QH-50 DASH

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QH-50 DASH

QH-50C DASH

QH-50C DASH

DSN-1 / QH-50 DASH英語: Drone Anti-Submarine Helicopter)は、アメリカ海軍がかつて運用していた無人対潜ヘリコプターである。

概要[編集]

ジャイロダイン社製の無線操縦式小型無人ヘリコプターで、本機を搭載することで、有人のヘリコプターを搭載するには小さすぎる水上艦でも、遠距離の敵潜水艦を攻撃できるようになった。

しかし、対応できる任務に限りがある上に事故が多く、アメリカ軍では1969年に運用を中止した。海上自衛隊でも運用されており、現場の評価は高かったが、アメリカ軍での運用中止によって修理部品などの供給が滞るようになり、1977年に退役した。

開発[編集]

DASHは、1950年代に行われたFRAM(Fleet Rehabilitation and Modernization:艦隊近代化計画)の最重点として開発された。これは、急速に進歩するソビエト海軍潜水艦に対処できるよう、第二次世界大戦中または直後に就役したアメリカ海軍の駆逐艦護衛駆逐艦を改修するもので、ソナーの改修と対潜攻撃兵器の強化が行われた。この際に、ソナーの有効距離内ではあるが、アスロックなどの対潜前投兵器の射程よりは遠距離にいる敵潜水艦を攻撃できる兵器システムが求められた。

FRAM改修を受けたギアリング級駆逐艦エヴァソール)後部砲塔と後部煙突の間にDASH用の飛行甲板と格納庫が設置されている

FRAMで改修対象となる艦船(フレッチャー級駆逐艦アレン・M・サムナー級駆逐艦ギアリング級駆逐艦)は、いずれも当時対潜ヘリコプターとして運用されていたHSS-1の運用設備(飛行甲板や格納庫)を設置できる余裕はなかった。DASHは、これらの艦にも設置できるほど小規模な設備で運用でき、かつ短魚雷核爆雷を投射できる無人航空機として開発されることとなった。

ジャイロダイン社は1950年代半ばより、アメリカ海兵隊による小型偵察ヘリコプターの要求を受けて、「ローターサイクル」と称する超小型の有人ヘリコプターとしてXRONを開発しており、これがDASHの原型となった。XRONは、小さな面積で離着陸が可能なように同軸反転ローターを採用しており、極めて小型のヘリコプターであった。同軸反転ローターは運動性を制限するが、この特性は、無人機としてはむしろ望ましいものであった。DASHとして改造するにあたり、座席および操縦装置にかわって魚雷を搭載するように変更され、また、エンジンは最終的にターボシャフト化された。

初期のモデルであるDSN-1/QH-50AはXRONを無人化し、1基のポルシェ社製4気筒YO-95-6ピストン・エンジン(72hp)を搭載したもので、Mk 46短魚雷1発を搭載することができた。これに続くDSN-2/QH-50Bは双発化され、Mk 43短魚雷1発を搭載できた。

DASHの量産型は、これらに続く3番目のモデル、DSN-3/QH-50Cであった。これは、より強力で性能的にも優れたボーイング社製T50-4ターボシャフ・トエンジン(255hp)を単発に配し、ペイロードもMk 44短魚雷2発に増えた。1966年に生産が終了するまでに、378機のQH-50Cが生産された。

その後、エンジンを強化すると共に、ファイバーグラス製のローターブレードを採用、燃料容量も増加させた改良型としてQH-50Dが開発され、1965年4月に初飛行したのち、1966年1月より生産が開始された。エンジンはボーイング社製T50-12ターボシャフト・エンジン(365hp)の単発配置となっており、また、10キロトンのW-44核弾頭を搭載したMk 17核爆雷を搭載することができた。

1968年より、さらに強力なT63シリーズのエンジンを搭載したYQH-50E, QH-50F, QH-50Hが開発されたが、いずれも生産には至らなかった。

運用[編集]

短魚雷2発を搭載するQH-50C DASH

1950年代から1960年代にかけてアメリカ海軍は、遠距離においてはDASH、中距離ではアスロック、近距離では魚雷という、三段構えの対潜火網を構築していた。この運用思想に基づき、DASHは計画当初に目的としていたFRAM艦のみならず、ブロンシュタイン級フリゲートガーシア級フリゲート(および派生したブルーク級ミサイルフリゲート)、ノックス級フリゲートなどの対潜護衛駆逐艦/フリゲートにも搭載されて運用された。これは、遠距離の対潜攻撃には有人の対潜ヘリコプターを使用するという西欧諸国海軍の方針とは異なるものであった。

DASHシステムには2基の操縦装置があり、1基は飛行甲板、1基はCICに配置されていた。飛行甲板の操縦装置は離着陸を、CICの操縦装置は目標までの飛行と攻撃を担当した。CICの操縦装置は半自動操縦とレーダーを援用していたが、機体を見ることができず、高度も把握できなかったので、しばしば機体は失われた。このため、計画の後期において、DASHは実験的にビデオ・カメラを搭載し、良好な結果を得た。

また、荒天での着艦支援(計画ではシーステート5まで対応)のため、着艦拘束装置が開発されたものの、最終的に、このような海象状況では目標となる敵潜水艦もミサイルを発射できないとの判断から配備はなされなかった。

QH-50Cは、Mk 46短魚雷2発を搭載した状態で40km進出し、潜水艦を攻撃することができた。DASHはしばしば消耗品であったので、部品はいずれも商用オフザシェルフ化されていた。操縦は複数チャンネルのアナログFMによって行なわれた。

1969年、DASH計画は中止された。アメリカ海軍が公表した公式な理由は運用損失の多さであったが、製造業者は、ベトナム戦争の戦費負担と対潜任務の比重低下によるものであると主張している。運用中止後も、DASHの一部機体はビデオ・カメラの搭載などの改修を受けて、ベトナム戦争中にも測的任務や偵察任務を遂行していた。また、2006年においても、少数の機体が標的の曳航などのため、ホワイトサンズ・ミサイル実験場で運用を継続している。DASHが計上した膨大な運用損失のうち、80%は電子機器の故障によるもので、10%が操縦ミス、残る10%が機体やエンジンのトラブルによるものであった。

海上自衛隊は、たかつき型護衛艦およびみねぐも型護衛艦に搭載するため、20機のDASHを運用していた。現場の評価は高かったが、アメリカ軍での運用中止によって修理部品などの供給が滞るようになり、1977年に退役した。

DASHの運用中止を受けて、アメリカ海軍は、DASH搭載艦に航空運用能力を付加するため、LAMPS(Light Airborne Multi-Purpose System、軽空中多目的システム)の開発を開始した。これはDASH用設備でも運用可能な小型のヘリコプターを使用するもので、1970年にはSH-2Dを使用するLAMPS Mk Iの配備が開始された。

一方、海上自衛隊はみねぐも型護衛艦のDASH運用設備はアスロックに換装、たかつき型護衛艦では後にシースパロー艦対空ミサイルなどに換装され、汎用護衛艦での航空機の運用ははつゆき型護衛艦までなされなかった。

派生型[編集]

DSN-1
1つめの前生産型。9機が製作された。1962年の三軍統一命名法施行に伴い、QH-50Aと改称。ポルシェ社製4気筒YO-95-6ピストン・エンジン(72hp)の単発。
DSN-2
2つめの前生産型。3機が製作された。1962年の三軍統一命名法施行に伴い、QH-50Bと改称。ポルシェ社製4気筒YO-95-6ピストン・エンジン(72hp)の双発。
DSN-3
1つめの量産型。373機が製作された。1962年の三軍統一命名法施行に伴い、QH-50Cと改称。ボーイング社製T50-8ターボシャフト・エンジン(255hp)の単発。
QH-50D
2つめの量産型。377機が製作された。エンジンがボーイング社製T50-12ターボシャフト・エンジン(365hp)に強化され、ファイバーグラス製のローターブレードを採用、燃料容量も増加している。

スペック[編集]

機体の仕様

  • エンジン:ボーイング社製T50-8 (QH-50C), T50-12 (QH-50D)
  • 全長 (ローター除く):3.94m (QH-50C), 2.33m (QH-50D)
  • 全幅 (ローター除く):1.60m (QH-50C/D)
  • ローター径:6.10m (QH-50C/D)
  • 全高:2.96m (QH-50C/D)
  • 全備重量:1030kg (QH-50C), 1060kg (QH-50D)

機体の性能

  • 最大速度:148km/h (QH-50C/D)
  • 戦闘行動半径:52km (QH-50C), 74km (QH-50D)
  • 上昇速度:145m/min
  • 実用上昇限度:4940m (QH-50C), 4790m (QH-50D)

参考文献[編集]

  • Andreas Parsch (2004年4月28日). “Gyrodyne QH-50 DASH (HTML)” (英語). 2009年1月14日閲覧。
  • 酒井三千生「護衛駆逐艦小史」『世界の艦船』1980年3月号、90-103頁

関連項目[編集]