住吉町 (横浜市)

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住吉町
—  町丁  —
関内ホール
住吉町の位置(横浜市内)
住吉町
住吉町
座標: 北緯35度26分49.5秒 東経139度38分10秒 / 北緯35.447083度 東経139.63611度 / 35.447083; 139.63611
Flag of Japan.svg 日本
都道府県 神奈川県
市町村 横浜市
中区
面積
 - 計 0.052km2 (0mi2)
人口 (2016年平成28年)10月31日現在)
 - 計 777人
等時帯 JST (UTC+9)
郵便番号 231-0013
市外局番 045
ナンバープレート 横浜

住吉町(すみよしちょう)は神奈川県横浜市中区町名[1]住居表示未実施で、1丁目から6丁目までの字丁目が設けられている[2]郵便番号は231-0013[3]

地理[編集]

横浜の関内地区に南東-北西に走る北西方向一方通行の相生町通りに沿った約750mの細長い町域を持ち、南東が1丁目となる。南東はみなと大通をはさんで横浜公園に接し、北東は相生町、南西は常盤町に挟まれる。6丁目は大岡川に突き当り、歩行者専用の住吉橋が桜木町駅方面へ通じている。各丁目の境には、1・2丁目境にベイスターズ通、2・3丁目境に関内桜通、3・4丁目境に関内大通、4・5丁目境に馬車道、5・6丁目境に博物館通が横切る。一帯はビジネス街で、1丁目にスカーフ会館と、通りの向かいに横浜住吉町郵便局、2丁目に神奈川県洋服会館、4丁目に関内ホール、6丁目に神奈川県不動産会館などがある[1]。ビジネスホテルが多いのもこの街の特徴で、3丁目にコンフォートホテルアパホテル、5丁目にリッチモンドホテル、6丁目にホテルエディット横濱が立つ。界隈には飲食店も多い。

歴史[編集]

太田町から港町にかけての各町と同様に1850年嘉永3年)から1856年安政3年)にかけて太田屋新田として開拓された土地で、1867年慶応3年)に伊藤清十郎により埋め立てられ、街並みが形成された。1871年明治4年)に現在の町名となる[4]。町の名は縁起を祝って付けられた、瑞祥地名である[5]。同年に入船町通りの一部を編入。1873年3月に相生町で出火した火災により、町の大半が焼失。同年5月に地区改正が行われ、小松町・小船町・駒形町・高砂町の各一部を編入して1~6丁目を置いた。1923年9月の関東大震災では甚大な被害を受け、1945年5月の横浜大空襲でも全家屋が倒壊する被害を受けている[4]1961年に中区役所が桜木町から町内に移転(1983年に、日本大通の新庁舎に移転)。1970年には旧横浜宝塚劇場が市民ホールとなり、1986年に建て替えられ、横浜市市民文化会館関内ホールとしてオープンした[6]

人口・面積[編集]

世帯数・人口[表注 1]
世帯数 人口 面積[表注 2]
住吉町1丁目 73 126
住吉町2丁目 79 132
住吉町3丁目 23 37
住吉町4丁目 0 0
住吉町5丁目 30 45
住吉町6丁目 228 437
433 777 0.052
中区計 84,328 151,356 20.618
  1. ^ 中区町別世帯と人口(2016年10月31日現在の住民基本台帳・外国人登録原票に基づく)横浜市統計ポータルサイト、2016年11月8日閲覧
  2. ^ 平成17年国勢調査、単位Km2

脚注[編集]

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参考文献[編集]

座標: 北緯35度26分49.5秒 東経139度38分10秒 / 北緯35.447083度 東経139.63611度 / 35.447083; 139.63611