ヘリオガバルス
| ヘリオガバルス Heliogabalus |
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|---|---|
| ローマ皇帝 | |
「ヘリオガバルス胸像」(カピトリーノ美術館所蔵)
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| 在位 | 218年 - 222年 |
| 別号 | ウァリウス・アウィトゥス・バッスス Varius Avitus Bassianus |
| 全名 | カエサル・マルクス・アウレリウス・アントニヌス・アウグストゥス Caesar Marcus Aurelius Antoninus Augustus |
| 出生 | 203年3月20日 エメサ |
| 死去 | 222年3月11日 ローマ |
| 継承 | アレクサンデル・セウェルス |
| 配偶者 | ユリア・コルネリア・パウラ |
| アクウィリア・セウェラ | |
| アンニア・アウレリア・ファウスティナ | |
| ヒエロクレス(男性) | |
| 子女 | アレクサンデル・セウェルス(従兄弟・養子) |
| 王朝 | セウェルス朝 |
| 父親 | セクストゥス・ウァリウス・マルケルス |
| 母親 | ユリア・ソエミアス・バッシアナ |
マルクス・アウレリウス・アントニヌス・アウグストゥス(ラテン語: Marcus Aurelius Antoninus Augustus[1]、203年3月20日 - 222年3月11日)は、第23代ローマ皇帝で、セウェルス朝の第3代当主。ヘリオガバルス(Heliogabalus)という渾名で呼ばれる事が多く、これはオリエントにおけるヘーリオス信仰の派生系である太陽神エル・ガバルを信仰したことに由来する。
セウェルス朝の初代皇帝セプティミウス・セウェルスの外戚であるバッシアヌス家の出身で、元の本名はウァリウス・アウィトゥス・バッススといった。セウェルスの長男であったカラカラ帝が暴政の末に暗殺されるとバッシアヌス家は追放されるが、彼の母ユリア・ソエミアスは密かに復権の謀議を画策した。血統上、カラカラ帝の従兄弟にあたるソエミアスは自身が夫と儲けた子息アウィトゥス(ヘリオガバルス)が先帝の落胤であると主張して反乱を起こした。戦いは帝位を得ていたマクリヌス帝の敗北に終わり、セウェルス朝の復権を名目に僅か14歳のヘリオガバルスが皇帝に即位した。
しかし彼の統治はしばしば今までも登場した暴君達の悪名すらも越える、ローマ史上最悪の君主として記憶される事となった。ヘリオガバルスは極めて退廃的に性生活へと没頭し、しかもその性癖は倒錯的で常軌を逸したものであった。また宗教面でも従来の慣習や制度を全て無視してエルガバルを主神とするなど極端な政策を行った。
ヘリオガバルスの退廃した性生活についての話題は、彼の政敵によって誇張された部分があると見られているが[2]、後世の歴史家も余り中立的にヘリオガバルスへ触れる事は無く、エドワード・ギボンに至っては「醜い欲望と感情に身を委ねた」として最悪の暴君と評価している[3]。「ヘリオガバルスという名の印象は、彼自身の退廃によって決定付けられた」とバルトホルト・ゲオルク・ニーブールは評している[4]
目次 |
[編集] 生涯
「セウェルス朝」を参照
ヘリオガバルスは元老議員セクストゥス・ウァリウス・マルケルスと、ユリア・ソエミアスの子として203年に生まれた[5]。父マルケルスは騎士階級出身で、後に元老院入りを果たした人物であった。母方の祖母ユリア・マエサはセウェルス朝の開祖セプティミウス・セウェルスの皇妃ユリア・ドムナの妹であった[6]。従って母ソエミアスはセウェルスの嫡男であるカラカラ帝とは従兄弟の関係にあり、皇帝家の一員であった[5]。幼少期のヘリオガバルスは一族の生業である神官として養育されたと見られている。
217年、カラカラ帝が弟(ゲタ帝)を殺害するなどの暴政によって元老院の信望を失うと、皇帝は暗殺され近衛隊長マルクス・オペリウス・マクリヌスが新たな皇帝となった。
即位したマクリヌス帝はセウェルス一族を宮殿から一掃する事で、セウェルス朝復活の目論見を防ごうとした[5]。だが中東の属州シリアへと幽閉されたセウェルス一族の内、カラカラ帝の叔母ユリア・マエサは孫であるヘリオガバルスを帝位に付ける謀議を巡らしていた[5]。ヘリオガバルスは既に先帝カラカラとは女系を通じて親族であったが、帝位継承を更に正当化するべくマエサの意向を受けたソエミアスは自らが従兄弟の妾であり、ヘリオガバルスが先帝の落胤であると主張した[5]。続いてマエサはセウェルス家の富を駆使し、第3軍団「ガッリカ」の兵士や将軍を買収して戦力を調達した。5月16日、軍団指揮官ヴァレリウス・エウティキアヌスはヘリオガバルスへの忠誠を正式に宣言した[7]。挙兵に際して、ヘリオガバルスは「ヴァリウス・アウィトゥス・バッシヌス」という名前を、カラカラの本名に準えて「マルクス・アウレリウス・アントニヌス」に改名した[8]。
ヘリオガバルスの反乱を知ったマクリヌス帝は直ちに遠征軍を派遣したが、遠征軍内で軍団兵による内乱が発生してしまった。指揮官は暗殺され、兵士達は指揮官の首をローマに送り返すと、ヘリオガバルスの軍勢に合流した[9]。軍の反乱を前にマクリヌス帝はヘリオガバルスを「偽のアントニヌス」と痛罵し、反乱を発狂した神官による暴挙とする手紙を元老院に書き送った[10]。元老院はマクリヌス帝の言い分を認めて、軍とは異なりヘリオガバルスを僭称帝とする決議を可決した[11]。
元老院の支持を得たマクリヌス帝は自ら軍を率いて親征を開始したが、マエサに買収された第2軍団「パルティカ」の裏切りによってアンティオキアの戦いにおいて敗北した[9]。マクリヌスは命からがら戦場から脱してイタリア本土へ戻ろうとしたが、カッパドキアで捕らえられ処刑された[9]。同じく捕らえられたマクリヌス帝の子息ディドゥメニアヌスも処刑された[9]。
アンティオキアでの勝利を持ってヘリオガバルスは元老院の許可なしに皇帝即位を宣言した[12]。ローマの法に完全に違反した行為であったが、3世紀の皇帝達にはしばしば見られた行為ではあった。また同時にマクリヌス帝の治世を批判する手紙を元老院に送付して行為の正当化を図っている[13]。結局の所、元老院は既成事実を追認する形でヘリオガバルスの帝位、そしてカラカラ帝の実子である事を承認した[14]。同時に暴君とその母として忌避されていたカラカラとユリア・ドムナを神として祭るという要求も承諾し[15]、逆にマクリヌス帝が「名誉の抹殺」に処されることになった[12]。また新しい近衛隊長には反乱の立役者ヴァレリウス・エウティキアヌスが任命された[16]。
[編集] 初期の治世
218年の冬、ヘリオガバルス帝と重臣達はニコメディアで過ごしていたが[14]、歴史家カッシウス・ディオによればこの少年皇帝が問題を抱えた人物なのは既に明らかになっていたとされる。皇帝として「自制心をもって慎重に生きる」ようにと諭した家庭教師を、ヘリオガバルスは不愉快に思って殺害したと伝えられる[17]。同時期にユリア・マエサは神官にして皇帝という人物を元老院が受け入れるように、神官のローブを身に纏ったヘリオガバルス帝の肖像をウィクトーリア女神像の前に掲げさせた[14]。元老議員は議事堂のウィクトーリア女神像に捧げ物をする習慣があったので、嫌でも神官姿のヘリオガバルス帝に捧げ物をする形になった。
こうした振る舞いに後盾であった反マクリヌス派の軍勢は早くもヘリオガバルスを推挙した事を後悔し始め[18]、ゲッリウス・マキムス将軍に率いられた第4軍団「スキュティカ」、及び元老議員ウェルスに扇動された第3軍団「ガッリカ」(彼らは反乱に加担していた)の兵士はニコメディアからローマに向かうヘリオガバルス帝を襲撃した[19]。だが反乱軍は足並みが揃わずに自壊し、「ガッリカ」は消滅した[20]。
219年、エウティキアヌスやマエサと共にローマへ入城したヘリオガバルス帝は、取り巻き達を要職に就けて体制を固めた[21]。例えばエウティキアヌスは近衛隊長に続いて3度の執政官叙任を受け、更に属州総督として2度派遣されている[16]。私生活の退廃も人事にも影響を与え、男性の愛人であった奴隷ヒエロクレスを共同皇帝にしようとしたり[22]、別の愛人である戦車競技の選手ゾティクスを皇帝の執事長に任命している[23]。
財政面では父と主張したカラカラがそうしたように銀の含有量を減らしてデナリウス銀貨の切り下げを行うが、一方でカラカラ帝が創始したアントニヌス銀貨は廃止した[24]。
初期の統治で部分的ながらまともな統治が行われていたのは、祖母ユリア・マエサと母ユリア・ソエミアスによる執政が行われていた為と考えられている[25]。この野心に満ちた二人の女性は元老院に名誉称号すら要求し、ソエミアスは「クラリッシマ」(Clarissima)、マエサは「元老院の女神」(Mater Castrorum et Senatus)をそれぞれ授与された[15]。実権を掌握して女帝に近い振る舞いを見せる祖母と母に対してヘリオガバルス帝は何ら意見できず、ただの傀儡でしかなかった。
[編集] 宗教政策
セプティミウス・セウェルス帝の時点でローマ国内には太陽神信仰が流行する傾向にあり[26]、先に述べたように太陽神信仰の一つであるエルガバルを奉じる神官であったヘリオガバルス帝はこれを好機と捉え、エルガバルを古代ローマの多神教における最高神に位置づけるべく「デウス・ソル・インウィクトクス」と尊称させ、天空神ユピテルをも従える存在とした[27]。同時に天空神ユピテルに従うとされていたカピトリヌスの三女神もエルガバルの妻とされ、権威を高めようとした[28]。
更にヘリオガバルス帝は「神々に身を捧げる」という意図から処女を貫かねばならない戒律(ウェスタの処女)を持つ巫女アクウィリア・セウェラとの結婚を認めさせ、「神の子」を生み出そうとした[29]。本来であればウェスタの処女を辱めたものは神の罰を避ける為に生き埋めにされると決められており、ローマにおける宗教的慣例を踏み躙る事を意味した[30]。
独自の宗教政策の果てにヘリオガバルス帝は「ヘリオガバリウム」と呼ばれる巨大なエルガバル神の宮殿をパラティーノの丘に建設させ、故郷エメサから持ち込んだ黒曜石を神具として崇拝させた[14]。歴史家ヘロディアヌスによれば「黒曜石は神界からの賜り物の如く崇拝が行われた」とされ、表面の文様が太陽神エルガバルの姿を描いていると信じられていた[5]。新たなる崇拝における信仰心を示すため、ヘリオガバルス帝自身も割礼を行い[27]、踊り子として祭壇の前で舞う様子を元老院議員に見る事を強要した[14]。民衆は神殿で皇帝が神の賜りとして配る食事を目当てに神殿の祝祭に殺到したと伝えられる[28]。そしてこの祝祭の仕上げに金細工や宝石類で飾り付けた馬引きの戦車に、黒曜石を載せて街中を凱旋させたとヘロディアヌスは記録している。
6頭もの巨大な白馬に引かれた二輪戦車は金銀細工で飾られる絢爛なものだったが、異様にも誰も乗っておらず無人で走らされていた。しかしその周囲には護衛の兵士が併走しており、ちょうど無人の豪華なる戦車に「神が乗っている」事を想定しているようであった。ヘリオガバルス帝はその後ろから神に従うように馬を走らせていた[28]。
ヘリオガバリウムには帝国中の神具や神器が集められ、キュベレー神殿・ウェスタ神殿・神官学校などの宝物品やトロイのパラディウム像やマルスの盾などが持ち込まれた。こうした行為はヘリオガバリウムこそが帝国唯一の聖地となるべきとするヘリオガバルス帝の命令によるものであった[31]。
[編集] 性的倒錯
急進的な宗教政策以上にヘリオガバルス帝を有名足らしめるのは倒錯的かつ退廃した性生活に関する伝承で、そもそも正式な結婚すら4回の離婚と5回の結婚を繰り返している[29]。最初に結婚した相手はユリア・コルネリア・パウラという女性で、同じシリアに領地を持つ有力貴族の娘であることから皇帝即位時に周囲が決めた政略結婚であったと見られる[28]。だがヘリオガバルス帝は早々とパウラと離婚すると、前述したように戒律を破らせてまでウェスタの処女たる巫女アクウィリア・セウェラを手篭めにして再婚した[28]。周囲の批判から程なくアクウィリアとの婚姻を解消した後、三度目の妻として迎えたのはアンニア・アウレリア・ファウスティナであった[28]。彼女はかの賢帝マルクス・アウレリウスの曾孫で、その子であり暴君として暗殺されたコモドゥス帝の大姪であった。これはセウェルス朝の前王家にあたるネルウァ=アントニヌス朝との連続性を主張する政治的意図があったと見られる。
ところがその年の内にまたもや離婚し[29]、今度は事もあろうに奴隷でしかも男性であるヒエロクレスの「妻」として結婚を宣言した[22]。さらに「ローマ皇帝群像」によれば同じく男性の愛人である戦車選手ゾティクスとも結婚したと伝えられている[32]。カッシウス・ディオはヘリオガバルス帝の性的倒錯を記録し、同性愛だけでなく女装癖があったとして実際にその現場を見たとまで記録している。カッシウスは「皇帝は何時しか男を漁る為に酒場に入り浸る習慣を持ち、化粧と金髪の鬘をつけて売春に耽溺した」と批判している[33]。
元老院議員として宮殿に出入りしていたカッシウスは、皇帝が最終的に帝国の中枢である宮殿に客を呼び込んで売春宿にするという醜態まで晒したと記録している。
…遂に皇帝は権威ある宮殿までも自らの退廃の現場とした。宮殿の一室に売春用の場所を用意して、そこを訪れる客に男妾として体を売ったのだ。ヘリオガバルスは売春婦がそうするように裸で部屋の前に立ち、カーテンを掴んで客を待った。そして男が通りかかると哀れを誘うような柔らい声で甘えるのだった[34]。
ヘロディアヌスもこの噂について言及しており、ヘリオガバルス帝は化粧でこうした行為の為に相応しい容貌を得ていたという[28]。売春の一方でヒエロクレスに妻として従い、性転換を行える医師を高額で募集していたとまで言われている[23]。この事からヘリオガバルス帝の性癖について同性愛や両性愛というより、トランスジェンダーの一種として見る論者も多い[35][36]。
[編集] 暗殺
221年、度重なるヘリオガバルス帝の奇行に周囲は耐えかねており[22]、近衛隊も皇帝の異常な狼藉に激しい嫌悪を感じていた[21]。加えて宮殿外でも民衆や元老院が皇帝への不満と怒りを高め、王族内でも影の実力者である祖母ユリア・マエサが孫を見切りつつあったが、共に実権を握っていたヘリオガバルスの母ユリア・ソエミアスは宗教政策を積極的に後押しするなど息子への協力を続けていた[21]。そこでマエサは長女ソエミアスの妹である次女ユリア・アウィタの息子で、もう一人の孫にあたるアレクサンデル・セウェルスを後継者とする計画を立て、ヘリオガバルス帝に従兄弟を養子にするように認めさせた[21]。しかし途中でヘリオガバルス帝は近衛兵隊がアレクサンデルに接近し始めた事から危機感を覚え、養子縁組を取り消した[37]。
ヘリオガバルスは失脚したアレクサンデルを幽閉して、近衛兵達には既に死亡したと伝えて動揺させようとした[37]。だがこれが彼の命取りとなった。近衛隊は動揺するどころが逆に激怒して反乱を起こし、アレクサンデルの生死の確認とその責任を取るように要求した[37]。恐れをなしたヘリオガバルスは慌ててアレクサンデルの生存を発表して、従兄弟を解放した。3月11日に近衛隊の城砦に逃れたアレクサンデルは歓声をもって迎えられ、誰もがヘリオガバルスへの忠誠を続ける事を拒絶した。軍は即座に彼を指導者にして反ヘリオガバルスの軍勢を挙げ、宮殿へと進軍した[37]。
全ての後ろ盾を失ったヘリオガバルスは母ソエミアスと共に反乱軍に捕らえられ、カッシウス・ディオによれば揃って処刑されたと伝えられる。
…怯えたヘリオガバルスは衣類箱の中に隠れて宮殿から逃げようとしたが、あえなく反乱軍に見つけられて広場に引き出された。先に捕らえられていたソエミアスは泣き喚きながら息子に縋りついたが、兵士達は親子をその場で殺害した。ヘリオガバルスとソエミアスの首は切り落とされ、首の無い親子の遺体は裸体で馬に乗せられて市中を引き回された。憎まれた18歳の皇帝の遺体は晒し者にされた後、首と共に川へ投げ出された[38]。
皇帝の死によってエウティキアヌスやヒエロクレスのような取り巻き達は一掃され[38]、エルガバル神も地方の土着信仰へと戻された[39]。女性の元老院への関与も明確に禁止され[25][40]、かつてマクリヌスに課した「名誉の抹殺」を自らも受ける事になった[41]。
[編集] 評価
[編集] ローマ皇帝群像
彼の評伝については、当時の歴史書における常として後に即位した皇帝やその支持者によって誇張された部分があると考えられている。そうした誇張の中で特に有名なのが『ローマ皇帝群像』が主張する「客人に薔薇の山を落として窒息死させるのを楽しんだ」とする噂であり、このエピソードは有名なローレンス・アルマ=タデマの絵画「ヘリオガバルスの薔薇」のモチーフとされている[42]。
現在では『ローマ皇帝群像』における他の評伝と同じく、ヘリオガバルス伝の殆どは信用に値しないと見なされている[43]。そもそも『ローマ皇帝群像』は遥か後年の4世紀頃に編纂された歴史書であり[44]、加えて捏造や創作が非常に多い事で知られている。ヘリオガバルス伝においても当然ながらそうした嘘が含まれていると見るのが自然である[45]。ただし第13節から17節までは例外的に資料的な信憑性が存在すると見られ、現在でも意義を認められている[46]。
[編集] カッシウス・ディオ
同時代の歴史家で、自らも高名な元老院議員として皇帝の動向を知る立場にあったカッシウス・ディオも、『ローマ皇帝群像』ほどではないにせよ退廃や性的倒錯について多くを記録し、厳しい批判を展開している。カッシウスが書き残した『ローマ史』は『ローマ皇帝群像』に比べて遥かに高い信憑性を持ち、帝政中期のローマを知る上での第一の文献として高く評価されている。そうした点を踏まえれば、『ローマ皇帝群像』などの後世における書籍で面白半分に誇張された要素はありつつも、実際にヘリオガバルスが幾分の問題を抱えた人物であった事は動かしがたい。
ただしカッシウスも何ら歴史家として不誠実ではなかったとするのは中立的でない。「ローマ史」の評伝が書かれた時代の多くを彼は現役の元老議員として過ごしたが、それ故に属州総督などの任務で外地に赴いている時間も多かった。彼自身、ローマに滞在していた友人の政治家達からの報告を二次資料として採用している事を認めている。またカッシウスはヘリオガバルス帝の後に即位したアレクサンデル・セウェルス帝を支持しており、その点も加味される必要はある[47]。
[編集] ヘロディアヌス
ヘロディアヌスはカッシウス・ディオと同じ時代の目撃者として記録を残した歴史家で、コモドゥス帝の即位からゴルディアヌス3世の暗殺までを記録した『ローマ人の歴史』を残した。カッシウス・ディオの記録とは必然的に重複してるが、それぞれ別の調査によって記録を残している点で意味を持つ[48]。ヘロディアヌスは宮殿に出入りできる立場でなかったという点でカッシウスに劣るが、その分より中立的に皇帝達の動向を残す事に務めている。彼の関心の多くは性的退廃より宗教政策についてであり、その詳細な内容はエルガバル信仰を調べる上で重要な記録となっており、実際に後の研究[49][50]と考古学的調査で裏付けられている[51]。
[編集] エドワード・ギボン
近代の歴史家で『ローマ帝国衰亡史』で激しくヘリオガバルスを批判した。
ヘリオガバルスの異常な性欲はウェスタの処女を辱め、多くの妻を取り替えただけでは満足しなかった。女装する事に愉悦を覚え、恋人達を有力者にすることで帝国の尊厳を汚し続けた。(中略)…ヘリオガバルスの伝承はある程度脚色された部分を持つだろう。しかしそれを前提にしてもヘリオガバルスは全ての点においてローマ史上最悪の皇帝であった[3]。
ヘリオガバルス、女性の身形と行動を行う女々しさで皇帝の権威を傷つけた最初の男[52]。
[編集] 創作作品
ヘリオガバルスの退廃僻は後世におけるデカダン派の運動で注目された[36]。道徳に欠けた唯美主義者というヘリオガバルスのイメージは、その後も今日に至るまで数多くの創作作品への意欲を生み出した。
[編集] 文学
- 「イリディオン」(1836年、ジクムント・クラシンスキ)
- 「ウィリアム・ウィルソン」 (1836年、エドガー・アラン・ポー)
- 「ル・アゴニエ」 (1889年、ジャン・ロンバード)
- The Sun God (1904), a novel by the English writer Arthur Westcott
- De Berg van Licht (The Mountain of Light) (1905), a novel by the Dutch writer Louis Couperus
- Algabal (1892?1919), a collection of poems by the German poet Stefan George
- The Amazing Emperor Heliogabalus (1911), a biography by the Oxford don John Stuart Hay
- St. Dorothy, a poem by Algernon Charles Swinburne, which refers to the saint's martyrdom under the emperor Gabalus
- 「ヘリオガバルスまたは戴冠せるアナーキスト」 (1934年、アントナン・アルトー)
- The Lottery in Babylon (1941), a short story by Argentine writer Jorge Luis Borges, references a biography, "Life of Antoninus Heliogabalus."
- 「陽物神譚」 (1958年、澁澤龍彦)
- Family Favourites (1960), a novel by the Anglo-Argentine writer Alfred Duggan
- Child of the Sun (1966), a novel by Lance Horner and Kyle Onstott, who were more famous for writing the novel behind the movie Mandingo.
- Super-Eliogabalo (1969), a novel by the Italian writer Alberto Arbasino
- Breakfast of Champions (1973), a novel by Kurt Vonnegut that mistakenly refers to Phalaris, a Sicilian tyrant, as Heliogabalus
- Boy Caesar (2004), a novel by the English writer Jeremy Reed
- Being an Account of the Life and Death of the Emperor Heliogabolus, a 24-hour comic by Neil Gaiman
- Roman Dusk (2008), a novel in the vampire Count Saint-Germain series by Chelsea Quinn Yarbro. In the novel, Heliogabalus has just become Caesar and is depicted on several occasions as the Decadence ensues.
[編集] 絵画
- The Roses of Heliogabalus (1888), by the Anglo-Dutch academician Sir Lawrence Alma-Tadema
- Heliogabalus, High Priest of the Sun (1866), by the English decadent Simeon Solomon, once a close friend of Algernon Charles Swinburne
[編集] 漫画
- Vassalord (2006?), Nanae Chrono's Manga, where the flamboyant main character, Johnny Rayflo (an ancient vampire), is referred to occasionally as "The Confined Elagabalus."
- Being an Account of the Life and Death of the Emperor Heliogabolus (1991), by Neil Gaiman.[53] Published in Cerebus #147 (1991).
- Helioglobolus ? biography in the Swedish anthology Galago, by Simon Gardenfors.
- 「秘身譚」 (2010年、伊藤真美)
[編集] 音楽
- Eliogabalo, an opera by Venetian Baroque composer Francesco Cavalli (1667)
- Heliogabale, an opera by French composer Deodat de Severac which premiered in 1910
- Heliogabalus Imperator (Emperor Heliogabalus), an orchestral work by the German composer Hans Werner Henze (1972)
- Eliogabalus, an album by rock band Devil Doll (1990)
- Six Litanies for Heliogabalus, by the composer and saxophonist John Zorn (2007)
- Elagabalus (as Heliogabalus) is mentioned in the "Major-General's Song" from the Gilbert and Sullivan opera The Pirates of Penzance: "I quote in elegiacs all the crimes of Heliogabalus."
- Heliogabale, a french rock band, a French rock band which has released five albums since 1995, among them "the full mind is alone the clear" recorded by Steve Albini in 1997
- Heliogabalus, a song by Momus from his 2001 album Folktronic, in which the narrator defends Heliogabalus, saying he "wasn't to blame" for the "deaths he caused"
[編集] 演舞
- Heliogabale, a contemporary dance choreographed by Maurice Bejart
[編集] 映画
- Heliogabale, a 1909 silent film by the French director Andre Calmettes
- Heliogabale, ou L'orgie romaine, a 1911 silent short by the French director Louis Feuillade
[編集] 演者
- Mencken, H.L. and Nathan, George Jean. Heliogabalus A Buffoonery in Three Acts. New York: Alfred A. Knopf, 1920.
- Elagabalus, Emperor of Rome (2008), a play by the American dramatist Shawn Ferreyra, which premiered in San Francisco, California, January 18 through February 2, 2008
- Escobar, C.H. de. "Heliogabalo: O SOL E A PATRIA". Ed. Devir. Rio de Janeiro. 1989.
- Gilbert, S. Heliogabalus: A Love Story. Toronto, Cabaret Theatre Company, 2002.
[編集] 語源
- The Spanish word heliogabalo[54] means "person overwhelmed by gluttony".
[編集] 出典
- ^ In Classical Latin, Elagabalus' name would be inscribed as MARCVS AVRELIVS ANTONINVS AVGVSTVS.
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[編集] 資料
[編集] 主要資料
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[編集] 副次的資料
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- Birley, Anthony (1976). Lives of the Later Caesars. Harmondsworth: Penguin. ISBN 0-14-044308-8.
- Di Blasio, Jan Claus (2008年). “Reign of Vanity: Elagabalus, the Sun-God emperor”. 2008年12月1日閲覧。
- Grant, Michael (1997). The Roman Emperors. Barnes & Noble. pp. 126?130. ISBN 0-7607-0091-5.
- Gualerzi, Saverio (2005). Ne Uomo, Ne Donna, Ne Dio, Ne Dea: Ruolo Sessuale E Ruolo Religioso Dell'imperatore Elagabalo. Bologna: Patron. ISBN 88-555-2842-4.
- Halsberghe, Gaston H. (1972). The Cult of Sol Invictus. Leiden: Brill. p. 36.
- Icks, Martijn (2008). Images of Elagabalus. Nijmegen: Radboud Universiteit. ISBN 978-90-902367-9-7.
- Martijn Icks, "Heliogabalus, a Monster on the Roman Throne: The Literary Construction of a 'Bad' Emperor," in Ineke Sluiter and Ralph M. Rosen (eds), Kakos: Badness and Anti-value in Classical Antiquity (Leiden/Boston: Brill, 2008) (Mnemosyne: Supplements. History and Archaeology of Classical Antiquity, 307),
[編集] 伝記
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- Hoeber, Karl (1910). “Heliogabalus”. Catholic Encyclopedia. VII 2008年5月3日閲覧。.
[編集] 画像
- Wildwinds coin archive: Elagabalus. Large archive of ancient Roman and provincial coins bearing the image of Elagabalus. Retrieved on 2008-05-03.
- Coinarchives coin archive: Elagabalus. Large archive of ancient Roman and provincial coins issued under Elagabalus, including coins of family members. Retrieved on 2008-05-03.
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