近鉄8000系電車

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基本情報
運用者 近畿日本鉄道
製造所 近畿車輛
製造年 1964年 - 1980年
製造数 355両
主要諸元
軌間 1,435 mm
電気方式 直流1,500V
架空電車線方式
最高運転速度 105 km/h
減速度(常用) 4.0 km/h/s
減速度(非常) 4.5 km/h/s
車体長 20,720 mm [1][2]
車体幅 2,800 mm [1][2]
全高 4,150 mm [1][2]
車体高 扇風機装備車:4,012mm [2]
ラインデリア装備車:4,017mm [1][2]
新製時冷房搭載車:4,040 mm [1][2]
車体材質 普通鋼 [2]
アルミニウム合金(8069F)[2]
主電動機出力 145 kW [1][2]
駆動方式 WNドライブ [2]
歯車比 5.31 [2]
編成出力 2両編成: 580 kW
3両編成: 1,140 kW
4両編成: 1,140 kW
6両編成(3M3T): 1,740 kW
6両編成(4M2T): 2,280 kW
制御装置 日立製作所製MMC制御器
制動装置 電磁直通ブレーキ (HSC-DまたはHSC-R)
抑速発電制動付)
保安装置 近鉄型ATS列車選別装置列車無線装置
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近鉄8000系電車(近鉄8000けいでんしゃ)は、近畿日本鉄道(近鉄)が保有する一般車両(通勤形電車)である。

本稿では、8400系電車8600系電車8800系電車についても記述する。


概要[編集]

1964年奈良線建築限界拡幅工事と新生駒トンネル経由の新線への切り替えにより、奈良線全線で20m級車両の運転が可能となったことから、それまで奈良線で使用されていた15m級・18m級車両を置き換えるため製造された車体長20m・側面両開き4扉の一般電車である[1][2][3]

構造は1961年の奈良線瓢箪山駅以西の限界拡幅工事完成時に製造された奈良線初の20m級一般電車である900系を基本にしている[1][2][3]

4系列を合わせた広義の8000系の製造両数は355両、ベースとなった900系を含めれば379両に達し、近鉄においては最多両数を占めていた。

8000系[編集]

近鉄8000系電車
枚岡を通過する8000系8086F
枚岡を通過する8000系8086F
基本情報
製造年 1964年 - 1980年
製造数 208両
主要諸元
編成 2・3・4両編成
台車 Mc車:KD-51/KD-64 [2]
M車:KD-51/KD-64/KD-86 [2]
T車:KD-51D/KD-64A [2]
Tc車:KD-51D/KD-64A [2]
主電動機 日立製作所HS-833Jrb [2]
三菱電機MB-3064AC [2]
定格速度 全界磁 41.5 km/h
制御装置 バーニア抵抗制御:VMC-HTB-20C [2]
抵抗制御:MMC-HTB-20B[2]
界磁位相制御:MMC-HTR-20E [2]
備考 電算記号:E(2両)、B(3両)、L(4両)
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1964年7月から新生駒トンネルの開業に合わせて製造された車両である[2][3]

架線電圧1500V昇圧に際し900系を編入する予定があったため、モ8000形・ク8500形とも末尾21から番号が始まっている[* 1]。1964年から1966年製造の8021F(F=編成) - 8059Fまでは扇風機装備車として登場し[3]1967年から1969年製造の8060F - 8090Fはラインデリア(三菱電機製の補助送風機商品名)装備車で登場、車体の屋根高さが100mm低い[3]。三菱電機製ラインデリア装着車は当初近畿日本鉄道で主に使われた日本エアーブレーキ社(のちにナブコ社を経て現在のナブテスコ社)のドアエンジンを使わず、三菱電機社製の当該品を使っていたこともあり、車内の車番表記が標準の黒文字ではなく青文字になっていた。ただし、本系列は他線区の扇風機装備車、ラインデリア装備車のようにラインデリアの有無によって新たな系列を立ち上げず、同一形式・連番としている[3]

1964年に2両編成31本(62両)を製造し、以後編成単位では1969年まで、2両編成の3・4両編成化のための中間車は1980年まで製造され、計208両が製造された[1][2][3]。電算記号は2両編成がE、3両編成がB、4両編成がLとなっている[1]

車体[編集]

車体は900系を基本とし、裾を絞った全幅2800mm[1][2]。車体塗装は当初900系と同様、ベージュ色地に窓下に青色の帯を配した塗装であったが[1]、数年でマルーンレッド一色に塗り替えられ[2][* 2]、1980年代後半からは現行のシルキーホワイトとマルーンレッドのツートンカラーに塗り替えられた。

走行機器[編集]

主要機器も900系を基本に製造当初より昇圧準備がなされており、駆動装置はWNドライブで、主電動機は日立製作所HS-833Jrbや三菱電機MB-3064AC (出力は各々145kW) が混在しており[1][2]、制御装置は日立製作所製(モーター4台制御)で各電動車に搭載した[2]台車は近畿車輛製シュリーレン式で、8021F - 8068Fとモ8200形・サ8700形は金属バネ台車のKD-51系、8069F - 8090Fとモ8210形・サ8710形は空気バネのKD-64系を、モ8250形は新設計のKD-86を装着する[1][2]集電装置はモ8000形・モ8200形ともに1968年度製造車以前は新製時2基であったが[1]、1969年度製造車は1基で登場した。2基を搭載していた車両も後に1基が撤去されているが、冷房改造時に再度増設した車両もある。ブレーキ(制動)方式はHSC-D (発電制動抑速制動付き) 電磁直通ブレーキである[2][3]。重量配分を均一にするため圧縮機電動発電機はT車(付随車)またはTc車(制御車)に搭載されている[2]

改造[編集]

冷房化

1974年には在来通勤車の冷房改造のトップを切って、本系列の8023Fに対して試作的に冷房改造がなされ[3]、8600系初期車に準じた冷房装置設置の改造を実施、10500kcal/hのCU-19形クーラー4基およびロスナイが設置された[* 3]。外観も8600系に準じた連続タイプのクーラーキセが取り付けられ、初期製造車の特徴であるベンチレーターも全て撤去したものであった[* 4]。ただ、改造コストなどの問題でこの8023Fの4両をもってその後の冷房改造は一旦中止されたことから以後このタイプのクーラーキセによる改造は行われず[* 5]、工事内容を見直したうえで1977年から1985年にかけて本格的に改造された[3]。こちらは、8400系に見られるような分割タイプのキセとされ、また初期製造車はベンチレーターが一部残され、外観上の大きな特徴となった[3]

回生制動化

1981年から8800系をモデルにした界磁位相制御回生制動化工事を一部の編成に施工した[2][3]。4両編成の場合、モ8000形(Mc)を電装解除してク8700形(Tc)に、サ8700形・8710形をモ8000形(M)に改造し界磁制御機器を搭載、モ8200形・8210形(M)とペアで1C8M化を行い、制御装置の統一化と制動装置の回生制動化を実施し、同時にモ8200・8210形はパンタグラフ2基搭載とされた[2][3]

また、2両編成の8070F・8071F・8076F - 8079Fにおいては1980年に製造されたモ8250形を編成に挿入して3両編成を組成し[2][3]、同時にMcとペアで1C8M化及び制動装置の回生制動化を実施した。モ8250形は当初より冷房化されて製造されたため、冷房改造車である他編成に比べて車体断面の屋根部分が高くなっており、下枠交差式を2基搭載して落成したためMc車のパンタグラフが撤去されている[2][3]。8079Fは2017年現在に在籍する8000系で唯一、複層ガラスの接客ドアを装備している(8076Fも装備していたが2006年4月廃車された)。

車体更新

1983年から車体更新が開始され、車体外装と内装の張り替え、行先表示器の取り付けが行われた。1996年から2000年にかけて8069F以降の全車両に2回目の車体更新(B更新)が施工され、1998年以降の更新車両は乗降口上部の雨樋取付けや床面のノンスリップ加工が施されている。B更新時点では座席モケットは交換されなかったが、2013年以降に一部編成の座席モケットが交換されている。

その他

2007年から2012年にかけて8078F・8079F・8081F・8083F・8084F・8086F・8088F - 8090Fに転落防止幌が設置されている。

廃車[編集]

全盛期は206両[1][2][* 6]という近鉄一の大所帯だったが、GTO-VVVFインバータ制御車両や「シリーズ21」の増備によって2017年4月までに174両の除籍車両が発生している。

増結用の新製冷房車として落成した1980年製のモ8250形にも廃車が発生しており、2006年4月に3連車の8076F・8077Fが[4]、2010年8月に8070F・8071Fがそれぞれ廃車となった[5]

2両編成は一旦全廃されたが、2006年10月から11月にかけて8085F・8087Fの中間車が共に廃車になり2連化されたため一度復活したものの[4]、2014年7月に8085F・8087Fが高安にて廃車解体されている[6]

ラインデリア装備の4両編成で、B更新が施工されなかった8061F - 8068Fは2002年までにすべて廃車されている。B更新車については2006年に8080F[4]、2009年1月に8082Fが廃車された[7]

廃車後、発生した主電動機と台車がモト94・96の機器更新用へ、台車の一部が900系[3]1010系 (Tc車のみ) 、2610系 (一部編成のTc車・T車のみ) 、2000系 (一部編成のTc車のみ) の台車更新用へそれぞれ転用された。

2017年4月現在、3両編成2本6両(末尾78・79)と4両編成7本28両(末尾81・83・84・86・88 - 90)の計34両が現存しており[8]、全編成が東花園検車区に所属する[8]

事故[編集]

8059Fは、1972年8月2日に奈良線菖蒲池駅付近を走行中に爆破(近鉄線電車爆弾事件・未解決)される事件で被災しており[1]、検証・復旧後の1976年、台車は空気バネのKD-76系が新造され、モ8059はサ8167として8600系に、ク8559はモ8459として8400系に各々編入された[1]

近鉄8000系8079F。モ8250形を組み込んだ3両編成。
近鉄8000系8079Fモ8079号車とモ8279号車の連結部分。車体の高さが異なっている。
8000系の車内。
8000系8079Fモケット更新後のシート。
8000系8079Fモケット更新後の優先座席。


8000系アルミ車体試作車[編集]

近鉄8000系電車アルミ車体試作車
8074Fに組み込まれる以前の8069F(1988年)
8074Fに組み込まれる以前の8069F(1988年)
基本情報
製造年 1964年 - 1980年
主要諸元
編成 6両編成
全高 3,970 mm [2]
台車 Mc車:KD-64[2]
M車:KD-64B[2]
Tc車:KD-64A[2]
T車:KD-64C[2]
定格速度 全界磁 41.5 km/h
制御装置 VMC-HTB-20C [2]
備考 M車・T車:アルミ車体
Tc車・Mc車:普通鋼車体
電算記号:L69
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8000系のうち、1968年に製造した元8069F(モ8069ーサ8720ーモ8220ーク8569の4両)はアルミ車体試作車である[1][2][3]。電算記号はL69で、後述の6両化以降の編成記号は8074Fであった。

車体[編集]

普通鋼車同様の塗装 (登場当初はマルーンレッド1色、後にマルーンレッドとシルキーホワイトの2色) が施されているが[1][3]、前面隅や肩部のRが小さく角張ったスタイルと、車内灯の覆いがないことで、アルミの素材色は露出していなくともその判別は容易である。当初はアルミの地肌のまま竣功させる案も存在したが、当時の奈良線の特急運用でマルーンレッドの編成と混結した場合の見た目の不調和を憂慮して塗装に変更された[9]。なお、この車体形状は後に登場したステンレスカー3000系や界磁チョッパ制御車8810系以降の車体設計の基本となっている。普通鋼製のモ8000の重量、約41tに対し、モ8069では約35tとなっている[2]

主要機器[編集]

アルミ車用に用意されたKD-64B・Cは、通常のKD-64系台車と異なり、ボルスターアンカーが同一方向を向いているのが特徴で、同編成のみの特徴でもあった[10]。制御器はVMC型とされたが[2]、それ以外の走行機器は他の4両編成に準拠しており、パンタグラフの配置も同一となっている[2][3]

改造・廃車[編集]

その後冷房改造時においては、アルミ車全車に対して屋根構体の新製交換がなされ、同時にパンタグラフを下枠交差型に交換された。モ8069、モ8220共に冷風改善のためパンタグラフ寄りのクーラーの設置位置を車端側に移した影響で、他の8000系パンタグラフ搭載車よりもその搭載位置を車端側へと移動した。またモ8220は、パンタグラフを2基に増設可能なようにクーラー配置位置も同形他車とは大幅に変更されている。クーラーキセの形状についても、車体形状の差異から、他車に比べやや薄い形状のものが使用され、モのパンタグラフ寄りのキセについても、上記の理由により他車のものに比べやや長いものが使用されるなどしていた[11]1989年の大阪線に合わせた連結器のかさ上げ工事では改造対象とはならず、8074F(2両)に挟まれて6両編成を組成した[1][3][* 7]。1999年にB更新が施工され、モ8069・ク8569が運転関係機器の撤去等により中間車化がなされ、同時にクについてはサ8569と形式が変更されている[* 8]。 アルミ車体試作車を含めたこの編成は、2005年12月14日に高安検修センターへ廃車回送され解体された[1]。近鉄では初めてのアルミ車の廃車となった。

8400系[編集]

近鉄8400系電車
近鉄8400系8407F
近鉄8400系8407F
基本情報
製造年 1969年 - 1972年
製造数 80両
主要諸元
編成 2・3・4両編成
台車 Mc車:KD-64/KD-73[2]
T車:KD-64A[2]
M車:KD-64/KD-73/KD-76B[2]
Tc車:KD-64A/KD-73A[2]
主電動機 日立製作所HS-833Krb[1]
三菱電機MB-3064AC[1][2]
編成出力 2両編成:580kW
3両編成:1140kW
4両編成:1140kW
制御装置 抵抗制御(2両)
型式:MMC-HTB-20B[2]
界磁位相制御(3・4両)
型式:MMC-HTR-20E [2]
備考 電算記号:E(2両)、B(3両)、L(4両)
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1969年、奈良線600Vから1500Vへの昇圧直前に製造開始され、1972年までに55両(8000系からの編入車1両(後述)を含む)が製造された[1][2][3]。8000系とほぼ同形であるが、3両または4両編成を基本とするため機器配分を見直し、電動発電機とコンプレッサーを4両分の大容量のものに変更している[1][2][3]。車体は8000系後期形(60番台以降)と同一で空調装置もラインデリア装備。電算記号は2両編成でE、3両編成でB、4両編成でLとされた[1]

主要機器・性能[編集]

性能面では8000系後期形(60番台以降)と同様で、駆動装置や制御装置、制動方式も同系後期型に準拠し、主電動機も日立製作所HS-833Krbと三菱電機MB-3064AC(出力は共に145kW)が混在している[2]台車も8000系70番台以降と同様のKD-64系が採用されているが[2]1971年に製造された3両編成の8412F - 8414Fとモ8415の10両は新造品の金属バネ台車(M車はKD-73、T車はKD-73A)を装備する[2]。集電装置は2両編成はモ8400形の連結側に1基、3両編成はモ8450形に2基、4両編成はモ8450形とモ8400形に各1基装備した[2][3]。なお新製時(非冷房時代)は2・4両編成はそれぞれモ8450形とモ8400形に各2基[1]、3両編成はモ8450形とモ8400形の運転台側に各1基装備されていた。電動発電機とコンプレッサーはク8300形にそれぞれ装備し、2両編成で製造された編成についても将来の中間車組み込みに備えて4両分の電動発電機とコンプレッサーを搭載している[2]

改造・車体更新[編集]

組成変更

製造時に2両編成であった8409Fは、1972年に発生した8000系爆破事件被災車8059Fク8559を1976年に復旧させたモ8459(ク8559の運転台を撤去し、中間電動車に改造・方向転換のうえ改番された運転台撤去車であるため、運転台跡の連結面が丸みを帯びている)を中間に組み込んで3両編成を組成した[1][2][3]。モ8459は現在奈良線所属車で唯一の扇風機装備車であり蒲鉾型ベンチレーターが付いている車両でもある。台車は種車の金属バネ台車ではなく、8600系のKD-76を改良したKD-76B形空気バネ台車が新造された[2]。モ8459は8600系サ8167と異なり、2つの窓ガラスがサッシを共有せず独立して取り付けられている。運転台跡側に繋がるモ8409は切妻を幅狭貫通路に改造されたが、室内側は幅広・両開扉のままの状態となっている。

製造時、モ8415・モ8417は単独Mc車であったが[2]、モ8415は8416Fの製造時にモ8465・ク8315が新造されて3両編成を組成し[2]、モ8417は2両編成の8411Fに連結されて8417+8411-8311の3両編成で運用されていたが[2]、冷房化の際にモ8411の運転台を撤去して中間車化しモ8461と改番[2]。モ8417はモ8411(二代目)に改番されて3両1ユニット化された[2]

冷房化・回生制動化

冷房改造は1978年から1985年にかけて順次行われ[1][2][3]、同時に正面方向幕が設置された[2]。8404F・8405F・8408Fの3編成のパンタグラフは、冷房改造時以降、下枠交差型に交換されている。

同時に1C8M・回生制動化による改装が実施され、本系列では8401F - 8404F・8406F - 8409F・8411F - 8416Fに行われた[2][3]。4両編成においては電動制御車モ8400形から制御車ク8350形への電装解除ならびに、サ8350形から中間電動車モ8400形への電装化などの中間電動車ユニットへの改装工事とモ8450のパンタグラフ集約が行われ[2][3]、3両編成では制御電動車モ8400形は存置されたものの、主制御装置のモ8450形への集約化に伴う機器配置変更による界磁制御装置の搭載の改装工事とモ8450のパンタグラフ集約が行われた[2][3]。ラインデリア車については他線の車両と同様に屋根が低い分、冷房装置室外機の背が高い。このうち8403F、8404Fの4連2本については、回生制動化された時には既に冷房改造後であったために、電動制御車であるモ8403、8404の電装解除、制御車化を実施したおりには装備していたパンタグラフの撤去もなされたが、この電装解除車であるク8353、8354の冷房装置、クーラーキセの配置はモの時代そのままとされたため、後位寄りのクーラーキセ配置が前寄りのままとなっているなど、他のク8350形とは違ったものとなっている。また8405Fに組み込まれているモ8455については、抵抗制御、発電制動式のまま冷房改造がなされたため、パンタグラフが1基のみの設置[* 9]とされ、冷房装置の配置変更、分割形クーラーキセの設置など[* 10]、他のモ8450形とは違うものとなって[* 11]、趣を異なものとしていた[* 12]

ワンマン対応改造

1992年から1993年にかけて3両編成の全車がワンマン運転対応改造(足踏み式デッドマン装置、車内自動放送関連装置、扉制御装置変更や扉ブザー設置など)され、それらは主に田原本線で運用される[3]

更新

1986年から1993年にかけて車体更新工事も施され、内外装材取り替え、側面行先表示器の設置等が行われた[3]。1997年から2003年にかけて2回目の車体更新(B更新)が実施された。1998年以降の更新車は乗降口付近の雨樋取付けと床面の水切り加工が施され、2001年以降の更新車は9820系と同様の内装材に改装された。2013年以降、一部編成の座席モケットが交換されている。

その他

2003年に8408F、2007年から2013年にかけて8402F - 8404F・8406F・8407Fと3両編成全車に転落防止幌が設置されている。

廃車[編集]

2014年までに10両の車籍抹消が発生している。まず、2004年8月に8401Fが廃車された。2006年11月には8405Fの中間車が廃車されて2両編成化され[4][* 13]2012年6月に8405Fの残ったTc車 - Mc車の2両編成が廃車された[12]2014年5月には8410Fが高安にて廃車解体された[6]

2017年4月現在は、4両編成が6本 (24両) 、3両編成が7本 (21両) の計45両が在籍する[8]。4両編成は東花園検車区に、3両編成は西大寺検車区に配置されている[8]

モ8459号車。8000系爆破被災車ク8559号車を中間車化・編入した車両。
モ8461号車。初代モ8411を中間車化・改番した車両。モ8459号車と同じ先頭車からの改造車だが、窓枠が異なる。
コイルバネ台車(KD-73/KD-73A)を装備した3両編成 8414F
モ8459号車車内

8600系[編集]

近鉄8600系電車
近鉄8600系8606F
近鉄8600系8606F
基本情報
製造年 1973年 - 1979年
製造数 86両
主要諸元
編成 4・6両編成
台車 KD-76 [1][2]
主電動機 MB-3064-AC [1][2]
編成出力 2両編成:580kW
4両編成:1140kW
制御装置 抵抗制御
型式:MMC-HTB-20C [1][2]
界磁位相制御
型式:MMC-HTR-20E[2]
備考 電算記号:X(50番台)
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8400系をベースに登場時から冷房装置を取り付けた車両で、1973年から1979年にかけて4両編成20本、6両編成1本の計86両(8000系からの編入車1両(後述)を含む)が製造された[1][2][3]。電算記号はX(50番台)[1]

車体[編集]

冷房搭載に伴って屋根の形状が変更され、8400系に比べて高く丸くなっている[1][2]。本系列は当初より正面の貫通ドア上部に方向幕を設置し[1][2][3]、以降の通勤車に標準装備されたほか、在来車にも取り付けられていった。この関係で8619Fまでの車両では大型運行標識板取付ステーが省略され[2][3]、方向幕故障時には乗務員室の車掌台側前面ガラスからその標識板を掲示していた。冷房装置は10500kcal/hの集約分散型が1両あたり4台設置され、熱交換形換気装置(ロスナイ)を搭載して連続したクーラーキセに納められた[2]。前面の排障器も新製時から装備している[2]

主要機器・性能[編集]

性能面では8400系と同様で、駆動装置や制御装置、制動方式、補機類の配置も同系に準拠するが[2]、本系列では主電動機は三菱電機製MB-3064-AC型 (145kW) に統一されている[1][2]。台車は新設計の近畿車輛製KD-76形空気バネ台車が採用されている[1][2]。集電装置はひし形式PT-42型をモ8650形に2基、モ8600形の連結側に1台装備した[2][3]。制動方式はHSC-D型(発電・抑速制動付き)である[2]

増備車[編集]

増備途中から設計変更が見られ、8610Fまでの初期車はラインデリアを装備しておらず、1985年に扇風機を設置。後にローリーファンに交換されている。1976年製造の8614F以降は座席のひじ掛けが大きく湾曲したものに変更され、2800系と同一の座面の低い奥行きの広くしたものとされた。1976年に製造された8617Fは2両編成で登場したが中間車の増備と車両組み換えですぐに4両編成化された (後述) [2]。1978年に登場した8619Fは唯一新造時から6両編成を組成して落成し[2][* 14]、サ8170に電動発電機とコンプレッサーが搭載され、モ8620とク8120の先頭車は存在しないため欠番となった[2]。さらに、同編成以降の車両ではブレーキ装置に除湿装置が標準装備となった。1979年製造の8621・8622Fは4両編成に戻り、冷房効率を高めるためにラインデリアが併用されたほか、パンタグラフは下枠交差式が採用され、当時まだ存在していた大型運行標識板取付ステーも復活した。

改造・車体更新[編集]

回生制動化

1982年に8601F - 8603F・8612F[* 15]の4編成が後述の8800系に準じた界磁位相制御に改造されたが[2][3]、車体重量の重い新製冷房車[* 16]への省エネ効果が高くなかった為、追加改造は行われなかった。改造された4編成は制御電動車モ8600形が電装解除されク8150形に[* 17]、サ8150形が中間電動車化されモ8600形になり、8150形と8600形の番号が入れ替えられた[2][3]

車体更新

1992年から1999年までに全編成が車体更新工事を完了し[3]、1998年以降に更新された8621F・8622Fは雨樋の設置、乗降扉付近の床材にノンスリップ加工も施工されている。車体更新と並行して側面方向幕も全車に装備された[3]

B更新

2002年から車内の全面改装を中心とする2回目の車体更新(B更新)が開始され、2017年4月時点では8601F - 8619F・8622Fが更新を完了している[4][13][7][14][6][15][16]
2003年までに更新された8601F - 8603Fでは9820系に準拠した内装材に交換され、座席モケットは後年交換された。

2006年以降に更新された8604F - 8619Fでは7020系または5200系車体更新車に準拠した内装材に交換された。2006年の更新車では車体側面の一部の窓が大型の固定1枚窓に交換され[* 18]、2009年以降の更新車はモ8600形連結側に車椅子スペースが設置された[7][* 19]

2016年に更新出場した8622Fは内装デザインが従来のB更新施工車両から大きく変更されて2610系2627Fに準じた更新内容となっており[16]、座席モケットは一般席がグレー、優先席はオレンジを基調としたデザインに背面部分には黒色のラインを追加したものとされた[16]。化粧板は妻面や側面扉は黒色を基調として側面窓部分は白色を基調とし[16]、床面は茶色を基調にドット柄で構成された新仕様とされた[16]。つり革は従来の丸形であるが優先席部分は2627Fと同様の三角形にオレンジ色のつり革に交換され[16]、乗降口付近の枕木方向につり革を増設した[16]。各車両優先席部分には床面表示を追加して一般席との区別を容易とし[16]、本編成では車端部の6人掛け座席と扉間の7人掛け座席中央部にスタンションポールを追加して安全性を向上させ[16][* 20]、側面扉端部に黄色テープを配して床面には黄色を基調とした耐摩擦仕様のものを配して視認性を向上させた[16]

その他

2002年から2010年にかけて全編成に転落防止幌の設置が行われている。

車籍・組成変更[編集]

2両編成として落成した先述の8617Fは、同年内に1972年の爆破被災車8000系モ8059を改造したサ8167と新製のモ8667を組み込み、4両編成とした[2][3][* 21]。2014年10月にB更新が施工された際には車齢の高いサ8167を編成から外し、1010系の車両組み換え時に余剰となり、高安検車区で休車となっていた1010系モ1062 (鈴鹿線車両火災事故および発煙事故の被災車両) を電装解除・再度の車体更新(同年施工のB更新車に準拠)を施工した上で本形式のサ8177に改番して編成に組み込み、新たな4両編成とした[6]

廃車[編集]

2014年に8617FのB更新でB更新施工対象とはされなかったサ8167 (8000系爆破事故の被災車両) は編成から外され、同年7月23日付で車籍抹消の後に廃車解体された[6]。2017年4月時点では本系列の車籍抹消はこの1両のみである。

2017年4月現在、4両編成20本と6両編成1本 (86両) が在籍している[8]。6両編成の8619Fが西大寺検車区に配置されている他は全て東花園検車区の配置である[8]

近鉄8600系8621Fの車内。
近鉄8600系8606F、B更新後の車内。
サ8167号車。被災車8000系モ8059号車を中間車化・編入した車両。転落防止幌設置後の姿。
サ8177号車(他の8150形とは窓配置が前後逆になっているほか車体断面が異なる)。


8800系[編集]

近鉄8800系電車
近鉄8800系 8804F(FL04)
近鉄8800系 8804F(FL04)
基本情報
製造年 1980年
製造数 2編成8両
主要諸元
編成 4両編成
台車 KD-86[2]
主電動機 MB-3064-AC [1][2]
編成出力 1140kW
制御方式 界磁位相制御
制御装置 日立製作所 MMC-HTR-20E [1][2]
備考 電算記号:FL
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1980年登場。8600系をベースに界磁位相制御に変更した系列[1][2][3]。試験的な意味合いから4両編成2本のみの製造にとどまり[1][2][3]、その後は車体の形状と制御装置を大幅に変更した8810系に引き継がれる。従って、6800系から約23年続いた、丸みを持たせた近鉄型通勤車スタイルの最終車両といえる[1]。本系列に相当する大阪・南大阪線車両は存在しない。電算記号はFL(FL02・FL04)[1]

車体[編集]

外観は8600系の8621・8622Fとよく似ているが、車内の貫通ドアがすべて片開き式(従来は一部両開き式)であり、下枠交差式パンタグラフを2基(8621・8622Fは3基)装備している点で異なる[2][3][* 22]。さらに後述の車体更新による側面の行先表示機設置までは、側面の行灯式種別表示の視認性を向上させるべく、表示部分の肩部の傾斜がないように車体断面を若干垂直に変更した点でも8600系とは異なっていた[2][3]

主要機器[編集]

奈良・京都線では初の1C8M方式としてMMユニット方式が採用され[2][3]、電動発電機の出力電流で界磁を制御する界磁位相制御方式による回生ブレーキが採用された[2][3]。しかし主要機器は従来車に準じており併結が可能である。台車は新設計のKD-86が採用された[2]。本系列をモデルとして920系(現:1010系)、1000系の高性能化ならびに、8000系、8400系、8600系の一部編成で1C8M方式MMユニット化・回生ブレーキ化が実施されている。

改造・車体更新[編集]

1999年には内外装材交換、雨樋の設置、側面方向幕の設置などを中心とする車体更新工事が行われ、後年には車体連結面に転落防止幌が設置された。

廃車[編集]

2017年4月現在、全車が在籍し東花園検車区に配置されている[8]

運用[編集]

当初は奈良線のみに投入され、初期の頃は8000系と8400系は主に奈良線特急で運用された。1968年に京都線の建築限界拡幅工事完成に伴い京都線で、1970年には新たに開業した難波線で、1973年には建築限界拡幅工事の完成した橿原線天理線でも運用開始された。1983年からは生駒線での運用も開始され、1992年からは8400系がワンマン運転対応に改造され田原本線に入線している[* 23]

3両編成車
  • 8000系8078F・8079F
  • 8400系8409F・8411F - 8416F

全編成が踏面清掃装置を装備するため編成単独で運用可能ではあるが奈良線系統では田原本線を除き、3両編成単独での運用は存在しないためこれらを2編成連結した6両編成で運用されており、通常では原則として8000系は8000系同士、8400系は8400系同士で連結して運用されている。

奈良線では大阪難波駅折り返しの急行 - 普通列車で運用されており、京都線では急行や準急を中心に普通列車に関しては京都駅 - 新田辺駅間の列車で運用されている。6両編成単独および他形式連結の8両・10両編成で運用する列車もある。6両固定編成の8600系8619Fと共通で運用されている。

ワンマン運転対応の8400系8409F・8411F - 8416Fは単独編成で田原本線でも運用されている[3]。2001年3月から2003年3月までの2年間は、8000系共々生駒線でも日中時間帯に3両単独で運行されていた時期があったが、こちらは車掌乗務であった。

4両編成車
  • 8000系8081F・8083F・8084F・8086F・8088F - 8090F
  • 8400系8402F - 8404F・8406F - 8408F
  • 8600系8601F - 8618F・8621F・8622F
  • 8800系8802F・8804F

単独編成で京都線や橿原線、天理線の普通列車で運用されている他に、他形式連結の6両 - 10両編成で京都線急行や奈良線大阪難波駅折り返しの快速急行 - 普通列車で運用されている。ワンマン改造は施工されておらず現在では生駒線で運用されていないが、900系の大多数が奈良線系統の運用に戻されてからワンマン運転開始前までは8000系60番台編成を中心に抵抗制御車両がほぼ専属的に運用に就いていた[3]

6両編成車
  • 8600系8619F

6両固定編成であるため、京都線では急行運用が大半であるが、京都駅 - 新田辺駅間の準急・普通列車での運用も存在する。奈良線では大阪難波駅折り返し列車に限定して、列車種別や編成両数を問わずに幅広く運用されている。8000系・8400系の3両編成を2本連結した6両編成と共通運用となっている。

過去の運用[編集]

2両編成車 (2014年消滅)
  • 8000系8031F - 8058F・8060F・8075F・8085F・8087F
  • 8400系8405F・8410F

主に他編成と併結した4両 - 10両編成で京都線系統の急行 - 普通列車や奈良線大阪難波駅 - 近鉄奈良駅間の快速急行 - 普通列車で運用されていた。6両編成の不足時では3 - 5編成連結した6 - 10両編成で運用する事もあった。最後期は8000系8085F・8087Fと8400系8410Fの6両が在籍していた[6]

3両編成車
  • 8000系8070F・8071F・8076F・8077F
4両編成車
  • 8000系8021F - 8030F・8061F - 8068F・8072F・8073F・8080F・8082F
  • 8400系8401F
6両編成車
  • 8000系8074F

関連項目[編集]

脚注[編集]

注釈

  1. ^ 900系モ901 - 912をモ8001 - 8012、ク951 - 962をク8501 - 8512とする計画であった。そのため、モ8001 - 8020、ク8501 - 8520は欠番になっている。
  2. ^ モ8000形8069以降、モ8200形8211以降、ク8500形8569以降、サ8700形8711以降は新製時よりマルーンレッド一色で登場した。
  3. ^ 当初ラインデリアは非設置だったが、1985年に実施された車体更新時に同時に設置工事が施行された。
  4. ^ ラインデリア非装備車であり平屋根でなかったことから、外観においては他の冷房化改造がなされた車両と趣を異にし、8600系とほぼ同様の見かけとなっている。ただし冷房装置等の配置ならびにクーラーキセの形状には、細かな部分では違いがみられる。
  5. ^ なお、この時用意されていた以後の冷房改造の機器は余剰となったが、これらのうち一部は10400系の冷房装置の更新に転用された。そのため、この形状のクーラーキセとKD-51系の金属バネ台車を装備したものとの組み合わせは新造車での2610系のク2710、サ2760の一部の旧型車台車KD-49C流用のものを除けば、近鉄の車両としては唯一のものとなった。
  6. ^ 製造されたのは208両だが、モ8250形が登場したとき、8059Fはすでに他形式編入されていた。
  7. ^ 6両編成を組成するにあたってそのままではMc-Mc-T-M-Tc-Tcとなるため、難波側からモ8074 (Mc) + サ8720 (T) + モ8220 (M) + ク8569 (Tc) + モ8069 (Mc) + ク8574 (Tc) の6両として、モ8069とク8569が向かい合うように組成されている[3]
  8. ^ その他、列車無線アンテナやスカートが撤去されたものの、外観は先頭車時代と何らかわらなかった。
  9. ^ 回生制動車は、パンタグラフを回生失効に備え2基装備とされていた。
  10. ^ そのため、回生制動化するためには冷房装置の配置を変更、移設するための改造が必要であったため、その改造の対象からは外された。
  11. ^ 爆破被災車の元ク8559を改造編入したモ8459は除く。
  12. ^ 形態としては、8000系ラインデリア車の発電制動冷房改造車のモ8200形と同様。
  13. ^ 唯一のサ8350形として残存していたこのサ8355の廃車により、8400系からはサ8350形が形式消滅した。8405Fの2両化以前は、8410Fが8400系で唯一の2両固定編成であった。
  14. ^ 難波方からモ8619+サ8169+モ8670+サ8170+モ8669+ク8119という編成とした[2][3]
  15. ^ 8612Fの元モ8612の主制御装置が爆破被災車モ8059より転用されたVMC式であったため、改造の対象となった。なお、他の8600系抵抗制御車の制御装置はMMC式である。
  16. ^ 当初から界磁位相制御方式の新製冷房車として製造された8800系および8000系モ8250形を除き、新製冷房車で界磁位相制御へ改造されたのは8601F - 8603F・8612Fの他に名古屋線1000系1002Fが存在する。
  17. ^ ク8150形は電動車時代の名残として屋根上のクーラーキセの配置がパンタグラフ搭載時のままの分割された状態を残しており、外観上の大きな特徴となっている。
  18. ^ 同時に車内の全ての側面窓のカーテンレールが1段ストップ式ロールカーテンから、3段ストップ式ロールカーテンに交換されている。
  19. ^ ただし、8612Fは中間車MMユニットの界磁位相制御車両でMc車が存在しないため、京都・難波寄りのTc車(ク8162形)へ設置された。
  20. ^ スタンションポールの設置によって扉間の7人掛け座席6区画については6人掛け座席に変更されており[16]、Mc車の車椅子スペース整備で撤去された3人掛け座席1区画を含めた座席定員は4両全体で27名減少している[16]
  21. ^ 登場時、モ8617は集電装置が2基搭載されていたが、4両編成化の際にモ8617の運転台側パンタグラフは撤去されたため、運転席側にパンタグラフ台の痕跡が残る。
  22. ^ ただしモ8801・8803は、モ8671・8672等と違い、パンタグラフ搭載位置が若干車端側に寄せられている特徴がある。
  23. ^ ただし、田原本線の大型車導入自体は1990年7月1日に実施され、この時は8000系の3両編成車も運用されていた。 - 交友社「鉄道ファン」1990年10月号 POST欄

出典

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al am an ao ap aq ar as JTBキャンブックス『近鉄電車 大軌デボ1形から「しまかぜ」「青の交響曲」まで100年余りの電車のすべて』 p.81 - p.86・p.227 - p.237 (著者 三好好三、編者 福田静二、出版・発行所 JTBパブリッシング 2016年)ISBN 978-4-533-11435-9 C2065
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al am an ao ap aq ar as at au av aw ax ay az ba bb bc bd be bf bg bh bi bj bk bl bm bn bo bp bq br bs bt bu bv bw bx by bz ca cb cc cd ce cf cg ch ci cj ck cl cm cn co cp cq cr cs ct cu cv cw cx cy cz ネコ・パブリッシング 復刻版 私鉄の車両13 近畿日本鉄道Ⅱ (通勤車他) p.42・p.68・p.160 - p.162・p.170 - p.175・p.187 - p.190 2002年 ISBN 4-87366-296-6
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al am an ao ap aq ar as at au av aw カラーブックス「日本の私鉄 近鉄2」 p.62 - p.67・p.148 - p.151(著者・編者 諸河久・山辺誠、出版・発行 保育社 1998年) ISBN 4-586-50905-8
  4. ^ a b c d e 『鉄道ファン』2007年9月号 交友社「大手私鉄車両ファイル2007 車両配置表&車両データバンク」
  5. ^ 『鉄道ファン』2011年9月号 交友社「大手私鉄車両ファイル2011 車両データバンク」
  6. ^ a b c d e f 『鉄道ファン』2015年8月号 交友社「大手私鉄車両ファイル2015 車両データバンク」
  7. ^ a b c 『鉄道ファン』2009年9月号 交友社 「大手私鉄車両ファイル2009 車両配置表&車両データバンク」
  8. ^ a b c d e f g 鉄道ファン』2017年8月号 交友社 「大手私鉄車両ファイル2017 車両配置表」
  9. ^ 『鉄道ピクトリアル』1969年1月号 電気車研究会 No.219 p.20
  10. ^ サイドビュー近鉄.2(レイルロード発行)の同車側面写真からも、他車との比較が容易である。
  11. ^ サイドビュー近鉄.2(レイルロード発行)に詳しい。
  12. ^ 『鉄道ファン』2013年8月号 交友社「大手私鉄車両ファイル2013 車両データバンク」
  13. ^ 『鉄道ファン』2008年9月号 交友社「大手私鉄車両ファイル2008 車両配置表&車両データバンク」
  14. ^ 『鉄道ファン』2014年8月号 交友社「大手私鉄車両ファイル2014 車両データバンク」
  15. ^ 『鉄道ファン』2017年8月号 交友社「大手私鉄車両ファイル2017 車両データバンク」
  16. ^ a b c d e f g h i j k l 交友社『鉄道ファン』2016年11月号(第56巻 通巻667号)特集「近畿日本鉄道 内装デザイン変更車両」p.56 - p.57

参考文献[編集]

  • ネコ・パブリッシング 復刻版 私鉄の車両13 近畿日本鉄道Ⅱ (通勤車他) p.42・p.68・p.160 - p.162・p.170 - p.175・p.187 - p.190 2002年 ISBN 4-87366-296-6
  • カラーブックス「日本の私鉄 近鉄2」 p.62 - p.67・p.148 - p.151(著者・編者 諸河久・山辺誠、出版・発行 保育社 1998年) ISBN 4-586-50905-8
  • JTBキャンブックス『近鉄電車 大軌デボ1形から「しまかぜ」「青の交響曲」まで100年余りの電車のすべて』 p.81 - p.86・p.227 - p.237 (著者 三好好三、編者 福田静二、出版・発行所 JTBパブリッシング 2016年)ISBN 978-4-533-11435-9 C2065
  • 関西鉄道研究会『関西の鉄道』1985年 新春号
  • 交友社鉄道ファン
    • 付録小冊子「大手私鉄車両ファイル 車両配置表&車両データバンク」2007年9月号 - 2017年8月発行号
    • 2016年11月号(第56巻 通巻667号)特集「近畿日本鉄道 内装デザイン変更車両」p.56 - p.57

外部リンク[編集]