野毛町

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野毛町
—  町丁  —
飲食店が並ぶ野毛の盛り場(2008年7月30日撮影)
野毛町の位置(横浜市内)
野毛町
野毛町
野毛町の位置(神奈川県内)
野毛町
野毛町
野毛町の位置
座標: 北緯35度26分52.06秒 東経139度37分48.29秒 / 北緯35.4477944度 東経139.6300806度 / 35.4477944; 139.6300806
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Kanagawa Prefecture.svg 神奈川県
市町村 Flag of Yokohama, Kanagawa.svg 横浜市
中区
面積[1]
 - 計 0.074km2 (0mi2)
人口 (2017年(平成29年)12月31日現在)[2]
 - 計 2,204人
等時帯 日本標準時 (UTC+9)
郵便番号 231-0064[3]
市外局番 045 (横浜MA)[4]
ナンバープレート 横浜

野毛町(のげちょう)[5]神奈川県横浜市中区にある地名。現行行政地名は野毛町1丁目から野毛町4丁目(字丁目)。住居表示未実施区域。郵便番号は231-0064[3]。約500店もの飲食店動物園大道芸で知られる。

概要[編集]

現在の「野毛の切通し」(2010年8月8日撮影)

江戸時代末期に東海道横浜港を結ぶ横浜道(よこはまみち)がひらかれ、野毛山の中腹に切り通しで道が作られたことで同地区は交通の要所となった[6]。その後明治時代陸蒸気の開通により桜木町駅[7]の開業、三菱重工業横浜造船所の開設などで繁華街として栄えてきた。

第二次世界大戦終結直後に伊勢佐木町や港湾施設など横浜市の中心部の大半は進駐軍に接収されていた。この時代に同地区は日本人街の中心として機能し、日本が物資不足にあえぐ中で「野毛に来ればなんでも揃う」と言われるほどのにぎわいで、復員の兵士やかつての工員などが職と食を求めて集まりごった返していたという。当時は闇市と屋台が並ぶ地域で、まだ埋立て途中の桜川に沿って貴重な動物性たんぱく質源だったクジラカツを販売する「くじら横丁」[8]などは終戦当時を象徴する場所として語られることが少なくない。美空ひばりが本格デビューを果たした場所とされる横浜国際劇場もかつて同地区に存在していた[9]

最寄りの桜木町駅東急東横線については2004年に廃止された後、野毛飲食店街では売り上げの減少や廃業に追い込まれる店が相次いだ。賃料が下がった空き店に若い飲食店主が進出するようになり、一時は3割以上減った野毛飲食業協同組合の加盟店数も回復。中高年男性が多かった客層も若い男女や家族連れを含めて広がった[10]

横浜国際劇場の閉館後、跡地にはウインズ横浜場外馬券売場)が建てられ、週末に馬券を求める人たちで賑わうようになった。また後述の「野毛大道芸」が毎年4月に開かれ、町の名物ともなっている。 同地区は現在でも中低層の店舗(飲食・料理店など)が大半を占めているが、上層部に共同住宅を設ける高層ビル化も進んでいる。

地勢[編集]

大岡川周辺の平坦な低地と野毛山の丘陵地[11]で構成されている。東に花咲町、南に大岡川、西に老松町、宮川町、北に西区戸部町に接している。地区名としての野毛には、野毛本通を挟んだ宮川町を含めて考えることも少なくない。最寄り駅の一つである桜木町駅の南西に位置し、野毛ちかみちで駅と直結している。

年表[編集]

古くは武蔵国久良岐郡戸部村の字で野毛浦と呼ばれていた。町名の「野毛」は、「ノツケ」(「突端」または「崖」を意味)から転じたとされる[12]

世帯数と人口[編集]

2017年(平成29年)12月31日現在の世帯数と人口は以下の通りである[2]

丁目 世帯数 人口
野毛町1丁目 278世帯 389人
野毛町2丁目 386世帯 555人
野毛町3丁目 603世帯 984人
野毛町4丁目 138世帯 276人
1,405世帯 2,204人

小・中学校の学区[編集]

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[13]

丁目 番地 小学校 中学校
野毛町1丁目 全域 横浜市立本町小学校 横浜市立横浜吉田中学校
野毛町2丁目 全域
野毛町3丁目 全域
野毛町4丁目 全域

野毛ちかみち[編集]

野毛ちかみち(のげちかみち)は、国道16号によって隔てられた桜木町駅と野毛町方面を直結する地下道として、1999年に開通した。 JR根岸線横浜市営地下鉄ブルーラインぴおシティ、野毛の街を直結している。 名称は「近道」と「地下道」とをかけている。

野毛ジャズde盆踊り[編集]

野毛ジャズde盆踊り(のげじゃずでぼんおどり)は2014年9月に、第一回目が開催され、それ以降(第2回・2015年9月)と年々来場者も増え、大道芸とはまた違った子供から大人まで楽しめる参加型イベントとして、年一回となった野毛大道芸の秋に変わるイベントとして定着した。

2016年9月(第3回)の開催予定では日中韓の国際交流も交えてジャズをテーマとした横浜市最大の盆踊りイベントとしての地位を向上させている。

野毛大道芸[編集]

野毛大道芸(のげだいどうげい)は、1986年に、野毛の街の活性化を図るために開催されたイベントで、春と秋の年2回開催されていたが、1995年からは、春の4月のみの開催となった。金粉ショーもある。

2004年に秋の野毛大道芸が復活。また、2006年以降「野毛大道芸夏の陣」も開催されている。

なお、現在では野毛大道芸は観客動員数では横浜市で最大のイベントとなっている。

野毛大道芝居[編集]

野毛大道芝居(のげだいどうしばい)は、1994年、野毛大道芸の前夜祭として企画された。評論家平岡正明、小説家荻野アンナ朴慶南、俳優高橋長英、シャンソン歌手永登元次郎、前衛芸術家秋山祐徳太子、舞踏家吉本大輔、元横浜市長高秀秀信、前横浜市長中田宏ほか、野毛にゆかりの文化人や市民が参加、2005年全11回で終了した。

野毛くじら横丁[編集]

野毛大道芸ブランド事業の一環として2008年(平成20年)度にはじまった企画。野毛の新名物として、かつてクジラカツを売る露店群があったことをヒントに鯨料理のメニューを開発。居酒屋、寿司屋お好み焼き屋、イタリアンバーなど30店の参加でスタートした。

ゲイ・タウン[編集]

桜木町駅日ノ出町駅の中間に位置する、野毛町と宮川町を中心としたエリアは神奈川県内有数の同性愛者向け商業施設が集まる地域でもある。とりわけ平戸桜木道路大岡川に囲まれた歓楽街一帯、および、野毛坂周辺(野毛坂動物病院のある交差点近辺)などにゲイバーハッテン場ゲイ向けの雑誌やアダルトグッズを販売するショップ、ゲイ専門の成人映画館などが点在している。その数は53ヶ所ほどに及び、ゲイバーだけで37店(野毛21、宮川14、吉田1、福富1)を占めている[14]。店によっては日ノ出町駅で降りたほうが近い。

同性愛者の街として特化しているわけではなく、一般の異性愛者向けの飲食店、ラブホテル風俗店ソープランドなどが中心なので、通り過ぎただけではここがゲイ・タウンであるとは気づきにくい。ここをよく訪れる近郊のゲイには野毛と呼ばれる(桜木町という通称もある)。

野毛・宮川および横浜市内のゲイバーは戦後のかなり早い時期から存在していた。その起源は進駐軍向けの店だったと言われている。しかし地元の同性愛者だけしか利用しないため、知名度は決して高くない。「会員制」と書かれたこの町のバーの多くは、ゲイバーである。

脚注[編集]

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  1. ^ 横浜市町区域要覧”. 横浜市 (2016年3月31日). 2018年1月24日閲覧。
  2. ^ a b 横浜の人口 - 登録者数(市・区・町・外国人) - 町丁別世帯と男女別人口”. 横浜市 (2017年12月31日). 2018年1月24日閲覧。
  3. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2018年1月23日閲覧。
  4. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2018年1月23日閲覧。
  5. ^ 地元では「のげまち」と自称することも多いが、現在の正式地名は「のげちょう」である。
  6. ^ 現在は横浜駅根岸道路の一部となっており、切り通しは崖状の地形として現存している。
  7. ^ 初代の横浜駅として。
  8. ^ クスブリ横丁またはカストリ横丁などとも呼ばれた。
  9. ^ 厳密な所在地は隣の宮川町。ただし、宮川町は野毛浦から分離して起立した町。
  10. ^ “廃線がつなぐ(4)市民の憩いの場に変身 寂れた飲食店街にも新風”. 『日本経済新聞』夕刊. (2017年6月9日). http://www.nikkei.com/article/DGKKZO17503620Z00C17A6CR0000/ 
  11. ^ 野毛山は行政上の区分では老松町にまたがっている。
  12. ^ 町名とそのあゆみ 横浜市中区役所
  13. ^ 小中学校等通学区域”. 横浜市 (2017年11月15日). 2018年1月24日閲覧。
  14. ^ ゲイイエローページ「Gclock」より。

周辺[編集]

参考資料[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]