたシンボル。ユーリオンの項を参照。
光学的変化インク
表面右上にある額面金額は、券を見る角度によって紫色、青緑色等に色が変化して見える。

光学的変化インク以外は2004年発行のE券にも採用されている。

[編集] 普及しない現状と理由

2000円札5枚を出金するATM
帯広信用金庫、2010年6月19日撮影)
海外との比較
日本国外では20ドル札などの流通量が多いことから普及が期待されたが、日本では非常に流通量が低い紙幣となっている。日本国外では盗難に遭う危険からあまり現金を持ち歩かず、日常的にクレジットカードデビットカード小切手での決済が多い。また、100ドル札や100元札などの高額紙幣は、偽造を警戒して相手に受け取ってもらえないことがある。そのため、それに次ぐ紙幣として中額紙幣の流通量が多いのである。
対して、日本は治安がよく、日本円の信用が高いため現金決済を好み、一万円札や五千円札が何不自由なく流通している。そのため、中途半端で計算が面倒になる[要出典] 二千円札は需要が低い状態が続いている。
ATM・自販機などの対応
ATM・自販機などの対応の遅れが原因で、二千円紙幣が流通・常用される機運は高まっておらず、一般に浸透していない。浸透していないことからくる流通量の少なさはそのまま、入手機会の少なさに繋がり、ますます二千円紙幣が浸透しない、という悪循環が依然残っている。
一方で、ローソンATMイーネットでは、ATMの小型化によって紙幣の収納スペースが少ないことと、二千円券を格納することにより同じ金額でも千円券の半分の枚数に抑えられるため、紙幣切れなどが起こりにくくなることから、二千円券自体が不足していない限り、二千円券を優先的に出金している(なお、利用の観点から、千円券も引き出される仕様となっているため、8,000円を引き出した場合、二千円券×4枚ではなく、二千円券×3枚と千円券×2枚という組み合わせで引き出される)。
しかし、2010年現在では二千円券を出金しない最新型のATMに取り換えられていることが多く、二千円券を出金する旧型のATMは数を減らしつつある。日本国外では日本以上に取扱量が少ないことから、二千円札の両替を断る銀行、両替商も一部で見受けられる。
その他
上記のように人気が低いことから、2003年度以降は製造されておらず、2010年現在では大量の二千円券が日銀の金庫に保管されたままの状態になっている[9]
20ドル紙幣(アメリカ)や20ポンド紙幣(イギリス)が普及しているのに対して二千円紙幣が普及しない理由について数学者の西山豊は、東西における奇数と偶数の文化の違いがあるのではないかとしている(一般に西洋の文化では偶数が好まれるが、東洋の文化では逆に奇数が好まれ、偶数は好まれないとされる)[10]
なお、二千円紙幣の製造を計画した当時の内閣総理大臣であった小渕恵三本人は、実物の発行を見届けることなく、2000年5月14日に脳梗塞で急死した。

[編集] 脚注

[ヘルプ]
  1. ^ a b c d 2000年(平成12年)4月26日、大蔵省告示第117号「平成十二年七月十九日から発行する日本銀行券二千円の様式を定める件」
  2. ^ 第164回国会行政改革に関する特別委員会(2006年4月10日)にて、安次富修の「あくまでも記念紙幣ではなく一般紙幣ですから、広く流通させなければならない」とする指摘に対して、谷垣禎一財務大臣はこれを肯定する答弁をしている。
  3. ^ 第169回国会予算委員会第一分科会(2008年2月27日)にて、岸田文雄内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策担当)が「私も財布に二千円札を入れております。これは一般札でありますので……(以下略)」と答弁している。
  4. ^ 二千円札普及促進(琉球銀行)
  5. ^ 県内全店で2千円札対応ATMがご利用できます - 沖縄銀行 2006年4月6日(2011年8月12日閲覧)
  6. ^ 九州・沖縄の都銀・地銀で初!! ATMによる2千円券出金開始 - 沖縄海邦銀行 2001年2月20日(2011年8月12日閲覧)
  7. ^ [1]東京新聞2008年1月14日確認
  8. ^ 二千円券の流通促進に向けて(日本銀行)
  9. ^ 発行から10年、二千円札は? 製造中止、日銀に山積み - 47NEWS 2012年1月30日閲覧
  10. ^ 西山豊「二千円札が流通しない理由」『数学セミナー』2008年5月号, Vol.47, No.5, 35-39 2012年1月30日閲覧

[編集] 外部リンク

個人用ツール
名前空間
変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス
他の言語