あやなみ型護衛艦

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あやなみ型護衛艦
JS Ayanami (DD-103).png
艦級概観
艦種 対潜護衛艦(DDK)
建造期間 1956年 - 1960年
就役期間 1958年 - 1990年
前級 DD:はるかぜ型護衛艦
次級 DDK:やまぐも型護衛艦
性能諸元
(前期型建造時)
排水量 基準:1,700トン
常備:2,200トン弱
全長 109メートル (358 ft)
全幅 10.7メートル (35 ft)
深さ 8.1メートル (27 ft)
吃水 3.6メートル (12 ft)
機関 ボイラー (30kgf/cm², 400℃) 2缶
蒸気タービン(17,500ps 2基
推進機 2軸
速力 最大32ノット
乗員 220名
兵装 50口径3インチ連装速射砲 3基
Mk.15ヘッジホッグ対潜迫撃砲 2基
55式爆雷投射機(Y砲) 2基
Mk.2短魚雷落射機 2基
55式53cm4連装魚雷発射管 1基
GFCS Mk.63 2基
レーダー AN/SPS-12 対空捜索用 1基
OPS-5 水上捜索用 1基
ソナー AN/SQS-11 捜索用
AN/SQS-4 捜索用 (33DD)
1基
AN/SQR-4/SQA-4 攻撃用
OQY-1 攻撃用 (33DD)
1基
OQA-1A 可変深度式 (一部艦) 1基
ESM AN/BLR-1 (32・33DD)
NOLR-1 (30DD)
一式

あやなみ型護衛艦(あやなみがたごえいかん、英語: Ayanami-class destroyer)は、海上自衛隊が運用していた護衛艦(当初は警備艦)の艦級である。

砲熕兵器を減じて対潜戦能力に重点を置いており、対潜護衛艦(DDK; Kはhunter-Killerの意)と称される。第1次防衛力整備計画の前後、1955年(昭和30年)度計画から1958年(昭和33年)度計画にかけて7隻が建造され、対潜兵器を若干減じて砲熕兵器を強化した初代むらさめ型(30DDA)とともに配備された。その後、1980年代中盤より退役を開始し、1990年までに運用を終了した。

船体[編集]

第二次世界大戦後初の国産護衛艦はるかぜ型(28DD)が戦後10年近い技術的空白を埋めるべく旧海軍アメリカ海軍の技術を参考としたのに対し、あやなみ型は新しい技術を盛り込んだ設計となっていた。設計にはF-102の基本計画番号が付与され、旧海軍の技術者を中心に組織されて警備隊時代より技術研究本部を補完してきた外部組織である財団法人船舶設計協会がこれにあたった[1]

船型は、艦内容積、復原性能の増大、軽量化を図りつつ、風圧面積を減らすために長船首楼船型を採用した。長船首楼船型は、前部と後部の段差の接続部の強度が弱点となってしまうが、前部と後部の接続部を緩やかな傾斜(約13度)を付けた連続した甲板とすることでその問題を解決している。この傾斜甲板は就役後、乗員から「オランダ坂」と呼ばれ通行等の不便さから不評をかったが、設計上は優れたものであったため、むらさめ型あきづき型にも採用された[2]。艦内容積は、はるかぜ型と比して約2割程、乗員一人あたりの居住区画面積がはるかぜ型の1.74m²から2.21m²に増加しており、乗員の居住性向上が図られている。また時代に対応して、警備艦として初めて放射能洗浄装置が設置されている[1]

機関[編集]

機関は28DDと同じく蒸気タービン方式を採用したが、テストの意味合いを込めて各艦に各々異なるものが搭載されており、本型7隻に対して主ボイラーが4型式、タービンは5型式に及ぶ。蒸気性状は28DDと同じく圧力30kgf/cm²(426.7psi)、温度400℃だが、蒸気発生量は「あやなみ」から「うらなみ」の3隻が73トン/時、「しきなみ」以降の4隻は75トン/時に増強されている。タービンの型式は、「いそなみ」のみが「ゆきかぜ」(28DDの2番艦)と同型式の2胴衝動・反動型だが、これ以外の6隻では3胴衝動型とされている。手動嵌脱式の巡航タービンは信頼性に欠ける部分があったことから、「あやなみ」では初めて自動嵌脱式が採用され、「うらなみ」以降では米海軍に倣って直結式とされた。機関配置は、先行するはるかぜ型のものを踏襲したシフト配置とされており、前側の機関が左軸、後側の機関が右軸を駆動している[3]

最大速力は用兵者側が最低でも32ノットを強く要求したため、32ノットとされた。これは、船団護衛中に敵潜水艦を発見した場合、目標に急速接近、攻撃するためにこの程度は必要とされていたためである。

装備[編集]

本型は、1955年(昭和30年)度計画艦4隻の後、むらさめ型3隻を挟んで1957年(昭和32年)度、1958年(昭和33年)度計画艦3隻の計7隻が建造された。30年度計画艦が前期型、32・33年度計画艦が後期型と呼ばれ、電子装備などが若干異なる。

センサー[編集]

対空捜索レーダーとしては、前期型においては、はるかぜ型で搭載されたアメリカ製のAN/SPS-6の軽量化・改良型であるAN/SPS-12を搭載した。また後期型では、これらをもとに国産化されたOPS-1が搭載されている[4]

ソナーとしては、当初はAN/SQS-11を装備していたが、33年度計画艦では新型のAN/SQS-4 mod.1が搭載された[5]。AN/SQS-4は従来のQHシリーズ(AN/SQS-11など)をもとに発展させて開発され、8〜14キロヘルツの周波数を使用し、探知距離4600メートルを狙ったものであり、米海軍ではディーレイ級護衛駆逐艦より装備化された[6]。これらの捜索ソナーとは別に、攻撃用ソナーも搭載されている。なお、のちに一部艦ではさらにAN/SQS-31(AN/SQS-4 mod.3)に換装したほか、可変深度ソナー(VDS)として、1965年(昭和40年)から1967年(昭和42年)にかけて、「あやなみ」「いそなみ」「たかなみ」にOQA-1A(アメリカ製AN/SQA-10の国産化版)が後日装備された[7]

電子戦支援用の電波探知装置(ESM)としては、アメリカ製のAN/BLR-1の装備を計画したものの、貸与が遅れたことから、前期建造艦はESM装置を搭載せずに就役し、後期建造艦のみがこれを搭載した。前期建造艦については、初の本格的な国産機であるNOLR-1が後日搭載されている[1][4]

武器システム[編集]

主砲としては、新世代のアメリカ製速射砲であるMk.33 50口径3インチ連装速射砲を初採用しており、前部に2基背負い式で、後部に1基の計3基を搭載した。本砲は後にライセンス生産も行なわれ、1974年(昭和49年)度計画艦に至るまでの各艦種、計44隻に搭載された。砲射撃指揮装置(GFCS)としては28DD40mm機銃用として搭載されたのと同系列のMk.63が使用されるが、その射撃指揮レーダーは新型のAN/SPG-34に更新された。AN/SPG-34は2・3番砲塔に設置されていた[8]

対潜迫撃砲としては、新世代のロケット砲であるアメリカ製のウェポン・アルファイギリス製のスキッドの装備を計画したものの、これは実現せず、従来どおりのヘッジホッグを旋回式に改良したMk.15が艦橋前に搭載されることとなった。前部の主砲が背負い式に搭載されるという、護衛艦では珍しい形式を取っているのはその名残であり、仮に新世代対潜迫撃砲の後日装備が実現した場合には2番砲塔を撤去し、ここに設置する予定であった。また海自としては初めて、483mm径のMk.32短魚雷が導入され、各4発装填可能なMk.2落射機が両舷に設置されている。この他、従来通りの爆雷投射機(Y砲)、爆雷投下軌条も搭載された[1]。また、砲の小口径化に伴う砲撃戦力の弱体化を補うため、対水上用として53cm4連装魚雷発射管HO-401を装備しており、後部煙突の両脇に予備魚雷(国産開発の54式魚雷3型)が置かれていた。なお、のちに短魚雷落射機は、324mm径のMk.44短魚雷(後にMk.46)を使用する68式3連装短魚雷発射管に換装されている[7]

運用[編集]

あやなみ型は就役後、ワークホースとして長年護衛艦隊を支えた。兵装は、就役時からやや物足りないものであったが、退役するまで大きな変更が加えられることは無かった。旧式化が進行すると、代艦としてはつゆき型が建造されることとなり、はつゆき型の配備が進行すると同時に特務艦や練習艦に転用された後、除籍されていった。

同型艦一覧
艦番号 艦名 建造 起工 進水 竣工 除籍
DD-103 あやなみ 三菱重工業
長崎造船所
1956年
(昭和31年)
11月20日
1957年
(昭和32年)
6月1日
1958年
(昭和33年)
2月12日
1986年
(昭和61年)
12月25日
DD-104 いそなみ 新三菱重工業
神戸造船所
1956年
(昭和31年)
12月14日
1957年
(昭和32年)
9月30日
1958年
(昭和33年)
3月14日
1987年
(昭和62年)
7月1日
DD-105 うらなみ 川崎重工業
神戸工場
1957年
(昭和32年)
2月1日
1957年
(昭和32年)
8月29日
1958年
(昭和33年)
2月27日
1986年
(昭和61年)
12月25日
DD-106 しきなみ 三井造船
玉野造船所
1956年
(昭和31年)
12月24日
1957年
(昭和32年)
9月25日
1958年
(昭和33年)
3月15日
1987年
(昭和62年)
7月1日
DD-110 たかなみ 1958年
(昭和33年)
11月8日
1959年
(昭和34年)
8月8日
1960年
(昭和35年)
1月30日
1988年
(昭和63年)
3月24日
DD-111 おおなみ 石川島重工業
東京工場
1959年
(昭和34年)
3月20日
1960年
(昭和35年)
2月13日
1960年
(昭和35年)
8月29日
1990年
(平成2年)
3月23日
DD-112 まきなみ 飯野重工業
舞鶴造船所
1959年
(昭和34年)
3月20日
1960年
(昭和35年)
4月25日
1960年
(昭和35年)
10月28日

参考文献[編集]

  1. ^ a b c d 香田洋二「国産護衛艦建造の歩み 第5回」、『世界の艦船』第778号、海人社、2013年5月、 146-153頁、 NAID 40019640953
  2. ^ 「1.船体デザイン (護衛艦の技術的特徴)」、『世界の艦船』第742号、海人社、2011年6月、 100-105頁、 NAID 40018815744
  3. ^ 阿部 安雄「護衛艦の技術的特徴 - 2.推進システム」、『世界の艦船』第742号、海人社、2011年6月、 106-111頁、 NAID 40018815745
  4. ^ a b 多田智彦「4 レーダー/電子戦機器 (海上自衛隊の艦載兵器1952-2010)」、『世界の艦船』第721号、海人社、2010年3月、 100-105頁、 NAID 40016963809
  5. ^ 「3.水雷兵器 (海上自衛隊の艦載兵器1952-2010)」、『世界の艦船』第721号、海人社、2010年3月、 94-99頁、 NAID 40016963808
  6. ^ 多田 智彦「3. 兵装 (アメリカ護衛艦の技術的特徴)」、『世界の艦船』第653号、海人社、2006年1月、 130-135頁、 NAID 40007060042
  7. ^ a b 「日本のデストロイヤー発達史 - 海上自衛隊創設後の歩み」、『世界の艦船』第742号、海人社、2011年6月、 91-97頁、 NAID 40018815742
  8. ^ 坂田 秀雄「海上自衛隊FCSの歩み」、『世界の艦船』第493号、海人社、1995年3月、 70-75頁。

関連項目[編集]