1993年米騒動

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1993年米騒動(1993ねんこめそうどう)とは、1993年(平成5年)の日本における記録的な冷夏による米不足現象のこと。平成時代に起こったことから「平成の米騒動(へいせいのこめそうどう)」とも呼ばれ、大正時代に発生した米騒動にたとえられている。

目次

[編集] 概要

この社会現象は、1993年(平成5年)の天候不順によって日本国内で栽培されていたコメの記録的な生育不良から生じた食糧市場の混乱と、これに関連して世界の米市場にまで波及した影響を指す。

同現象では消費者はもとより卸売り業者までもが米の確保に奔走し、小売店の店頭から米が消えるといった混乱が発生したが、同時に普段米を扱わない業者までもが消費者の関心を集めるために米を販売するといったケースも発生した。

1994年(平成6年)は、夏の猛暑により米作柄が回復したことを受け現象は同年後半にほぼ終息している。

[編集] 経緯

1993年(平成5年)は梅雨前線が長期間日本に停滞し、九州地方でもついに梅雨明けの発表がなされないという事態となり、日照不足と長雨による影響で米の作柄が心配されるようになった(←エルニーニョ現象)。結果としてのこの年の日本全国の作況指数は74(評価は「著しい不良」)となった。東北地方ではそれを更に下回った。日本全体で1993年(平成5年)当時1000万トンの需要に対して、収穫量が800万トンを下回る事態となった。政府の農業政策に翻弄されて営農意欲をそがれた農家が深水管理などの基本技術を励行できなかったことも被害を拡大させた。

米価は、秋口から少しずつ上昇を始めた。細川内閣9月、260万トンをタイ中国アメリカから緊急輸入を行うと発表した。

しかし当時は、日本人がいわゆる和食の原点回帰や、食生活・食料品の安全などに強い関心を向け始めた時代でもあり、ポストハーベスト農薬など輸入農作物に対する不信感も根強く、輸入米に対しての警戒心も消費者に見られた。

国産は根強い人気のため、また市場の品薄感もあって買い溜めと売り惜しみが発生、米屋の店頭から米が消える事態にまで発展する。1994年(平成6年)の年明けには米屋の前に行列ができるなどの社会現象が発生した。コンビニエンスストアでも、従来は2kgや5kgパッケージのものが店の片隅にとりあえず売られていた程度であったものが、同時期には1kgやペットボトル入りなど従来にない小容量パッケージでレジ前の一等地を占めるほどの目玉商品となった。なお小容量パッケージは後に一部のコンビニエンスストアで定番商品として残っている。

この年、初めて日本の食料自給率が40%を下回ったことも、この危機感をより印象づけた。当時の世界の米の貿易量は1200万トンであったが、その20%に当たる米を日本が調達したため、国際的な価格高騰を招いた。タイ国内でも米価が急騰し、タイ国民が日本の不作の煽りを大きく被るという事態になった(後述)。

この混乱の中では、農林水産省食糧庁の職員が、職務を通じて入手した情報を元に、まだ出荷されてなかった日本産米の購入を行おうとしたことが報道され、一般国民の反感を受けるケースも発生している。

しかしこれらの混乱も、1994年(平成6年)の6月に入り沖縄県産の早場米が出回るようになって、徐々に事態は沈静化、同年は暑い夏となり全国的に豊作が伝えられ、完全に収束する。これら一連の騒動は、同年のナタ・デ・ココブームや、バブル期ボジョレー・ヌーヴォーブームなどと並んで、日本の食料政策や国際的モラルに大きな課題を残すことになった。

[編集] 米輸入自由化

従来、日本政府は国内農家保護のために米の全面的な輸入禁止を行っていたが、同騒動により緊急輸入をせざるを得なかった。しかしこの緊急輸入により国際マーケットを混乱させたとの批判を受けて、日本政府は段階的に米の輸入を解禁せざるを得ず、最終的に米の貿易自由化を受け入れることになる。

この解禁で2001年(平成13年)には全体の10%程度を日本国外からの輸入となるまでになった。また戦後の食料不足の教訓から作られた食糧管理法を大幅に見直し(食糧法)、今までの農林水産省主導による農業統制から、ある程度耕作の自由が与えられるようになった。また政府は、不作対策として国内の備蓄米の量を増やすことを決定している。

2003年(平成15年)の冷夏による不作の際は、米価の10%から20%程度の上昇で抑えることが出来たが、やむを得ず輸入され続けた輸入米が国内で異常に余剰され、食用米としては一般市場には『外国産米』と銘打っては流通されず、加工米や安価販売用のブレンド米、海外災害救援物資として一部利用されるのみであり、この問題が産地偽造米問題としてクローズアップされることもあり、また悪徳精米業者によって国産米とアメリカ・オーストラリア米の混合米でありながら、『国産ブランド米100%』として販売されている問題も発生しているため、今日でも農政に対する不備の声は根強い。

[編集] タイ米と日本

この不作への対応として政府が各国に米の緊急輸入の要請を打診した。この打診にタイ政府はいち早く応え、日本政府は「取りあえず、保管している米を輸出して欲しい」と要請。タイ国政府は自国の備蓄在庫を一掃する形で日本政府の要請に応えている。当初日本政府は、日本人の食味に合ったアメリカ産米や中国産米を主食用として、タイ米を加工用原料として輸入することを考えていた。しかしタイ米に比べアメリカ産米や中国産米は輸入量が揃わず、結局主食用にもタイ米を流通させざるを得なかった。

しかし大量に輸入・流通させたタイ米は不人気で、後に不法投棄されるなどの社会問題も発生した。不人気の理由は昭和20年代の食糧不足時代に配給された輸入米が、品質管理の悪さからカビ臭かったり食味がよくなかったというネガティヴな記憶が残っていたこと、日本の主食として普段消費されている米は短粒のジャポニカ米で、電気あるいはガスの炊飯器で炊くが、タイ米は長粒のインディカ米で調理法も異なる米であったことなどが挙げられる。また、「輸入したタイ米からネズミの屍骸が発見された」[1]や「タイ米の米袋から錆びた釘が発見された」と些少な事例がすべての輸入タイ米に頻繁に見られる問題であるかのような強い偏見報道(報道被害風評被害)が見られたことも関連したと考えられる。

タイ米はバターライス炒飯カレー等、副食と混ぜ合わせて食される品種で、基本的にパスタのように鍋で茹でて湯切りをして蒸らす(湯取り法)などの調理法で食する米である。しかし、日本人には伝統的にこのような調理の習慣がないため、インディカ米本来の味を生かした調理法が行われなかった。日本米と同じように炊いて白飯という単体で食べようとしたことから、いわゆるパサパサ感と独特の香味が強いことにより不評であった。新聞テレビ等では消費拡大の意図もあってタイ米の本来の調理法から日本の国産米と同様に食べられる様々な食べ方が特集され、寒天を入れて一緒に炊く等によって粘り気を増す工夫なども紹介されたが、結局どのように工夫してもタイ米を国産米と同じように食べることには無理があった。この不人気を受けて日本政府は、国産米と人気の無い輸入米を9:1などの割合でブレンドして売ることを指導するなど苦肉の策で対処した。しかし、前述の通りジャポニカ米にインディカ米をブレンドしたものは調理法が大きく異なるため炊飯器で炊くとご飯に生米が混じるかのような食感になり、結果タイ米10割のものと比べても悲惨な結果となった。

なお事態終息以降に不人気にも絡んで残ったタイ米は、投棄されたり家畜の餌にされたりするなど、完全に産業廃棄物食品廃材)として処理され、タイ国内の混乱を知る者からはこれを悲しむ声も挙がっている。『美味しんぼ』など当時隆盛を誇ったグルメ漫画でもこういった問題が取り上げられ、社会問題として広く長く残る結果となった。(『美味しんぼ』では、作中にて湯取り法によるタイ米の食べ方を紹介している)。

なお当時はタイ米がジャポニカ米に比べ余剰となっていたために、前述の指導を大義名分とした業者は進んでタイ米をブレンド米として販売したという経緯があり、タイ米に適合した調理は一般には不可能であった。

[編集] 外食産業への影響

外食産業ではタイ米の調理法などの勉強会が各地で催された。近年東南アジア料理が日本に広まっている傾向により、あえてインディカ米の持つ特徴を生かし炒飯やカレー・パエリア等にタイ米に注目して使用するというレストランや外食産業店が増えることになった(先述した通り、インディカ米はその特徴を利用すれば、日本人にも受け入れられる料理を作ることが可能である)。

セブンイレブンなどでは、豊富で安価なタイ米を生かして、一般の弁当より低価格なジャンバラヤなど、積極的なタイ米弁当のメニューを、年度内はラインナップに挙げていた。

大手カレーライス・チェーンのカレーハウス CoCo壱番屋では、大盛りカレーライスを短時間で完食すれば無料というキャンペーンを創業以来行っていたが、この米騒動の時は企業イメージのため一時的に取り止めている。また、九州地区を中心に全国展開するとんかつ専門店チェーンの浜勝では、米不足のための苦肉の策として始めた麦飯が好評を博し、その後も人気メニューとして残っている。

[編集] 他業種の乱入

当時、家電製品の安売りで知られた城南電機の社長宮路年雄が「日本人は日本の米を食いたいんじゃ」と、あきたこまちのヤミ米を秋田県で買い付け、買付価格の半額という原価割れの激安価格で売り出し、店の前には大変な行列が出来るなどの狂乱的状況が発生。行政指導を受けた。

[編集] 脚注

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  1. ^ これは同年2月28日に参議院の女性議員(共産党所属)が述べた輸入米の安全性を問う質問(愛媛大学農学部農場報告・西頭徳三P.53)に端を発しており、いわゆる「イメージ映像」的な写真を掲載したグラビア誌もあったという。

[編集] 1993年米騒動を扱った作品

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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