ウィル・リー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

ウィル・リー(Will Lee、1952年9月8日 - )は、アメリカ合衆国テキサス州サンアントニオ出身のミュージシャンベーシストである。シンガーとしても優秀で数多くのCMを録音している。

概要[編集]

彼の最もよく知られた仕事は、CBSテレビ番組レイト・ショー・ウィズ・デイヴィッド・レターマン』の中の1コーナー「en:CBS Orchestra」である。

レコーディングにツアーにと、無数のミュージシャン達と仕事をしてきた。ベット・ミドラーデオダートブレッカー・ブラザーズバリー・マニロウマライア・キャリーカーリー・サイモンスティーリー・ダンB.B.キングキャット・スティーヴンスマイケル・ボルトンリンゴ・スターグロリア・エステファン&ザ・マイアミ・サウンド・マシーン、シンディ・ローパージェームス・ブラウンシェールアル・グリーンビリー・ジョエルライザ・ミネリフランク・シナトラカール・パーキンスキッスエース・フレーリーバーブラ・ストライサンドダイアナ・ロスデイヴィッド・サンボーンスパイロ・ジャイラリッキー・マーティンナタリー・コール、Fuse One、日本でも多くのセッションをこなしており渡辺貞夫山下達郎矢野顕子SMAPなどとのレコーディング・コンサート経験がある。彼はまた、ザ・マーク&クラーク・バンドのレコード "Worn Down Piano" でもプレイした。その他にリーを中心とした、ビートルズに捧げる、バンド "The Fab Faux" で、世界中を演奏してまわっている。 ステージで見せるワイルドなパフォーマンスとは裏腹に、バンドのアンサンブルを壊すことなく的確で味わい深い演奏に加え、温厚な人柄から様々レコーディングにセッションにと、あちこちから引っ張りだこのアーティストである。

音楽を始めた頃[編集]

ウィル・リーは音楽において、両親から多大な影響を受けた。父親はピアノトランペットのプレイヤーであり、プロとしてチェロを弾いた。母親はビッグバンドの歌手であった。リーは、『エド・サリヴァン・ショー』でビートルズを観てからドラムスを叩き始め、12歳になる頃には、マイアミで彼の最初のバンドを組んだ。バンドは、ザ・ベンチャーズディック・デイル&デルトーンズ等1960年代の典型的なサーフ・チューンを演奏して、毎晩メンバー各々が9ドルを稼いだ。しかしマイアミには素晴らしいドラマーが大勢いたので、「ベースを弾いて」と請われる機会が多くなり、次第にベースにシフトしていった。すぐにベース弾きとして成功し、"Chances R"や "The Loving Kind"、"Green Cloud"等といったバンドにも参加した。シンガーとしてはマイケル・マクドナルドに影響を受けたと語っている。

リーは、正式な音楽教育マイアミ大学で受けた。そこで1年間フレンチ・ホルンを勉強し、次いでベースを専攻した。放課後は、ビートルズのほか、スティービー・ワンダージミ・ヘンドリックススティーブ・ミラーザ・ラスカルズモータウンスライ&ザ・ファミリー・ストーンなどをカバーするバンドでベースを弾いた。彼は様々なローカル・バンドで、毎晩6つのギグをした。それらの中には、"Goldrush" という革新的なホーンバンドもあった。

プロのミュージシャンとして[編集]

ウィルはそれからニューヨークへ行き、ある日、トランペット奏者のランディ・ブレッカーに呼ばれ、 "Dreams" のオーディションに参加した。ニューヨークで、ウィルのキャリアはどんどん伸びた。彼は、B.J. トーマスホレス・シルヴァー、ベット・ミドラー、バリー・マニロウ、兄ランディと弟マイケルによるブレッカー・ブラザーズハービー・マンといった面々とツアーに出た。商業的なフィールドでの経験を増すにつれ、ウィルは引く手あまたとなった。ベーシストとして、歌手として、彼は広範囲に渡るトップ・パフォーマーとレコーディングをした。デイヴィッド・サンボーン、ボズ・スキャッグスダイアン・シューアトム・スコットニール・セダカ、カーリー・サイモン、フランク・シナトラ、en:Phoebe Snow (musician)ロニー・スペクターザ・スピナーズスパイロ・ジャイラ、リンゴ・スター、スティーリー・ダンキャット・スティーヴンス、バーブラ・ストライサンドなどである。

ウィルはまた、日本で大成功した the New York "24th Street Band" (24丁目バンド)でもプレイ、二度の来日公演を行っている。その後も渡辺貞夫のバックとして数度に渡って来日。1980年には’The Newyorkers'として彼のボーカルをフィーチャーしたパイオニアのCMソング「愛のサスペンス」がリリースされている(後のFuse Oneの来日公演ではライブでこの曲を披露している)。他にはChristpher ParkerとのJoe Cool、Toph-E & The Pussycatsでもアルバムをリリース。Joe CoolのLiveではJames Brownの’I feel Good’を披露している。また彼のファーストソロアルバム "OH! "は、"Jazz Beyond" チャートでNo.1になった。 元々、ザ・ベンチャーズのファンであった彼は、1992年に、ザ・ベンチャーズの曲をカヴァーしたアルバム「HYPER VENTURES」を、DAVID SPINOZZA やSTEVE GADD, JOHN TROPEA 達と一緒にリリースしている。

 2000年以降も多くのセッションワークをこなし、盟友ハイラムブロックバンドの一員として、またギタリストDean Brown、ドラマーDennis ChambersとのDBIIIや矢野顕子トリオ(ドラムはChristpher Parker)、新井田孝則、Oz Noy Trioのバンドで来日し、熱心な日本のファンの期待に応えている。 2012年8~9月には矢野顕子、Bob Jamesのバンドのメンバーとして続けざまに来日。そして11月には初めてとなる自身のバンド"Will Lee's Family"としてスティーヴ・ガッド、チャック・ローブらと公演を行い、大盛況のうちに成功させた。 2013年も引き続き矢野顕子トリオとして5年連続のブルーノート公演を行い、直前にリリースされた20年ぶりのソロアルバム『Love, Gratitude and Other Distraction』の中から“1.2.3”をDuetで披露。大阪でライブを終えた翌日にはそのまま東京にトンボ帰り、アベレージ・ホワイト・バンドの主要メンバーだったHamish StuartのBandで客演を果たすという多忙ぶりを見せた。 2013年12月には再び同メンバーによるWill Lee's Familyでの来日公演が行われた。

CBSオーケストラ(The CBS Orchestra)[編集]

ウィルは NBC の『レイト・ナイト・ウィズ・デイヴィッド・レターマン』のハウスバンド「The World's Most Dangerous Band」のオリジナル・メンバーだった。彼は『レイト・ナイト』でも『レイト・ショー』でも、 ポール・シェイファーとプレイする栄誉を、CBSオーケストラの他のどのメンバーよりも多く持った。 Late Show がはじまる前、彼は記念品としてギター・ピックを観客にあげた。

ディスコグラフィ[編集]

  • OH! 1993年
  • Birdhouse
  • Love, Gratitude and Other Distractions 2013年

外部リンク[編集]