CIRCUS TOWN

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CIRCUS TOWN
山下達郎スタジオ・アルバム
リリース
録音
  • New York Side:Media Sound Studio, New York, N.Y. in Aug. 1976
  • Los Angels Side:RCA Hollywood Studio, Los Angels, CAL. in Sep. 1976
ジャンル
時間
レーベル RCA ⁄ RVC
プロデュース
チャート最高順位
山下達郎 アルバム 年表
  • CIRCUS TOWN
  • (1976年 (1976)
  • SPACY
  • (1977年 (1977)
『CIRCUS TOWN』収録のシングル
  1. 「Windy Lady/夏の陽」
    リリース: 1976年 (1976)
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CIRCUS TOWN』(サーカス・タウン)は、1976年12月25日に発売された、山下達郎初のソロ・スタジオ・アルバム

解説[編集]

山下達郎はもともとシュガー・ベイブのメンバーとしてプロ活動を始め、3年弱の活動を経て、1976年 (1976)からソロ・シンガーとして活動をすることになった。是が非でもソロになりたかったわけではなく、バンドが解散して仕方なくというお決まりのパターンだった。バンド解散による精神的ダメージと、シュガー・ベイブで目指した1960年 (1960)代テイストやレコード・マニア的趣味性が当時の日本の音楽状況にまったく受け入れられなかったことへの挫折感とで、自分がこの先どうすればいいのか皆目わからなくなっていた。ソロでやって行くにしても、どこか客観的な立場に一度身を置いて自身の音楽的力量を判断してみないことには前に進めない。これがソロ・アルバムを海外で録音しようと思い立った理由だったという[book 1]

シュガー・ベイブは実質的に山下のワンマン・バンドであり、音作りに関してはほとんど独裁者だったが、所詮は22才の若造。プロデュースだアレンジだといっても、小さな世界での観念的な「ごっこ」言葉でしかなかった。山下自身もそうしたことに限界を感じていたことから、この際ファースト・ソロ・アルバムでは曲作りと歌に専念して、プロデュースとアレンジは第三者に託してみようと考えていたという。自分が聴いて育ってきたアメリカン・ヒット・パレードの真ん中で自分の音を鳴らしたら、一体どんなものが出来上がるのか。プロデューサー、アレンジャー、ミュージシャンからスタジオやエンジニアまですべて自分で指定して、その上に自分の曲と歌を乗せてみたら自分の予測値と現実はどのくらいの誤差が生じるか。そのため、録音場所は絶対にニューヨークでなければならないし、プロデューサー・アレンジャーは1960年 (1960)代と1970年 (1970)代を等しく理解している人でなければならない[book 1]

こうしたプランに基づいて何人かのアレンジャーやミュージシャンを想定し、当時ソロ・シンガーとして契約したいと声をかけてきたレコード会社数社に諮ったところ、当時は海外レコーディングはまだまだ特別な事柄で、ミュージシャンやスタジオの交渉など現地でのコーディネートも難しく、なにより山下のオーダーではスタジオやミュージシャンのランクが高過ぎて莫大な予算がかかり、当時の山下のセールス実績では採算が取れないと判断され、どのレコード会社も難色を示したという。そんな中で1人だけ、RVCで制作ディレクターとしてのキャリアをスタートさせたばかりだった小杉理宇造が手を挙げた[book 1]

RVCで日本のロックをやりたいと考えていた小杉は、マネジメント会社「アワ・ハウス」代表の牧村憲一に紹介されて行った、荻窪ロフトでのシュガー・ベイブ解散コンサートを見て、山下と契約したいと思ったという。その頃すでにCBSソニーとの契約が決まっていたが、まだ正式にはしていないらしい。ならばとにかく本人に会いたいということでRVCに来た山下に小杉は「君をやりたいんだけど」と申し出た。対して山下は「ニューヨーク・レコーディングをやりたいから、そのお膳立てをしてくれたらやってもいい」という事になり、正式なオファー・リストを山下からもらった小杉は、ニューヨークでの留学生活の経験を生かして単身渡米し、山下が指名したプロデューサー数人と直接交渉の結果、第一候補だったチャーリー・カレロのOKを得て話を決めてきた[1]。ただし、予算の関係でアルバム1枚全部をニューヨークでというのは不可能なので、ついては自分はロサンゼルスにならミュージシャンの友人がいて、彼らを紹介するので、半分をロスでお願いできないかという話。その友人というのが、ジョン・サイターという、スパンキー・アンド・アワ・ギャングタートルズのメンバーだったこともある、偶然にも山下の大好きなミュージシャンだったというのも縁としかいいようがなく、かくしてRVCと契約する運びとなり、ソロ・デビュー・アルバムの準備が整った[book 1]

アートワーク、パッケージ[編集]

アルバムのには以下のキャッチコピーが記載されている。

  • ニューヨーク←→ロス
  • 最高のサウンドがここにあった!!
  • ソロ・デビュー・アルバム

パッケージのアート・ディレクションとデザインは佐藤憲吉。アルバム・カバーは小暮徹撮影によるフォト。山下の写真は表面は右向き、裏面は左向きとなっている。

収録曲[編集]

NEW YORK SIDE[編集]

レコーディングは最初、ニューヨークで2週間、その後ロサンゼルスに移動して1週間というスケジュールで行われた。初めての海外、それまでバンドの中でチマチマやっていたのがいきなりの他流試合。しかも相手は超一級のミュージシャン集団。ニューヨークでのセッションが始まると、緊張のあまりろくに声も出なかった。チャーリー・カレロはお世辞にもフレンドリーとは言えず、ミュージシャンもクセのある連中ばかり。わずかにドラムのアラン・シュワルツバーグとエンジニアのジョー・ヨルゲンセンが励ましてくれたおかげで何とか救われたようなものだったという[注釈 1]。当時23歳だった山下にとって、ニューヨークのスタジオでの人間関係は、金の話や人種差別といった不快な部分も含めてとてつもないカルチャーショックだったが、それでもスピーカーから出て来た音が自分が考えたイメージとほぼ同じだったことに安堵したという。それは何より自分の美意識が基本的には間違っていなかったことの証明であり、その後の音楽活動への大きな励みになったという[book 1]。ティー・ブレイクのとき、「好きなミュージシャンは誰か」とカレロに質問され、ここぞとばかりハル・ブレインやバディ・サルツマンの名を挙げたところ、たった一言「彼らは確かに1967年には一流だった」と言われたという。この言葉が、それまでのポップス・マニアだった山下の音楽的方向性に決定的な転換を与える結果となった[book 1]。この時代のカレロと仕事をしたことで後に山下は、ロックン・ロールというものの時代を貫く普遍性が体感できたとし、「あの体験がなければ、新しいものには見向きもしないで、恐らく自分が十代に聴いて感動した音楽を追いかけて、オールディーズ少年をやっていただろうな。重要なのはそういうことじゃなくて、ドゥーワップ好きでもラップはできる、こんな感じかなって思った」[book 2]と話している。

  1. CIRCUS TOWN  – (4:11)
    作詞:吉田美奈子 / 作曲:山下達郎
    ニューヨークでよく演奏されていた16ビートの曲をこの曲で再現した。ニューヨークをイメージした曲。間奏のサックスブラッド・スウェット・アンド・ティアーズ末期のメンバーで、ブルース・ブラザーズ・バンドに参加したことでも知られるルー・マリーニ英語版。冒頭にピッコロで演奏されるパッセージは、リマスター盤CDのライナーノーツでは「藁の中の七面鳥」からの引用と記されているが、正しくはユリウス・フチークの「剣闘士の入場[注釈 2]と思われる。
  2. WINDY LADY  – (5:42)
    作詞・作曲:山下達郎
    もともとはシュガー・ベイブ後期のレパートリーだったが、レコーディングの機会がなく本作に収録することになった。シカゴリズム&ブルースが好きだったことから、シカゴの通称「ウィンディ・シティ」を想起して作られた曲。山下が持っていったデモテープをすべて聴いたチャーリー・カレロから「君の曲はニューヨークというよりはシカゴの香りがする」と言われ、驚いたのと同時に自分の作曲の語法は正しかったのだと嬉しく感じたという。間奏のサックスマンハッタン・ジャズ・クインテットのメンバー、ジョージ・ヤング[注釈 3]。後に2種類のベスト・アルバムGREATEST HITS! OF TATSURO YAMASHITA[注釈 4]、『OPUS 〜ALL TIME BEST 1975-2012〜[注釈 5]に収録された。
  3. MINNIE  – (4:20)
    作詞・作曲:山下達郎
    山下は20代の始め、ジャズボサノヴァのコード進行に耽溺していて、使ってみたくて仕方がなかったという。この曲も分数和音を多用したイースト・コースト[要曖昧さ回避]風の典型のようなバラード。サビのブラス・セクションのソリは、ビッグバンドを知っている人でなければ決して思いつかないアイデアだという[book 1]
  4. 永遠に  – (4:55)
    作詞:吉田美奈子 / 作曲:山下達郎
    吉田美奈子のアルバム『FLAPPER[注釈 6]のために書き下ろされた曲のセルフ・カヴァー。分数和音が目まぐるしく転調を繰り返す、バリー・マンをかなり意識した作品だという[book 1]

LOS ANGELES SIDE[編集]

ニューヨークでのセッションを終え、ロサンゼルスに移ってみると、ミュージシャンはフレンドリーだが機材は古臭いといった調子で、すべてが違っていた。ロスでのセッションが始まった途端、ジョン・サイターが連れてきたメンバーが山下の思った感じの音を全然出してくれないという事態が起こった。特にベーシストとギタリストが全くダメで、一日目を終えてすっかり落ち込んでしまった山下は、このまま続けても仕方ないからやめて帰ろうかとさえ考えた。しかし、ホテルに帰る車の中でサイターが「コーラスはケニー・アルトマンとジェリー・イエスターに頼む予定だ」と言い出したので、それを聞いた山下が「ちょっと待って。アルトマンがLAにいるなら彼にベースを弾いてもらってよ」と提案、かくしてベースは彼に交代、ギターはキーボーディストのジョン・ホッブスがバンド仲間のビリー・ウォーカーを連れてきたことで、綱渡りながらも残りの2日間で何とかリズム録りを終えることが出来たという[book 1]

  1. LAST STEP  – (3:29)
    作詞:吉田美奈子 / 作曲:山下達郎
    この曲も『FLAPPER』[注釈 6]への書き下ろし曲。もとはモータウン的な世界を目論んで作られた。後にエレキ・ギターの弾き語りによるライヴ・ヴァージョンが、ライブ・アルバムJOY[注釈 7]に収録された。
  2. CITY WAY  – (3:38)
    作詞:吉田美奈子 / 作曲:山下達郎
    日本で書いて持って行った曲がかなりイメージと違ってしまい、急遽現地で作ることになった曲。
  3. 迷い込んだ街と  – (4:40)
    作詞:吉田美奈子 / 作曲:山下達郎
    ウエスト・コースト[要曖昧さ回避]的なものへのイリュージョンという作品。
  4. 夏の陽  – (4:24)
    作詞・作曲:山下達郎
    「サーカス・タウン」同様、どうせロサンゼルスへ行くのならそのイメージの曲をと書いて行ったのが図に当たり、ジョン・ホッブスのピアノのタッチにぴったりとなったという曲。山下自身、以後の他の作品と比べると少し異色だというが、結構気に入っていて、その後もステージで演奏される機会が多い一曲。こういうサウンドには対位法的なコーラスが良いとジェリー・イエスターが言い出したことから、山下も加わっての4人でのハーモニーとなっている[book 1]

クレジット[編集]

NEW YORK SIDE[編集]

produced by CHARLES CALELLO
arranged by CHARLES CALELLO
recording & mixing engineer; JOE JORGENSEN
recorded date: Aug. 1976
 
drums: ALLAN SCHWARTZBERG
bass: WILL LEE
guitars: JOHN TROPEA / JEFF MIRONOV
keyboards: PAT REBILLOT
conga: JIMMY MAELEN
vibraphone: DAVID SAMUELS
trumpet: RANDY BRECKER (solo on MINNIE) / JOHN FADDIS
trombone: DAVID TAYLOR / WAYNE ANDRE
alto sax: GEORGE YOUNG (solo on WINDY LADY) / LOUIS MARINI (solo on CIRCUS TOWN)
baritone sax: RAMEO PENQUE
strings: EMANUEL GREEN & GENE ORLOFF

LOS ANGELS SIDE[編集]

produced by JIMMY SEITER & JOHN SEITER
arranged by TATSURO YAMASHITA & JERRY YESTER (background vocals)
recording & mixing engineer: RICHIE SCHMITT
recording studio: RCA HOLLYWOOD STUDIO-A
recording date: Sep. 1976

スタッフ[編集]

all songs composed by Tatsuro Yamasihita lyrics of “WINDY LADY” “MINNIE” & “夏の陽”
written by Tatsuro Yamashita
other lyrics written by Minako Yoshida
 
production co-odinater: RYUZO KOSUGI
artist manager: KENICHI MAKIMURA for OUR HOUSE INC.
photographer: TORU KOGURE
special thanks to: JIMMY BIONDOLILLO, PETE ABBOTT, LIZ & RICA, MINAKO

BVCR-17013[編集]

CIRCUS TOWN
山下達郎スタジオ・アルバム
リリース
録音
  • New York Side:Media Sound Studio, New York, N.Y. in Aug. 1976
  • Los Angels Side:RCA Hollywood Studio, Los Angels, CAL. in Sep. 1976
ジャンル
時間
レーベル RCA ⁄ BMG FUNHOUSE
プロデュース
チャート最高順位
山下達郎 アルバム 年表
EANコード
  • JAN 4988017607282
  • ASIN B00005UD3S
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解説[編集]

2002年、“山下達郎 RCA/AIRイヤーズ 1976-1982”として、『CIRCUS TOWN』から『FOR YOU[注釈 8]までの7タイトルが山下監修によるデジタル・リマスタリング、および、自身によるライナーノーツと曲解説。CDには各タイトル毎に未発表音源を含むボーナス・トラック収録にて再度リイシューされた。本作には未発表音源のカラオケ2曲をボーナス・トラックとして収録。また、本作を含むRCA/AIRイヤーズ対象商品7タイトル購入者に応募者全員への特典として、リマスター盤『COME ALONG』がプレゼントされた。

収録曲[編集]

<New York Side>
  1. CIRCUS TOWN(サーカス・タウン)  – (4:11)[2]
  2. WINDY LADY(ウィンディ・レイディ)  – (5:44)[2]
  3. MINNIE(ミニー)  – (4:21)[2]
  4. 永遠に  – (4:59)[2]
<Los Angeles Side>
  1. LAST STEP(ラスト・ステップ)  – (3:28)[2]
  2. CITY WAY(シティ・ウェイ)  – (3:39)[2]
  3. 迷い込んだ街と  – (4:40)[2]
  4. 夏の陽  – (4:27)[2]
    <Bonus Tracks>
  5. CIRCUS TOWN [カラオケ -Karaoke-] (未発表 -Previously Unreleased-)  – (4:02)[2]
  6. WINDY LADY [カラオケ -Karaoke-] (未発表 -Previously Unreleased-)  – (5:42)[2]
    ニューヨークでのミックス・ダウンの際、「“TVトラック”は必要か?」と聞かれ、アメリカではカラオケのことを「TVトラック」と呼ぶのだと、そこで初めて知ったという。当時の日本ではカラオケは歌手がテレビの番組出演で使う以外に利用価値がなく、バンド出身でテレビとも無縁な山下にとって、カラオケなど全く必要ないように思えたが、小杉の「せっかくだから」というひとことから、2曲のカラオケが作られた。後に、山下はライナーノーツにて「以来20年余の長い時間を私の自宅で眠り続けていたこのオリジナル・カラオケが、よもや日の目を見るなどとは思ってもいませんでした」[book 1]と書いている。

クレジット[編集]

レコーディング・メンバー

CIRCUS TOWN(サーカス・タウン)[編集]

Words by 吉田美奈子
Music by 山下達郎
©1976 FUJIPACIFIC MUSIC INC.
 
Allan Schwartzberg : Drums
Will Lee : Bass
Jeff Mironov : Electric Guitar(Left)
John Tropea : Electric Guitar(Right)
Pat Rebillot : Acoustic Piano
Jimmy Maelen : Percussion
Louis Marini : Alto Sax Solo
 
Randy Brecker : Trumpet
John Faddis : Trumpet
David Taylor : Trombone
Wayne Andre : Trombone
George Marge : Tenor Sax & Piccolo
Rameo Penque : Baritone Sax
 
Gene Orloff : Strings Concert Master

WINDY LADY(ウィンディ・レイディ)[編集]

Words & Music by 山下達郎
©1976 FUJIPACIFIC MUSIC INC.
 
Allan Schwartzberg : Drums
Will Lee : Bass
Jeff Mironov : Electric Guitar(Left)
John Toropea : Electric Guitar(Right)
Pat Rebillot : Electric Piano
David Samuels : Vibraphone
George Young : Alto Sax Solo
 
Randy Brecker : Trumpet
John Faddis : Trumpet
David Taylor : Trombone
Wayne Andre : Trombone
George Marge : Tenor Sax
Rameo Penque : Baritone Sax
 
Gene Orloff : Strings Concert Master

MINNIE(ミニー)[編集]

Words & Music by 山下達郎
©1976 FUJIPACIFIC MUSIC INC.
 
Allan Schwartzberg : Drums
Will Lee : Bass
Jeff Mironov : Acoustic Guitar
John Toropea : Electric Guitar
Pat Rebillot : Acoustic Piano
 
Randy Brecker : Trumpet(Incl. Solo)
John Faddis : Trumpet
David Taylor : Trombone
Wayne Andre : Trombone
George Marge : Tenor Sax & Flute
Rameo Penque : Baritone Sax
 
Gene Orloff : Strings Concert Master

永遠に[編集]

Words by 吉田美奈子
Music by 山下達郎
©1976 ALFA MUSIC, INC.
 
Allan Schwartzberg : Drums & Percussion
Will Lee : Bass
Jeff Mironov : Acoustic Guitar
John Toropea : Electric Guitar
Pat Rebillot : Acoustic Piano
David Samuels : Vibraphone
 
Gene Orloff : Strings Concert Master

LAST STEP(ラスト・ステップ)[編集]

Words by 吉田美奈子
Music by 山下達郎
©1976 ALFA MUSIC, INC.
 
Tatsuro Yamashita : Electric Guitar & Background Vocals
John Seiter : Drums & Background Vocals
Kenny Altman : Bass & Background Vocals
Billy Walker : Electric Guitar(Incl. Solo)
John Hobbs : Acoustic Piano
Jerry Yester : Background Vocals

CITY WAY(シティ・ウェイ)[編集]

Words by 吉田美奈子
Music by 山下達郎
©1976 FUJIPACIFIC MUSIC INC
 
Tatsuro Yamashita : Electric Guitar & Background Vocals
John Seiter : Drums
Kenny Altman : Bass & Background Vocals
Billy Walker : Electric Guitar(Incl. Solo) & Acoustic Guitar
John Hobbs : Acoustic Piano & Hammond Organ
Jerry Yester : Background Vocals

迷い込んだ街と[編集]

Words by 吉田美奈子
Music by 山下達郎
©1976 FUJIPACIFIC MUSIC INC
 
Tatsuro Yamashita : Electric Guitar
John Seiter : Drums
Kenny Altman : Bass
Billy Walker : Acoustic Guitar & Electric Guitar
John Hobbs : Acoustic Piano & Electric Piano
Jimmy Seiter : Percussion

夏の陽[編集]

Words & Music by 山下達郎
©1976 FUJIPACIFIC MUSIC INC.
 
Tatsuro Yamashita :  Electric Guitar
& Background Vocals
John Seiter : Drums & Background Vocals
Kenny Altman : Bass & Background Vocals
Billy Walker : Acoustic Guitar
John Hobbs : Acoustic Piano & Hammond Organ
Jimmy Seiter : Percussion
Jerry Yester : Background Vocals

スタッフ[編集]

<New York Side>
Produced & Arranged by CHARLES CALELLO
Recording & Mixing Engineer: JOE JORGENSEN
Recorded & Mixed at Media Sound Studio, New York, N.Y. in Aug. 1976
 
<Los Angels Side>
Produced by JIMMY SEITER & JOHN SEITER
Arranged by 山下達郎 & JERRY YESTER (Background Vocals)
Recording & Mixing Engineer: RICHIE SCHMITT
Recorded & Mixed at RCA Hollywood Studio, Los Angels, CAL. in Sep. 1976
 
Production Co-odinater: 小杉理宇造
 
CD Mastering Engineer: 原田光晴 (On Air Azabu)
 
Original Art Direction: 佐藤憲吉
Original Design: 佐藤憲吉
Cover Photographs: 小暮徹
CD Design: 高原宏 & 上原加代
 
Originally Released in 1976/10/25 as RCA RVL-8004

レコーディング・データ[編集]

日付 スタジオ 時間 作業工程
1976年
8月16日     18:15発のパンアメリカン航空800便に搭乗、17:45ニューヨーク到着。先にニューヨーク入りしていたスタッフと打ち合わせ
8月17日 RCA-Aスタジオ   チャーリー・カレロと打ち合わせ
8月18日 メディア・サウンド・スタジオA 10:00-14:00 リズム録り(「CIRCUS TOWN」「言えなかった言葉を」)
8月19日 メディア・サウンド・スタジオA 10:00-14:00 リズム録り(「WINDY LADY」「MINNIE」「永遠に」)
8月20日     休み
8月21日     休み
8月22日     休み
8月23日 RCA-Aスタジオ   チャーリー・カレロと打ち合わせ
8月24日 メディア・サウンド・スタジオA 19:00-25:00 ストリングス&ブラス・ダビング
8月25日 メディア・サウンド・スタジオA 19:00-24:00 ボーカル・レコーディング
8月26日 メディア・サウンド・スタジオA 10:00-13:00 ボーカル・レコーディング
14:00-20:00 ミックスダウン
8月27日     休み
8月28日     ロスアンゼルスへ移動
8月29日     ジミー・サイター&ジョン・サイターと打ち合わせ
8月30日 RCAハリウッド・スタジオ-A
  • 10:00-13:00
  • 14:00-18:00
リズム録り
8月31日 RCAハリウッド・スタジオ-A
  • 10:00-13:00
  • 14:00-18:00
リズム録り
9月01日 RCAハリウッド・スタジオ-A
  • 10:00-13:00
  • 14:00-20:00
その他楽器ダビング
9月02日 RCAハリウッド・スタジオ-A
  • 10:00-13:00
  • 14:00-23:00
コーラス・ダビング
9月03日 RCAハリウッド・スタジオ-A 10:00-13:00 ボーカル・レコーディング
14:00-20:00 ミックスダウン
9月04日 RCAハリウッド・スタジオ-A 10:00-15:00 マスタリング
9月05日     12:50発のパンアメリカン航空003便に搭乗
9月06日     15:45帰国

リリース履歴[編集]

# 発売日 リリース 規格 品番 備考
1 1976年12月25日 (1976-12-25) RCA / RVC
LP
RVL-8004 レーベルはメーカー共通のデザインを使用。
2 1976年12月25日 (1976-12-25)
  • RCJ-1503
  • (JPKI-0943)
カセット同時発売。アナログLPと同内容。パッケージ裏面に“A面はB面より長くなっております。”の記述あり。
3 1985年2月21日 (1985-02-21)
CD
RHCD-514 初CD化。
4 1987年3月15日 (1987-03-15)
CD
R28H-2801 『Tatsuro Yamashita SPECIAL CD-BOX』(R28H-2801∼06)の一枚。
5 1989年11月21日 (1989-11-21) RCA / BMG VICTOR
CD
B25D-13004 “NEW PRICE ¥2,500”シリーズの一枚。ディスク表面のレーベルはメーカー共通のデザインを使用。
6 1990年8月21日 (1990-08-21)
CD
BVCR-7001 『TATSURO YAMASHITA ORIGINAL COLLECTION 1976-1982』(BVCR-7001∼06)の中の一枚。
7 1997年6月4日 (1997-06-04) RCA / BMG JAPAN
CD
BVCR-1028
8 1999年5月21日 (1999-05-21)
CD
BVCK-37004 “RCA名盤選書オリジナル・アルバム紙ジャケット完全復刻シリーズ”の一枚。帯はオリジナルLPのデザインを復刻(表面のみ)。
9 2002年2月14日 (2002-02-14) RCA / BMG FUNHOUSE
CD
BVCR-17013 “TATSURO YAMASHITA THE RCA/AIR YEARS 1976-1982”の一枚。本人監修によるデジタル・リマスタリング + ボーナス・トラック2曲収録。ディスク表面のレーベルはオリジナル・デザインを使用。
10 2002年2月20日 (2002-02-20)
LP
BVJR-17001 THE RCA/AIR YEARS LP BOX 1976-1982』の一枚。本人監修によるデジタル・リマスタリング音源使用。レーベルはオリジナル・デザインを使用。

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ 山下がオーダーしたミュージシャンに対し、カレロは「ウィル・リーなんて二流のミュージシャンだ。俺に任せればゴードン・エドワーズのようなもっといいベーシストを連れてきてやったのに」[book 2]と言ったという。さらに山下は「当時はスタッフの全盛だったから、ゴードン・エドワーズとスティーブ・ガッドをどうして使わないのかって言われた。どちらかというとロックよりというより芸能界よりのスタンスだね、仕事ぶりは。今、思うけど、実に社交辞令と金本位制度なんです。これだけ君たちがギャランティしてくれたから、僕はグッド・アレンジができるってはっきり言いますからね。だからある意味では夢が飛んだっていうかね」[book 2]と話している。
  2. ^ 世界の国家ANTHEM・世界の愛国歌・マーチ“The Entry of The Gladiators”剣士の入場(剣闘士の入場)(2012年10月20日 (2012-10-20)閲覧)
  3. ^ ソロを録音するとき、カレロはジョージ・ヤングに「Don't play jazz. Play Rock'n Roll.」と指示したという。
  4. ^ GREATEST HITS! OF TATSURO YAMASHITA』 1982年7月21日 (1982-07-21)発売 AIR ⁄ RVC LP:RAL-8803
  5. ^ OPUS 〜ALL TIME BEST 1975-2012〜』 2012年9月26日 (2012-09-26)発売 MOON ⁄ WARNER MUSIC JAPAN 4CD:WPCL-11201/4【初回限定盤】, 3CD:WPCL-11205/7【通常盤】
  6. ^ a b 吉田美奈子FLAPPER』 1976年3月25日 (1976-03-25)発売 RCA ⁄ RVC LP:RVH-8009
  7. ^ JOY』 1989年11月1日 (1989-11-01)発売 MOON ⁄ ALFA MOON 2CD:50MX-95/6
  8. ^ FOR YOU』 1982年1月21日 (1982-01-21)発売 AIR ⁄ RVC LP:RAL-8801

出典[編集]

書籍[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k (2002年) 山下達郎『CIRCUS TOWN』のアルバム・ノーツ [Booklet]. RCA ⁄ BMG FUNHOUSE (BVCR-17013).
  2. ^ a b c 「対談 大瀧詠一×山下達郎『ザ・フォー・シーズンズ -45回転の時代から響き続ける魅惑のヴォイシング-』」『大滝詠一 Talks About Niagara Complete Edition』第33巻第7号、株式会社ミュージック・マガジン、2014年4月1日、 430-441頁、 全国書誌番号:00039156。“チャーリー・カレロの生き残りの哲学”

その他[編集]

外部リンク[編集]

SonyMusic
山下達郎 OFFICIAL SITE