長春市

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中華人民共和国 吉林省 長春市
上から時計回り:長春文化広場、旧満州国国務院、文化広場の彫像、長春キリスト教会、ソ連軍烈士記念塔
上から時計回り:長春文化広場、旧満州国国務院、文化広場の彫像、長春キリスト教会ソ連軍烈士記念塔
別称:北国春城
旧称:寛城子・新京
吉林省中の長春市の位置
吉林省中の長春市の位置
中心座標 北緯43度53分0秒 東経125度19分0秒 / 北緯43.88333度 東経125.31667度 / 43.88333; 125.31667
簡体字 长春
繁体字 長春
拼音 Chángchūn
カタカナ転写 チャンチュン
国家 中華人民共和国の旗 中華人民共和国
吉林
行政級別 副省級市
建置 1800年
改制 1947年
面積
総面積 20,571 km²
市区 168.6 km²
人口
総人口(2008年末) 751.2 万人
人口密度 361.4 人/km²
市区人口(2009) 358 万人
経済
GDP(2009) 2,919億元
一人あたりGDP 29,337元
電話番号 0431
郵便番号 130000
ナンバープレート 吉A
行政区画代碼 220100
公式ウェブサイト http://www.cc.jl.gov.cn/

長春市(ちょうしゅんし、中国語: 长春市英語: Changchun)は、中華人民共和国吉林省に位置する副省級市で同省の省都

概要[編集]

長春の市区人口は358万人、都市圏人口は750万人の大都市である。吉林省政府が所在し、省内の政治、経済、文化の中心地となっている。

市内には、中国最大規模を誇る吉林大学を含む27の国立大学を抱え、中国科学院長春分院、高い研究開発力を有する中国科学院長春光学精密機械研究所、中国科学院長春応用化学研究所長春人造衛星観測ステーション、東北地理・農業生態研究所、衛生部長春生物製品所など100余の重点科学研究機構も所在する、中国における重要な研究学園都市であり、科学技術人員の比重は中国でもトップクラスである。

また、北東アジア博覧会、長春映画祭、長春ブックフェア、長春国際モーターショー、長春国際農業食品博覧会など開催し、中国でも有数の会議・展示都市でもある。四季の違いが顕著で「北国春城」の異称を有する。

市内には長春第一自動車製造工場と長春映画製作所が所在し、中国における自動車工業と映画製作の拠点となっている。住民は漢族満族朝鮮族回族モンゴル族シベ族など38の民族から構成される。

1932年から1945年までは満洲国の首都とされ、新京と呼ばれた。市内には当時の建築物が多く残っている。

地理[編集]

長春市は吉林省中部、松遼平原に位置する。市の南方の伊通県に源を発する伊通河が市内を貫通して、市の北方で松花江へ流入している。

気候[編集]

ケッペンの気候区分では亜寒帯冬季少雨気候 (Dwa) に属し、夏は暑く、冬は非常に寒さが厳しい。1月の平均気温は-15.1℃、7月の平均気温は23.0度である。

長春 (1971-2000)の気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
平均最高気温 °C (°F) −9.6
(14.7)
−4.9
(23.2)
3.7
(38.7)
14.1
(57.4)
21.4
(70.5)
26.1
(79)
27.6
(81.7)
26.4
(79.5)
21.3
(70.3)
12.8
(55)
1.7
(35.1)
−6.6
(20.1)
11.2
(52.2)
平均最低気温 °C (°F) −19.7
(−3.5)
−15.8
(3.6)
−7.4
(18.7)
1.9
(35.4)
9.3
(48.7)
15.5
(59.9)
19.1
(66.4)
17.3
(63.1)
10.1
(50.2)
1.9
(35.4)
−7.8
(18)
−16.0
(3.2)
0.7
(33.3)
降水量 mm (inch) 3.2
(0.126)
4.5
(0.177)
12.3
(0.484)
21.9
(0.862)
49.9
(1.965)
99.7
(3.925)
161.1
(6.343)
121.6
(4.787)
51.9
(2.043)
28.9
(1.138)
10.3
(0.406)
5.0
(0.197)
570.4
(22.457)
湿度 66 61 53 49 51 65 78 79 69 61 63 66 63
平均月間日照時間 188.5 195.3 239.2 241.3 261.2 247.6 220.3 235.2 234.8 214.3 174.6 164.3 2,616.7
出典: 中国气象局 国家气象信息中心 2009-03-17

歴史[編集]

中国地名の変遷
建置 1800年
使用状況 長春市
長春庁
長春府(1889年)
中華民国 長春県
長春市(1932年)
満州国 新京市
国共内戦期間 長春市
長春特別市(1948年)
現代 長春市

古代[編集]

周代粛慎(稷慎とも)の居住地であり、晋代にかけては扶余の版図に含まれた。南北朝時代以降は高句麗の北辺とされ、唐代渤海が建国されるとこの地に扶余府が設置された。

遼代になると東京道竜州黄竜府、金代は上京路済州(後に隆州と改称)が設置された。元朝は開元路を設置、明代になると三万衛とし、後に蒙古科爾部の管轄とした。清初は内モンゴル・ゴルロス旗とされたが、この時代までは遊牧地とされ開発は行われず、本格的な開発が進められたのは1791年乾隆56年)の山東の農民による入植に始まる。

清代以降[編集]

新京時代の街並み

農業開発が進み人口が増加したことから1800年嘉慶5年)、清朝により長春庁が設置され、理事通判、巡検各1名が設置され吉林将軍に属し、1889年光緒15年)には長春府に昇格している。19世紀末、東清鉄道の支線が敷設されると経済活動が活発になり、日露戦争でロシアに勝利した日本が長春以南の東清鉄道支線に関する権益をロシアより獲得すると南満州鉄道株式会社を設立、1906年(光緒22年)には長春駅を新設、交通の要衝としてその戦略的価値が高まった長春は1931年民国20年)の柳条湖事件により関東軍の支配下に置かれた。翌年中華民国は新に長春市を設置したが、同年に満洲国が建国されると実効支配権を喪失、満洲の首都に定められた長春は新京と改称された。満洲国時代は加藤与之吉ら日本人技師による積極的な都市計画が実施され、現在の市街地が形成されていくこととなった。

1945年(民国34年)にソ連対日参戦で満洲国が崩壊すると新京は再び長春と改称され、ソ連軍の占領下で進出していた中国共産党が同年11月15日に長春市政府を設立して劉居英が市長となる。国共内戦においては毛沢東・林彪軍による長春包囲戦を受け、長春一般市民の2/3にあたる数十万人が餓死する大惨事となる。その結果として1948年からは人民解放軍の勢力下に置かれ、1949年中華人民共和国が成立すると、長春は吉林省の省都となり現在に至る。

行政区域[編集]

長春市は7市区、2県級市、1県を管轄する。

長春市の地図

年表[編集]

吉林省長春市(第1次)[編集]

  • 1949年10月1日 - 中華人民共和国吉林省長春市発足。長春区中華区浄月区勝利区和順区春陽区頭道溝区双徳区勧農区寛城区東栄区を設置。(11区)
  • 1950年1月19日 (9区)
    • 勧農区および春陽区の大部分が双陽県に編入。
    • 春陽区の残部が双徳区に編入。
  • 1950年5月12日 - 長春県の一部が双徳区に編入。(9区)
  • 1950年6月18日 - 長春区・中華区・浄月区・勝利区・和順区・頭道溝区・双徳区・寛城区・東栄区が一区から九区にそれぞれ改称。(9区)
  • 1952年10月14日 (18区)
    • 長春県・双陽県の各一部を編入。
    • 市内行政区域の再編により、一区から十八区までの区が成立。
  • 1953年7月8日 - 長春市が吉林省より離脱、直轄市の長春市となる。

長春市[編集]

  • 1953年7月8日 - 長春市が吉林省より離脱、直轄市の長春市となる。
  • 1954年6月19日 - 吉林省に編入され、吉林省長春市となる。

吉林省長春市(第2次)[編集]

  • 1954年6月19日 - 長春市が吉林省に編入され、吉林省長春市となる。
  • 1954年8月 (15区)
  • 1955年5月11日 (10区)
  • 1957年3月28日 - 大屯区・浄月区・興隆山区・范家店区が合併し、郊区が発足。(7区)
  • 1957年6月1日 (5区)
    • 長春区が南関区に編入。
    • 頭道溝区が寛城区に編入。
  • 1958年2月15日 - 公主嶺専区懐徳県の一部が大屯区に編入。(5区)
  • 1958年10月22日 - 公主嶺専区伊通県の一部が浄月区に編入。(5区)
  • 1958年10月23日 - 公主嶺専区楡樹県九台県農安県徳恵県双陽県を編入。(5区5県)
  • 1961年 - 郊区の一部が朝陽区に編入。(5区5県)
  • 1965年11月29日 (5区5県)
    • 四平専区懐徳県、白城専区長嶺県の各一部が農安県に編入。
    • 農安県の一部が白城専区長嶺県に編入。
    • 郊区の一部が二道河子区・南関区・朝陽区・寛城区に分割編入。
  • 1966年1月10日 - 楡樹県・農安県・九台県・徳恵県・双陽県が徳恵専区に編入。(5区)
  • 1969年1月20日 - 寛城区・朝陽区・南関区・二道河子区の各一部が郊区に編入。(5区)
  • 1969年7月3日 - 徳恵専区楡樹県農安県九台県徳恵県双陽県を編入。(5区5県)
  • 1982年8月2日 - 楡樹県・農安県・九台県・徳恵県・双陽県が徳恵地区に編入。(5区)
  • 1983年8月30日 - 徳恵地区楡樹県農安県九台県徳恵県双陽県を編入。(5区5県)
  • 1983年12月22日 - 郊区の一部が寛城区・朝陽区・南関区・二道河子区に分割編入。(5区5県)
  • 1985年12月19日 (5区5県)
    • 郊区の一部が寛城区に編入。
    • 南関区の一部が二道河子区に編入。
  • 1988年8月30日 - 九台県が市制施行し、九台市となる。(5区1市4県)
  • 1990年12月26日 - 楡樹県が市制施行し、楡樹市となる。(5区2市3県)
  • 1994年7月6日 - 徳恵県が市制施行し、徳恵市となる。(5区3市2県)
  • 1995年7月6日 (6区3市1県)
    • 南関区の一部が寛城区に編入。
    • 二道河子区が二道区に改称。
    • 郊区の一部が朝陽区・寛城区・南関区・二道区に分割編入。
    • 双陽県の一部が二道区に編入。
    • 郊区の残部および朝陽区・寛城区の各一部が合併し、緑園区が発足。
    • 双陽県の残部が区制施行し、双陽区となる。
  • 2005年7月30日 (6区3市1県)
    • 九台市の一部が二道区に編入。
    • 農安県の一部が寛城区に編入。
  • 2005年8月5日 - 徳恵市の一部が寛城区に編入。(6区3市1県)
  • 2005年12月8日 (6区3市1県)
    • 二道区の一部(英俊鎮の一部)が南関区に編入。
    • 南関区の一部(浄月街道の一部)が二道区に編入。
  • 2014年10月20日 - 九台市が区制施行し、九台区となる。(7区2市1県)

徳恵専区(1966年-1969年)[編集]

  • 1966年1月10日 - 長春市楡樹県農安県九台県徳恵県双陽県を編入。徳恵専区が成立。(5県)
  • 1969年7月3日 - 楡樹県・農安県・九台県・徳恵県・双陽県が長春市に編入。

徳恵地区(1982年-1983年)[編集]

  • 1982年8月2日 - 長春市楡樹県農安県九台県徳恵県双陽県を編入。徳恵地区が成立。(5県)
  • 1983年8月30日 - 楡樹県・農安県・九台県・徳恵県・双陽県が長春市に編入。

経済[編集]

長春は中国東北地方の主要都市のひとつとして、また吉林省の首都として、あらゆる産業が盛んである。

農業・漁業・林業[編集]

市内の伊通河流域は肥沃であるため、都市化が進んでいるものの、郊外では農業が盛んである。吉林省ではトウモロコシ大豆が主要作物である。南郊漁場などで淡水魚養殖も行われている。長春は「東北の三宝」(薬用人参、貂の毛皮、鹿の袋角)の集積地でもある。

工業[編集]

自動車産業(第一汽車など)が最大の製造業であり、外国の自動車会社(フォルクスワーゲンアウディトヨタマツダなど)との合弁会社による製造も盛んで、自動車の裾野産業の企業も多数ある。飲料産業(百事可楽など)、製薬業(長春和平製薬など)、紡績業(銀竜集団など)、鉄道車両製造(中国北車集団の長春軌道客車)などもある。

特別産業区[編集]

特別産業区には、以下の5区があり、共に国内外の企業を誘致している。

  • 長春経済技術開発区
南東郊外、伊通河の東側に位置する。
  • 長春高新技術(ハイテク)産業開発区
南西郊外、鉄道の東側に位置する。
  • 長春汽車(自動車)産業園
やはり南西郊外、鉄道の西側で、古い地区。
  • 長春浄月経済開発区
南東郊外、浄月潭森林公園、偽満皇宮博物院、長影世紀城など代表的な旅行レジャー産業体系を形成した。
  • 長春南部都市経済開発区
長春市都市中心路人民大街の南端に位置する。

サービス業[編集]

交通関連産業、流通業、商業も盛んである。市内南西地区にある長春欧亜売場 (Eurasia Shopping Mall) はアジア最大のショッピングセンターである。満洲国時代からある映画産業(長春映画製作所中国語版)は有名で、そのテーマパーク(長春電影城や長影世紀城など)もある。

スポーツ[編集]

教育[編集]

軍事[編集]

交通[編集]

長春西駅

以下の都市との間に航空便が就航している。

施設[編集]

姉妹都市[編集]

友好都市[編集]

ゆかりの人物[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]