シュテファン・ゲオルゲ

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シュテファン・ゲオルゲ

シュテファン・アントン・ゲオルゲ(Stefan Anton George、1868年7月12日 - 1933年12月4日)は、ドイツの詩人。ドイツ詩における象徴主義を代表する人物である。

1868年ライン川湖畔のビンゲンに近いビューデスハイムに生まれる。父は旅館業、のち葡萄酒の仲買人であり、経済的には恵まれた環境で育った。ダルムシュタットギムナジウムに学び、この頃から詩作を試みる。ギムナジウム卒業後はすぐには大学へ行かず、1年ほどスイス、イタリア、パリ、スペイン各地を放浪。パリ滞在中マラルメに会い、象徴主義的詩風を確立する上で多大な影響を受けた。ベルリン大学で学んだ後1902年に『芸術草紙』を創刊、芸術至上主義に共感するホーフマンスタールなどの同志が集まりゲオルゲ派とも呼ばれた(ただしホーフマンスタールとの関係は1906年に決裂している)。1902年、14歳の美少年マクシミリアン・クローンベルガーを知る。1904年に死去したこの青年は「マクシミーン」という名で神格化され彼の詩の中に登場している。

生涯にわたり定住せずヨーロッパ各地を放浪する生活を送った。よく知られている詩集に『魂の四季』(1987年)『生の絨毯』(1900年)などがある。

1933年に政権をとったナチスはゲオルゲの選民的とも見える思想を利用しようとしたが、ゲオルゲはそれを避けるようにドイツを去り、同年12月にロカルノの地で病没した。弟子の一人に後にアドルフ・ヒトラー暗殺計画の首謀者となったクラウス・フォン・シュタウフェンベルク伯爵がいる。

日本語訳[編集]

  • ゲオルゲ詩集(手塚富雄訳、岩波文庫、1972年)
  • ゲオルゲ全詩集(富岡近雄訳、郁文堂、1994年)
  • 生の絨毯(ゲオルゲ研究会訳、東洋出版、1993年)
  • 魂の四季(西田英樹訳、東洋出版、1993年)

参考文献[編集]

  • 手塚富雄『ゲオルゲとリルケの研究』岩波書店、1960年