L/Cカー

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L/CカーLC Car)は、近畿日本鉄道(近鉄)のロングシート・クロスシートの両方に転換可能なタイプの座席であるデュアルシートを設置した一般車両につけられた愛称である[1][2][3]

登場までの経緯[編集]

近鉄では長距離運転の一般列車が多数運転されている大阪線名古屋線には従来からクロスシート車両が多数投入されていたが、その中でも1970年に登場した2600系や派生形式である2610系・2680系は当時の国鉄115系電車などで一般的であった近郊型電車と同様の対面式固定クロスシートを装備しながらも、大阪近郊の混雑対策として片側4扉車体で落成していた[1][3]。しかしながら、2600系列は立席面積が狭いために通勤輸送に難がある上にシートピッチが狭く快適性に問題があり、年月が経過するにつれて特急料金不要の一般列車でも快適性を求める傾向が出てきたために1988年には片側3扉転換クロスシート車両の5200系が投入された[1][3]

5200系の投入により、大阪線や名古屋線急行の快適性は飛躍的に向上したが、極端な混雑の無い名古屋線には適していた一方で大阪近郊の通勤輸送には問題があるという課題が残っていた[1][3]。そこで、混雑の激しい大阪近郊の輸送と閑散時間帯の観光輸送という相反する需要を両立させるためにロングシートとクロスシートの切替が可能なデュアルシートの開発が進められた結果、1996年に2610系2621Fを試験車として改造し[1][3]、1996年2月5日より[4]大阪線と名古屋線で試験運転を兼ねた営業運転が行われ[1]、この試験車の運転結果を元に新造車と在来車の改造車が本格投入された[1][2][3]。一方、クロスシートによる観光輸送需要よりも混雑対策の需要が大きかった奈良線系統においても閑散時間帯は観光輸送の需要が増加したために奈良線系統にも新造車が投入され[1][2]、現在に至る[1][2][3]

概要[編集]

標準軌(同社では「広軌」と称す)の幹線で快速急行急行などで運転されており[1]、その用途から急行用車両に分類されることもあるが、実際の運用では普通列車や準急区間準急にも使用され、種別を問わず運用されている。全て片側4扉車であるため[1][2]、編成両数が同一であれば片側4扉ロングシート車両と同一の運用に組まれていることが多い。大阪線と名古屋線に配置される編成には長距離列車や団体貸切運用を考慮してトイレを装備した車両が編成中に1両(大阪線所属の5820系は2両)連結されている[1][2]

改造車と新造車では種車の車体設計が異なるため、車両定員や冷房装置、車端部ロングシートの配置に微妙な差異があるものの、全車両に共通する部分としてドア間中央のデュアルシートは両側に2人掛けシートが3組で12席、車端部はロングシートとした座席配置となっており、乗降扉の両側に手すりを兼ねた仕切り壁が設置されている[1][2][3]。新造車は全てバリアフリー対応車両(大阪線所属の5820系は車椅子対応トイレも装備[2])であり、改造車も全編成のTc車連結側に車椅子スペースの整備が行われている[5][6][7]

1996年10月1日に「L/Cカー・デュアルシート」は通商産業省選定のグッドデザイン商品(輸送機器部門)に選定されている。なお、鉄道車両のシートが選定されたことは、通商産業省が1957年にグッドデザイン(Gマーク)商品選定制度を創設して以来初めてのケースである[8]

近鉄電車のつり革は丸型であるのが通例だが、L/Cカーに限り優先座席以外の前にも三角形のものが取り付けられている。

車両形式[編集]

狭義では新造形式の5800系・5820系を指すが、広義では以下の4形式から構成される。2023年4月1日現在、改造形式も含めると4両編成7本(28両)、6両編成14本(84両)の合計112両が在籍している[9]

  • 試作改造L/Cカー - 2610系2621F(1996年登場[1]、名古屋線所属[9]
  • 量産改造L/Cカー - 2610系2626F・2627F(1997年登場[1]、名古屋線所属[9]
  • 量産改造L/Cカー - 2800系2811F・2813F・2815F(1997年登場[1]、名古屋線所属[9]
  • 新造L/Cカー - 5800系(1997年登場[1]、奈良線、大阪線、名古屋線所属[9]
  • 新造L/Cカー(シリーズ21) - 5820系(2000年登場[2][3]、奈良線、大阪線所属[9]
  • 新造L/Cカー - 形式未定(2024年秋以降奈良線、京都線に導入予定)
近鉄2610系改造L/Cカー
近鉄2800系改造L/Cカー
近鉄5800系L/Cカー
近鉄5800系電車の車内(登場時)。クロスシート時。
近鉄5800系電車の車内(登場時)。ロングシート時。
近鉄5800系電車の車内(登場時)。車端部の固定式ロングシート。
近鉄5800系電車の車内(登場時)。トイレ前のクロスシート。
近鉄5800系電車の座席更新後の車内。クロスシート時。
近鉄5800系電車の座席更新後の車内。ロングシート時。
近鉄5800系電車の座席更新後の車内。車端部の固定式ロングシート。
近鉄5820系電車の車内。クロスシート時。
近鉄5820系電車の車内。ロングシート時。
近鉄5820系電車の車内。車端部のロングシート。
改造L/Cカー2811Fの車内(登場時)
改造L/Cカー2811Fのトイレ前の座席(登場時)
改造L/Cカー2811Fの車端部(登場時)。ロングシートが3席設置されている。
改造L/Cカー2811Fの車端部(登場時)。ロングシートが6席設置されている。
運転室入り口横に飾られたL/Cカーのエンブレム(近鉄5800系電車)。
前面に飾られたL/Cカーのエンブレム(近鉄2800系電車)。
前面に飾られたL/Cカーのエンブレム(近鉄5800系電車)。

その他[編集]

このデュアルシートは厳密には近鉄で発案されたものではなく、1972年日本国有鉄道(国鉄)のクハ79929で同種のアイデアに基づくロング/クロスシート可変機構を試作搭載して実験した、という前史が存在する。こちらは機構的な洗練度が低く(座席の背もたれはロングシートに準じた低いものとなっていた)、また当時の輸送事情では導入が困難であったために実用化は見送られたが、4扉通勤車でラッシュ時の収容力確保と閑散時および長距離客の快適性の両立を図るこの構想は、実は国鉄時代の吹田工場で発案されたものであった。

他社の同種の車両[編集]

同種の機構を採用した車両については以下の実例がある。首都圏ではクロスシートでの運用時は座席指定制の列車に用いられる事が多い。

参考文献[編集]

  • カラーブックス「日本の私鉄 近鉄2」p.2 - p.11・p.16・p.39・p.40・p.142・p.144・p.148(著者・編者 諸河久・山辺誠、出版・発行 保育社 1998年) ISBN 4586509058
  • 『近畿日本鉄道完全データ』 p.53・p.66・p.68(発行 メディアックス 2012年) ISBN 9784862013934
  • 近畿日本鉄道のひみつ p.128・p.129(発行者 小林成彦、編者・発行所 PHP研究所 2013年)ISBN 978-4-569-81142-0
  • 交友社鉄道ファン
    • 付録小冊子「大手私鉄車両ファイル 車両配置表&車両データバンク」2009年9月・2015年8月 - 2017年8月発行号

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q カラーブックス「日本の私鉄 近鉄2」p.2 - p.11・p.16・p.39・p.40・p.142・p.144・p.148(著者・編者 諸河久・山辺誠、出版・発行 保育社 1998年) ISBN 4586509058
  2. ^ a b c d e f g h i 『近畿日本鉄道完全データ』 p.53・p.66・p.68(発行 メディアックス 2012年) ISBN 9784862013934
  3. ^ a b c d e f g h i 近畿日本鉄道のひみつ p.128・p.129(発行者 小林成彦、編者・発行所 PHP研究所 2013年)ISBN 978-4-569-81142-0
  4. ^ 交友社鉄道ファン』1996年4月号 通巻420号 p.86
  5. ^ 鉄道ファン』2009年9月号 交友社 「大手私鉄車両ファイル2009 車両配置表&車両データバンク」
  6. ^ 『鉄道ファン』2015年8月号 交友社 「大手私鉄車両ファイル2015 車両データバンク」
  7. ^ 『鉄道ファン』2016年8月号 交友社 「大手私鉄車両ファイル2016 車両データバンク」
  8. ^ 近畿日本鉄道『近畿日本鉄道 100年のあゆみ』2010年、447頁。 
  9. ^ a b c d e f 鉄道ファン』2017年8月号 交友社 「大手私鉄車両ファイル2017 車両配置表」
  10. ^ 車内設備を一新した新造車両 4両編成2本導入』(プレスリリース)京浜急行電鉄、2021年1月20日https://www.keikyu.co.jp/company/news/2020/20210120HP_20109EW.html2021年1月20日閲覧 

関連項目[編集]