琿春市

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
中華人民共和国 吉林省 琿春市
市街地の様子
市街地の様子
中心座標 北緯42度52分0秒 東経130度22分0秒 / 北緯42.86667度 東経130.36667度 / 42.86667; 130.36667
簡体字 珲春
繁体字 琿春
拼音 Húnchūn
カタカナ転写 中:フエンチュエン
朝:フンチュン
朝鮮語 훈춘
朝鮮語ローマ字転写 Hunchun
国家 中華人民共和国の旗 中華人民共和国
吉林
自治州 延辺朝鮮族自治州
行政級別 県級市
建置
改制 1988年
面積
総面積 5,145 km²
人口
総人口(2004) 25 万人
経済
電話番号 0433
郵便番号 133300
行政区画代碼 222404
公式ウェブサイト http://www.hunchun.gov.cn/

琿春市(こんしゅん-し、満州語ᡥᡠᠨᠴᡠᠨ
ᡥᠣᠲᠣᠨ
、転写:Huncun hoton)は中国吉林省延辺朝鮮族自治州東端に位置する県級市。国境開放都市に指定されている。人口の40%以上を朝鮮族が占める。

地理[編集]

南は図們江を隔てて北朝鮮羅先特別市と接し、東はロシア連邦沿海地方と国境を接する。北は同じ自治州の汪清県、西は図們市である。日本海まで15キロで、ロシアのポシェット港と鉄道(現在は貨物線のみ)で結ばれる。

歴史[編集]

高句麗時代には柵城府が置かれ、東方支配の拠点となった。8世紀渤海はこの地に東京竜原府(琿春市八連城)を設置し、日本海を越えて日本に向かう海上ルートの拠点とした。渤海は日本海を南海と呼び、渤海使など日本向けの船の多くはポシェット湾から出発した。文王大欣茂の時代には一時都が置かれたこともあった(784年-793年)。その後、上京竜泉府黒竜江省牡丹江市寧安市渤海鎮)に遷都されている。渤海滅亡後は女真族の土地となった。

清朝時代には封禁令が発布された1644年順治元年)以降、清朝により入植が厳しく制限されていた市域でには1714年康熙53年)に琿春協領(Huncun gūsau da)が設置され寧古塔副都統(Ningguta meiren i janggin yamun、1870年に吉林将軍の管轄とされる)の管轄とされた。1881年光緒7年)、協領が廃止され新に琿春副都統(Huncun meiren i janggin yamun、1889年に琿春府、1910年に琿春庁へ改編)を設置し入植を解禁、入植事業の進捗とともに人口が増加していった。

中華民国が成立すると1913年民国2年)の庁制廃止と共に琿春県となる。1920年に琿春事件が起こる。1988年6月14日に県級市に昇格し琿春市と改称され現在に至っている。

行政区画[編集]

4街道弁事所、4鎮、3郷、2民族郷を管轄する。

  • 街道弁事所:新安街道、靖和街道、河南街道、近海街道。
  • :春化鎮、敬信鎮、板石鎮、英安鎮。
  • :馬川子郷、密江郷、哈達門郷。
  • 民族郷:三家子満族郷、楊泡満族郷。

行政[編集]

  • 1991年 開放都市に指定。
  • 1992年 国境開放都市に指定。

交通[編集]

経済[編集]

1990年7月に中国長春市で開かれた国際会議での吉林省副秘書長の丁士晟の提案を受け[1][2]、、国連開発計画の主導で進められている図們江地域開発の拠点都市であり、金大中元韓国大統領の太陽政策韓国企業が多数進出した。

友好都市[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 「図們江開発構想」丁士晟著、金森久雄監修、創知社
  2. ^ 「北東アジアの経済協力と企業の役割」小樽商科大学国際コンファレンス1995、小樽商科大学

外部リンク[編集]


中国地名の変遷
建置 1714年
使用状況 琿春市
琿春協領
琿春副都統(1881年)
琿春府(1889年)
琿春府(1910年)
中華民国 琿春県
満州国 琿春県
国共内戦期間 琿春県
現代 琿春県
琿春市

座標: 北緯42度52分0秒 東経130度22分0秒 / 北緯42.86667度 東経130.36667度 / 42.86667; 130.36667