高木錬太郎

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高木 錬太郎
たかぎ れんたろう
生年月日 (1972-07-21) 1972年7月21日(46歳)
出生地 高知県中村市(現・四万十市
出身校 中央大学法学部政治学科
現職 代表補佐
会計監査
所属政党民主党→)
立憲民主党
配偶者 高木真理(埼玉県議会議員)
公式サイト 高木錬太郎オフィシャルサイト 立憲民主党衆議院議員

選挙区 比例北関東ブロック
当選回数 1回
在任期間 2017年10月27日[1] - 現職
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高木 錬太郎(たかぎ れんたろう、1972年7月21日 ‐ )は、日本政治家立憲民主党所属の衆議院議員(1期)。旧姓は片山[2]

妻は南第4区選出(さいたま市北区)の埼玉県議会議員の高木真理[3]

来歴・人物[編集]

高知県中村市(現・四万十市)出身。土佐高等学校卒業[4]。1995年3月、中央大学法学部政治学科卒業[5]。同年4月、ニチレイに就職[6]

1998年8月、枝野幸男の著書『それでも政治は変えられる』に感銘を受け、枝野の大宮事務所を突然訪問。その時応対したのが、当時枝野の公設第二秘書だった高木真理であった[6]

2000年10月、ニチレイを退職。同年11月から2007年1月まで枝野の秘書として活動した。2007年4月、埼玉県議会議員選挙に南7区(さいたま市中央区)より民主党公認で出馬するも、落選[2]2011年4月、さいたま市議会議員だった妻の高木真理が埼玉県議会議員に初当選。以後、妻の秘書となる。2016年より、民進党埼玉3区公認候補に内定していた山川百合子の要請により、パートタイムの秘書として地元活動を支援。

2017年10月3日、立憲民主党が発足。希望の党入りを拒否され、立憲民主党の埼玉3区公認候補として出馬することになった山川百合子の手伝いをしていた10月6日、枝野から「比例単独でどう?」という電話を受ける。「名簿が足りなくなるのは避けたい。でも、そこまではいかない」と考え、高木はこの申し出を許諾した。選挙期間中は山川の事務所で裏方に専念し、マイクを握ることは一度もなかったという[7]

同年10月22日に行われた第48回衆議院議員総選挙比例北関東ブロックから立憲民主党の単独6位候補者として立候補し、初当選した[8][1]

政策[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]