ピート・フィフィタ

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タマ・トンガ
Tama Tonga 2015.JPG
プロフィール
リングネーム タマ・トンガ
キング・トンガ・ジュニア
カヴァ
トンガ・ストロング・マシン
ピート・フィフィタ
本名 アリピート・フィフィタ
ニックネーム ザ・バッドボーイ
南海の凄玉
南海の野生児
南海の怪鳥
身長 183cm[1]
体重 95kg[1]
誕生日 1982年10月15日(32歳)[2][3]
出身地 トンガの旗 トンガヌクアロファ[1]
所属 新日本プロレス
スポーツ歴 レスリング
トレーナー チーム3Dアカデミー
デビュー 2008年
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ピート・フィフィタAlipate "Pate" Fifita1982年10月15日 - )は、トンガ王国プロレスラー。現在はタマ・トンガTama Tonga)のリングネーム新日本プロレスにて活動している[1]

父親は大相撲朝日山部屋出身の元力士であり、アメリカWCWWWFで活躍したキング・ハク。兄はWWEでカマーチョのリングネームで所属していたテヴィタ・フィフィタ

来歴[編集]

父であるキング・ハクからレスリングの英才教育を施され、その後、チーム3Dアカデミーに入門。卒業後はフロリダ州を拠点とするインディー団体であるWXW(World Xtreme Wrestling)を中心に活動。

WXWでは兄であるテヴィタ・フィフィタソンズ・オブ・トンガなる兄弟タッグチームを結成してピートはカヴァKava)、テヴィタはヌクのリングネームに変更。2009年2月にはヌクがWWEと契約してWXWから脱退し、新たにアフロ・ボーイを相棒にしてソンズ・オブ・トンガを継続するもWXWタッグ王座を獲得するに至らなかった。アフロ・ボーイとタッグを決別すると同年5月よりシングルプレイヤーへと転向。WXW TV王座へと照準を絞り、6月20日にWXW TV王者であるリチャード・J・クライアドに挑戦して勝利し、ベルトを奪取した。

2010年1月よりプエルトリコのメジャー団体であるWWCにてキング・トンガ・ジュニアKing Tonga Jr.)のリングネームで参戦。同月30日にカルリートスを相手にデビュー戦を行い勝利し、WWCデビュー戦を勝利で飾った。2月よりアイドル・スティーブンスアメリカン・ファミリーなるタッグチームを結成し、サンダー & ライトニングとWWC世界タッグ王座を巡って抗争を開始。4月3日の王座戦では敗戦するが、翌4日にはサンダーを襲撃して負傷欠場させ、2対1のハンディキャップマッチでの王座戦をライトニングに組ませて勝利し、卑怯な手段ながらもベルトを奪取した。

新日本プロレス参戦[編集]

5月8日、新日本プロレス主催のSUPER J TAG TOURNAMENT 1stに出場予定とされていたタイガーマスクの代打として日本に緊急来日し、父であるハクが使用していたリングネームであるタマ・トンガTama Tonga)をあやかり参戦。デイビー・リチャーズとタッグを結成し、一回戦で金本浩二エル・サムライ組と対戦。敗れはしたものの試合は高評価を得て、同年に開催されたBEST OF THE SUPERJr.に初出場を果たすが、2勝5敗という成績で予選落ちに終わった。

以降も定期的に新日本に参戦し、2010年後半からは後藤洋央紀タッグチームを結成。その後はG1 TAG LEAGUEなどヘビー級戦線での活動が多くなり、2011年からは体重を増加し、本格的にヘビー級転向を宣言。

2011年5月3日、メキシコ遠征から帰国した後藤とのコンビ、荒トンガとしてプロレスリング・ノア杉浦貴 & 橋誠組と対戦。試合中にノータッチ・トペ・コン・ヒーロを放った際、右肩から場外に落下。以降、まともにリングで試合を行うことが出来ず、右肩脱臼と診断され、長期欠場となった。また、この負傷が原因で、出場するはずだった初代IWGPインターコンチネンタル王者決定トーナメントの欠場を余儀なくされた。

2012年10月よりCMLLに参戦。同団体に所属しているエル・テリブレとタッグを結成し、11月13日にアトランティス & ディアマンテ・アスル組の保持するCMLL世界タッグチーム王座に挑戦。ヘッドシュリンカーでディアマンテ・アスルからピンフォール勝ちを収めて戴冠した。12月11日、ラ・マスカラ & バリエンテ組の挑戦を退けて、タッグ王座の防衛に成功した。

2013年5月、プリンス・デヴィットの呼びかけに応じ、「BULLET CLUB」の一員になる。以降、CMLL世界タッグチーム王座を巡って、棚橋弘至獣神サンダー・ライガーとの抗争を繰り広げる。7月5日、同王座を賭けた試合で棚橋、ライガー組に敗れ王座を手放すが、9月14日、レイ・ブカネロをパートナーにしてリターンマッチを行う。セコンドに付いたBULLET CLUBの介入を経て、ライガーからピンフォールを奪い、第35代王者組に返り咲いた。

2015年6月13日、ニュージャージー州を拠点とするインディー団体であるJCW(Jersey Championship Wrestling)に参戦。JCWヘビー級王座を保持するジョーイ・ジャネーラに挑戦して勝利し、特別立会人として試合を見届けたリッキー・スティムボートによりベルトを手渡された[4]

人物[編集]

得意技[編集]

ヴェレノ
現在のフィニッシュ・ホールド。リバースフルネルソンの体勢からジャンプしながら両足で相手の胴体を挟み込み、DDTの要領で脳天からマットに打ちつける。技名はイタリア語で「」の意。披露当初は「ヘッドシュリンカー」という技名で使用されていたが、2014年4月から現在の名称で用いられるようになった。
トンガンツイスト
リバースDDTの体勢からクラッチを解かずに捻って相手の顔面を痛打させる変型ネックブリーカー。ヴェレノ習得以前はフィニッシャーとして使用していた。
タマスペシャル
こうもり吊りの要領で担ぎ上げた相手を前方へと反転させマットを背中から叩き付ける。
トルニージョ
きりもみ回転式のプランチャ・スイシーダ。走りながらコーナー最上段に飛び乗り、三角飛び式で追走してくる相手に見舞う大技。
パワースラム
通常のパワースラムをより急方向に捻りを加えマットに叩きつけるのが特徴。
トペ・スイシーダ
リングからトップロープを飛び越えてのノータッチ式を主に使用する。
2011年5月3日の試合では勢いを付けすぎた為に対戦相手を飛び越えるほどの跳躍力を見せるも、右肩脱臼の原因となった。
空手チョップ
トンガの場合は前後のリープフロッグから両手で相手の体にチョップを打ち付ける。中盤以降によく見られる技。

獲得タイトル[編集]

JCW
  • JCWヘビー級王座 : 1回
WXW
  • WXW TV王座 : 1回
WWC
  • WWC世界タッグチーム王座 : 1回
w / アイドル・スティーブンス
CMLL
第33代 w / エル・テリブレ
第35代 w / レイ・ブカネロ

入場テーマ曲[編集]

  • SPIDER DANCE
BULLET CLUB加入後のテーマ曲。2013年9月14日に披露され、現在まで使用されている。
  • WAO!
新日本プロレス参戦後から使用するテーマ曲。2010年6月 - 2013年5月まで使用。

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d 選手名鑑”. 新日本プロレス公式サイト. 2015年4月25日閲覧。
  2. ^ CAGEMATCH - The Internet Wrestling Database
  3. ^ Tama Tonga - Online World of Wrestling
  4. ^ JCW 06/13/15 Six Flags Event Results”. PWPonderings.com. 2015年6月13日閲覧。

外部リンク[編集]