図們市

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
中華人民共和国 吉林省 図們市
南陽国境線の図們口岸
南陽国境線図們口岸
旧称:灰幕洞
延辺朝鮮族自治州中の図們市の位置
延辺朝鮮族自治州中の図們市の位置
中心座標 北緯42度57分55.60秒 東経129度50分11.80秒 / 北緯42.9654444度 東経129.8366111度 / 42.9654444; 129.8366111
簡体字 图们
繁体字 圖們
拼音 Túmén
カタカナ転写 中:トゥーメン
朝:トムン
朝鮮語 도문
朝鮮語ローマ字転写 Tomun
国家 中華人民共和国の旗 中華人民共和国
吉林
自治州 延辺朝鮮族自治州
行政級別 県級市
建置 1934年
改制 1965年
面積
総面積 1,146.6 km²
人口
総人口(2004) 13.6 万人
経済
GDP(2003) 7.4億元
電話番号 0433
郵便番号 133100
行政区画代碼 222402
公式ウェブサイト http://www.tumen.gov.cn/

図們市(ともんし)は中華人民共和国吉林省延辺朝鮮族自治州に位置する県級市。人口13.6万人中朝鮮族7.8万人で57%を占める。図們江(朝鮮語:두만강、豆満江)を隔てて朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)と接する国境の町。脱北者の密入国も多い。

地理[編集]

吉林省南辺に位置し、南は北朝鮮の咸鏡北道穏城郡、東は琿春市、西は州都・延吉市、北は汪清県と接する。面積は1142平方キロメートル。地勢は西北と南部は高く東部は低い。最高峰は三角山(987m)で、主要河川は図們江、嘎呀河、布爾哈通河、石頭河。北朝鮮の羅津先鋒自由貿易区まで160キロの距離にある。

歴史[編集]

  • 1913年 - 延吉県が設置され、その一部となる。当時は小村に過ぎなかった。
  • 1934年 - 満州国により図們市が設置され間島省の管轄とされる
  • 1936年 - 図們街に降格する(後の図們鎮)
  • 1965年 - 延吉県図們鎮及び汪清県石峴鎮に図們市が設置される
  • 1988年 - 対外開放都市に指定

行政区画[編集]

図們市政府

3街道、4鎮を管轄:

  • 街道弁事所:向上街道、新華街道、月宮街道
  • :月晴鎮、石峴鎮、長安鎮、涼水鎮

経済[編集]

2001年の生産総額は7.4億人民元、対外貿易輸出額は約1千万人民元、朝鮮、韓国、日本、ロシアとの貿易が多い。この年の北朝鮮との出入国者数、2.4万人。

交通[編集]

観光[編集]

図們市全景
日光山山頂から北朝鮮を望む
  • 図們大橋(図們国境) - 橋の中央まで徒歩で行ける。国境のゲートの屋上は展望台になっている。また、橋の真正面に北朝鮮の南陽駅があり、望遠鏡から駅舎の金日成金正日親子の写真が掲げられているのが確認できる。
  • 図們江鉄道橋 - 図們大橋展望台から鉄橋全景と北朝鮮の南陽労働者区が展望できる。
  • 図們公園 - 図們大橋から図們江沿いの北側にある。
  • 図們江広場 - 図們大橋付近の図們江沿いにあり、旅行サービスセンターや朝鮮族非物質文化、遊覧船乗り場がある。
  • 日光山 - 日光山森林公園がある。中腹に南陽亭があり図們江と南陽が見渡せ、山頂では図們市全体が望める。
  • 穏城大橋 - 1937年5月に日本が造った橋梁で図們市涼水鎮にある。川緑の展望台から北朝鮮側の穏城郡を眺めることができる。この橋と図們市街地の中間地点の中国側に豆満江の蛇行した地点が北朝鮮最北端である。
  • 図們辺境管理所 - 通称「図們収容所」とも呼ばれ、北へ送還される脱北者を受け入れる所として知られる。
  • 図們磨磐山山城 - 長安鎮にあり大真国の遺跡がある。
  • 百年部落 - 月晴鎮白龍村にある1世紀以上前に建てられた古民家群。食堂や宿泊施設がある。

穏城大橋[編集]

宿泊施設[編集]

  • 図們辺境大厦 - 3星級ホテル。図們江と嘎呀河の合流地点にあり、客室から北朝鮮がまじかに見える。住所:図們大路35号
  • 東関賓館 - 2003年開業、2014年改装。住所:図們大路3号。
  • 図們大厦 - 3星級ホテル。住所:図們大路35号。

ギャラリー[編集]

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

中国地名の変遷
建置 1934年
使用状況 図們市
満州国図們市
図們鎮(1936年)
国共内戦期間図們鎮
現代図們鎮
図們市(1965年)