ベル ヒューイ

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ベル ヒューイ・ファミリーは、アメリカ合衆国ベル・ヘリコプター社によって開発された中型ヘリコプターのファミリー。1950年代、ベル 204がUH-1としてアメリカ軍に採用されたのを皮切りに、西側諸国で次々に採用され、もっとも多用される汎用ヘリコプターとなった。

概要[編集]

ヒューイ・ファミリーは、西側諸国のヘリコプターとしては最大となる、10,000機以上の生産数を誇る汎用ヘリコプターである。後方スライド式大型ドアをキャビン両側に持ち、その後に燃料タンク、その真上にタービンエンジンというタービンヘリの標準形を作り上げた機体と言える。

ローターはベル社伝統の安定棒付き2枚ブレードを装備しており、これはモデル 412および450以外のすべての機体で踏襲されている。この方式の場合、ローターヘッド形式が半関節型のために、マイナスGによる機動制限がある。これは、強いマイナスGのかかる機動では、ローターヘッドが浮き上がりマストが破壊されるマストバンピングが発生するため。急激な頭下げ動作や、起伏の激しい山の稜線に沿って飛ぶ機動が制限されるという側面もある。

一般的によく使われる愛称の「ヒューイ」は、アメリカ陸軍での部隊配備当初の型番HU-1の1を英文字のIと見做し「HUI=ヒューイ」と読んだことに由来する。但し、正式な愛称はイロコイ(Iroquois)で、アメリカ州の先住民族イロコイ族にちなむ。

単発型[編集]

204シリーズ[編集]

204[編集]

1955年、アメリカ陸軍による汎用ヘリコプターの開発要求に応じる形で開発されたのが、社内呼称モデル 204であり、これがのちにヒューイ・ファミリーの基本型となった。試作機はXH-40の仮制式名を付与され、1956年10月20日に初飛行した。XH-40が3機製作されたところで、運用試験を目的としたYH-40に切りかえられ、こちらは6機が製作された。

1959年6月30日より、前生産型のHU-1の引き渡しが開始された。HU-1が9機製作されたところで、生産は全規模生産型のHU-1Aに切りかえられ、1961年の生産終了までに183機が製作された。

204B[編集]

アメリカ陸軍は、HU-1Aの運用実績をもとに、ベル社に対して改善要求を行なった。これに応じて、モデル 204を元に、胴体を若干延長するとともにエンジンを換装した発展型として開発されたのがモデル 204Bであり、1960年9月より生産を開始した。モデル 204Bは、米陸軍においてはHU-1Bとして制式化され、1961年3月より引き渡しが開始された。なお、1962年の命名法変更に伴い、HU-1BはUH-1Bと改称された。また、米海兵隊においても準同型機が採用され、これはUH-1Eとして制式化された。モデル 204Bは合計で1033機が生産された。

モデル 204Bは、兵員 7名か担架 3基、貨物であれば1,360 kg(3,000 lbs)を搭載できた。エンジンとしては、UH-1B初期型はT53-L-5(出力 716 kW / 960 shp)、UH-1B後期型およびUH-1EはT53-L-9/11(出力 821 kW / 1,100 shp)を搭載していた。また、のちにUH-1Eの一部は、UH-1Cと同様のT53-L-13にエンジンを換装した。

また、モデル 204Bを元に、2種類のマイナーチェンジ型が開発された。一つは空軍向けのUH-1Fで、これは、モデル 204Bのエアフレームをもとにして、エンジンをHH-3Eと共通のGE T58(出力 1,250 hp / 932 kW)に換装したものであった。

武装攻撃用途に対応したマイナーチェンジ型としてUH-1Cも開発された。UH-1Cは、UH-1B後期型に準じており、エンジンとしては全機がT53-L-11を搭載しているほか、新型のモデル540ローター・システムが採用された。のちに、エンジンをT53-L-13(1,000 kW / 1,400 shp)に換装したUH-1Mが開発されたが、これはモデル 204シリーズの最終発達型となった。

AB-204[編集]

イタリアのアグスタ社は、1961年より、ベル社からのライセンスを受けて欧州での生産・販売を行なった。アグスタ社による生産型はAB-204と呼称されており、各国の運用要求に応じて、様々なカスタマイズ型が存在する。エンジンとして、オリジナルのライカミング T-53だけでなく、GE T58(あるいはそのイギリス版であるロールス・ロイス グノーム)を搭載した機体も製作された。また、哨戒ヘリコプター型として、AB-204ASも開発され、イタリア海軍、スペイン海軍、トルコ海軍で採用された。AB-204ASは、アメリカ海軍HSS-1 (SH-34)と同様に、ハンター・キラー戦術によって運用された。

205シリーズ[編集]

205[編集]

モデル 204をもとに、胴体を延長するなどの改設計を施した発展型として、ベル社が開発したものがモデル 205であり、基本的には、UH-1B後期型を元に胴体を40cm延長した設計となっている。

これは1960年に米陸軍に対して提示され、同年7月、試作機としてYUH-1D 7機を生産する契約が締結された。モデル 205は1961年8月16日に初飛行し、1963年8月より、UH-1Dとして米陸軍での運用を開始した。UH-1Dは、UH-1B後期生産型やUH-1Cと同じく、エンジンとしてはT53-L-11を搭載しており、兵員なら12〜14名、貨物なら1,800 kg (4,000 lbs) を搭載することができた。このことから、UH-1Dの就役後は、軽輸送用途には主としてこちらが充当され、従来使用されてきたモデル 204シリーズは武装攻撃用途に回されることとなった。ただしベトナム戦争に投入された機体においては、ドアガンと装甲板が追加装備されたこともあり、収容能力は兵員 7〜8名相当まで減じていた。

また、エンジンを新型で強力なT53-L-13(出力 1,044 kW / 1,400 shp)に換装したモデル 205A-1も開発され、これはUH-1Hとして制式化された。UH-1Hは1967年から生産に入り、既存のUH-1Dも順次に-1H仕様に改修された。UH-1Hはモデル 205の決定版となり、米陸軍では合計で3,573機を調達し、また海外向けに1,372機が製造されたほか、海外でもライセンス生産が行なわれた。

205B / アドバンスト205B[編集]

モデル 205B-2 / UH-1J

1970年代後半、モデル 205をもとに、ベル 212のローター・ブレードと機首部、出力を1,500 hp (1118 kW)に増強したライカミング T53-L-17エンジンを搭載した改良型として、モデル 205Bが開発された[1]。これは、乗客数はモデル 205と同数の14名であったが、動力系が強化されたことから、貨物搭載量は、機内で10,500ポンド (4,800 kg)、機外で11,200ポンド (5,100 kg)に増加していた。ただし、ベトナム戦争終結に伴って、従来型のベル 205が余剰化したこともあり、モデル 205Bは5機が製作・販売されたのみであった。

1980年代、モデル 205Bと同様の改良型として、モデル 205B-2 / アドバンスト205Bの開発が開始された。この開発計画は、モデル 205のライセンス生産を行なっていた富士重工業が主導する形で進められ、事実上日本単独で開発したとされることもある[2]。1988年4月23日に、試作機(機体記号N19AL)がテキサス州で進空した[3]。機体の基本構造は205Bと同様だが、エンジンをライカミング T53-L-703(出力:1,800 hp / 1342 kW)に換装したほか、コクピットも近代化されている。モデル 205B-2は、日本の陸上自衛隊UH-1Jとして制式化され、1993年9月3日より配備を開始した[4]

一方ベル社では、やはりUH-1Hのエアフレームをもとにして、モデル 205B-2と同様の改良を行なった機体として、UH-1HP ヒューイ-IIを開発し、1992年8月に試作機が完成した[5]。UH-1HP ヒューイ-IIは、新造機とともに、既存の機体からの改修キットもセールスされており、安価な新世代の汎用ヘリコプターとして、イラク治安部隊など第3世界での採用が増えている。

209[編集]

モデル 204 / UH-1Cをベースに、武装攻撃に特化した機体として開発されたのが、モデル 209である。兵員室を廃し、コクピットをタンデム配置として、機首部に銃座火器管制システムを装備したことから、外見上は一新されているが、動力系や後部胴体は基本的にモデル204のものが踏襲されている。

アメリカ陸軍は、モデル 209をAH-1Gとして制式採用し、1967年より実戦投入したのち、対戦車攻撃能力を増強したAH-1Q、エンジン出力の増強など全面的に改良されたAH-1Sと進化した。またアメリカ海兵隊も、陸軍仕様のAH-1Gを1969年より導入したのに続いて、1971年より海兵隊仕様の機体としてAH-1J、動力系をモデル 214から導入したAH-1T、エンジンをGE T700の双発配置としたAH-1WUH-1Y ヴェノムとの共用性を強化したAH-1Zに発展した。

また、少数の非武装機が、アメリカ合衆国農務省林野局で運用されている。

210[編集]

アドバンスト205BやUH-1HP ヒューイ-IIよりも大胆にベル 212の要素を導入し、再設計したものがモデル 210である。初号機は2004年12月18日に初飛行した。

動力系統はほとんどがベル 212から導入された。エンジンもハニウェル T53-517B(T53-17Bの民間仕様)に換装された。

モデル 210は主として民間向けとされている。アメリカ陸軍のLUH計画では有力候補と見られていたが、アメリカ陸軍の要求仕様を満たさなかったことから提示されなかった。

214 / 214ST[編集]

ベル214

モデル 205をもとに、動力系を大幅に強化して開発されたのがモデル 214 ヒューイ・プラスである。エンジンを換装するとともにトランスミッションやローターも強化されている。

のちに、双発化するとともに胴体を延長するなど、さらに強化したモデル 214ST ストレッチド・ツインも開発された。

双発型[編集]

208[編集]

モデル 205を元に、双発化した試作機として開発されたのがモデル 208である。エンジンとしては、チュルボメカ アルトウステを元に開発されたXT67が搭載された。

モデル 208は、1965年4月29日に初飛行した。1968年5月1日、最初の発注がカナダによりなされたが、発注に当たっては、いくつかの改良が要請された。これに応じて改設計されたものはモデル 212と改称された。

212[編集]

モデル 212は、モデル 208を元に開発された機体である。最大の変更点は、エンジンとしてP&Wカナダ PT6Tを採用していることだが、そのほかにも、動力系が全体的に改設計されているほか、機内容積拡張のため機首部を延長している。

カナダ軍は、CUH-1N ツインヒューイ(のちにCH-135)として本機を採用し、1971年より運用を開始した。またアメリカ軍でも、海軍・海兵隊と空軍が、UH-1Nとして採用している。

また、モデル 204/205と同様にイタリアのアグスタ社でもライセンス生産が行なわれ、これはAB-212と称された。このうち、対潜哨戒型のAB-212は、アグスタウェストランド リンクスとともに、西側の代表的な小型哨戒ヘリコプターとなった。

412[編集]

モデル 212を元に、4枚ローターを採用するなど改良を加えて開発されたのがモデル 412であり、1979年に初飛行した。

カナダ軍でCH-146 グリフォンとして採用されたほか、各国で、従来使用されてきたモデル 212を順次に代替している。

449[編集]

モデル 209の双発モデルであるAH-1W スーパーコブラを元に開発されたモデル。下記のモデル 450とタイアップして開発されており、特に動力系に共通部分が多い。

450[編集]

モデル 212を元に、エンジンをゼネラル・エレクトリック T700の双発配置とし、主ローターを4枚ブレードとするなど、AH-1Zとタイアップして開発された改良型がモデル 450である。アメリカ海兵隊ではUH-1Yとして採用され、2009年1月より配備を開始した。

設計の変遷[編集]

モデル 204シリーズ

UH-1A/B/C
UH-1E/F

モデル 205/212シリーズ

UH-1D/H
UH-1N



出典・参考文献[編集]

  1. ^ FAA Type Certificate Data Sheet H1SW for the 204, 205A, 205A-1 and 210 models
  2. ^ 牧野健 (2002年12月24日). “富士重工業のヴァーティカル・フライトとの取り組み”. 2012年5月3日閲覧。
  3. ^ Gunter Endres, ed (2011). “Fuji-Bell UH-1H and Advanced 205B (Japan), Helicopters in service - Rotary-wing - Military”. Jane's Helicopter Markets and Systems. JIG. 
  4. ^ Gunter Endres, ed (1998). Jane's Helicopter Markets and Systems. JIG. ISBN 978-0710613639. 
  5. ^ Larrybee Enterprises. “Bell Model 204/205/UH-1/D/H Iroquois” (英語). 2012年5月20日閲覧。