スティーヴ・ガッド

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Steve Gadd
Steve Gadd.jpg
ガッド (2007年)
基本情報
出生名 Stephen Kendall Gadd
生誕 (1945-04-09) 1945年4月9日(72歳)
アメリカ合衆国,ニューヨーク州,ロチェスター
ジャンル ジャズ
ロック,
ブルース,
R&B
職業 音楽家
担当楽器 ドラム, ティンパニ, パーカッション

スティーヴ・ガッド(Steve Gadd、1945年4月9日 - )は、アメリカ合衆国ニューヨーク州ロチェスター生まれのフュージョンドラマーセッションドラマー、スタジオ・ミュージシャンである。

概要[編集]

バディ・リッチ、ハーヴィー・メイソン、アンディ・ニューマークらの刺激を受けながらもマーチングバンドドラムコーで培われてきたスネアドラムの奏法、ラテン音楽ドラムセット演奏に持ち込むスタイル。

正確無比なそのプレイは「教則本のような」「機械のような」と評される。1970年代~80年代においては、彼のフレーズやテクニックを真似たフォロワー(「ガッド・フリーク」)が多く出現した。

2007年に、ヤマハより全世界100セット限定で本人が使用しているものと同様のシグネイチャードラムセットが発売された。ちなみに日本国内は10セットが出荷され、本人の直筆サイン入りのシリアルNo.入り認定書が付属している。メイプルカスタム用スモールラグ(クローム)や3.0mmブラック塗装のアルミダイキャストフープ(TT、SD)、GADDエンブレム等の特別仕様となっている。

略歴[編集]

軍楽隊のドラマーの叔父の影響で、7歳よりドラムのレッスンを受けるようになる。

ロチェスターのイーストマン音楽学校でクラシックの打楽器奏法をジョン・ベックJohn Beckに師事。アメリカ陸軍の軍楽隊に3年所属していた。そのかたわらジャズ・クラブチック・コリアチャック・マンジョーネ、フランク・プルーラ、ジョー・ロメオ、マイク・マイニエリらとセッションを重ね実力と名声を上げていく。

1972年トニー・レヴィン、マイク・ホルムスとトリオを結成、ニューヨークに出て演奏した。

トリオ解散後、ニューヨークでスタジオ・ミュージシャンとして活動を始める。1973年にはチック・コリアのバンドリターン・トゥ・フォーエヴァー」に参加するが、短期間で脱退。その後、チャールズ・ミンガスのアルバム、アル・ディ・メオラのバンド「Electric Rendezvous Band」、マンハッタン・ジャズ・クインテットなどに参加。

ヴァン・マッコイの「ディスコ・ベイビー」レコーディング・セッションを契機に1970年代後半から1980年代前半にかけ、ゴードン・エドワーズを中心とする当時のニューヨークで最高のスタジオ・ミュージシャンら(コーネル・デュプリーエリック・ゲイルリチャード・ティークリストファー・パーカー)によって結成されたフュージョン・バンド「スタッフ」に参加。

1983年、教則ビデオ「Up Close」をリリース。

1984年、初のリーダー・アルバム「Gadd About」をリリース。

1992年、「ロックの殿堂」入りアーティストであるザ・ベンチャーズ(The Ventures)の名曲をカバーしたアルバム「ハイパー・ベンチャーズ(HYPER VENTURES)」をリリース。同アルバムには、DAVID SPINOZZA、JOHN TROPEA、JOHN SPINOZZAが参加している。

2003年9月13日、シンバルメーカージルジャン社 (Zildjian) に an American Drummer Achievement Award として讃えられた(ボストン市のバークリー・パフォーマンス・センターにて)。

セッション経験がある著名ミュージシャン[編集]

ジャズフュージョン系をメインに、ポール・サイモンエリック・クラプトンのツアーに参加するなど、ジャンルを問わず多くのミュージシャンレコーディングライブ、ツアーに参加。

ほか多数

バンド[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ このラインナップで1980年代中期にサントリーのウイスキー「ホワイト」のCMに出演したことがある。ただし当時のCMにロニー・キューバは参加していない。

外部リンク[編集]