内田町 (横浜市)

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内田町
横浜銀行本店ビルのうち、低層部(写真下部左側)が内田町にかかる
横浜銀行本店ビルのうち、低層部(写真下部左側)が内田町にかかる
内田町の位置(横浜市内)
内田町
内田町
内田町の位置
内田町の位置(神奈川県内)
内田町
内田町
内田町の位置
北緯35度27分14.2秒 東経139度37分50.3秒 / 北緯35.453944度 東経139.630639度 / 35.453944; 139.630639
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Kanagawa Prefecture.svg 神奈川県
市町村 Flag of Yokohama, Kanagawa.svg 横浜市
中区
面積
 • 合計 0.024km2
人口
2017年(平成29年)12月31日現在)[2]
 • 合計 0人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
231-0061[3]
市外局番 045 (横浜MA)[4]
ナンバープレート 横浜

内田町(うちだちょう)は神奈川県横浜市中区町名[5]住居表示未実施で[6]、設置当初は1~12丁目の字丁目が設けられていたがのちに廃止された[7]郵便番号は231-0061[3]

地理[編集]

中区北西部の、横浜みなとみらい21地区に位置する。日本丸交差点付近から横浜銀行本店ビル横浜ランドマークタワーの間にかけての都市計画道路栄本町線の道路部分、そこから南西に折れて横浜銀行本店ビル低層部分とその先の首都高速神奈川1号横羽線の高架に掛かるまでの部分、JR根岸線桜木町駅横浜駅との間のうち、並行する国道16号の雪見橋国道際交差点と桜木町6丁目交差点の間に相当する部分が町域となる[8]。面積は0.024km2[1]で、その大部分が道路や線路敷、銀行の建物であり人口は0人である[9]

歴史[編集]

品川駅-横浜駅(現 桜木町駅)間の鉄道敷設に伴う埋立により、横浜町字内田町として1872年明治5年)に起立した[7]。町名は、埋立に尽力した内田清七から採られている[10]1889年に横浜市、1927年昭和2年)に横浜市中区の一部となる。当初は1~12丁目が設けられていたが、1887年に3~5丁目を長住町(のちの緑町、現在のみなとみらい)に編入し、内田町1~8丁目に再編。1944年に、西区設立により6~8丁目が西区の所属となる。西区部分は1966年5月1日高島1丁目および緑町に編入された[7]。中区部分の町内の大半を占めていた、貨物専用東横浜駅1979年に廃止され、跡地は桜木町駅の駅前広場や横浜みなとみらい21として再開発された。平成に入り、現在の町域を除く部分は桜木町1丁目に編入された。その時期は、1989年から1992年の間と推測されるが不詳である[8]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 横浜市町区域要覧”. 横浜市 (2016年3月31日). 2018年1月24日閲覧。
  2. ^ 横浜の人口 - 登録者数(市・区・町・外国人) - 町丁別世帯と男女別人口”. 横浜市 (2017年12月31日). 2018年1月24日閲覧。
  3. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2018年1月23日閲覧。
  4. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2018年1月23日閲覧。
  5. ^ 『角川日本地名大辞典 14 神奈川県』p1014
  6. ^ 横浜市中区の町名一覧(横浜市役所) (PDF) 2016年10月23日閲覧
  7. ^ a b c 『角川日本地名大辞典 14 神奈川県』p144
  8. ^ a b 謎の多い内田町。なぜ桜木町やみなとみらいにしなかったのか?”. はまれぽ.com (2012年10月14日). 2016年10月24日閲覧。
  9. ^ 中区町別世帯と人口(2016年9月30日現在の住民基本台帳・外国人登録原票に基づく)横浜市統計ポータルサイト、2016年10月23日閲覧
  10. ^ 『横浜の町名』p63

参考文献[編集]

  • 角川日本地名大辞典 14 神奈川県』角川書店、1984年6月8日、144,1009頁。
  • 横浜市市民局総務部住居表示課『横浜の町名』、1996年12月、63頁。
  • 『県別マップル14 神奈川県道路地図』昭文社、2016年、第6版、2,3。ISBN 978-4-398-62683-7