POCKET MUSIC

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POCKET MUSIC
山下達郎スタジオ・アルバム
リリース
録音
ジャンル
レーベル MOON ⁄ ALFA MOON
プロデュース 山下達郎
チャート最高順位
山下達郎 アルバム 年表
  • POCKET MUSIC
  • (1986年 (1986)
『POCKET MUSIC』収録のシングル
  1. 風の回廊
    リリース: 1985年3月25日 (1985-03-25)
  2. 土曜日の恋人
    リリース: 1985年11月18日 (1985-11-18)
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POCKET MUSIC』(ポケット・ミュージック)は1986年4月23日に発売された山下達郎通算8作目のスタジオ・アルバム

解説[編集]

BIG WAVE』以来、オリジナル・アルバムとしては『MELODIES』以来約3年ぶりとなるスタジオ・アルバムで、『MELODIES』以来となるオリコンチャート1位も獲得した(当時のLP・CT・CDチャート全て)。

このアルバムからデジタル機材を導入して制作が行なわれている。制作当時はアナログ機材からデジタル機材に向かう過渡期であった。1980年代中盤のレコーディング環境は、従来の2インチ幅テープを使用するアナログ24トラックMTRから、デジタルマルチチャンネルレコーダーを用いたものに移行つつあった。また、シーケンサーが、SMPTEタイムコードによる同期の下、MIDIのコントロールによるポリフォニックな自動演奏が可能なものに進化し、商業音楽制作の現場において使用され始めていた。

山下の周辺においても、DASHフォーマット準拠の24チャンネルデジタルマルチであるSONY PCM-3324を核とするデジタルレコーディングシステムが導入されていた。しかし、当時はデジタル録音の広いダイナミックレンジを最大限活用することに最も重きが置かれた時代で、その結果、いわゆる「音圧」が低い、ガッツに欠けた音となり、多くのミュージシャンが、従来のアナログレコーディングとの間の違和感に悩んでいた。アナログテープでは録音時に暗黙の内にダイナミックレンジが圧縮されて太い音に変化していたが、デジタルテープになってダイナミックレンジが圧縮されなくなった(そもそも圧縮しなくても記録できてしまう程にデジタル記録方式の性能が高かった)結果として音が細くなってしまった事が最大の原因だったが、この当時にはデジタル録音についてのノウハウが全く無く、その原因すら分かっていなかった。また、当時のデジタル機材に搭載されていたADCDACのフィルタの性能が悪く、リンギング(元の波形には存在しない高調波)の発生により、収録した音が極めて硬質な音に変貌してしまう現象も起きていた。この当時、苦肉の策として、デジタルテープに欠けた音圧を上げるために、デジタルテープレコーダで収録した音声トラックをアナログテープレコーダで録音してからデジタルテープレコーダで再録音するテープコンプ等といった技が考案されたが、急速なデジタルへの移行により、アナログテープの将来性が不透明な状況となっていた。

その状況下で、デジタル機材を活用することで大きく成功していた音楽は、硬質なシンセサイザーの音を前面に押し出したヒップホップや、デジタルシンセやサンプラーの音を点音源のように音像内に配置した音楽(当時の山下は例としてスクリッティ・ポリッティの名をよく挙げていた)だったが、いずれもそれまで山下が制作してきた音楽とは趣を異にするものであり、山下自身も「ヒップホップなどの『いかにもデジタルな楽曲』を作れば、それまでやってきた人達にかなわない」と考えていたようである。

山下自身はこれまでの音楽制作スタイルが全く通用しなくなった事を感じ、一時はデジタル機材への移行を諦め、暫くは市場に出回り続けるであろうアナログ機材を可能な限り買い集めて温存することを検討していた。しかし、音楽市場が全面的にデジタル前提のシステムに移り始めたことを考慮し、山下本人も時代の流れに逆らわず、デジタル機材への移行を決意することになった。

このような状況下において、本アルバムは、山下のディスコグラフィーにおいてもきわめて実験的な色彩の強いものとして制作され、人間的なノリについての相次ぐ違和感から発売は延期を繰り返し、結果として完成した作品は小編成感の強い(本人は「コンボ感の強い」と表現)作風となった。山下は当時「これは試作品である」と発言しており、デジタルな環境と自らの音楽の間の違和感に対して、山下は次作『僕の中の少年』までトライ・アンド・エラーを重ねることになった。

また、起用するミュージシャンがキャリアを重ね、他のミュージシャンのレコーディングやライブ・ツアー等に起用される機会が増えたため、それまでの“練習スタジオに演奏者を集めてリズムパターンを練り上げ、レコーディングスタジオに持ち込んで録音する”という制作方法が困難になり始めてきたことも障害となった。このアルバム以降、山下は自らの演奏と打ち込みによる多重録音を音楽制作の核に据えるようになっていった。

本アルバムは当初、1985年 (1985)に発売が予定されていたが、山下自身の制作環境としても、Roland MC-4(『風の回廊』のシーケンスは当初これで行われている)から、 NEC PC-8801+Roland MPU-401+Roland MIF-PC8+Roland MCP-PC8 / MRC-PC8 のシステムを経て、PC-9801+カモンミュージックRCP-PC98へと至る過渡期にあり、膨大な試行錯誤が要求された。このアルバムの制作以前に使用していたPC-8801ベースのシステムでは発音のタイミングに関する十分な精度が得られず、発音タイミングの微妙な揺らぎにより生じる人間的なノリが再現できなかったため、発売が延期されることになった。その結果、アルバム・リリースにあわせて予定されていたコンサート・ツアー『PERFORMANCE'85-'86』も延期となり、翌年ツアー・タイトルを『PERFORMANCE '86』と改められ、1986年5月 (1986-05)から行われた。

2020年 (2020)には山下監修による最新リマスター盤が『僕の中の少年』と同時発売された[1]

収録曲[編集]

SIDE A[編集]

  1. 土曜日の恋人  – (2'59")
    words & music by TATSURO YAMASHITA
    山下によれば、曲のモチーフは'82年頃から持っていて、'60年代のスナッフ・ギャレット(Snuff Garrett)が手がけたボビー・ヴィー(Bobby Vee)やゲイリー・ルイス(Gary Lewis and the Playboys)の諸作品のような雰囲気を出したくて作った作品だが、'80年代のデジタル・メディアの中ではもうすでに超アナクロな願望でしかなく、色々な意味で完成までに時間と手間がかかったという[2]。完成後、フジテレビ系『オレたちひょうきん族』のイメージにフィットするような気がして売り込んだところ採用され、アルバムの先行シングルとしてリリースされた[注釈 1]。当初アルバムにはシングルとは別ミックスが収録された。
  2. ポケット・ミュージック  – (5'19")
    words & music by TATSURO YAMASHITA
    “ポケット・ミュージック”というアルバム・タイトルが先に決まっていたので、そのタイトルで何か一曲作ろうと'85年の5月ごろに詞曲同時に作られた。当初はドラム・マシンを使った所謂“同期もの”で完成させようとしていたため、スネア・ドラムの入らない変則的なドラム・パターンになっている。山下自身、詞・曲・アレンジ・演奏共に大変好きな作品で、とりわけニューヨークでレコーディングしたジョン・ファディスのフリューゲルホルンのソロが特に気に入っているという[2]。本作発売時の1986年のコンサート・ツアー以来、ライブ演奏はされていなかったが、2014年のコンサート・ツアー『Maniac Tour 〜PERFORMANCE 2014〜』で28年振りにセットリストに加えられた。
  3. MERMAID  – (4'27")
    words by ALAN O'DAY, music by TATSURO YAMASHITA
    シングル「土曜日の恋人[注釈 1]のカップリング曲として発売された。山下によれば、曲自体は'79年に書かれていたが、ベースのパターンに若干不自然なところがあり、何度かトライしたものの思い通りの感じが出ず、'85年にコンピューターを使ってやっと完成をみたという[2]。アルバム収録に際しリミックスが行われた。当初アルバムには自身による日本語詞での収録を予定していたため。実際に歌詞を書いてはみたが、詞の内容がサビの“MERMAID”とあわなかったため結局、アラン・オデイによる英語詞のヴァージョンのまま収録に至った。
  4. 十字路  – (3'45")
    words & music by TATSURO YAMASHITA
    当初、途中でデュエットになる4小節を大貫妙子に歌ってもらおうと思っていたが、スケジュールが合わず実現しなかったため、竹内まりやが担当している。
  5. メロディー、君の為に  – (5'10")
    words & music by TATSURO YAMASHITA
    アルバムに収録されている全楽曲の中で一番後に作られ、録音された作品。もともとは、映画『タンポポ』の主題歌用にと書き始めたものだが、先方からの依頼がクランク・アップ間際だったため時間的に間に合わず、結局映画には使用されなかった。山下自身、割と気に入った曲だったことから、詞を変えてそのまま進行させ、このアルバムに収録された[2]

SIDE B[編集]

  1. THE WAR SONG  – (5'04")
    words & music by TATSURO YAMASHITA
    当時の首相、中曽根康弘による「不沈空母」発言をきっかけとして作られた曲。バックのブロックコードを演奏しているのは打ち込みで制御されたシンセだが、これを自然な響きに近付ける目的で、エレクトリック・ギターのパートが多重録音されている。ライブ・アルバム『JOY[注釈 2]にライブ・ヴァージョンが収録された。
  2. シャンプー  – (4'11")
    words by CHINFA KAN, music by TATSURO YAMASHITA
    作詞家康珍化の名が初めて世に出た作品。もともとはアン・ルイスの'79年のアルバム『PINK PUSSYCAT』をプロデュースした際に書き下ろされた曲のセルフ・カヴァー。当初から自身の弾き語りを打ち込みでシミュレートすることを目指してレコーディングされた。後に山下は「今聞くとデータの打ち込みなど稚拙な部分もあるが、あの当時ではこれが限界だった」[2]という。
  3. ムーンライト  – (2'57")
    words & music by TATSURO YAMASHITA
    アルバムのレコーディングを始めた段階ではまだ8ビット・コンピュータ用のソフトしかなく、精度が山下の要求に追いつかなかった。結果、小品ではあるものの、完成までに約1か月近くを要し、違うパターンで7回もレコーディングをやり直したという[2]
  4. LADY BLUE  – (4'03")
    words by ALAN O'DAY, music by TATSURO YAMASHITA
    この曲には大編成のコーラスが合うと思い、ニューヨークに録りに行ったが、コーディネーターの不手際から、スタジオに来たのは普通の3人組のコーラス隊だった。コーラスが薄かったので東京に帰って自分の多重コーラスで補わざるを得なくなったが、結果的にはこの方が山下達郎らしい仕上がりになったと言われたという[2]
  5. 風の回廊(コリドー)  – (3'56")
    words & music by TATSURO YAMASHITA
    ホンダ・クイント インテグラのキャンペーン・ソングとして制作された。山下によれば、この曲で描かれている“過ぎ去った恋の中の現実とも幻影ともつかない女性像”は自身の詞の重要なテーマのひとつであるという。この曲は山下にとって初めてのデジタル・レコーディングであり、同時に初めてコンピューター・ミュージックを導入した、レコード制作上の一大分岐点でもあったという[3]。CMヴァージョンは楽器編成とヴォーカルがそれぞれ少しずつ異なり、ミックスも別[注釈 3]。その後フル・サイズに仕上げるために楽器を足すなどの作業を行っているうちに完成が遅れスケジュールが遅延した結果、エンジニアの吉田保が次の仕事でハワイへ行ってしまい[注釈 4]、生まれて初めて自分自身でミックス・ダウンを行う羽目になった[3]。エンジニアという職制は非常にプロフェッショナルなものであるという敬意があり、どんなに要求はしても、基本的にエンジニアの領分にはなるべく立ち入らないように努めている山下にとって、後にも先にも一度きりのエンジニア経験だったという[2]

クレジット[編集]

スタッフ[編集]

  • PRODUCED AND ARRANGED BY TATSURO YAMASHITA for SMILE COMPANY
  • EXECTIVE PRODUCER : RYUZO “JUNIOR” KOSUGI
  • RECORDING ENGINEERS : TAMOTSU YOSHIDA, TOSHIRO ITOH, YOSUO SATOH, MASATO OHMORI & JOHN CONVERTINO
  • REMIX ENGINEER : TOSHIRO ITOH
  • ASSISTANT ENGINEERS : SHIGEMI WATANABE, JUNJI MATSUO, TETSUYA MORIOKA, TATSUYA NAKAMURA, MUTSUMI YOSHIDA, KATSUMI MURO & DON PETERKOFSKY
  • RECORDING STUDIOS : SMILE GARAGE, CBS/SONY ROPPONGI, ONKIO HAUS & SIGMA SOUND NEW YORK
  • REMIX STUDIO : SMILE GARAGE
  • MASTERING STUDIO : CBS/SONY SHINANOMACHI
  • DISK MASTERING ENGINEER : MITSURU “TEPPEI” KASAI
  • PRODUCTION CO-ORDINATOR : NOBUMASA UCHIDA
  • SESSION CO-ORDINATOR : MAKOTO IBE & JIMMY BIONDOLILLO (NEW YORK)
  • ARTIST MANAGEMENT : SHIN KATAYAMA & MASAYUKI MATSUMOTO
  • COPYRIGHT MANAGEMENT : KENICHI NOMURA (SMILE PUBLISHERS)
  • ART DIRECTION : KENICHI HANADA
  • COVER & INNER CLAY ART : KYOZO HAYASHI
  • PHOTOGRAPHER : MITSUNORI OHTANI
  • HIROYUKI NANBA by the courtesy of RVC Corp. ⁄ Air Records.
  • HIROSHI SATOH by the courtesy of ALFA Records.

リリース履歴[編集]

# 発売日 リリース 規格 品番 備考
1 1986年4月23日 (1986-04-23) MOON ⁄ ALFA MOON
LP
MOON-28033 ジャケットはゲートフォールド仕様。
2 1986年4月23日 (1986-04-23) MOON ⁄ ALFA MOON MOCT-28020 カセット同時発売。アナログLPと同内容。
3 1986年5月10日 (1986-05-10) MOON ⁄ ALFA MOON
CD
32XM-15 初CD化。
4 1991年11月10日 (1991-11-10) MOONMMG
CD
AMCM-4122
5 1999年6月2日 (1999-06-02) MOON ⁄ WARNER MUSIC JAPAN
CD
WPCV-10022 品番改定によるエム・エム・ジー盤の再発。計11曲収録。
6 2020年11月25日 (2020-11-25) MOON ⁄ WARNER MUSIC JAPAN
CD
WPCL-13234
7 2020年11月25日 (2020-11-25) MOON ⁄ WARNER MUSIC JAPAN
2LP
WPJL-10130/1
  • POCKET MUSIC (2020 Remaster)
  • 2020年 (2020)リマスター音源をディスク2枚に分けて4面に収録した、重量盤180g仕様の2枚組LP(CDに収録されたボーナス・トラックのうち、「MY BABY QUEEN」のみ収録)。

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ a b 土曜日の恋人」1985年11月18日 (1985-11-18)発売 MOON ⁄ ALFA MOON 7":MOON-721
  2. ^ JOY1989年11月1日発売 MOON ⁄ ALFA MOON 2CD:50MX-95~6
  3. ^ 山下達郎CM全集 Vol.2』(2001年2月 (2001-02)発売 WILD HONEY RECORDS CD:WCD-8003)に収録。
  4. ^ THE SQUARER・E・S・O・R・T』 1985年4月1日 (1985-04-01)発売

出典[編集]

  1. ^ 山下達郎の楽天カード サンデー・ソングブック2020年9月20日放送分より
  2. ^ a b c d e f g h (1991年) 山下達郎POCKET MUSIC ('91 REMIX)』のアルバム・ノーツ [insert]. MOON ⁄ MMG (AMCM-4122).
  3. ^ a b TREASURES』(1995年11月13日 (1995-11-13)発売 MOON ⁄ east west japan CD:AMCM-4240)曲目解説。

外部リンク[編集]

Warner Music Japan

山下達郎 OFFICIAL SITE