近鉄1000系電車

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近鉄1000系電車
近鉄1200系電車(初代)
(桑名駅にて、3両編成)
桑名駅にて、3両編成)
基本情報
製造所 近畿車輛
主要諸元
編成 3・4両編成
※2・4両編成
軌間 1,435 mm
電気方式 直流1,500V
最高運転速度 110 km/h
減速度(常用) 4.0 km/h/s
減速度(非常) 4.5 km/h/s
全長 3両編成:62,160mm
4両編成:82,880 mm
車体長 20,720 [1][2] mm
全幅 2,740 [1][2] mm
車体幅 2,740 mm [1][2]
Tc車・M車(1810系の編入改造車):2,709 [2] mm
全高 4,150 [1][2] mm
車体高 4,032 [1][2] mm
台車 Mc車:KD-75 [1][2]
M車:KD-75A/KD-65G [2]
T車:KD-32G/KD-32F [2]
Tc車:KD-32G→KD-65A [1]
主電動機 MB-3020-E [1][2]
※MB-211BFR2 [2]
主電動機出力 132kW [1][2]
※150kW [2]
駆動方式 WNドライブ
歯車比 5.47
※2.07
編成出力 1,056kW
制御装置 界磁位相制御
型式:日立製作所製MMC-HTR-20E [1]
制動装置 電磁直通ブレーキ
保安装置 近鉄型ATS列車選別装置列車無線装置
備考 電算記号:T
※は落成時
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近鉄1000系電車(きんてつ1000けいでんしゃ)は、近畿日本鉄道(近鉄)の保有する一般車両(通勤形電車)である。電算記号はT(0番台)[1]

本項では派生系列であり、後に本系列へ編入された初代1200系についても記述する。また、解説の便宜上、宇治山田鳥羽方先頭車の車両番号+F(Formation=編成の略)を編成名として記述(例:モ1001以下4両編成=1001F)する。

登場までの経緯[編集]

伊勢湾台風による冠水・路盤流出といった大災害からの復旧工事と合わせて、急遽繰り上げ実施された改軌工事の完成した1959年末以降、名古屋線では大阪線から20m級の大型車が直通運転可能となり、16m級から19m級の種々雑多な中型車が運用されていた名古屋線に、20m級4扉車体を備えるWNドライブ車である1600系の新製配置が開始され、朝夕のラッシュ時輸送に絶大な威力を発揮したが、1959年から1966年までの8年間に41両が製作されたに留まり、改良後継系列である1800系・1810系を合わせても、このグループは1970年末の時点でようやく92両に達したばかりであった。

改軌後の名古屋線急行では、1970年に片側4扉対面式固定クロスシートの車内設備を備えた2600系が投入されており、改軌以前からの急行車であった6301系や6311系を主体とする18m級車に加え、これまで大阪線で長らく急行運用に充当されてきた、20m級の2200系・2227系が大阪線からの直通運転を中心に、2250系6421系6431系といった吊り掛け駆動方式を採用する旧世代の19m・20m級特急車も格下げにより急行運用へ転用されるようになったが、2200系・2227系や後継系列である2250系は、端子電圧675V時1時間定格出力150kW級の大出力電動機を搭載し、平坦な名古屋線運用において充分すぎるほどの走行性能を備えていた。しかし、2200系(1930年製)は1970年の時点で車齢40年に達していて車体の老朽化や陳腐化が特に目立ち、全車とも早急に車両代替を行わねばならない状況であったが、幸いにも2200系の主電動機(三菱電機MB-211BF)は製造から40年を経てもなお健全なコンディションを保っていたため継続使用が可能であった。この電動機を整備して再利用し、当時最新の1810系・2410系と同等の車体と組み合わせた機器流用車を製作することとし、1972年から1973年にかけて以下の20両が近畿車輛で製作された[1][2][3]

なお、1000形 - 1300形の形式番号は奈良線・大阪線の前身である大阪電気軌道で使用されたことがあり[* 1]、本系列は2代目ということになる。

編成 (新造時)[編集]

  • 1972年7月24日竣工[2]
    • 1000系
      • モ1000形モ1001・モ1002:制御電動車 (Mc)
      • モ1050形モ1051:中間電動車 (M)
      • ク1100形ク1101・ク1102:制御車 (Tc)
      • サ1150形サ1151:付随車 (T)
    • 1200系
      • モ1200形モ1201:制御電動車 (Mc)
      • モ1250形モ1251:中間電動車 (M)
      • ク1300形ク1301:制御車 (Tc)
      • サ1350形サ1351:付随車 (T)
  • 1973年9月7日竣工[2]
    • 1000系
      • モ1000形モ1003 - モ1007:制御電動車 (Mc)
      • ク1100形ク1103 - ク1107:制御車 (Tc)

1972年度は1000系と1200系(初代)の2系列に分けて竣工したが、1200系は冷房装置を搭載して落成したため別形式とされた[1][2][3][* 2]。同系列は電算記号も1000系とは異なる「RT」が付与されたが、後述の編入改造によって他の1000系各編成と同じ「T」に改められた。なお、1972年度竣工グループの4両編成2本はいずれも宇治山田方からMc-T-M-Tcで電動車と付随車・制御車を交互に連結する編成として就役開始している[2][3]

 
← 近鉄名古屋
宇治山田・鳥羽 →
1000系
T01
ク1101
Tc
モ1051
M
サ1151
T
モ1001
Mc
 
← 近鉄名古屋
宇治山田・鳥羽 →
1200系
RT01
ク1301
Tc
モ1251
M
サ1351
T
モ1201
Mc
 
← 近鉄名古屋
宇治山田・鳥羽 →
1000系
T02 - T07
ク1102 - ク1107
Tc
モ1002 - モ1007
Mc


車体[編集]

1970年度製作の1810系および2410系の設計を踏襲した、普通鋼溶接組み立てによる20m級両開き4扉車体を備えるが[2]、車体幅は約30mm拡大されている[1][2]

側窓は下降式で座席はロングシート、1000系は換気装置としてラインデリアを備えるが[2][3]、1200系は前述のとおり冷凍能力8,500kcal/hの三菱電機CU-14集約分散式冷房装置を1両につき5基ずつ屋根上に搭載し[2][3]、冷風を天井に設置された風洞経由で送風する構造となったため、屋根断面がラインデリア搭載スペース確保のために扁平でやや角張った印象を与える1000系とは異なり、風洞を通す関係で屋根が高く丸味を帯びたものとなっている。

乗務員室側妻面は中央に貫通扉を配置した3枚窓構成で、新造時には行先表示幕や列車種別表示幕は設置されておらず、車掌台側妻窓下の金具に行先表示板を取り付けて使用した[2]。前照灯はシールドビーム2灯で貫通路上部左右に振り分けて設置し、尾灯・標識灯は丸い列車種別灯の下に横に長い長方形の後部標識灯を組み合わせた、この時代の近鉄通勤車標準仕様の物を妻面左右の腰板部に振り分け設置している[2]

主要機器[編集]

前述のとおり、一部機器を廃車となった車両などから流用して製造されたため、旧式な吊り掛け駆動方式を採用して新造された[2]。ただし、WNドライブ車との共用、および将来の主電動機換装によるWNドライブ車への改造を前提に新造機器が設計されており、WNドライブ車と共通運用が可能な性能が与えられている。

主電動機[編集]

電動機は2200系用三菱電機MB-211BF[* 3]を整備・改修したMB-211BFR2を電動車の各台車に2基ずつ吊り掛け式で装架する[2]。歯数比は種車と同じ56:27(2.07)である[2]。この電動機の大出力から、本系列は吊り掛け時代でも全界磁定格速度55.2km/h、定格引張力4000kgによって最高速度は110km/h[* 4]に達する。

主制御器[編集]

制御器は様々な形式からの発生品が流用された。このため、1972年度製作車については、モ1001・モ1002・モ1051の3両が単位スイッチ式の三菱電機ABFM[2]、モ1201・モ1251は2回転電動カム軸式の日立製作所NMCをそれぞれ搭載する[2]。また、1973年度製作車については、電動カム軸式の日立製作所MMC-HT10Dをそれぞれ搭載する[2]。これらはいずれも主電動機を2基単位で直並列制御する。

ブレーキ[編集]

名古屋線向けであるため、1810系同様発電ブレーキは省略されたが、WNドライブ車との混結を想定して、製造当初からHSC電磁直通ブレーキを新製装備している[2]

台車[編集]

電動車については、将来のWNドライブ車への改造を考慮して吊り掛け駆動とWNドライブの双方に対応可能なトランサム部を持つ、近畿車輛KD-75(1200系)・KD-75Aダイレクトマウント空気バネ付円筒案内式(シュリーレン式)台車を装着するが[2]、制御車と付随車については、名古屋線から養老線や伊賀線などへの在来車転出の際に余剰となった近畿車輛KD-32系金属バネ台車を改造した、KD-32Gを装着する[2]。なお、このKD-32系は名古屋線改軌の際に新造されたもので、短リンク式揺れ枕とコイルバネによる枕バネを備える円筒案内式台車である。

集電装置[編集]

廃車発生品の菱枠パンタグラフが再利用され、1000系は各電動車の連結面よりにパンタグラフを1基搭載するが[2]、冷房装備の1200系については集電容量確保のため各電動車にパンタグラフを2基搭載としている。

改造[編集]

冷房化

1980年から1982年にかけて1000系の冷房化が行われ[1][2][3]、その際に正面に方向幕が設置された[2]。搭載冷房装置は冷凍能力10,500kcal/hの三菱電機CU-19で、各車これを4基ずつ屋根上に搭載する。この改造で旧1200系との接客面での差異がなくなったことから[2][3]、1201Fは1982年に1000系へ編入されて1002F(モ1002-サ1152-モ1052-ク1102)となり、従前の1002Fは1008F(モ1008-ク1108)に改番された[1][2][3]。なお、冷房改造された各電動車のクーラーキセの配置は将来のパンタグラフ増設を考慮したものとされた[1][2]

WNドライブ化

1984年から1991年にかけて駆動方式を吊り掛け式からWNドライブに、制御方式を抵抗制御から界磁位相制御に変更する改造工事が行われた[3]。その際、主電動機は800系820系伊賀線転属に伴う改造によって発生したMB-3020-Bを出力増強の上でMB-3020Eに改称し流用した[2][* 5]。歯数比は15:82である[2]

主制御器は奈良線8000系の界磁位相制御化改造と、これに伴う1C8M制御化によって捻出された日立製作所MMC-HTR-20多段電動カム軸制御器(力行28段)を整備・改造の上でモ1000形に搭載し、界磁制御器はモ1050形に搭載する。また、この制御器変更に伴い回生制動機能が付加されたことから、空気ブレーキは回生制動と連係動作するHSC-R電磁直通ブレーキを搭載する[2]電動発電機を効率的に配置するため、ク1100形が大容量電動発電機[* 6]を搭載する1810系のク1910形と入れ替えられ、以下のように改番された[1][2][3]

このWNドライブ化工事は、4両編成の1001F・1002Fから着手された[2][3]。この際、電動車を各車ごとに制御器を搭載する1C4M制御から1基の制御器で2両分の電動機を制御する1C8M制御(ユニット方式)へ改造するため、モ1050形とサ1150形の連結位置が入れ替えられ、モ1000形とモ1050形が隣接する編成となったが[2][3]、パンタグラフを2基搭載した電動車が隣接することから、1001Fはモ1001形のパンタグラフを撤去してモ1051形を2基搭載とし[2][3]、1002Fはモ1052形のパンタグラフを撤去してモ1002形を2基搭載とした[2][3]1986年には長距離運用を考慮してサ1150形にトイレ(貯蔵タンク式)が設置されている。

1986年からは2両編成の1003F - 1008Fも改造対象となった[2][3]。これら6編成では、ク1100形と1810系ク1910形が入れ替えられて改番され[1][3]、1810系から外されたサ1960形に電動車化改造を行ないモ1050形へ改番して編成に組み込み3両固定編成を組成し[1][3]、4両編成と同様にモ1000形とモ1050形が電気的にユニットを組むようになった[1][2][3]。モ1000形は電動車2両分の集電容量を確保するため、運転台側にもパンタグラフを増設した。以上の改造に伴う車両の入れ替え・改番は以下のとおり[2][3]

  • ク1910形 ⇔ ク1100形
    • ク1924・ク1925・ク1913 - ク1917・ク1912 ⇔ ク1101 - ク1108
  • サ1960形 → モ1050形
    • サ1963 - サ1967・サ1962 → モ1053 - モ1058

この改造により、1000系は4両編成2本と3両編成6本の陣容となった[1][3]。依然として抑速ブレーキは装備されず、後述の例を除いて大阪線東青山駅以西での営業運転は行われていないため、車両検査や更新改造も名古屋線塩浜検修車庫で行われていたが、2012年に塩浜検修車庫の検査部門が縮小されたため本形式も大阪線五位堂検修車庫で車両検査が行われており[4]、検査回送時に限り大阪線に入線するようになった[4]

編成(高性能化後)
 
← 近鉄名古屋
宇治山田・鳥羽 →
1000系
T01・T02
ク1101・ク1102
Tc
モ1051・モ1052
M
サ1151・サ1152
T
モ1001・モ1002
Mc
 
← 近鉄名古屋
宇治山田・鳥羽 →
1000系
T03 - T08
ク1103 - ク1108
Tc
モ1053 - モ1058
M
モ1003 - モ1008
Mc
車体更新

1991年から1994年にかけて車体更新工事が行われ、内外装材の張り替えなどが行われた。1996年から1997年にかけて1810系と交換・編入したTc車・M車のうち、ク1103 - ク1108・モ1053 - モ1058にB更新が施工され、一部編成は後年に座席モケットが交換されている。2012年から2013年にかけて1004F - 1008Fに転落防止幌設置工事が行われている[4]

現存する3両編成はMc車のモ1000形に2回目の車体更新(B更新)は施工されていない。

組成変更

名古屋線へのL/Cカー投入で余剰となった1001Fは1998年2月に、2430系2446Fとともに編成を分割して相互に組み替えて3両編成と4両編成各1本を組成し[3]、3両編成化された1001Fは引き続き名古屋線で使用され、4両編成化された2446Fは高安検車区に転属して大阪線で使用された[3][* 7]

アートライナー
  • 1007F:名泗コンサルタント(2012年9月 - 運転終了)

運用[編集]

現ダイヤでの運用[編集]

名古屋線の準急普通を中心に、一部は山田線鳥羽線でも運用されている。ワンマン運転には対応しておらず、通常は湯の山線鈴鹿線のワンマン列車に使用されない。

過去の運用[編集]

前述のWNドライブ化・3両固定編成化以前は大阪線東青山駅以東で、ワンマン運転移行以前は湯の山線や鈴鹿線普通列車でも運用されていた。吊掛駆動時代でも、所期の設計通り、高性能車との併結運転も少ないながら行われていた。

4両編成(2007年消滅)
大阪線所属車両
  • ク1101・サ1151

2430系2446Fと4両編成を組成したク1101・サ1151の2両は、2610系ロングシート車及び1400系1407Fと共通運用で、大阪線・山田線・鳥羽線で運用されていた。

名古屋線所属車両
  • 1002F

5800系5812F、2610系・2800系改造L/Cカー、1200系1211F・1212Fと共通運用で、名古屋線・山田線・鳥羽線でのみ運用されていた。

廃車[編集]

2017年4月現在までに11両の除籍車両が発生しており、4両編成は2007年3月までに全廃されている。

2004年2月に1002Fが、2007年3月には1001Fが運用離脱・除籍となり、塩浜で解体された[5]。これによって、1000系から金属バネ台車を装備する車両は消滅した。なお、1001Fと組成変更していた2430系2446Fは元の3両編成に戻されている。

2008年には1003Fが塩浜に回送され、8月8日付で除籍された[6]

2017年4月現在は3両編成5本15両 (1004F - 1008F) が在籍し、明星検車区に所属している[7]

参考文献[編集]

  • JTBキャンブックス『近鉄電車 大軌デボ1形から「しまかぜ」「青の交響曲」まで100年余りの電車のすべて』 p.167・p.170・p.171・p.227 - p.237 (著者 三好好三、編者 福田静二、出版・発行所 JTBパブリッシング 2016年)ISBN 978-4-533-11435-9 C2065
  • ネコ・パブリッシング 復刻版 私鉄の車両13 近畿日本鉄道Ⅱ (通勤車他) p.98 - p.101・p.118・p.119・p.154 - p.157・p.164 - p.169・p.182 - p.186 2002年 ISBN 4-87366-296-6
  • カラーブックス「日本の私鉄 近鉄2」 p.52・p.53・p.142 - p.145(著者・編者 諸河久・山辺誠、出版・発行 保育社 1998年) ISBN 4-586-50905-8
  • 交友社 鉄道ファン
    • 付録小冊子「大手私鉄車両ファイル 車両配置表&車両データバンク」2007年9月号・2009年9月号・2017年8月号

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ これらは戦後も大阪線の区間車として運用され、ちょうど本系列の増備と入れ替わる形で1971年から1973年にかけて廃車となった(ただし本系列ではなく2800系の投入によるもの)。したがって新旧1000系列の間に直接の関連はない。
  2. ^ 本系列と近い時期に機器流用車として製作され、吊り掛け駆動方式かつ当初から冷房装置を搭載した20m級4扉通勤形電車としては、他に東武5050系・5070系相鉄2100系がある。これらのうち本系列と相鉄2100系の2系列については後年機器の換装によりカルダン駆動化されている。
  3. ^ 端子電圧675V時1時間定格出力150kW[1][2]
  4. ^ 1984年までは遅延回復時以外は100km/hで運転されていた。
  5. ^ 端子電圧340V時1時間定格出力125kW、出力増強後は端子電圧340V時1時間定格出力132kW[1][2]
  6. ^ MG-130-S。定格出力120kVA[2]
  7. ^ 名古屋線用は名古屋側からク2546-モ1051-モ1001で3両編成を、大阪線用は上本町側からク1101-サ1151-モ2466-モ2446で4両編成を組成[3]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x JTBキャンブックス『近鉄電車 大軌デボ1形から「しまかぜ」「青の交響曲」まで100年余りの電車のすべて』 p.167・p.170・p.171・p.227 - p.237 (著者 三好好三、編者 福田静二、出版・発行所 JTBパブリッシング 2016年)ISBN 978-4-533-11435-9 C2065
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al am an ao ap aq ar as at au av aw ax ay az ba ネコ・パブリッシング 復刻版 私鉄の車両13 近畿日本鉄道Ⅱ (通勤車他) p.98 - p.101・p.118・p.119・p.154 - p.157・p.164 - p.169・p.182 - p.186 2002年 ISBN 4-87366-296-6
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w カラーブックス「日本の私鉄 近鉄2」 p.52・p.53・p.142 - p.145(著者・編者 諸河久・山辺誠、出版・発行 保育社 1998年) ISBN 4-586-50905-8
  4. ^ a b c 【近鉄】1000系T04編成 五位堂出場 (RMニュース) 鉄道ホビダス―実物から鉄道模型まで日本最大級の鉄道専門サイト by ネコ・パブリッシング 2012年8月10日掲載
  5. ^ 鉄道ファン』2007年9月号 交友社 「大手私鉄車両ファイル2007 車両配置表&車両データバンク」
  6. ^ 鉄道ファン』2009年9月号 交友社 「大手私鉄車両ファイル2009 車両配置表&車両データバンク」
  7. ^ 鉄道ファン』2017年8月号 交友社 「大手私鉄車両ファイル2017 車両配置表」

関連項目[編集]

外部リンク[編集]