モーリス・ベジャール
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モーリス・ベジャール(Maurice Béjart, 1927年1月1日 - 2007年11月22日)は、フランスのバレエの振付家。マルセイユに生まれる。
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[編集] 略歴
14歳から体操を始め、数々のバレエカンパニーを渡り歩きながら振付を始める。処女作は1950年スウェーデン映画『火の鳥』の振付だった(舞台版とは異なる)。1951年にクルベリバレエ団に入団するが、翌年兵役のため帰国。
1954年にジャン・ローランとともにエトワール・バレエ団(1957年にバレエ・テアトル・ド・パリに改称)を結成。
1959年に鹿の交尾に想を得た『春の祭典』が成功を収め、翌1960年にはベルギーの支援を得て20世紀バレエ団を結成する。この年発表した『ボレロ』は、ディスカ・シフォニスが海から上がってくる様子を見て彼女のために振付けたといわれている。円卓の上でソリストが旋律を踊り、群舞がそれを取り囲むようにリズムを踊るこの作品は、ジョルジュ・ドンがメロディを踊ったクロード・ルルーシュ監督映画『愛と哀しみのボレロ』で不朽の名声を得る。
1987年に本拠をスイス・ローザンヌに移し、ベジャール・バレエ・ローザンヌを創立。哲学家の父の影響か、東洋の思想や日本文化への関心も高く、東京バレエ団に三島由紀夫をテーマにした『M』、『仮名手本忠臣蔵』を下にした『ザ・カブキ』などを振付けている。歌舞伎役者とも積極的に交流した。
2002年には自身が設立したルードラ・バレエスクールの若手によるカンパニーMを結成。 同年ドキュメンタリー映画『ベジャール・バレエ・リュミエール』が制作された。
1993年、第5回高松宮殿下記念世界文化賞を受賞。
2007年11月22日、スイス・ローザンヌの病院で死去。80歳。
[編集] 主な作品
- 1955年 : 孤独な男のためのシンフォニー(パリ)
- 1957年 : 3人の為のソナタ(エッセン)
- 1958年 : オルフェ(リエージュ)
- 1959 : 春の祭典(ブリュッセル)
- 1961 : ボレロ(ブリュッセル)
- 1964 : 第九交響曲(ブリュッセル)
- 1966 : ロミオとジュリエット(ブリュッセル)
- 1967 : 現在のためのミサ(アビニョン)
- 1968 : バクティ(アビニョン)
- 1972 : ニジンスキー、神の道化(ブリュッセル)
- 1975 : Pli selon pli(ブリュッセル)
- 1975 : 我々のファウスト(ブリュッセル)
- 1977 : ペトルーシュカ(ブリュッセル)
- 1980 : Eros Thanatos (Athènes)
- 1982 : Wien, Wien, nur du allein(ブリュッセル)
- 1983 : 未来のためのミサ(ブリュッセル)
- 1986 : ザ・カブキ(東京)
- 1987 : レニングラードの思い出(ローザンヌ)
- 1988 : ピアフ(東京)
- 1989 : 1789... そして私たち (Paris)
- 1990 : ピラミッド(カイロ)
- 1991 : Tod in Wien (Vienne)
- 1992 : La Nuit(ローザンヌ)
- 1993 : M(東京)
- 1994 : 中国の不思議な役人(ローザンヌ)
- 1995 : À propos de Shéhérazade(ベルリン)
- 1997 : Le Presbytère... (Paris)
- 1999 : La Route de la soie(ローザンヌ)
- 2000 : 少年王(ヴェルサイユ)
- 2001 : タンゴ (Gênes)
- 2001 : Manos(ローザンヌ)
- 2002 : Mère Teresa et les enfants du monde
- 2003 : Ciao Federico en hommage à Fellini
- 2006 : ダンスの愛
- 2006 : ツァラトゥストラ
- 2006 : ダンサーの生涯
- 2007 : 80分間世界一周
[編集] バレエカンパニー
- ベジャールバレエ・ローザンヌ(1987-)
[編集] 関連項目
- ジョルジュ・ドン(バレエダンサー)
- シルヴィ・ギエム(バレエダンサー)
- 小林十市(バレエダンサー)
- 首藤康之(バレエダンサー)
- 森下洋子(バレエダンサー)
- 広田 久美(広田レオナ)(元バレエダンサー)
[編集] 外部リンク
- Béjart Ballet Lausanne
- メトロポール・ホテル、ブリュッセル:ベジャールの名にちなんだスイートルームがある。

