土佐中学校・高等学校

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
土佐中学校・高等学校
国公私立の別 私立学校
設置者 学校法人土佐高等学校
校訓 報恩感謝
設立年月日 1920年(大正9年)
創立記念日 11月18日
創立者 川崎幾三郎・宇田友四郎
共学・別学 男女共学
中高一貫教育 併設型
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
高校コード 39502B
所在地 780-8014
高知市塩屋崎町一丁目1番10号
北緯33度33分8.9秒東経133度32分32.4秒
外部リンク 公式サイト
Portal.svg ウィキポータル 教育
Project.svg ウィキプロジェクト 学校
テンプレートを表示

土佐中学校・高等学校(とさちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、高知県高知市にある私立中学校高等学校

概要[編集]

中学校・高等学校の中高一貫教育である。中学から高等学校への進学の可否は中学3年次に行われる進学審査の後に決定するため中学入学時に高校への進学を保証していないが、例年ほぼ全員の進学が認められている。高等学校へは例年50名程度外部の中学校からの入学がある。高校からの編入組は『NP』中学からの生徒は『OP』と呼ばれている。

現在は男女共学であり、戦前に男子校であった旧制私立中学校としては珍しく新制高等学校開始後いちはやく共学化した。現在の状勢に合わないという理由から唄われていない校歌の歌詞にある通り文武両道を意味する「右文尚武」を標榜している。吹奏楽部、棋道部、放送部、オーケストラ部、陸上競技部、バドミントン部、登山部、ハンドボール部、自転車競技部などが全国大会へと出場している。

中学校と高校を併せて土佐(とさ)と呼ばれる。略称は中高それぞれ、土佐中・土佐高。中学校も含めて「とさこう」と呼ぶことがあるが、その場合は「土佐」の字が当てられる。

沿革[編集]

第一次世界大戦に伴う好景気によって財をなした川崎幾三郎宇田友四郎が私財を投じ、少数精鋭の英才教育を施す中学校として設立した土佐中学校(旧制)が前身となる。

年表[編集]

  • 1920年大正9年) - 現学校法人の前身にあたる川崎・宇田財団法人と土佐中学校(旧制)の設立が認可され、創立者の一人・川崎幾三郎の控家で授業開始。初代校長には三根円次郎が就任した。
  • 1922年(大正11年)11月18日 - 現在地の校舎落成式。この日を創立記念日とする。
  • 1945年昭和20年)7月4日 - 高知大空襲により校舎が焼失。翌年に校舎が再建されるまで各地を転々とする。
  • 1947年(昭和22年)4月1日 - 男女共学の新制中学校を併設。
  • 1948年(昭和23年)4月1日 - 新制高等学校となる。
  • 1959年(昭和34年) - 新グラウンドが完成。
  • 1973年(昭和48年) - 現在の前校舎がほぼ完成。
  • 2007年平成19年) - 向陽グラウンドが完成。
  • 2008年(平成20年) - 現在の校舎の第一期工事完成。
  • 2009年(平成21年) - 現在の校舎完成。

主な学校行事[編集]

  • 4月 - 入学式、始業式、オリエンテーション、全校遠足
  • 5月 - 実力テスト(中3以上)、中学クラスマッチ
  • 6月 - 半期考査、高校実力テスト
  • 7月 - 期末考査、終業式、高校クラスマッチ
  • 8月 - 夏期休業
  • 9月 - 始業式、全校実力テスト、運動会
  • 10月 - 半期考査、全校遠足
  • 11月 - 実力テスト、開校記念日(11月18日)、文化行事、集団研修
  • 12月 - 保護者会、期末考査、終業式
  • 1月 - 高校入試、高校卒業式
  • 2月 - スキー研修(中2)、実力試験、向陽祭(隔年)、中学入試、中学合唱コンクール
  • 3月 - 中学卒業式、期末考査、終業式

授業[編集]

基本は教室で行う。他の教室としては書道室・音楽室・被服室・調理室・美術室・金木工室・理科室・予備教室などがある。また普通の授業では教諭が、他の授業では生徒が移動して教室に行く。

体育の授業は男女別々(クラスマッチ練習や運動会予行などは例外で一緒に行う)で、体育館・学校グラウンド・25mプール・新グラ(竹島グラウンド)・柔道場・卓球場・剣道場などで行う。

制服[編集]

夏・冬服[編集]

男子は黒の詰襟・ズボン、女子は紺のブレザースカートを着用する。男女とも袖口から10cmほどのところに白線が1本入るのが特徴。もとは修学旅行等、校外での活動で教員が生徒を識別する(悪さを防止する)ために袖に白線を巻かせたのが最初とする説がある。小学6年生が入試前に受ける、入試模擬試験も白線会と呼ばれる。

夏期には男子は白のカッターシャツに黒の学生ズボン、女子は白に限りなく近い水色の開襟シャツにスカートを着用する。夏期の制服には白線のような目立った印はつかない。

体育服・水泳着[編集]

昔は男子は白の長袖・半袖体操服に黄白色の長ズボン・短パン、女子は白の長袖・半袖体操服にえんじ色のブルマを着用していた。

現在は男女ともにデザインが共通で男子が青の長袖ジャージ・青ラインの半袖体操服・同色の短パン、女子が臙脂の長袖ジャージ・臙脂ラインの半袖体操服・同色の短パンに変更になっている。

水泳着は男子は紺色のボクサー型の水着、女子は紺色のセパレーツ型のスクール水着を着用する。

上履き[編集]

2003年に変更になった。それまでは男子が藍色、女子が緑色のスリッパだったが、現在では男女での色分けはなく、学年ごとに違う色を使用する。甲の部分に校章がある。2017年度の色は、中1が緑色、中2が茶色、中3が黒色、高1が青色、高2が象牙色、高3が臙脂色となっている(新中1生は前年度の高3が履いていた色)。

トイレにはトイレ用スリッパ(上履きスリッパと同じもので色は黄)がある。新校舎ではトイレ用スリッパの着用は体育館棟1階トイレのみである。

施設[編集]

以前の校舎は老朽化が進んでいるうえに、南海トラフ地震も予想されているため、2007年夏から大規模な改築工事が行われた。2008年6月には第一期工事が完了し、一部新校舎への移転が行われ、2009年11月には、全ての新校舎が完成し、グラウンドも整備された。なお、これにより、校舎と離れた所に存在している竹島グラウンド(通称「新グラ」)が、もっとも古いグラウンドとなった。

校舎[編集]

中央棟・中学棟・高校棟に分かれている。ほとんどの教室に冷暖房が完備されている。

2階には職員室のほか、中高ともに使用する図書館などがある。

高校棟には高校の教室のほか6階に理科実験室(物理・化学・生物)・講義室(筆山ホール)などがある。

中学棟には中学の教室のほか6階に音楽室、家庭科室などがある。

中央棟6階には、多目的ホールである筆山ホール(収容人数約300人)がある。筆山ホールは吊り下げレール式のパーティションでA、Bの二部屋に区切り大講義室として使用できる様に設計されており、年度初めの身体検査などに使用されている。また、設置されている設備は吊下げプロジェクター二基、小型のロールスクリーンとワイヤードマイク、ワイヤレスマイク、スピーカーのみの簡素なものである。

体育施設[編集]

以下の施設がある。新グラは校舎から徒歩15分程度の位置にある。

  • 校舎
    • 体育館(中高併せて1700人程の全校生徒を同時に収容できる広さ。)
    • 25mプール
    • 剣道場
    • 柔道場
    • 卓球場
  • 第1グラウンド(通称: 新校舎建設に伴い、旧グラ → 学校グラウンドに変更)
  • 第2総合グラウンド(通称: 新グラ)
    • テニスコート(4面)
    • 弓道場
    • 野球部右文寮
  • 第3グラウンド(通称: 向陽グラウンド)

食堂・売店[編集]

学食は、体育館 (2階)のある棟の1階に、売店は校舎1階に所在している。

学食のメニューは、うどんそばカレーチャーシューたまごめしなどである。定食は日替わりで、さらに2つのコースがある。坦々麺など曜日限定のメニューもある。また、ジュースの自販機や惣菜パン、鶏っこうカレー揚げ、甘唐チキン(甘辛チキンとかけている)、スイートポテト、カリカリ大学芋、カロリーメイト(2本入りのチョコ味のみ)なども販売されている。様々なメニューに鶏のから揚げ・温泉卵・肉などをトッピングできるのが特徴である。サラダも販売している。

売店には一通りの文房具や学校指定の筆・上履き・体操服があり、また一枚10円でコピーを行えるプリンタも設置している。

[編集]

向陽寮という男子寮がある。定員男子60名で全室個室、2食付である。女子寮は設置していない。

他に野球部用の右文寮が新グラウンドに併設されている。

部活動など[編集]

以下のように多くのクラブがある。

運動部ではサッカー、陸上、水泳、軟式・硬式テニス、バドミントン、ハンドボール、弓道、剣道、登山、自転車が、文化部では演劇、棋道、写真、放送、吹奏楽、俳句同好会がそれぞれ全国大会への出場実績がある。

多彩な部活動があり、生徒らの個性を発揮できる環境がある。また、生徒の自主性によりそれまでにない部活をつくるということもしばしばあり、そのため軽音部、俳句同好会、かるた同好会、総合科学部、応援部等がつくられた。

運動部(五十音順)
事故
  • 1996年(平成8年)8月13日 大阪府高槻市でサッカーの試合中に落雷、頭部に直撃を受けた本高校サッカー部男子生徒(当時16歳)が両眼失明、下肢機能全廃、上肢運動能力減弱、言語障害の重度後遺障害を負う。試合を主催した高槻市体育協会などが3億円もの賠償金を支払うことになった[2][3]
文化部(五十音順)

著名な卒業生[編集]

括弧内の数字は卒業年。50音順。

文化[編集]

大学関係[編集]

政治[編集]

行政[編集]

経済[編集]

  • 秦郷次郎 - 1956年卒、ルイ・ヴィトン・ジャパン社長
  • 森本浩志 - 1961年卒、日本原子力発電社長
  • 武市智行 - 1974年卒、スクウェア(現スクウェア・エニックス)元社長

経済[編集]

スポーツ[編集]

マスコミ[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]