鳥山喜一
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| 人物情報 | |
|---|---|
| 生誕 |
1887年7月7日 |
| 死没 | 1959年2月19日(71歳) |
| 学問 | |
| 研究分野 | 東洋史(渤海史) |
| 研究機関 | 京城帝国大学、金沢大学、富山大学 |
鳥山 喜一(とりやま きいち、1887年7月17日 - 1959年2月19日)は、日本の歴史学者。
経歴[編集]
東京府本郷区に生まれる[1]。東京帝国大学卒業。東洋史・渤海史を専門とし、著書である中国通史「黄河の水」が有名である。1928年から1945年まで京城帝国大学教授を務め、渤海国の遺跡を求めて満州(現中国東北部)を精力的に踏査した[2]。戦後、日本に引揚げてからは第四高等学校校長(第13代)、金沢大学教授、富山大学学長などを務めた。
主な著書[編集]
- 『黄河の水』 (「黄河の水」 刀江書院(1928) 近代デジタルライブラリー)
- 『渤海史考』
- 『満鮮文化史観』
- Cinii(鳥山喜一)
脚注[編集]
- ^ 鳥山喜一 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」コトバンク 2018年8月5日閲覧。
- ^ 富山大学50年史 第Ⅱ部 部局編 人文学部 各コースの沿革と現在 p.19/100 (PDF)